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『フィールズ・グッド・マン』感想(ネタバレ)…憎悪は表現の自由さえも我が物顔で奪う

フィールズ・グッド・マン

憎悪が表現の自由さえも我が物顔で奪ってしまったホントの話…ドキュメンタリー映画『フィールズ・グッド・マン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Feels Good Man
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年3月12日
監督:アーサー・ジョーンズ

フィールズ・グッド・マン

ふぃーるずぐっどまん
フィールズ・グッド・マン

『フィールズ・グッド・マン』あらすじ

カルト的な人気を博したマット・フューリーの漫画の主人公「ペペ」。このユーモラスなカエルのキャラクターが放った「feels good man(気持ちいいぜ)」のセリフとともにネットミームとして改変されて拡散する。しかし、それは原作者の意思とは裏腹に掲示板やSNSで一人歩きし、オルタナ右翼たちが人種差別的なイメージとして悪用。ついにはヘイトシンボルに認定されてしまい、収拾のつかない事態に…。

『フィールズ・グッド・マン』感想(ネタバレなし)

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ヘイトシンボルになっちゃった

世の中にはヘイトのシンボルとなるものが存在します。それはマークだったり、アイテムだったり、文字や標語だったり、いろいろです。

例えば、ナチスのハーケンクロイツ(鉤十字)。はたまた、白人至上主義団体「KKK」の顔を隠す白いフード。アフリカ系アメリカ人へのリンチを表す輪縄…。これらはヘイトシンボルとしては有名ですし、知らないのは歴史に疎すぎます。

でも中には意外なものまでヘイトシンボルだったりします。アメリカでヘイトについて監視している「ADL(名誉毀損防止同盟)」は社会で実際に広く定着して使用されているヘイトシンボルを認定する活動をしているのですが、最近になって「OKサイン」がヘイトシンボルに認定され、話題になりました。あの片手の人差し指と親指で丸を作るアレですね。これが白人至上主義を示すシンボルとして差別者の中で流行り始めたのです。「W」と「P」を表現して「White Power」になるからだとか。最初は揶揄うつもりのデマだったらしいですが、真実になってしまったのです。迷惑な話ですが、今後はとくにアメリカで迂闊にOKサインを使うのは控えた方がいいでしょう。

ADL(名誉毀損防止同盟)の認定するヘイトシンボルの一覧は以下で確認できます。

そんなご時世、とある漫画のキャラクターがヘイトシンボルになってしまうという不幸な事態が起きました。その信じられない経緯をまとめたドキュメンタリーが本作『フィールズ・グッド・マン』です。

被害者になってしまった哀れなキャラクターというのが、マット・フューリーという人物が生み出した漫画の主人公の「ペペ」です。カエルなのですが、なんとも濃い顔をした奴です。もしかしたらインターネット上で見かけた人もいるでしょう。

このペペは見た目がキャッチーだったからか、瞬く間にアメリカでインターネット・ミームとなり、かなり好き勝手にネタになれます。こういうネタで使われるのはよくある話なので、これ自体はまだ平凡です。

ところがしだいに雲行きが怪しくなり…。やがてネタでは済まない深刻すぎる事態に発展してしまうのでした。

詳細は『フィールズ・グッド・マン』を鑑賞してもらうにして、このドキュメンタリーはポリティカルな内容ながら、とても日本も他人事ではない、というかほぼ当事者側にいると言ってもいいと思います。

なぜならペペのような事態が日本のインターネットの世界でも大なり小なり起こってしまっているからです。その原動力になっているものは日本にこそ発祥があったりもします。たぶん本作を観た多くの人は既視感を抱くでしょう。あれ、これって…と。

私自身も映画を含むさまざまなクリエイティブで生まれたアレコレを愛してきた者として、本作を観ていてものすごく心苦しくなってしまいました。怒り以前に悲痛が広がりますね。無力感とも言えるかもしれないですが…。

本作は漫画に限らずあらゆるクリエイティブに関わる創作者・企業・メディアに該当する人は必見のドキュメンタリーです(社内研修の材料に使ってもいいくらい)。観ればどうしたって今後の自分のクリエイティブ活動を見つめ直したくなります。いつ自分が渦中に巻き込まれるかわからない時代です。まあ、でも明確な正解はないのですけど。

『フィールズ・グッド・マン』の監督はアニメーターとして活躍していた“アーサー・ジョーンズ”。これが長編監督デビュー作で、わざわざそこまでするのはそれだけ監督自身も危機感を持ったからなのでしょう。

2021年の見逃せないドキュメンタリーのひとつであるのは間違いありません。

憎悪が「表現の自由」さえも我が物顔で奪ってしまう、嘘みたいな本当の怖い話をぜひ知ってください。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(創作に関わる人は必見)
友人 ◎(話題性は抜群)
恋人 ◯(興味がある同士で)
キッズ ◯(勉強になる)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『フィールズ・グッド・マン』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):全然気持ちよくない

野原でカエルを1匹捕まえて、手に乗せて愛おしそうに見つめるひとりの人間。

白い紙に絵を描いていきます。それはカエルをモチーフにしたキャラクターです。独創的な顔つきのデザインは唯一無二の魅力があります。

「これまでの人生、ずっとカエルを描いてきた」「そしてペペが生まれた」

このご機嫌なカエルを生み出したことは作者であるマット・フューリーにとっては最高に嬉しい出来事…のはずでした。

そう、作者のあずかり知らぬところで差別に使われるまでは…

サンフランシスコのとあるリサイクルショップ。20代の頃、マットはここで働いていました。オフィスは狭く、玩具だらけ。でも本人は刺激的で大満足。よく息抜きで絵を描いていました。もちろんカエルの絵です。マットのパートナーであるアイヤナ・ウデセンは「出会ってからずっとカエルを見てきた」と話します。

いつのまにか4人のキャラクターとなり「ボーイズ・クラブ」と名付け、モデルは自分と友人たちでした。ランドウルフはヤバいやつ、アンディはギャグ好き、ブレットはダンス好き、ペペはみんなの弟分。マットの同居人であるクリス・サリバンも「ペペはマットに似ている」と言います。

マットのイラストはすぐにファンを獲得します。『ボージャック・ホースマン』や『トゥカ&バーティー』のアーティストでもあるリサ・ハナウォルトや、コメディアン&放送作家のエミリー・ヘラーもその自由奔放な下品さを称賛。

そんな中、あるひとつのイラストが注目を集めます。ズボンを完全に下ろして立ち小便をする絵。そして「feels good man(気持ちいいぜ)」というペペのセリフ。マットが体験したことを基にしたものです。全てはこのコマから始まりました。

ある日、ウェイトリフターの人たちの間で自分の肉体の自撮りをネットにあげて「feels good man」というコメントを添えるのが流行っていきます。セリフはどんどん拡散し、いろいろな写真と組み合わせられて使われるようになりました。やがて歌まで作られ、完全にインターネット・ミームと化します

当の作者であるマットはそこまで気にしないようにしていました。友人は「訴えたら?」と勧めてたものの、マットは「何でも好きに使わせれば」と思っており、同じ表現者としてそこは静観していました。

しかし、マットはインターネット・ミームの恐ろしさを軽視していました。心理学者でミームの専門家であるスーザン・ブラックモアは「模倣の連鎖が文化を作る」「ひとり歩きし、悪用されるようになる」とその影響力を解説します。

そしてこのペペというキャラクターは思わぬコミュニティな間で、思わぬ使われ方をしていくことに。どんどん過激化するインターネット・ミームとしてのペペはやがて犯罪の正当化に悪用され、さらには差別主義を掲げるドナルド・トランプ大統領の誕生にまで貢献してしまい…。

地球上で最も世界を変えてしまった1匹のカエル。その運命はいかに…。

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敬意も愛もない濫用

『フィールズ・グッド・マン』で語られるペペの受難。間違いなく世界で最も不幸なカエルです。

何が怖いって「表現」というものが作者の関与できない世界で勝手に強奪されていく生々しさ

一般的に漫画でもアニメでもイラスト画像がネタに使われていくのは普通の現象です。同人創作文化だってあります。しかし、それは公式に対するリスペクトあってこそ成り立っているものであり、それは最低限のマナーです。だからこそある程度の著作権侵害でも大目に見てもらっているのですから。

しかし、ペペを過激なインターネット・ミームへと変貌させる本拠地となった、クリストファー・プールが創設した巨大なネット掲示板「4chan」の住人達、通称「4ちゃんねらー」、その多くはペペというキャラクター、ましてやその作者への敬意も愛も何もないです。作中でも「4ちゃんねらー」のひとりは「なぜペペが流行ったのかはわからない」「漫画なんて全然知らなかった」と平然と語っています。つまり、単にネタにして“楽しければいい”という刹那の満足感だけでペペを濫用しています。

それだけならまだマシだったかもしれないですが、ここに「4ちゃんねらー」の非常に鬱屈した劣等感がプラスされていくわけです。

社会の負け組たちである自分たちを「ニート」と自称する者の間で、ペペは勝手にはみ出し者のアイデンティティ・アイコンにされてしまいます。本来はそういうキャラクターではないのですが…。

しかも完全に私物化するようになり、あろうことか作者にすらも敵意を剝きだしてくるようになり…。ほんと、何様なんだって感じなのですが、当の「4ちゃんねらー」たちはペペを自分たちが作ったアイコンだと陶酔しているようでした。

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インセルの闇に染まる

このペペを私物化した「4ちゃんねらー」たちは、いわゆる「インセル」とも呼ばれている存在です。

容姿が不細工だ、リアルで友人がいない、モテない、セックスしたことがない…そんなもろもろの理由をもって自分を「社会の底辺にいる哀れな存在」だと自認する、劣等感の底なし沼にハマった人たち。もちろんそれらの理由で人は評価されるものではないので、別に劣等感を抱くこともないわけですが、当人たちはもうすっかり迫害を受けたつもりで殻にこもっています。

それどころか他人(自分と比べて充実した人生を送っているとみなした一般人;ノーミー)に嫉妬し、あげくに陰湿に攻撃するようになっていきます

作中でもエリオット・ロジャーによる銃乱射事件を「俺たちの仲間」「非モテの逆襲」だと大盛り上がりしていましたが、これらのベータ(非モテ)の反乱として称えられることもあるインセル・テロリズムは本当に深刻で世界的に社会問題化しています。

『フィールズ・グッド・マン』では、このペペが人気になりすぎて「4chan」を超えて大衆にまで知れ渡り、そこで「4chan」とは無縁そうなキラキラした(インスタとかやってそうな)女性たちがこぞって使う光景にインセルたちが激怒する姿が示されていました。あれなんていかにもインセルな反応ですね。ああやって女性憎悪に染まっていくんだなと。何度も言うように別に「4chan」のキャラじゃないのだから、ペペは誰が使おうが自由なんですけどね。

そのインセルにとってのペペがやがてドナルド・トランプへと重なっていくというのも、本作を観ているとその心理的変移がよくわかるものでした。

『否定と肯定』で描かれる歴史修正主義者と同一の、表現の自由・言論の自由の私物化。根は同じです。

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クリエイターにできること

『フィールズ・グッド・マン』を見ていると、じゃあ、作者としてはどう対応するのがベストだったのかと考え込んでしまいますね。

ペペを生み出したマット・フューリーは気の良さそうな人で、最初はペペのインターネット・ミーム化も生暖かく見守っていました。これは多くのクリエイターがとるような反応だと思います。

しかし、気が付けばヘイトシンボルに…。そうなってしまうと後の祭り。性善説を信じた自分がバカだったのか。

何もしていなかったわけではなく、ADLと協力して改善策を考え、ぺぺを救うキャンペーン(#savepepe)を展開。愛の象徴に戻そうとします。昔からの本来のファンも協力してくれます。でも、歪んだインターネット・ミームを正しい方向に修正するのはそう簡単にはできません。

やむを得ず真っ向から立ち向かうしかないと、最終手段に出ます。知的財産権による法的な訴えです。やっぱりこうするしかないねという…。マット本人はパロディ含む表現の自由を支持しているので本当はこんな手はとりたくないけどやるしかない。自分のキャラクターを死亡させまでした。ここまで追いつめられるなんて、酷いとしか言いようがないんですが…。

『サウスパーク』なんかは自ら作品内でインセル的な人すらも風刺の対象に積極的にすることで、勝手に私物化されるのに対抗している感じもあります。目には目を…なのか、アグレッシブに攻めて攻めて攻めまくることでああいうインターネット・ミームの負に抵抗するしかないのか。

でもそれができるのって一部の作品だけですよね。

おそらく大半のクリエイターは知的財産権を守るための体制もないですし、今の時代はインターネットの海に自分の作品を投げ込んで、何がどうなるかは運任せにするしかないのではないでしょうか。

ペペがこうなったのは本当にたまたまで、もしかしたら違う作品の違うキャラクターだったかもしれない。クリエイター側にしてみればゾッとするものですし、とにかく無力です。

香港で民主化運動のシンボルになるぺぺを映し出すことで明るい道筋を提示して終わっていましたが、現状はかなり悲観的になるしかない気もします。

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日本も同じ穴のカエル

そんな『フィールズ・グッド・マン』を対岸の火事として日本人は傍観していられません。

そもそもあの諸悪の根源となった「4chan」は日本の「ふたば☆ちゃんねる」や「2ちゃんねる」に影響されて生まれたもので、ぶっちゃけてしまえば、あの「4chan」のノリも日本のインターネット・コミュニティのそれと同類なわけです。

そして日本のインターネット界隈もSNSやまとめサイトを中心にしてインセルの巣窟になってしまっている動かぬ現実があります。

当然ながら日本のインセルたちが自分の劣等感を表現するために、勝手に他者のコンテンツに乗っかるなんてことはしょっちゅうです。例えば、ポリコレ・アンチな人が「正義の暴走」(実際はインセルにとってうざったい人権保護主張者などを黙らせる目的でそう表現している、インセルが好きなフレーズ)を批判するために漫画のコマを利用したり…(詳細は以下の記事を参照)。

また、「フェミニストがオタクを攻撃している!アニメや漫画を規制して滅ぼそうとしている!」などという陰謀論じみた警鐘を鳴らして騒いでみたり…(無論、フェミニズムは漫画やアニメを滅ぼす気はないです)。このあたり、勝手に自分こそが表現の守護者であると己惚れる感じがペペの騒動とそっくりですよね。

そんなインセルたちの果てしない憎悪の連鎖は最悪の悲劇も生んでおり、2019年には猛烈な劣等感に沈んだひとりの人間が、京都アニメーション・スタジオにガソリンと火を放ち、大勢を殺した事件も起きました。クリエイターに被害が出るという意味でもペペの騒動と無縁ではないと思います。

これは私の考えですが、インセルの人たちはなんだかんだで他人の創作物を流用して自分のコミュニティを築いていることが多いゆえに、ひとたび自分の攻撃性が全開になったとき、真っ先にその刃を突き立てられるのは身近な創作物関係者になってしまうのではないでしょうか。京アニ放火殺人事件といい、企業や声優などへの脅迫事件といい、インセルをとりまく共通項だと思います。

もちろんインセルを悪者扱いしていいわけではありません。彼ら彼女らを救うのはやはり創作物のはずなんですよ。それこそペペの生みの親であるマットが玩具に囲まれて幸せを見い出したように。

漫画やアニメなど創作物を素直に愛し、作者の意図しないかたちで他人への攻撃に利用しない。そして何よりも自分の抱える劣等感と真摯に向き合う。あなたは別に負け組じゃない。好きな作品があるだけで恵まれています。

それができれば本当に「feels good man(気持ちいいぜ)」と言える世の中になるのではないでしょうか。

『フィールズ・グッド・マン』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 83%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2020 Feels Good Man Film LLC フィールズグッドマン

以上、『フィールズ・グッド・マン』の感想でした。

Feels Good Man (2020) [Japanese Review] 『フィールズ・グッド・マン』考察・評価レビュー