新年からなんて不吉な映画を見せるんだ…映画『非常宣言』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2022年)
日本公開日:2023年1月6日
監督:ハン・ジェリム
交通事故描写(飛行機)
非常宣言
ひじょうせんげん
『非常宣言』あらすじ
『非常宣言』感想(ネタバレなし)
新年早々、航空パニックはいかが?
まだコロナ禍で感染対策が継続していた2021年、釧路空港から関西空港に向かう飛行機の機内で、マスクの着用を頑なに拒否して、客室乗務員の腕を掴むなどして怪我をさせたり、緊急着陸させたりした罪などに問われた男について、2022年に大阪地裁は懲役2年、執行猶予4年の有罪判決を言い渡しました。裁判官は「自らの考えを押し通すため各犯行に及んだ」「自らを顧みる姿勢に乏しい」と言及したものの、対する被告の男は「中世の魔女狩り裁判だ」などと法廷内で叫び、憤りを露わにしていたとのこと。
コロナ禍になってしまってそれが物事の中心になっていることに慣れ切ってしまっていますが、そもそも航空機では以前はテロ対策が喫緊の課題だった時期がありました。機内で不審な行動をとる乗客がいたらどうすればいいか、危険行為をとる人間が出現したらどうするか…。航空業界は神経を尖らせていたでしょう。なにせ航空機はバスや電車と違ってその場で停車して乗客を降ろせません。かなり融通が利かない空間です。
マスクの着用を正当な理由もなく拒否するというのも、些細なことに見えても、運航上はじゅうぶんに懸念事項のはず。苦労の絶えない現場の安全を守るために日々頑張っている方々、お疲れ様です…。
そんな航空業界には申し訳ありませんが、今回紹介する映画は航空機が大変な事態に陥る作品です。
それが本作『非常宣言』。
タイトルがいかにも「ヤバイです!」と危機感丸出しですが、実際作中ではとんでもないことが起きます。なんと機内で致死性ウイルスがバラまかれるというバイオテロが発生。乗客が次々と感染する中、パイロットまで感染して墜落の危険も勃発。一方の地上では犯人をめぐって大騒動が起きて…。
なんでしょうか、劇場版「名探偵コナン」かよ…というくらいの盛り合わせですよ。まあ、本作を観ていたら機内のどこかに「見た目は子ども、頭脳は大人」な眼鏡の名探偵が乗っているんじゃないかという気もしてくる…。
でも残念ながら(?)乗ってません。代わりに乗っているのは、“イ・ビョンホン”です。『白頭山大噴火』や『KCIA 南山の部長たち』など近年も話題作の韓国映画に続々と出演し、『マグニフィセント・セブン』などハリウッドでの進出も目立っている、みんな大好き“イ・ビョンホン”。
なんだ、“イ・ビョンホン”が乗っているならきっとなんとかしてくれるよねと安心したいところですが、今回の“イ・ビョンホン”、飛行機恐怖症なんです…。びびりまくっている“イ・ビョンホン”が見られるのは可愛いけど、作中では事態が事態なだけに大丈夫か…という感じ…。
共演は、『ベイビー・ブローカー』の“ソン・ガンホ”、『メモリーズ 追憶の剣』の“チョン・ドヨン”、『感染家族』の“キム・ナムギル”、『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』の“イム・シワン”、『未成年』の“キム・ソジン”、『がんばれ!チョルス』の“パク・ヘジュン”など、豪華な顔ぶれとなっています。
本作『非常宣言』は韓国映画の中でもトップクラスの迫力の仕上がり。最近の韓国映画は『モガディシュ 脱出までの14日間』でもそうでしたけど、パニック・スリラーのクオリティが凄まじいですね。予算の上昇と技術の向上が相乗効果を生んでいるのか、普通にハリウッド一級品クラスの映画がばんばん出現しています。本作『非常宣言』も航空パニックものとしては高品質で、ジャンル好きも大満足でしょう。ジェットコースターみたいなエンターテインメント体験です。
今の韓国映画界なら劇場版「名探偵コナン」級の盛り盛りのジャンル丼も余裕で実写で作れてしまうんですね。
なお、今回は韓国映画と言えどもゾンビ作品にはなりません。そこは期待しないで…。
監督は『恋愛の目的』『優雅な世界』『観相師 かんそうし』『ザ・キング』を手がけてきた“ハン・ジェリム”。本作で大ヒットメーカーとしてさらに飛躍するのかな。
言わずもがな、航空機パニック映画ですので、機内上映とかはされないでしょう。というか、機内で観ていても居心地悪いだけです。これぞ映画館に最適というシチュエーション。なにせ映画館の席に座っている状態が、まさしく大混乱となる機内に座っているしかできない乗客と一致しますからね。逃げ場ない空間で「どうか助けてくれ」と願いながら席にしがみつくしかない…そんな生きた心地のしないフライトを疑似的に味わってください(実際にこんな目には遭いたくない)。
新年早々こんな不安に陥れる映画を観るというのもあれだけど、まあ、新年の勢いのままに見ればなんとかなる(無責任な発言)。
『非常宣言』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :迫力を堪能して |
友人 | :一緒に緊迫のフライトを |
恋人 | :ロマンス要素無し |
キッズ | :残酷描写は少なめ |
『非常宣言』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):非常宣言、発令
仁川国際空港は今日も利用客で人混みができていました。チェ・ヒョンス副操縦士は他のパイロットと操縦する機体に向かうために歩いていると、ロビーでひと組の親子を見かけて思わず振り返ります。
その親子、パク・ジェヒョクと娘のスミンは、ハワイ・ホノルルに向かうKI501便に乗る予定でした。スミンはトイレにひとり行きますが、女性トイレは長い行列で躊躇。
一方、男性トイレの個室では若い男のリュ・ジンソクが自分の脇をナイフで切り裂き、出血と痛みに歯を食いしばりながら小さなカプセルを入れて縫い直していました。個室を出て鏡の前で平静を装っていると、スミンも男性トイレの個室を利用してちょうどでてきました。
ジェヒョクはスミンと合流しますが、トイレにいたリュ・ジンソクに話しかけられ、やたらと意味ありげな振る舞いをするこの男を不気味がって離れていきます。
別の場所、ク・イノ刑事は出勤し、署内ではネットにアップロードされたという「飛行機を襲う」という犯行声明の動画で持ち切り。仲間たちはあまり本気にしていませんでしたが、ク・イノは不安がよぎります。なぜなら妻は今日飛行機でハワイに行くはずだったからです。
ク・イノは聞き込みし、動画に関係ある場所を突き止めます。団地の一室で、ドアは開いており、カーテンの閉め切った真っ暗な部屋。そこで無造作に置かれたビニール袋に入った遺体を発見し、イタズラではないことを理解します。
捜査はすぐに開始され、死因は何かの毒物だと判明。そして大量のビデオテープが見つかり、そこにはマウスを使った実験の様子がおさめられており、何かの伝染性のウイルスのようなもので、マウスが無惨に死んでいました。テープのラベルから潜伏期間を短くしていったと推察され、この遺体もそのウイルスの犠牲者ではないかと疑いが強まります。つまり、本当に飛行機で何かするつもりなのか…。
その頃、リュ・ジンソクは搭乗前検査を通過し、機内に乗客が続々と乗り込む中、席につきます。こうして何事もなくKI501便は離陸するのでした。
リュ・ジンソクはトイレでカプセルを取り出します。トイレからでるとスミンも近くにいて、トイレに入ろうとしますが、別の男が我先にと入ってしまいます。「幸運だね」とリュ・ジンソクは不敵にほほ笑みます。
トイレをでた男はトイレがおかしいと苦情を言い、何か降りかかっているような違和感を訴えます。客室乗務員がすぐに清掃。
ジェヒョクは隣の男が見ている動画に目をとめます。飛行機を襲うという脅迫動画で、そこにわずかに映っている男はあのトイレの怪しい奴ではないかと勘繰ります。客室乗務員に説明して、あの男を調べるべきだと主張。スミンは「みんなここで死ぬ」と言っていたと語ります。客室乗務員が身元を確認すると科学者だと名刺を見せるのでした。
同時期、客室乗務員はパイロットに食事を用意して持っていきます。
一方、ク・イノはバイオテロだと対応を急がせていました。国土交通大臣のキム・スッキも呼び寄せられ、指揮にあたります。
そして航空機内でひとりめの犠牲者が発生。怪しい行動で逃げようとしたリュ・ジンソクを取り押さえ、彼はこう語るのでした。
「全員殺したい」と楽しそうに…。
当機は見せ場の大サービスをご用意しています
『非常宣言』は同じ韓国映画で最近の航空パニックものである『ノンストップ』とは違い、割と緩く楽しめるものではない、本当にリアルを重視してきっちり作り込んだ航空パニック硬派な一作です。
冒頭から非常に生っぽい撮り方をしているカメラワークで、空港の何気ない光景を映し出しつつ、ゆっくりと不吉な空気を少しずつ注入していくように緊張感を高めていきます。
このあたりは航空パニックものの醍醐味ですね。このジャンルが他の乗り物よりも緊張が生まれやすいのは、搭乗するまでにいくつものステップがあるからだと思います。まず空港に到着して、次に搭乗手続きをして、保安検査をクリアして、搭乗ゲート先のロビーで待機して、最後に飛行機へと向かい、やっと乗れる。この過程で何か不審なことが露呈するのではないかというハラハラがあります。
今作はトイレが不穏な空気を生じさせる起点となっており、トイレ恐怖というベタな演出です。
で、ついにウイルス散布が起きるのですが、でも本来のウイルスは静かに感染が拡大するので恐怖が見えません。しかし、本作のウイルスはエンタメ向けのものなので、わざわざ盛大に目が弾け飛んだりして悲惨に死んで場を盛り上げます。
さらにこの映画は大盤振る舞い。このパニックのすぐ後にひと段落させたかと思ったら今度はパイロットが死亡して航空機は真っ逆さまに降下。このぐるんぐるん状態の映像は大迫力でした。なんでも実物の航空機(廃棄予定のもの)を購入して、それをセットに用いて、しっかり回転できる仕掛けセットも作って、本当にあの状況を再現しているとのこと。本格的に作り込んでいるだけあって、臨場感抜群。これは怖い…。
次の映画的な派手見せ場は日本の成田国際空港に緊急着陸しようとして、自衛隊機に迎撃されるかもしれない!という恐怖シーン。最も映画的なフィクションらしい大見せ場で、現実的にはちょっとあり得なさそうなんですけど(冷静に考えれば危険なウイルスが蔓延した飛行機を日本上空で撃ち落としたら困るのは日本だし…)、墜落の恐怖の次段階で緊迫感をだすならこれくらいしないと…という作り手のサービス精神を感じます。
とどめはジェヒョクは飛行機を無事に着陸させられるのか!というフィナーレ。このへんは“イ・ビョンホン”だから絶対に大丈夫だなと安心して観れましたけど…。
世界は容易には連帯できない
こんな感じで「これぞエンターテインメント!」という王道を高速でぶっ飛ばす『非常宣言』なのですが、芯のテーマはとてもリアル。というか切実です。
本作はコロナ禍の前から企画されていたそうで、一時的に制作をストップせざるを得なかったようですが、それでも完成した映画を観ると、明らかにアフターコロナな感慨を漂わせる映画だったな、と。きっと製作者も脚本についてはコロナ禍を経験してあれこれ変えたりしたのではないかな…。
とくに感染が蔓延してしまったと判明した航空機の対処をめぐる後半は、完全に「クルーズ船”ダイヤモンド・プリンセス”」の事件を彷彿とさせますよね。人道的には助けるべきなんだろうけど、でも感染が拡大したら嫌だという恐怖感が世間の関心を停滞させる…。ドキュメンタリー『ラスト・クルーズ』を観ると、ダイアモンド・プリンセス号の乗客の間で「この船は沈められる」なんていう噂まで飛び交っていた事実も語られ、何とも言えない陰湿な空気が伝わり、『非常宣言』の逼迫がより本物に見えるでしょう。
『非常宣言』は、世界は容易には連帯できないという悲しい現実を直視させるものです。
『非常宣言』で悲劇に見舞われた機内でも、感染可能性のある者は後ろの座席に移動させられ、乗客がギスギスした空気と共に分断されます。次にアメリカや日本からの受け入れを拒否され、国際的な連携なんてあっけなく崩壊し、孤立します。さらには韓国国内すらも世論が真っ二つに分かれ、同国民でも刃を向ける本音を突きつけられ、思い知ることになってしまう。もちろんこれは韓国という、北朝鮮との分裂を経験した国だからこそリアリティが増しているメッセージだとも思います。
どんなにマニュアルがあろうとも、法律や条約が整っていようとも、大衆が心の底から団結できないと意味はない…。
あえてこの『非常宣言』に苦言を言うなら、やや映画の展開の持っていき方として危ういなと思う部分もあったということですかね。
例えば、終盤はかなり自己犠牲を美学として押し出しまくります。KI501便の乗客が全員自死(自決と言うべきか)を選ぶしかないことを察したり、それを食い止めるために今度はク・イノが自分の身体でワクチンの効果を確かめるためにウイルスに感染してみたり…。
あのク・イノの自己犠牲を感動の要素にしていますけど、医学的には全くおかしなシーンですけどね。ワクチンの有効性ってそんな単独のサンプルでどうこう判明するもんではないだろうに…。このあたりは前半の航空パニックの息も詰まるリアリティから一転、相当に雑なディテールの粗さだった…。
結局のところ、本作の正しさの象徴であるスッキ大臣の自己犠牲的政治家の振る舞いもあって、感傷に浸りながらこの映画は終わっていくのですが、あんまり具体的な「じゃあパンデミック時はどうすればいいんだ」という方法論の話は煙に巻かれてしまったエンディングと言っていいような…。
映画が解答を用意できないあたりが、また残酷な現実とも受け取れるけど…。
とりあえず航空機に乗り降りするときは、マスクと手洗い・うがいをしましょうね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 64% Audience 80%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 showbox and MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『非常宣言』の感想でした。
Emergency Declaration (2022) [Japanese Review] 『非常宣言』考察・評価レビュー