別に失恋したら独裁者になるわけじゃないけど…映画『ハンガー・ゲーム0』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年12月22日
監督:フランシス・ローレンス
恋愛描写
ハンガー・ゲーム0
はんがーげーむぜろ
『ハンガー・ゲーム0』物語 簡単紹介
『ハンガー・ゲーム0』感想(ネタバレなし)
「ハンガー・ゲーム」の再開催
今の日本で「ハンガー・ゲーム」と聞いて、何かわかる人ってどれくらいいるんだろうか…。
ハンガーを使って遊ぶことじゃないですよ。小説またはその映画化された作品の話です。
アメリカの作家の”スーザン・コリンズ”が2008年に「ハンガー・ゲーム」というヤングアダルト小説を出版し、若者を中心にベストセラーとなりました。当時は「ハリー・ポッター」(1997年~)、「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」(2005年~)、「トワイライト」(2005年~)と、継続的に若い世代向けの人気ファンタジー小説がアメリカで登場していましたが、「ハンガー・ゲーム」は少し大人向けの世界観で、ちょうどこうした小説を辿って来た世代に刺さったのかもしれません。
その小説「ハンガー・ゲーム」は人気の波に乗って映画化され、2012年に『ハンガー・ゲーム』が公開されます。さらに小説の続編も順次映像化し、『ハンガー・ゲーム2』(2013年)、『ハンガー・ゲーム FINAL: レジスタンス』(2014年)、『ハンガー・ゲーム FINAL: レボリューション』(2015年)と計4作が公開。主演の“ジェニファー・ローレンス”も後押しして、アメリカでは大ヒットしました。アメリカでは…。
そう、日本ではイマイチもともとの小説の知名度が低かったこともあり、映画も低調。だから「ハンガー・ゲーム」を知らない人も普通にいますよね。
そんな中、新作映画が来てしまいました。
それが本作『ハンガー・ゲーム0』。
原題は「The Hunger Games: The Ballad of Songbirds and Snakes」なのですが、邦題はシンプルに「ゼロ」ときましたね。これが元の小説の邦題が「ハンガー・ゲーム0 少女は鳥のように歌い、ヘビとともに戦う」なので、そこからそのままとったのだと思います。
邦題で匂わせているとおり、本作は前日譚になります。ただ、ちょっとわかりにくいのですが、前日譚といっても全ての原点が描かれるわけではないです(もし全ての原点を描く作品がでたらどんな邦題にする気なんだろう)。
本作は早い話が『スター・ウォーズ』のプリクエルと同じです。最初のシリーズで大ボスの悪役だったキャラクターの若かりし頃が描かれるのです。だから、まあ、シリーズを観てきたファンほど感慨深いものではあります。
シリーズ初見の人には世界観でまごつきそうなので事前に簡単に説明しておきましょう。
本作はディストピアSFで、かつ「バトルロイヤル」ものです。文明は崩壊し、パネムという独裁国家が舞台。ここではキャピトルと呼ばれる都市で特権的な生活を営める市民たちがいる一方で、その周辺の12の地区では労働者階級的な暮らしを送る貧しい者たちがいます。そして、この世界では反乱の抑止を目的にその12の各地区から、12歳から18歳までの男女1名ずつを選出し、男女24人が殺し合うサバイバル「ハンガー・ゲーム」が強制されています。この「ハンガー・ゲーム」はキャピトル市民にとってはリアリティ番組やオリンピックのようなエンターテインメントにすぎず、メディアで自由気ままに観戦して楽しんでいます。
前作シリーズは、悪趣味な格差社会で虐げられる者たちの視点でしたが、今回の『ハンガー・ゲーム0』は上流階級側の視点となり、また新鮮な感覚で世界観に浸れます。
『ハンガー・ゲーム0』を監督するのは過去シリーズも監督してきた“フランシス・ローレンス”。脚本は『アサシン クリード』の“マイケル・レスリー”と、『リトル・ミス・サンシャイン』の“マイケル・アーント”です。原作者の“スーザン・コリンズ”も製作に関与しています。
主演は『Benediction』の“トム・ブライス”。ヒロインは、『ウエスト・サイド・ストーリー』で華やかにデビューし、実写版『白雪姫』の主演にも抜擢された“レイチェル・ゼグラー”です。
なお、前作シリーズが女性主人公だったので今回も“レイチェル・ゼグラー”が主人公だと思っていそうな人も少なくないと思いますが、今作は“トム・ブライス”演じる男性主人公となっています。
でも“レイチェル・ゼグラー”は作中で歌いまくりますし、目立っている度合いとしては“レイチェル・ゼグラー”に軍配が上がってますけどね。
共演は、『ウエスト・サイド・ストーリー』にもでていた“ジョシュ・アンドレス・リヴェラ”、『シラノ』の“ピーター・ディンクレイジ”、『AIR/エア』の“ヴィオラ・デイヴィス”、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』『クイズ・レディー』の“ジェイソン・シュワルツマン”、ドラマ『ユーフォリア』の“ハンター・シェイファー”など。
アクション、サスペンス、ロマンス、歌…とひととおり揃っている『ハンガー・ゲーム0』はボリューム満載。シリーズ初見の人もどうぞ。
『ハンガー・ゲーム0』を観る前のQ&A
A:前作シリーズを観ないと物語がわからないというほどではないですが、観ておくと世界観の理解がスムーズにいきます。
オススメ度のチェック
ひとり | :エンタメ満喫 |
友人 | :ファン同士で |
恋人 | :異性愛ロマンス主軸 |
キッズ | :やや暴力描写あり |
『ハンガー・ゲーム0』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):楽しませるか、それとも…
パネムのキャピトルで暮らす18歳のコリオレーナス・スノーは、若くして父を失ったことでこのスノー家の命運を握ることになってしまい、その重圧を感じていました。今、この家にいるのは老いた祖母と、親しくしてくれるいとこのタイガレスだけ。
そんな中、スノー家に再び繁栄を取り戻すチャンスがめぐってきます。それが「ハンガー・ゲーム」です。記念すべき第10回にて、コリオレーナスは参加プレイヤーの教育係(メンター)のひとりに任命されたのです。
各教育係に任命された若者が集い、この「ハンガー・ゲーム」を考案したヴォラムニア・ゴールが前に立ち、開催を宣言。ゲーム制作者でアカデミー学部長のキャスカ・ハイボトムを紹介し、彼もこれは視聴者を楽しませるものであると事もなげに言い放ちます。
そしてそれぞれの担当するプレイヤーが発表されます。12の地区から男女ひとりずつ選ばれ、殺し合うことになる…その贄のプレイヤーです。
コリオレーナスが担当することになったのは、第12地区出身のルーシー・グレイ・ベアードでした。彼女は選ばれた瞬間に、気に入らない区長の娘の服に蛇を入れ、その場で殴られても平然とし、あげくにはマイクをもってパワフルに歌い出すなど、最初から注目されました。
列車に乗って続々と現れたプレイヤー。コリオレーナスは花を差し出してルーシーを極力丁寧に出迎えます。でもルーシーは相変わらず反抗的です。これでは勝つためのアシストをしてあげるのも厳しいので、コリオレーナスは策を考えないといけません。
プレイヤーたちはキャピトルで動物園のような場所でしばし過ごすことになり、柵越しに取材を受けたり、来園者の見世物になります。
この状況を快く思っていないプレイヤーは大勢います。そもそもこの理不尽なゲームに微塵も納得していません。あるひとりのプレイヤーは柵越しに自分のメンターを殺してみせます。
ある日、ゲーム会場となるアリーナの見学中にレジスタンスの爆弾が爆発し、コリオレーナスとルーシーも巻き込まれます。ルーシーは落ちてきた瓦礫の下敷きになったコリオレーナスを救い、2人は少し信頼を深めます。
いよいよゲーム開幕。崩壊してやや殺伐としたアリーナで、強制されるがままにプレイヤーたちは一斉に殺し合いをすることになり、各自対峙し、どんどん死んでいきます。
ルーシーは生き残ることができるのか…。
蛇とお友達の戦闘系プリンセス
ここから『ハンガー・ゲーム0』のネタバレありの感想本文です。
『ハンガー・ゲーム0』は前半と後半でジャンルもトーンも変わります。宣伝ではゲーム的なサバイバル要素を全開に打ち出していますが、それは前半だけです。
この前半はキャピトル側の視点になってはいますが、いかにもこのシリーズらしい定番の映像です。ちょっと面白いのは、教育係であるメンター側もサバイバルしている…という側面も描くことですかね。メンターも若者たちなので、結局はシステムの犠牲者であり、それに迎合するかどうかを問われることになります。
エンターテインメント的な部分では、あまり際立って面白い映像があるわけではなかったのは少し残念。やりすぎなくらいのへびへびパニックも、もっとゾっとする演出でみせるほうが個人的には好みかな…。たぶんもっと残酷度が高いほうがいいと思うのですけど、そこはレーティングの関係で抑えているので、いちいち殺される瞬間の酷い場面でカメラが切り替わるのがモヤっとはします。
それでもルーシー・グレイ・ベアードはさすがのヒロイン力というか、存在感を圧倒的に放っていました。やっぱり“レイチェル・ゼグラー”は持ってるな…。
なんか歌が得意というディズニープリンセスみたいな設定で、フリフリなスカートだったりと見た目も浮いているのですけど、結構普通に身体能力を発揮しているし、蛇も武器にするし、「強すぎない?」っていうキャラクターで…。戦闘系プリンセスって感じだったな…。
私は歌よりも、ああいう蛇に全身まとわれながらも平然とする姿とか、そんな映像の尖り具合のほうにテンションが上がりますね。
今作のルーシーは、前作シリーズの主人公であるカットニスが「ジャンヌ・ダルク」的な佇まいであったのに対する、良い意味での正反対とも言えて、それを体現してみせた“レイチェル・ゼグラー”のキャスティングは大正解だったと思います。
他だと、ヴォラムニア・ゴールを演じた“ヴィオラ・デイヴィス”も貫禄たっぷりの悪役でしたけど、私の好きな“ピーター・ディンクレイジ”はもうひと押しくらいには活躍してほしかったな…。
支配系カレシとは付き合えません
『ハンガー・ゲーム0』は、ベタな世界系の男女ロマンスのルートを辿っているように途中までは見えます。少なくともコリオレーナスはゲーム中はルーシーを思いやり、体制への反抗心さえ見せる兆しもありました。
しかし、欲は捨てきれず…。親友のセジャナスまで売ってしまい、ルーシーとも決裂。一転して彼は“狩る側”へと変貌する。このガラっと豹変する“トム・ブライス”の演技は良かったです。
全体として『スター・ウォーズ』のプリクエル3部作を1本の映画にまとめました!というスタイルだったかな、と。そのせいもあって、かなり早回しな展開でしたね。ツンツン→イチャイチャ→ドーン!…の起承転結がファスト映画並みに速い…。
それにしても、失恋とか女性関係が上手くいかなかった男が横暴な独裁者や支配者になる…っていう展開、ここ直近だけでも『ナポレオン』や『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』、『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』など、ほんと、いっぱい見てますね…。
こうなってくるとたまには違うパターンも見たくなる…。別に失恋したら独裁者になるわけじゃないんだし…。
そこを除いて、私の中ではこの『ハンガー・ゲーム0』の大きな不満点は2つ。
まずこういう展開になるのはわかるし(そうしないとシリーズの整合性がとれない)、ルーシーがああやって退場するのが無難ではあるのですが、やはりヒロインの使い捨て感が拭えないのは気になります。
もうひとつはクィア要素の薄さ。これは初期の小説版から結構批判されていた点らしいですけど、ヤングアダルトって今ではクィアネスを扱うのが半ば基本みたいになりつつある中、本作はその期待には応えてくれません。
もちろん、トランスジェンダー俳優である“ハンター・シェイファー”の起用は嬉しかったですよ。大作で起用してくれるのはまだまだ珍しいし、役がトランスか否か関係なしに大事です。
ただ、この世界観は「ハンガー・ゲーム」の設定からして「男女1名ずつを選抜する」など、明らかにヘテロノーマティビティで、バイナリーなジェンダー構造を有しています。
ディストピアSFならクィアを排除するという構造も風刺すればいいのに、そこはやっていないというのはもったいないです。ドラマ『パワー』など最新のSFを観ていると、今回の『ハンガー・ゲーム0』の風刺力の物足りなさは感じます。『スター・ウォーズ』だってやっと同性愛迫害を描き始めたんですから(『キャシアン・アンドー』)。
『ハンガー・ゲーム0』は原作ありの映像化でしたが、今後のシリーズの拡張性があるのかは不明です。でも配給の「ライオンズゲート」はこの人気作タイトルを手放したくないでしょうし、完全リブートや独自続編もありうるかもしれません。ドラマシリーズにするほうがサスペンスを盛り上げられていいんじゃないかとも思うので、もしやるなら次はがっつりアップデートしてほしいですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 64% Audience 89%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2023 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved. ハンガーゲーム0 ハンガーゲームゼロ
以上、『ハンガー・ゲーム0』の感想でした。
The Hunger Games: The Ballad of Songbirds and Snakes (2023) [Japanese Review] 『ハンガー・ゲーム0』考察・評価レビュー