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『プロミシング・ヤング・ウーマン』感想(ネタバレ)…前途有望な女性の復讐劇は爽快といえるのか

プロミシング・ヤング・ウーマン

現代版のサフラジェットの復讐は成功するのか…映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Promising Young Woman
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年7月16日(7月9日に先行公開)
監督:エメラルド・フェネル
性暴力描写

プロミシング・ヤング・ウーマン

ぷろみしんぐやんぐうーまん
プロミシング・ヤング・ウーマン

『プロミシング・ヤング・ウーマン』あらすじ

ごく平凡な生活を送っているかに見えるキャシーという女性には、周囲の知らないもうひとつの顔があり、夜な夜な外出してはやっていることがあった。それは一見すると謎めいた行動で、危険と隣り合わせの行為。しかし、その一連の行いの裏には明確な目的があった。明るい未来を約束された若い女性に降りかかる陰惨な闇を歯に衣着せぬ振る舞いで圧倒していく彼女が行き着く未来には何が待っているのか…。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』感想(ネタバレなし)

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タイトルに怒りが詰まっている

2015年、アメリカの名門であるスタンフォード大学構内にある宿舎で開かれたパーティーに参加していたひとりの女性がいました。その女性は当時在学中で20歳だったブロック・ターナーという男性に性的暴行を受け、その後は意識がないままゴミ置き場に放置されました。

2016年にその加害者であるブロック・ターナーは逮捕されて裁判を受けます。しかし、検察は禁錮6年を求刑したものの、裁判所は禁錮6カ月の刑と3年間の保護観察を言い渡しただけでした。性暴力をしてもたった6カ月の禁錮刑でいいのか。

これは全米を揺るがす大きな話題となりました。とくに注目されたのが加害者を擁護する存在です。加害者の父は息子は「たった20分の行動」について「高い代償」をすでに支払っていると発言。そして裁判官は加害者男性について「有望な若者(Promising Young Man)」であることを考慮して量刑を決めたと述べました。

性犯罪は異常な極悪人がいるから起きるのではない。性犯罪を助長し、擁護し、匿い、矮小化する存在や社会的慣習などが平然と周囲にいること。これが問題なのだという提起は、いわゆる「レイプ・カルチャー」と呼ばれています。

加害者だけが「有望な若者(Promising Young Man)」と呼ばれるなんておかしい…。そんな社会への怒りを痛烈にタイトルに込めたカウンター・ムービーがその4年後にアメリカを席巻します。それが本作『プロミシング・ヤング・ウーマン』です。

タイトルの由来は…もう説明しなくてもわかりますね。本作はいわゆる「レイプリベンジもの」であり、このジャンル自体は特段の珍しさはありません。しかし、2020年公開の『プロミシング・ヤング・ウーマン』は異例と言ってもいい大注目を集めました。

アカデミー賞では脚本賞を受賞し、作品賞・監督賞・主演女優賞・編集賞にノミネート。他の映画賞でも軒並み高評価で、2020年の顔となる代表作だと言えると思います。

凄いのは、本作の監督・脚本・製作である“エメラルド・フェネル”はこれが長編監督デビュー作だということ。もともとは俳優でドラマ『ザ・クラウン』などにも出演していましたが、最近はドラマ『キリング・イヴ』のシーズン2でヘッドライターを務めて見事に作品の魅力をパワーアップさせていました。

『キリング・イヴ』を観ていても才能があったのはわかってはいましたが、それにしたってこの大成功は驚きです。結果、2020年はあれだけ少ない少ないと言っていた女性監督について2020年のアカデミー監督賞は『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督と合わせて2名も女性がノミネートされる快挙となり(受賞はクロエ・ジャオ)、ハリウッド映画界の変革に見事に一発ぶちこんだかたちに。

また、『プロミシング・ヤング・ウーマン』の製作総指揮&主演として多大に関わっている“キャリー・マリガン”も忘れることはできません。『未来を花束にして』(2015年)など直球なフェミニズム映画に以前から参加してきた“キャリー・マリガン”でしたが、この『プロミシング・ヤング・ウーマン』は現代版サフラジェットのような果敢でリスクをものともしない女性を描いたものですし、一貫していますね。

あと、本作の製作には“マーゴット・ロビー”も関与しているのですが(出演はしていない)、彼女もここ最近のプロデュースが素晴らしく意欲的で、完全に今の男性中心のハリウッドの構造をハンマーでぶっ壊す役を率先してます。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』がここまで本国で注目を集めたのはもちろん映画自体が面白いからなのですけど、やはり前述した数年前の性暴力事件への怒り、そしてそれが日常化してしまっている社会への失望というのが背景にあるのは間違いありません。MeToo運動の激震は終わってはおらず、『プロミシング・ヤング・ウーマン』はその余震、もしくはさらなる大変動の前触れでしょう。

性暴力を題材にしているので精神的にも鑑賞意欲がなかなか湧かない人もいると思いますが、今の時代を映画で捉えるという意味でも見逃せない一作です。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:見逃せない一作
友人 4.0:話のできる相手同士で
恋人 3.5:恋愛気分は上がらないけど
キッズ 2.5:直接的な暴力描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『プロミシング・ヤング・ウーマン』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):その女の目的は

男たちが快楽に身をゆだねて好き勝手に踊るクラブ。ある男性のグループは、ふと長椅子で酔いつぶれているひとりの若い女性に目をとめます。随分と無防備で、ここがどこかもわかっていなそうなくらいです。

ひとりの男が「大丈夫?」と心配する素振りで話しかけます。その女性の腕を掴み、エスコートして連れ出してあげると、タクシーに一緒に乗り、男の部屋へ。隣に座って一緒に飲む男。女の方はまだ朦朧としています。おもむろに男はキスをし、女はされるがまま。抵抗されないことをいいことに、男は女をベッドに押し倒し、体をまさぐり、下着を脱がし…。

急に「hey」とハッキリした声が飛んできます。その声の主はあの女でした。女はそれまでの朦朧状態が嘘のように上半身を起こし、「何やってるの?」と厳しい声で男に追求し…。

朝、やるべきことを終えた女はハンバーガーを片手に颯爽と外を歩きます。これがカサンドラ(キャシー)・トーマスの日常です。

キャシーはノートに男の名前を書き、記録を付けます。そのノートには他にも大勢の男の名が…。

ゲイルという気の合う友人の経営する喫茶店でアルバイトをしていると、たまたま医学部時代のクラスメートであるライアンが来店。最初は気づきませんでしたが、ライアンから声をかけられ、ようやく理解するキャシー。彼はずいぶんと気さくです。

キャシーは今夜も男をターゲットにします。酔いつぶれたふりをして男に近づき、相手が自分に性的行為をしようと触れてきた瞬間に豹変。淡々と、それでいて厳しく的確な口調で男を問い詰めて、警告していきます。残されるのは恐怖に怯え切る男だけ…。

キャシーは家では両親と同居中。朝、机にデカいプレゼント箱があるのを目にとめ、誕生日だと把握。母は問いただします。30歳でまだ親と一緒なんておかしいと。母は泣き出す始末です。

またライアンが店に。親しくなり、一緒にダイナーでランチ。そんな交流の中でアレクサンダー(アル)・モンローという男が結婚を控えていると耳にし、キャシーの表情は固まります。実はこのアルという男こそが彼女がこんな「男への警告」を夜な夜なやる原因となった存在だったのです。アルはかつてキャシーの大の親友だったニーナに性的暴行を加え、自殺に追い込んでいました。

じっとしてはいられない。キャシーはSNSで調べ上げて因縁の復讐を実行に移すことにします。最初のターゲットは、ニーナをゴシップで追い詰めたマディソンという女性。次のターゲットは、ニーナの事件をもみ消したエリザベス・ウォーカー学部長。3番目のターゲットは、ニーナがレイプ事件を告訴できないように関わったグリーン弁護士

しかし、その復讐計画の最中、思わぬ衝撃的事実を知ってしまうことに…。

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復讐相手は“人”ではなく“カルチャー”

『プロミシング・ヤング・ウーマン』は一見すれば王道なレイプリベンジものに思えますが、かなり実際は違っています。

まずキャシーの行動は本心にあるのは復讐とはいえ、レイプ魔を殺すみたいな殺害に踏み込むものではありません。キャシーが日々やってきたのは個人でできる「ドッキリ」程度の行いです。

ここで勘違いしていけないのはキャシーはいわゆる「ファム・ファタール」ではないということ。魔性の女として男たちを無自覚に誘い込んで破滅させているわけではありません。また、かといって明確に意図をもって誘惑するというハニー・トラップを仕掛けているわけでもありません

キャシーは男たちのたむろする場で“酔いつぶれているだけ”(ふりですが)。ただそれだけなのです。でもそれこそが現実的な問題であり、多くの女性たちはその容姿や服装や性格がどうであれ、ただ“酔いつぶれているだけ”で狙って当然の相手と見なされてしまう。無防備なのが悪いという世間の認識で片付けられてしまう。

男たちはキャシーを家に連れ込んでいきますが、それは明確な同意がなければ「誘拐」とたいして変わらない行為。でも世の中はそれを「お持ち帰り」などと呼んで軽く扱う。それはなぜか。泥酔している女性は自由に扱っていいオモチャも同然に見なされてしまっているからであり、キャシーはその事実を男に突きつけています。

本作についてはあるメディアが女性差別的なレビューで主演女優が非難したことが論争になりましたが、主演の“キャリー・マリガン”が年齢どおりに見えないという指摘も、作り手は意図して30歳という設定にしているのだと思います。あまりにもグラマラスな美女という設定にするとリベンジする行為自体が男性観客の消費物になってしまいますし、“キャリー・マリガン”なら過剰にエンタメ化にならず演じられるという狙いがあったのではないでしょうか。このへんは“エメラルド・フェネル”監督も関わった『キリング・イヴ』にも通じますね。

そしてアルへの復讐を決意すると、直接本人に直撃するのではなく、まずはその事件に関与した周辺人物への復讐を敢行していきます。これは「レイプ・カルチャー」というものに対するかなりわかりやすい説明でもありますね。

こうやって俯瞰してみると本作は見た目はポップでエキセントリックかもしれませんが、その内実は結構真面目に性的暴力の構造的問題に向き合った一作だったと思います。

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華麗なる復讐劇ではなく…

しかしながら、この『プロミシング・ヤング・ウーマン』は終盤になるとグッと既存のレイプリベンジもののようなエンタメ性が増すかに見える変化を醸し出します。

アルへの復讐を実行するとき、派手なナースのコスチュームでストリッパーに扮装して、大盤振る舞いで無防備な男たちをハメていくキャシー。そしてついに宿敵のアルに残忍な仕打ちを…。

ところがここで予想外の展開。この顛末はとてもあっけないですが、ここにこそ本作の肝があるのだろうと思いましたし、『プロミシング・ヤング・ウーマン』らしさだなと感じました。つまり、キャシーはスーパーパワーのある映画的な復讐者ではなく、やはりただの“女性”にすぎない。男性による暴力を前には太刀打ちできず、無力である…と。枕で顔を押さえつけられるシーンが非常に長めに映し出されることでその非情な力関係の残酷さが観客に提示されます。

結局、キャシーは自分の命を犠牲にすることでなんとか精一杯の復讐を実行できました。爽快感のあるラストだと評する意見もあるかもしれませんが、私はこのエンディングはとても苦く、そして現実的生々しさがあると思います。実際に多くの被害者女性たちはこの無力さに苛まれているのですから。

本作のオチは、MeToo運動を華やかな復讐と安易に捉える世間に対して現実を突きつけるものだったのではないでしょうか。

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その復讐の裏にある特権

そんなこんなでエポックメイキングな『プロミシング・ヤング・ウーマン』だったのですが、個人的には若干のモヤモヤした部分もあって…。

とくに主人公のキャシーの立ち位置です。無論、精神的ショックを抱えてキャシーは辛い立場にいます。しかし、彼女が夜にあんな男への警告を実行できるのはやはり白人女性だからという面は無視できないと思うのです。

作中でキャシーの働く喫茶店の同僚のゲイト。彼女は『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』でも話題のトランス黒人俳優“ラヴァーン・コックス”が演じています。エンディングでは彼女に“継承”するような演出もあり、これはこれで「トランスであっても女性の連帯の一員だから」というTERF(トランス差別的なフェミニスト;女性の平等な権利を主張するも、意図的もしくは無自覚にトランスフォビアな人)に対する一種の警告になっていて悪いシーンではないと思うのですが…。

ただ、そんなあっさり“継承”できるものじゃないだろうとドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』を観た後だと余計に思ってしまう気も…。白人から黒人、ましてやトランスジェンダーになるとその取り巻く状況は同じ女性とは言えガラっと変わるもの。世間のレイプリベンジ作品がなぜ白人女性ばかりなのか。それは白人女性しか実行できないからなのでしょう。もし黒人女性がキャシーと同じようなことをしていたら、すぐに黒人女性への警戒が地域で強まり、下手したら何もしていない黒人女性が攻撃される事件が激増するかもしれません。トランスならば“偽って騙す”という行為自体が積極的にはできません(『POSE』とか観ているとわかりますけど、トランス女性は男性と関係を持つときも常に慎重に受け身にならざるを得ない)。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』は全ての女性をカバーしきれるものでは到底なくて、それを如実に示すのがドラマ『I May Destroy You』だとも思ったり…。

あと映画全体に恋愛伴侶規範が軸として採用されているのも気になります。キャシーはライアンとの恋愛に夢破れたから死を選んだようにも見えますし、アルへの復讐も結婚を破壊することが最大のダメージになるという前提があります。もしキャシーやアルが恋愛伴侶規範のない人間だったらこの物語は成り立たないでしょうし…。

そんな多少のモヤモヤはありますが、『プロミシング・ヤング・ウーマン』を鑑賞して素直にこういう社会問題へのカウンターを映画ですぐに送り出せるアメリカが羨ましいと思いました。

日本映画も、前途有望と思っている加害者にお見舞いしてやらないとね…。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 88%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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関連作品紹介

レイプリベンジを題材にした映画の感想記事です。

・『REVENGE リベンジ』

・『ナイチンゲール』

・『エル ELLE』

作品ポスター・画像 (C)2019 PROMISING WOMAN, LLC / FOCUS FEATURES, LLC プロミシングヤングウーマン

以上、『プロミシング・ヤング・ウーマン』の感想でした。

Promising Young Woman (2020) [Japanese Review] 『プロミシング・ヤング・ウーマン』考察・評価レビュー