でもたいていはどこにでも火がある…「Apple TV+」ドラマシリーズ『スモーク』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
シーズン1:2025年にApple TV+で配信
原案:デニス・ルヘイン
動物虐待描写(ペット) 自死・自傷描写 DV-家庭内暴力-描写 交通事故描写(車) 性描写
すもーく
『スモーク』物語 簡単紹介
『スモーク』感想(ネタバレなし)
放火魔はすぐそこにいる
日本の消防庁の概数報告によれば、2024年における総出火件数は37036件で、そのうち6.4%にあたる2355件は放火だったそうです。「放火」及び「放火の疑い」を合わせると3862件(10.4%)となります。これでも年々減少傾向にあり、2010年の「放火」及び「放火の疑い」の件数なんかはこの2024年の2倍をはるかに超える数字でした。
件数は少ないと言っても、放火の被害を受けた側にしてみればたまったものではありません。人生や財産を傷つけて奪う手段として、「火」はあまりに恐ろしいです。
今回紹介するアメリカのドラマは、そんな放火という犯罪を犯す「放火魔」を捜査する専門家と刑事を描く作品です。
それが本作『スモーク』。
本作は、複数の連続放火事件を捜査する放火捜査官と刑事を主人公としたクライム・サスペンスなのですが、実在の人物から着想を得ています。具体的に言ってしまうと顛末のネタバレになるのでここでは伏せますが、調べようと思えばいくらでも核心的な部分がわかってしまうので、未鑑賞の人は極力さっさと観たほうがいいです。
でも伝記ドラマでも実録犯罪モノでもなく、あくまで実在の人物を材料のひとつにしている程度であり、大幅に脚色されていますし、あまり気にしないでください。
火災の描写もかなり生々しく、火事にトラウマがある人は観るのはツラいかもですね。
とにかく事件捜査系のクライム・サスペンス好きなら観て損はないでしょう。事件を捜査するどころの話ではなくなってくるかもだけど…。
『スモーク』のショーランナーとなっているのは、映画化もされた『ミスティック・リバー』や『シャッター アイランド』の原作作家としても有名な“デニス・ルヘイン”。“デニス・ルヘイン”のお得意の視聴者さえも翻弄する心理サスペンスが今作でも待っています。
2022年に「Apple TV+」で独占配信された『ブラック・バード』というドラマシリーズでも、中心的な製作者を務めましたが、今作『スモーク』も同じく「Apple TV+」独占配信で、同様の座組となっています。
ドラマ『スモーク』でも主役は“タロン・エガートン”(タロン・エジャトン)です。今回の役柄も完璧に自分のものにしています。なお、製作総指揮にも名を連ねています。
もうひとりの主人公ポジションを演じるのは、『眠りの地』の“ジャーニー・スモレット=ベル”で、こちらも“タロン・エガートン”に負けない熱演です。
他には、ドラマ『Trying 〜親になるステップ〜』の“レイフ・スポール”、ドラマ『リンカーン弁護士』の“ンタレ・グマ・ムバホ・ムワイン”、『クリフ・サバイバー』の”ハンナ・エミリー・アンダーソン”、ドラマ『シャイニング・ヴェイル』の“グレッグ・キニア”、『ザ・メニュー』の“ジョン・レグイザモ”など。
ドラマ『スモーク』は全9話。1話あたり約40~60分で、ゆっくりめに進行しますが、とりあえず2話まで観ると「そういうことね」と本作の立ち位置の合点がいくでしょう。そこからじわじわ燃焼していくかのように物語もヒートアップし、終盤は…。
ぜひ本作を観終わった後は、ご自宅の火災報知器を見直しましょう。古いものを交換したり、新しく追加で設置したり…。そして家のすぐ外に燃えるものを置かないように…。あとは…そうですね…自分語りで男らしさに自惚れる奴は危ないです…(今作を観ればわかる)。
『スモーク』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 火災の被害の生々しい描写(火傷・焼死体など)があります。また、犬が虐待される描写もあります。加えて、男性による女性への抑圧が描かれます。 |
キッズ | 性行為の描写があります。 |
『スモーク』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
デイヴ・グドセンは元消防士で、過去の火災現場での灼熱の地獄の体験が今も悪夢で思い出され、目を覚ますことがあります。同居しているガールフレンドのアシュリーの前では気丈に振る舞い、その心内を素直に明かすことはしません。
家では気難しい思春期のアシュリーの息子エメットとのコミュニケーションにはまだ慣れておらず、会話の糸口もみつからない空気でした。
そんなデイヴは放火捜査官をしています。これは火災が放火によるものかどうかを判断する仕事です。元消防士という経験を活かすにはぴったり。デイヴ自身もこの仕事に自信を持っています。
デイヴが出勤するとミシェル・カルデロン刑事がすでにいました。現在、2人の連続放火犯が管轄内のアンバーランドで問題を起こしていて、捕まえることができていませんでした。ミシェル刑事はそのために派遣されたそうで、双方ともに進展はなかったですが、協力すれば何か打開できるかもしれないとの上からの判断のようです。
ミシェルは実は上司の既婚者のスティーヴン・バークと不倫関係にあり、実質的には左遷のようなかたちで今回の放火魔捜査を命じられていました。今は私的な関係を絶ったつもりですが、仕事柄の接点は消えていません。
対するデイヴも、消防署長のハーヴェイ・エングルハートから、成果を上げないと職がなくなる可能性を告げられていました。どこかに潜む放火魔を食い止めなければ…。
とりあえず2人は一緒に行動してみます。まずは燃え上がった車の分析。デイヴは火災を熟知しています。火災には自然火災、偶発的な火災、原因不明の火災、そして故意に装置で火をつけられた火災の大まかに4種類があります。今回の2人の放火魔によると予想される事件はどちらも発火装置が使われていましたが、それぞれ異なる手段でした。
1人目は店のチップス売り場を燃やしています。火をつけた後はそそくさと店から逃げているようです。店を利用する客は誰でも考えられるので、容疑者候補はあまりに多いです。
一方の2人目の放火犯はミルク・ジャグ(容器)を使っており、主に黒人が住んでいるトロリータウンで夜間にガソリンをばらまき、各住宅のドアに火をつけていました。
1人目の放火魔は監視カメラのわずかな映像から白人男性と分析されていました。2人目は謎です。事件発生地区を生活圏としているのでしょうか。
しかし、ミシェルは知らない、デイヴだけが知っている事実があり…。
マッチポンプな男らしさ

ここから『スモーク』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『スモーク』はバディものの出だしで始まりますが、それはすぐに成立しないことが視聴者に提示されます。あろうことか放火捜査官のデイヴ・グドセンがチップス放火事件の犯人だと第2話の最後でわずかに映された瞬間に…。
このデイヴ・グドセンのモデルとなった実在の放火魔がいて、それが「ジョン・レナード・オール」です。彼はカリフォルニア州グレンデールの放火捜査官でかつ消防隊長だったのですが、1980年代を中心に約2000件の放火を犯したとみられ、有罪判決を受けました。作中のように本当に自分がやった放火を調査する仕事もしていたこともあったようです。
ただ、事前に紹介したとおり、本作『スモーク』はこのジョン・レナード・オールという実在の放火魔を正確に再現したものではなく、あくまで着想元にすぎず、作中のデイヴはほぼオリジナルのキャラクター造形となっています。
では今作では何をキャラクター・アークを成すテーマとしたのか。それはかなり明白で、いわゆる「有害な男らしさ」です。
デイヴの歪んだ男らしさへの執着は序盤から滲み出ており、自分の経験をもとにした物語を本にして書いているのですが、パートナーで司書のアシュリーからは「女性の描写がイマイチ」と苦言を呈されます。それで実際にミシェル・カルデロン刑事がそのデイヴの構想した物語音声を聴く機会を得るのですけども、その女性描写が確かに…あまりにもコテコテのワンパターンで…。
これだけだと失笑のギャグで片づけられないこともないです。しかし、デイヴのアシュリーに対する支配的態度、同意を無視して火で女性をいたぶる性的プレイ、火のパフォーマンスを駆使したプレゼン、自分より知的な女性の意見を目障りとみなす反応など、どんどんヤバさが際立ちます。
そして自動車事故から奇跡的に生還すると、安っぽい探偵スリラーの主人公みたいな雰囲気に変身し、自惚れがさらに悪化していき…。
無論、一方で自分も放火しているので、文字どおりのマッチポンプです。自作自演ヒーローの道を勝手に突っ走っています。自分が念願の逮捕の功績を手にしたあの場での勃起とか、演出が際立ってキモくなっていく…。
この肥大化したエゴの炎は、最終話で一気に水をぶっかけられたように鎮火します。取調室でミシェルと対峙するデイヴの「本当の顔」が映されることで…。
このように本作は心理サスペンスとして視覚トリックを駆使してストーリーテリングをしているタイプの作品だったことが最後に明かされます。どおりでずっとデイヴの表情が強調される演出が多かったわけですね。
“タロン・エガートン”の老け顔もなんだかすでに見慣れていますが、今作はかつてないほどに役にハマっていた気がします。
このトキシック・マスキュリニティのテーマ性は昨今の“デニス・ルヘイン”の最も精力的に取り組んでいる題材であり、すっかり持ち前の心理サスペンスとの合わせ技にこなれてきている感じでした。
男同士の健全な交流が火を和らげるはず…
“デニス・ルヘイン”過去作の『ブラック・バード』でもそうだったのですが、今作『スモーク』においても、2人のマスキュリニティの対決が、その本質的な歪みを浮かび上がらせるという効果をもたらしていました。
本作の場合は、デイヴの正面に立つのはフレディ・ファサーノです。彼はフライドチキンのチェーン店の従業員の中年の男で、人生に絶望しており、店長への昇進の道すらもなく、劣等感が「放火」へと駆り立てる感情の燃料になったことがサイドエピソードで生々しく描かれていました。
このフレディを演じた“ンタレ・グマ・ムバホ・ムワイン”の演技も抜群でしたね。助演男優賞とか全然獲れるレベルです。
切実な苦悩が充満するフレディのエピソードでは、同じ放火魔といっても、適切なケアやサポートがあれば改心できる(もしくは放火犯罪に手を染めなかった)可能性のある者もいるということが提示されるのが印象的だったと思います。
とくにフレディとの同僚のルーとの対話が象徴的で、最初はかなり嫌な奴にみえたルーでしたが、実は結構気にかけてくれており、男性同士の素直な交流がもっと育まれていれば…と思ってしまう切ないすれ違いでした。
対するデイヴは男性同士の関係性においてもやはり有害さが染み込んでいました。あのかつての同僚のエズラ・エスポジートとは悪い意味でホモソーシャルな空気感を作ってしまったようで、エズラもそういう点ではデイヴをこういう人間にまで悪化させた一端を担っています。
こうした「男」と「男」の対峙でマスキュリニティを炙っていく展開は、昨今の“デニス・ルヘイン”らしさでしたが、今作は女性キャラクターも前にでていきます。
ただ、ミシェル・カルデロンについては思い切った展開を用意しているわりには、やや消化不良で丸投げすぎたかな…とは思いましたけどね。
ミシェルはスティーヴン・バークというこれまた有害な男らしさで抑圧してくる男性に現在進行形で悩まされており、それは第8話で衝撃的な顛末を迎えます。
ミシェルは第3の放火犯になるわけですが、デイヴやフレディと違って放火が目的ではなく、放火は証拠隠滅のためです。もっと言えば、抑圧に耐えきれなくなった結果としての対処療法のように生じてしまっており、これはミシェルの母と同様のルートです。
理屈はわかりますが、インモラルな行動に対して結果を問う物語展開までは整っていないので、観客としては放置されます(ただでさえデイヴのことで物語が渋滞しているのに)。おそらく本作はリミテッド・シリーズの前提で製作されているでしょうし、作り手も続編ありきでは考えていないと思うので、このミシェルの結末も納得の上なのかもしれませんが…。
それでも放火という犯罪をとおした男らしさ批評のクライム・スリラーとして、まるで何かが燃える光景から目が離せなくなってしまうような心理的感覚を刺激するサスペンスを披露してくれたので、じゅうぶんに楽しめはしました。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Apple
以上、『スモーク』の感想でした。
Smoke (2025) [Japanese Review] 『スモーク』考察・評価レビュー
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