その男はなぜ大統領を殺したのか…映画『KCIA 南山の部長たち』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2020年)
日本公開日:2021年1月22日
監督:ウ・ミンホ
KCIA 南山の部長たち
けーしーあいえーなむさんのぶちょうたち
『KCIA 南山の部長たち』あらすじ
1979年10月26日、韓国の大統領直属の諜報機関である中央情報部(KCIA)のトップであるキム・ギュピョン部長があろうことか大統領を射殺した。本来であれば絶対にありえないであろう事件。この衝撃の出来事の40日前、KCIA元部長パク・ヨンガクは亡命先であるアメリカの下院議会聴聞会で韓国大統領の腐敗を告発していた。それに激怒した大統領に事態の収拾を命じられたキム部長は奔走することになるが…。
『KCIA 南山の部長たち』感想(ネタバレなし)
韓国の大統領暗殺事件の裏側
自国のトップに立つ人間を暗殺したいなぁ~…なんてお気軽にボヤいていいのかはわかりませんが、実際のところ口にしたとて実行できるわけもないのが現実です。
国のトップとは程遠い人がそう思っているからダメなのであって、もっと近しい立場の人だったら実行できるのではないか…。でもそんな近い人間がそれほどの殺意を抱くはずはないですよね。
ところが韓国ではそんな事態が実際に勃発してしまった歴史があります。しかも、大統領と同郷で同期で縁故人事で政治中枢に関わるほどの親しい間柄だった存在が、まさか大統領を殺めるなんて思いますか?
その国家的一大事を描いた政治映画が本作『KCIA 南山の部長たち』です。
題材になっているのは「朴正煕暗殺事件」。これは1979年10月26日に大韓民国のソウル特別市で、当時の国のトップである朴正煕大統領と車智澈大統領府警護室長が金載圭大韓民国中央情報部部長によって殺害された事件であり、国を激震させました。「10・26事件」や「宮井洞事件」とも呼ばれているそうです。
まずちょっと韓国の歴史を整理すると、1950年から始まった朝鮮戦争が1953年7月にひとまず休戦協定が調印され、軍事境界線が確定した後、当時の韓国は初代から続く李承晩政権でした。しかし、1960年に四月革命が起きます。第4代大統領選挙における大規模な不正選挙に反発した民衆デモによって政権は崩壊。そんな政治体制が弱ったところで1961年に軍事クーデターが起き、政権は奪取され、朴正煕政権が誕生。この政権が実に長く続くことになるわけです。
その長期政権に予想外の不意打ちを食らわしたのが「朴正煕暗殺事件」でした。当時は政府権力は国民への統制を強化し、言論弾圧などを徹底的に実行。これが反感を買い、民主化デモも起きていました。そして1976年には在米韓国人ロビイスト朴東宣が米軍の韓国撤退を阻止するべくアメリカ下院議員を買収しようとした「コリアゲート事件」が発覚し、韓米関係も悪化。政府としては八方塞がりの追い込まれ状態。そこにまさかの自国の中央情報部部長が刃を向けてくるなんて…。
中央情報部というのは別名「KCIA」と呼ばれ、当時の韓国の情報機関です(今は存在しません)。この機関のトップに立つ男がこの『KCIA 南山の部長たち』の主人公であり、いかにしてこの男が旧知の大統領を殺すに至ったのかが描かれます。組織については作中で説明されるのでそんなに知らなくても大丈夫です。
衝撃の実話の映画化となった『KCIA 南山の部長たち』ですが、これがまたさすがの韓国映画の上質クラス。非常にスマートな作りになっていて…。単なる史実を知るだけでなく、いろいろな示唆を与える深みのある物語になっています。
『KCIA 南山の部長たち』の評価はとても高く、青龍映画賞では作品賞を見事に受賞。過去の作品賞受賞作は『パラサイト 半地下の家族』(2019年)、『1987、ある闘いの真実』(2018年)、『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)などですから、そうそうたる顔ぶれに並びました。
監督は『麻薬王』『インサイダーズ 内部者たち』ですでに高評価を得ている“ウ・ミンホ”で、キャリアの天井をさらに突き破っています。
俳優陣は、『マグニフィセント・セブン』などハリウッドでも活躍する“イ・ビョンホン”がKCIAの部長を、『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』でも名演を披露した“イ・ソンミン”が大統領役を熱演して激突します。他にも『鋼鉄の雨』『哭声 コクソン』の“クァク・ドウォン”、『虐待の証明』『海にかかる霧』の“イ・ヒジュン”など大物級の男優が勢揃いで演技の睨み合いをしまくるという豪勢な映画です。
演技合戦だけでも見物ですし、政治劇としても一級品です。歴史の知識はそんなになくてもOKです(上記で説明したことを軽く頭に入れておけばいい程度)。小難しさもなく、一気に魅了されるサスペンスになっています。この年を代表する韓国映画なのでぜひとも韓国映画の中でも優先的に鑑賞してほしいです。
個人的にはBLとしてもじゅうぶん解釈できる素材だと思いますが、そのあたりは後半の感想で。
オススメ度のチェック
ひとり | :BL好きにもオススメ |
友人 | :韓国映画ファン同士で |
恋人 | :恋愛要素はありません |
キッズ | :政治家を目指す? |
『KCIA 南山の部長たち』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):お前には殺されたくない
1979年10月26日。韓国の宮井(クンジョン)洞の設宴所。黒い車列が夜間に移動しているのをモニターで監視している者も。ここは韓国の頂点に立つ大統領が会食をする場です。警備が厳重なのも当然。
そこにひとりの男。「国が道を誤れば我々も終わりだ。覚悟は?」…そう口にした眼鏡の男は拳銃を差し出し、部下に渡します。「閣下も対象に?」と聞かれ、「今日始末する」と重々しく答える男。そして銃声が鳴り響くのでした。
この銃を撃った男の名はキム・ギュピョン。大韓民国中央情報部(KCIA)部長です。1961年5月16日、軍部がクーデターを起こし、新政権を樹立した際、 韓国初の情報機関である「中央情報部(KCIA)」も設立されました。KCIAはパク・チョンヒ大統領による長期政権を支え、南山にあった中央情報部はその存在自体が恐怖の対象となり、大統領に次ぐ権力を持つ中央情報部の歴代部長は「南山の部長たち」と呼ばれました。
その現“南山の部長”であったはずのキム部長が銃を向けた相手は他ならぬパク大統領。一体なぜなのか…。
話は40日前に遡ります。アメリカのワシントンDCで聴聞会が開かれ、コリアゲートの内情を知る中央情報部の元部長パク・ヨンガクが証言します。「私は今後韓国で政治に携わるつもりはありません。祖国の民主化を願い、証言に立ちました。腐敗の頂点に立つ人物を告白するためにここに来ました。その人物とはパク大統領です」…そう衝撃的な発言を淡々と述べて…。
同時期、キム・ギュピョン部長がパク大統領のもとへ。例のパク元部長の独断行動は当然大統領を怒らせます。「穏便に解決します」となだめるキム部長は回顧録を入手することを約束。「君も私の退任を望むのか?」と言われ、言葉に詰まるも「閣下をお守りします」の言葉を絞り出すキム部長。
アメリカに潜入させているハム・デヨン要員から「ロビイストのデボラ・シムが仲介をしている」と報告を受け、キム部長もワシントンDCに向かい、パク元部長のもとに乗り込みます。キム部長を見て警戒しつつも、「帰国しよう」という誘いを断り、「お前も俺と同じ目に遭うぞ」と忠告してくるかつての先輩。「原稿をよこして閣下に許しを請え」とキム部長は最終通告をします。
公園のベンチでパク元部長と落ち合い、彼は原稿を渡してくれました。
「なぜおまえに渡したと思う。少なくともお前にだけは殺されたくないからだ」
そしてパク元部長はこんな話を切り出します。
「イアーゴを知っているか」「閣下は秘密情報隊を持っていてそのトップがそう呼ばれている。中央情報部を上回る存在がいる。秘密情報隊を通して資金洗浄を行っているようだ。俺が思うに1961年の革命の頃からだ」「大統領に次ぐ権力者はイアーゴだったんだ」
そんな驚きの事実を知り、動揺するも「閣下の言葉を信じる」とキム部長。
「俺たちは何のために革命を起こしたんだ」と言いながら立ち去るパク元部長。
こうしてキム部長の心は揺らぎつつ、窮地に追い込まれた政局はキム部長に敵意を向け始め…。
男たちの関係性を描かせたら…
韓国映画は政治や企業(ときにはヤクザも)という組織の人間関係を描いたものはたいていは男たちの関係性を主軸にしています。言ってしまえばすごく濃密なホモ・ソーシャルを映し出しています。だからこそ最近の『サムジンカンパニー1995』のように女性を焦点をあてたものはひときわフレッシュに感じるのですが…。
この『KCIA 南山の部長たち』は男たちの関係性というテーマが究極にとことん濃縮されており、しかも非常に知的でスマートな描き方になっていると思います。
それを象徴するのが前半で出てくる「イアーゴ」に絡めた会話で名前が出されるシェイクスピアの「オセロ」です。お話をざっくり説明すると、ヴェニスの軍人でムーア人であるオセロが旗手イアーゴーの奸計にかかり妻デズデモーナの貞操を疑って殺すが真実を知ったオセロは自殺する…という悲劇です。ボードゲームのオセロの名前の由来にもなっています。
この「オセロ」は男たちの嫉妬と競争心が話の中枢にあり、『KCIA 南山の部長たち』も完全にそれをなぞっています。一応はデボラ・シムという女性キャラクターもいるにはいますけど、ほとんどメインに絡んできません(ほぼコリアゲートと接続させるためのキャラでしたね)。
とくに本作で男たちの関係性が色濃く表されるのが会食のシーン。“ウ・ミンホ”監督は『インサイダーズ 内部者たち』でも会食の描き方が絶妙に上手かったですが、今作はさらに研ぎ澄まされた感じでしょうか(韓国映画はそもそも会食を描くのが上手いですけどね)。
一方で会食外ではかなり粗雑なやりとりが起こったりします。例えば、あのクァク・サンチョン警護室長との取っ組み合いとか。もう小学生男子の喧嘩です。あそこでチョン・ドゥヒョク保安司令官にキム部長への敵対心をこっそり植え付けるあたりとか、本当にクァクは小物だ…(でもあのチョン・ドゥヒョクこそが次期大統領の全斗煥なわけですから、どこに一番の狡猾な奴が潜んでいるかわからないものだ…)。
ただこれまでの“ウ・ミンホ”監督作品と違って俗悪なバイオレンスや性描写は出てきませんでした。ここに本作は研ぎ澄まされたエレガントさのようなものがある気もします。主演の“イ・ビョンホン”も合わさることで、こう“下品になることはない”男たちの関係性の理想の模索…みたいなものを感じるというか…。俺たち、男だけど男同士でも健全に美しい関係を構築できるはずだよね?という理想の世界を信じている主人公がその夢に破れていく儚さというか…。
その現実を思い知らされていく“イ・ビョンホン”の姿がまた悲しく、どこか色っぽく…。なんとなく笑えない愚かさがあるので魅力的でした。
BLとしての解釈
あと本作『KCIA 南山の部長たち』は私の解釈ですがBLと見てじゅうぶんでしょう。いや、そう捉えるのはかなり簡単なくらいにはあからさまな構図じゃないですか。『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』もBL的な読みができたけど、この『KCIA 南山の部長たち』はもっと強めかな、と。
だいたい「オセロ」ですからね。本作は恋愛悲劇なんですよ。
序盤の会食で、パク大統領とキム部長が懐かしのマッサ(マッコリとサイダー)を飲みながら軍隊にいた頃の話をして、「あの頃は良かった」と日本語で互いに語り合うシーン。あそこは完全に馴れ初めをちょっと恥ずかしそうにトークするカップルです。
で、大統領の机に盗聴器を仕掛けられてすっかり癇癪を爆発させているパートナー(パク大統領)をなだめつつ、キム部長は駐韓米国大使に抗議する中で「韓国は変わる。私がそうさせてみる」と言い切るのですが、あれは愛国心というか、もはやパク大統領への愛すら感じる。あの人のことをわかっているのは自分だけだから自分にならあの人を良い方向に変えられるという自信。
けれども青瓦台の朝会にも参加させてもらえなくなってハブられ、ついに宴会にこっそり潜入してパク大統領の電話を盗み聞き。あれはつまりパートナーの新しい相手との会話であり、言ってみれば完全にフラれたことを自覚した瞬間。あそこの“イ・ビョンホン”のなんとも言えない悲しそうな顔…。
そしてついに決行の日。ここでパク大統領が女性を傍に呼び寄せるのがまたキム部長の愛を踏みにじる感じがしてBL解釈的な演出として巧妙です。でも本編では女性を性的消費の対象にすることはないので、やっぱりあの男たちには男性同士間の愛が通じる世界があるように見えますね。
最後は「どうか辞任なさってください」とどこか子どもっぽくすねたような口調で懇願するあたりも可愛さがありますし、その一方で銃がカチャカチャと発砲できない状態がキム部長の男としての男根が不発なままに終わっている様相さえも醸し出し、盛大に血でずっこける無様さも初めての交わりで血を見てパニックになっている男の姿みたいだし…。
ラストの車の中のキム部長、初めてヤってしまってしかも結構失敗しちゃった自分に放心状態な男そのものだったなぁ…。
キム部長にとってパク大統領はフレネミーでもない、やはり愛する者であり、だからこそ自分で殺すしかなかった。男にフラれた男の末路としてとてもモノ悲しい物語でした。
「決して大統領になるためではありません」という最後のセリフさえ意味深に聞こえる、韓国映画のBL刺激効果は恐ろしい…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience 100%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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以上、『KCIA 南山の部長たち』の感想でした。
The Man Standing Next (2019) [Japanese Review] 『KCIA 南山の部長たち』考察・評価レビュー