その二元論以外を探し求めて…「Apple TV+」ドラマシリーズ『バカニアーズ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年~)
シーズン1:2023年にApple TV+で配信
シーズン2:2025年にApple TV+で配信
原案:キャサリン・ジェイクウェイズ
DV-家庭内暴力-描写 性描写 恋愛描写
ばかにあーず
『バカニアーズ』物語 簡単紹介
『バカニアーズ』感想(ネタバレなし)
金ぴか時代を荒らす女子たち
アメリカの時代史において「金ぴか時代(Gilded Age)」と呼ばれる年代があります。1870年代後半から1890年代後半にかけての約20年ちょっとの短い期間なのですが、アメリカの歴史において重要な時期です。
この時代は、奴隷制度崩壊後のリコンストラクションの時代を通り抜け、とくに北部と西部で急速な経済成長が起こりました。まさに一代で巨富を築く「アメリカン・ドリーム」を象徴する時代でありましたが、同時に成金的な物質主義が蔓延り、経済格差や汚職の問題が浮き上がった一面もあります。
今回紹介するドラマシリーズはそんな時代を舞台にした、社会に翻弄されながら新しい「自由」を求めて奮闘する若い女性たちの群像劇です。
それが本作『バカニアーズ』。
本作は原作があって、“イーディス・ウォートン”という1862年生まれのアメリカの女性小説家が執筆したもので、最後に手がけた小説でした。“イーディス・ウォートン”は1937年に亡くなり、未完のままだったのですが、その状態で1938年に出版されたそうです。
未完ゆえに原作者の意向がわからず、この小説の「完成版」と銘打った後で別の人が補完したバージョンも、1995年にミニシリーズとして映像化された際も、かなり批判を集めたのだとか。
ということで今回の『バカニアーズ』もどう翻案するか、腕が試されるところですね。
今作のショーランナーとなったのは、イギリス人の“キャサリン・ジェイクウェイズ”。もともとコメディアンで、ラジオのコメディシリーズにでていた人だそうです。私も全然知らないので、今作で初めてその才能に触れました。
「Buccaneers(バカニアーズ)」という言葉は「海賊」という意味ですが、それこそ海賊のような「無節操な人」を指すこともあり、本作はまさにこの後者。主人公である若い女性たちは、金ぴか時代を謳歌するアメリカの上流階級の富裕層で、そんな自由を当たり前とする彼女たちが、イギリスの貴族社会に上がり込み、そこで文化的衝突が起きるさまを描いています。
恋愛を軸にしたメロドラマではあるのですが、そのメロドラマ自体を風刺するような要素が濃く、この時代感覚でいうと無節操な若い女性たちの生き様がどう現代的な自由に繋がっていくのか…そのあたりが見どころかもしれません。
「HBO」が『ギルデッド・エイジ -ニューヨーク黄金時代-』という同時代を舞台にした似たようなドラマシリーズを先行発進させていますが、今作『バカニアーズ』は「Apple TV+」によるもので、追走するかたちに。
雰囲気としては「Netflix」のドラマ『ブリジャートン家』に通じる、現代的なセリフやアクセント、現代音楽を交えた演出をしているタイプの作品でもあります。“オリヴィア・ロドリゴ”とか、“チャペル・ローン”とか、そんな感じです。
『バカニアーズ』を彩る俳優陣は、『HOW TO BLOW UP』の“クリスティン・フロセス”、ドラマ『13の理由』の“アリーシャ・ボー”、ドラマ『ダイバーズ・クラブ』の“オーブリー・アイブラグ”、ドラマ『The Outpost』の“イモージェン・ウォーターハウス”といった女性陣、そこに今作でテレビデビューの“マシュー・ブルーム”、ドラマ『Noughts + Crosses』の“ジョシュ・ディラン”、ドラマ『Showtrial』の“バーニー・フィッシュウィック”が加わっています。
ちなみに、“クリスティン・フロセス”と“アリーシャ・ボー”はノルウェー人、“オーブリー・アイブラグ”はダゲスタン共和国系オーストラリア人で、あまり米英に固執したキャスティングはしない方針のようです。
さらに、本作はサフィックなロマンスもあって、“ジョシー・トター”と“ミア・スリープルトン”の2人が演じる女性同士の愛にも注目です。なお、“ジョシー・トター”本人はトランスジェンダー女性です。別にトランスジェンダーのアイデンティティを主題にした物語は展開されませんが、こうやってレズビアン・ロマンスに当たり前にトランスジェンダー俳優が参加できるのは、製作者のアライの姿勢としても素晴らしいと思います。
『バカニアーズ』はシーズン1・シーズン2ともに全8話で、1話あたり約45~50分。社交界を荒らす自由人な女子たちにお付き合いください。
『バカニアーズ』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 男性から女性へのドメスティック・バイオレンス(DV)の描写があります。 |
キッズ | 性行為の描写があります。 |
『バカニアーズ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
アメリカで暮らすアナベル(ナン)・セント=ジョージは大勢で賑わうパーティー会場で忙しくしていました。自分が主役ではありません。今日は親友のコンチータの結婚式です。イギリス貴族リチャード・マラブル卿との結婚はコンチータにとっても心の準備がまだできていないようで、今も不安そうにしています。実は妊娠もしていました。
コンチータは窓からイヤリングを落としてしまい、ナンは緑のドレス姿のまま果敢にも2階から下に壁つたいで降りていきます。そのとき、ちょうど式に顔をだす予定だった、イギリス貴族のガイ・スワルテの目にとまります。
婚約者リチャードが遅れてやってきて、彼も結婚生活が上手くいくか心配でいっぱいのようです。それでもウェディングドレスをまとい、コンチータはリチャードと幸せなキスを交わし、大はしゃぎ。
ナンとコンチータの他に、ナンの姉のヴァージニア(ジニー)、エルムズワース姉妹のエリザベス(リジー)とメイブルは、いつも一緒の仲です。この日も5人で祝福に包まれます。
そんな会場でナンは先ほどのガイと親しくなりますが、彼はイギリスの母親の体調がすぐれないのですぐに帰らないといけないらしいです。
この結婚式がきっかけで、リチャードの招待もあってジニーとリジーもイギリス・ロンドンの社交界にデビューすることになります。みんなでイギリスに到着し、久しぶりにコンチータと再会すると、リチャードが懸念していたとおり、義理の両親からはあまり良い対応を受けていない様子。ナンには「母親になること」の不安を打ち明けてきます。
優雅な舞踏会が行われ、男に品定めされる少女たちの光景にやや気分を悪くするナン。しかし、ガイとまた再会して調子に乗ります。
ところがその有頂天がたまたま会場を乱す引き金になってしまい、良い空気を作ろうとしていたジニーは苛立ち、思わずナンの出生の秘密を喋ってしまいます。ナンは父親トレイシーの浮気のせいで生まれた子であり、母親のパトリシア(パティ)はそれを隠して育てた…と。
ナンも知らない事実で驚愕。その情報を整理できないまま、ナンはコーンウォールへの浜辺に追い出されてしまいます。
けれどもひとりではありませんでした。ティンタジェル公爵セオドア(セオ)が近づいてきて、ナンに好意を示したのです。
意外な出来事に驚くナンでしたが…。
シーズン1:自分本位で突き進む覚悟はあるか?

ここから『バカニアーズ』のネタバレありの感想本文です。
アメリカの裕福な家庭に生まれた原作者の“イーディス・ウォートン”は「金ぴか時代」における米英の異文化の衝突が女性の社会的な立ち位置にどう影響するかを物語内で捉えようとしたのかもしれませんが、ドラマ『バカニアーズ』は、必然的に現代の価値観を持った視聴者が観ることになるので、イギリスはおろか、アメリカの上流社会も、他人事に映ります。
それでも現代的な翻案のおかげで、あの若い女性陣がまるで「2020年代の文化的な衝突の中で揉みくちゃにされつつ、そこで自分の生き方を模索する」という現Z世代とどこか重なるような…そんな描かれ方にもなっていたと思いました。
メインの主人公であるナンは「自由恋愛主義者」を体現しています。冒頭で言っていますが、結婚が成立すればステキなラブストーリーで、それが破綻すれば悲劇という、単純な二元論に染まろうとはしていません。「結婚=幸せ」「離婚=不幸」の2つとは異なる自己実現を探しています。
とは言え、進歩主義の時代の手前なので、ナンを取り巻く環境は本人が自覚している以上に窮屈です。そのうえ、「自由」というのも案外と代償が多く、他者を傷つけます。それでもあえて自分本位で突き進む覚悟はあるか?と問うような、そんな物語でしょうか。
なので本作のナンの言動をみてイラつく人もいるかもですけど、ナンは世間にとって目障りでない上品な女性になるつもりはなくて、「社会を荒らしまくる」存在なんでしょうね。
作中ではナンはセオとガイという2人の男性の間で揺れ動きますが、問題は「誰とくっつくか」ではなく、「納得のいく自由な恋愛」を見いだせるか。
それはセオとガイも同じような心境なのですが、セオは階級の権力を保持したまま階級の重圧のない生き方をしたいようで、ちょっとズルさはあります。ガイは黒人ということもあって家が追い込まれており、「アメリカの裕福な女と結婚しろ」とこちらはこちらで重圧があり、それから逃げたくてナンとのカジュアルな関係で気を紛らわしています。
人種的に言えばコンチータも苦戦しまくっており、ただ、わりと「やってやるぞ!」と負けん気の強い女ではありましたね(そのぶんリチャードの今一歩な不甲斐なさが気になる)。
一方のジニーとリジーはリチャードの弟ジェームズ・シーダウンという本作における最低最悪の男に捕まってしまい…。殺人鬼と化した熊のプーさんはこの近くにお住みじゃないですか?…殺してほしい男がいるんですけど…!
そんな異性愛者の喧騒の裏で、メイブルとホノリアの同性愛は密かに燃え上がり、本作にて最も応援しやすい恋模様がみれますが、世相的に限界がすぐにくるので、悲しくもある…。でも同性愛同士でも米英の環境差がでるのは興味深い表象ではありました。
シーズン2:自由はもつれにもつれて
ドラマ『バカニアーズ』のシーズン2は前シーズン以上の恋愛相関図です。自分本位は全然いいのだけど、近しい周辺だけで恋愛の矢印を飛ばしすぎじゃないか…。
セオと結婚したナンはガイを忘れられず…。そのガイはイタリアのパロマと自由な愛を楽しみ…。取り残されたセオはヘクター・ロビンソンと結婚するはずのリジーと秘密の愛を重ね…。アーサー王の王妃でランスロットと不倫したグィネヴィア以上のもつれにもつれまくった恋愛模様が物語として展開します。
それはさておき(さておけるのか?)、問題は虐待夫のジェームズです。イタリアにまで逃げてもマインドコントロールから逃れられないジニーは赤ん坊を奪われ、反抗した結果、精神病院送りに…。この時代、自分本位だと社会にみなされた女性がたどりつく最悪の行き先です。
まあ、とりあえずジェームズは物語から退場しました(リチャードという犠牲を払って…)。
本作、このジェームズ相手にだけ女性陣が急に思い出したかのようにシスターフッドな団結をみせますが、もうその共通敵もいなくなると、後に散乱するのはドロドロの男女関係です。パトリシアの離婚裁判も無事に乗り切り(あの実母ネルの告白だけで勝ててしまうのはいささか安直ではと思わなくもないけど…)、最終問題に向き合わないといけないときがきました。
自分本位の自由な生き方の重みを一番に背負うハメになったのはやっぱりナンですが…。
逆に夫亡き今、コンチータはその積極的な起業精神もあって、最も規範から脱した生き方に近づいていますね。最初に結婚した女性なのに、一番に結婚規範から脱せているのが皮肉な話ですが…。
メイブルとホノリアに関しては、(あのジェームズ以上に諸悪の根源である)母の前で堂々とキスする姿をみせつけることで、一発食らわしたので、ささやかながらこれはこれで痛快。ホノリアは海外に行ってしまったので、メイブルは別の女性との恋を見つけるのだろうか…。
そう言えば、ゲスト出演しとしてあの“ディラン・マルバニー”(トランスジェンダー女性のモデル兼俳優)がチラっと登場していましたね。さりげなくトランスジェンダー・アライなドラマです。
話をナンに戻しましょう。もつれて多重玉突きを起こしまくった結果、ナンはひとり追い出されましたが、またも新しい男性の気配が…。ほんと、玉には不足しないドラマだよ…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
作品ポスター・画像 (C)Apple
以上、『バカニアーズ』の感想でした。
The Buccaneers (2023) [Japanese Review] 『バカニアーズ』考察・評価レビュー
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