理解不能な猛獣に近寄るな…映画『ディストラクション・ベイビーズ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:日本 (2016年)
日本公開日:2016年5月21日
監督:真利子哲也
でぃすとらくしょんべいびーず
『ディストラクション・ベイビーズ』物語 簡単紹介
『ディストラクション・ベイビーズ』感想(ネタバレなし)
アライグマがやってきた
「あらいぐまラスカル」でおなじみのアライグマ。可愛らしい見た目とは裏腹に実は凶暴な動物であるということは割と有名な話です。原産地の北アメリカでは家に入り込んで食い物を荒らし、ときには飼い猫を殺す(!)ほどだとか。日本ではというとアライグマは外来種として、農作物に被害を与え、もともと日本に暮らしていた動物を捕食したり、生息地や餌を奪ったりして問題視されています。
そんなアライグマをつい連想してしまったのが、本作『ディストラクション・ベイビーズ』です。
本作は表面的に内容を説明するだけなら実に簡単な映画ではないでしょうか。主人公の男がひたすら人間を殴り、締め上げ、叩きつける…暴力につぐ暴力が延々と映し出される作品です。主人公の男は、外の町からやってきた異質な存在であり、まさにアライグマっぽい。主人公の男の暴力の餌食となる罪のない人たちを見ていると、きっとアライグマに蹂躙されるタヌキはこんな気分なんだろうなと同情します。
一方で、本作はいわゆるヤンキーや不良が登場する映画とは一線を画しています。これは監督の真利子哲也らしさというか、この監督が普通の不良映画をつくるわけありません。画面に真っ先に飛び込んでくる暴力に目を奪われがちですが、ぜひともその裏にも注目してほしいところ。なんでもバーで聞いた実際にこんな人がいるよという話をモチーフにしているとか。いやぁ、人間って怖いよ…。
主演は“柳楽優弥”。是枝裕和監督の『誰も知らない』でまだ当時14歳ほどでありながら圧巻の演技を披露し、日本だけでなく海外でも“なんだこの天才ジャパニーズ・ボーイは!?”と驚嘆させた恐ろしい子。今ではすっかり大人になりましたが、その内側に潜む底知れぬ感じはさらに磨かれており、『ディストラクション・ベイビーズ』ではその凄さをまたしても味わえます。ほんと、この俳優、尋常じゃないです。『誰も知らない』から連続して鑑賞するとあの子がこういう風に成長したみたいに思えてしまってすっかり気分が沈むので、絶対にオススメしません。はい。
サイドで主人公並みに輝くのは“菅田将暉”。仮面ライダー俳優からの近年の急激な飛躍は尋常ではなく、彼も“柳楽優弥”に匹敵する底知れぬパワーを持っていたのかと痛感する昨今。とくに『そこのみにて光輝く』の演技は素晴らしかったですし、絶対にこれから先、もっと大活躍するに違いありません。なんかベタな青春量産映画で濫用してほしくない俳優ですね。
そしてヒロイン(その言い方で正しいのかな?)を演じるのは“小松菜奈”。彼女が“柳楽優弥”や“菅田将暉”を上回るラスボス感があって、もうとんだ若手バケモノ大集合映画ですよ。“小松菜奈”といえば、『渇き。』でのあまりにも衝撃的すぎるデビューが有名で、あれのせいで他の普通の映画には出られないのではないかと勝手ながら心配したくなるほどでしたけど、『ディストラクション・ベイビーズ』は久々にまた“小松菜奈”ショッキングを与える映画でした。
他にも“村上虹郎”や“池松壮亮”など、日本俳優界から送り込まれてきた狂犬病アライグマたちがわんさか本作に巣くっていますからね(失礼な言い方)。何なんだ、日本の若手俳優たちは…。
キャスティング面では絶対にはハズレなしの最高の演技が見られる映画なのは100%間違いありません。ただ、といっても、なかなかおすすめしづらい映画であるのも事実。最初はただの喧嘩だったのが、どんどん過激になっていくさまは、ドン引き必須。わかりやすいカタルシスもないし、感情移入も不可能です。まるで暴力で観客を試すような映画ではないでしょうか。
だからどうこの作品をオススメすればいいのやら。とても素晴らしい映画なのですが…。う~ん、ま、とりあえず観て!(思考放棄)
『ディストラクション・ベイビーズ』感想(ネタバレあり)
真利子哲也監督のミルグラム実験
『ディストラクション・ベイビーズ』…タイトルに「ベイビー」ってついているからチャラチャラした可愛げのある作品だと勘違いした人がいるなら、きっと地獄を見るだろうな…(そんな人いる?)。
私は本作を「暴力を客観視して分析する恐ろしい実験映画」のように思いました。まるでミルグラム実験。真利子哲也監督、マッドサイエンティストです。ええ、そうハッキリ言ってやりますとも。
今年はサイコパスを描く邦画として『クリーピー 偽りの隣人』や『ヒメアノ~ル』などの評価の高い作品が注目されました。あくまで私の意見ですが、本作はこうしたサイコパスを描く作品ではないと思っています。どちらかといえば『葛城事件』と同様に、日常社会にある普遍的な狂気を描いている気がしました。
それが暗示されるのは映画ラストで映る喧嘩祭りの場面です。「暴力=良くないこと」として世間では扱われがちですが、私たちの社会には大義名分を得て堂々と存在することが許される暴力が実のところたくさんあります。有名どころだと格闘技、あとは昔では教育もそうでした(今もかな?)。そして、映画でも描かれる喧嘩祭りです。この認められていた暴力がひとたび“枠”から外れると手が付けられないほど暴走していく…それを極端に表現したのは主人公の芦原泰良という男。彼は決して特別に異常なのではなく、あの暴力性は誰しもが当たり前に持っているのかもしれない。だからこそ、裕也や那奈のような多少悪いところもある程度だった人間でも簡単に触発されて最終的には手を血で汚すのでしょう。
前述したアライグマだって、凶暴と安易にレッテルを貼りがちですが、どんな動物も暴力性を内包しているものです。社会は暴力を飼えるのか?というテーマのようにも感じました。
観終わった後に公式サイトを見たときに今さら気付いたのですが、本作のタイトルの「ディストラクション」はてっきり「destruction=破壊」だと思っていたら、公式サイトのURLは「distraction babies」になってました。「distraction」は「気晴らし」という意味です。あらためて本作は気晴らしの暴力(あの3人)と、管理された暴力(喧嘩祭り、ヤクザ、警察)のぶつかり合いだったんだなと実感です。
どっちもどっちでバイオレンス。被害を受ける側にしてみれば同じこと。恐怖でしかないのですけどね。
まあ、こんな小難しいこと考えなくても、本作は役者陣の名演を見ているだけで大満足できます。
裕也を演じた菅田将暉の、弱い奴にだけギャンギャン吠える犬(こういう小型犬いますよね)みたいな演技は楽しいし、那奈を演じた小松菜奈も新鮮でした。今年の邦画は劇中でレイプされる若手女優が目立ちましたが、今回の小松菜奈はさらに一歩突き進んだのではないでしょうか。終盤で吹っ切れたあとの首絞め、アクセル全開、ドア“バンバン”は、これぞ逆ギレ!という感じで彼女の個人的ベストアクトです。やっぱりこう暴力には暴力で反撃しないとね(悪い奴の考え)。
でも、やっぱり本作一番は泰良を演じた柳楽優弥。暴力演技も文句なしですが、愛らしさもあるのが意外に好きです。ヤクザのリーダー格をついに倒したときの万歳!や、首絞めしたあとの那奈への「どんな感じだった?」の一言など、ところどころで人間味がでるのがいいですね。正直、実験対象にしたくなるのもわかる、観察しがいのある奴でした。なるべく離れた位置から(10kmは距離を置きたい)双眼鏡で観察しているぶんには面白いかもしれない。
本作の物語や役者を観て、楽しいとか好きとか感じるのは普通の常識だったら違和感は当然ですけど、こういうものへの妙な愛着ってあると思うのです。なんでだろうと考えると、それはやっぱり私たちの中にも暴力性は飼われているからだと。どんなに綺麗事を言っても巧妙に隠してもそれは消失させることはできない。だったら適度に餌を与えよう。この映画を楽しめる人は(私も含めて)マッドサイエンティストの素質があるのかもしれません。
ROTTEN TOMATOES
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作品ポスター・画像 (C)2016「ディストラクション・ベイビーズ」製作委員会 ディストラクションベイビーズ
以上、『ディストラクション・ベイビーズ』の感想でした。
『ディストラクション・ベイビーズ』考察・評価レビュー