韓国映画だけど是枝裕和の作品…映画『ベイビー・ブローカー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2022年)
日本公開日:2022年6月24日
監督:是枝裕和
ベイビー・ブローカー
べいびーぶろーかー
『ベイビー・ブローカー』あらすじ
『ベイビー・ブローカー』感想(ネタバレなし)
今度は韓国映画です
日本と韓国。この2つの東アジアの国に共通している社会の抱える問題。そのひとつが「少子化」です。双方ともに少子化傾向が著しく悪化の一途をたどっており、合計特殊出生率は先進国の中でも底辺に位置しています。日本の方が先に経済成長を遂げたこともあって少子化が起きるのも早く、日本の場合は出生率が低下状態で維持している現状がしばらく継続中で、遅れて経済成長が進んだ韓国は最近になって急減している状況で、日本の後追いとなっています。
なぜこの2国は少子化社会が常態化してしまっているのか。その原因はひとことでは説明できないでしょう。そこには複雑な背景があり、社会の構造と個人の実情が絡み合っています。
しかし、日本にせよ韓国にせよ、保守的な権力層は「古き良き伝統的な家族観の素晴らしさ」に固執しており、それさえ一途に支持していれば少子化なんて改善できると考えているようです。
無論、そんな伝統的な家族形態などはとうの昔に崩壊しており、かつての幻に過ぎません。今の日本と韓国には、そんな過去に理想化された家族概念の残骸のようなものが散らばっているだけです。私たちはその残骸をかき集めてかろうじて生きながらえています。それを「新しい家族のかたち」と呑気に呼べるのかもよくわからず、とにかく必死に生きている…。
そんな今の「家族」(これはかっこつきで留意のいる言葉)を巧みに切り取って、映画の中で描くのが上手い監督の最新作が2022年に公開されました。
それが“是枝裕和”監督の『ベイビー・ブローカー』です。
“是枝裕和”監督は言わずと知れた「家族モノ」の名手であり、『誰も知らない』(2004年)、『歩いても 歩いても』(2008年)、『そして父になる』(2013年)、『海街diary』(2015年)、『海よりもまだ深く』(2016年)と、常に心を震わす家族のかたちを映し出してきました。
そんな“是枝裕和”監督は、2018年のカンヌ国際映画祭で見事に最優秀賞であるパルム・ドールに輝いた『万引き家族』によって、世界の頂点へと到達し、「遠い世界に行っちゃったのかな…」と思ったのですが、それでもやっぱり「家族モノ」の手触りはそのままでした。
ただ変わったのはより素材がグローバルになったということ。2019年には『真実』という、フランスを舞台にした海外俳優総出演によるまごうことなきフランス映画を監督。「海外が舞台になっても“是枝裕和”監督らしさが変わらない」ということを立証してみせ、その手腕のブレなさを示しました。
で、その海外への創作拡大となる第2弾とも言えるような映画がこの『ベイビー・ブローカー』で、今作では韓国を舞台に韓国人俳優総出演で物語を展開させていっています。そしてやっぱりここでも“是枝裕和”監督らしさは変わらず…という。
たぶん“是枝裕和”監督にとっては「海外」と「日本」という区分は無いのかもしれません。描きたいものをそのまま描いているだけ。それを自然に実行して完成度の高い映画を作れるという揺るぎない実力と、世界からの安定の信用度というものが、今の“是枝裕和”監督のネクスト・キャリアの土台になっているのかな。
今回の『ベイビー・ブローカー』だって韓国の俳優の今のベスト・メンバーを集めました!というくらいに豪華な顔ぶれで、“是枝裕和”監督のネームバリューあってこその実現なのは言うまでもないです。
まずはパルム・ドール受賞作『パラサイト 半地下の家族』の魅力の柱となっていた“ソン・ガンホ”。『ベイビー・ブローカー』での好演によってカンヌ国際映画祭では主演男優賞を受賞し、“ソン・ガンホ”大好きな私も大満足ですよ。“ソン・ガンホ”が“是枝裕和”監督作品の中で見られる時代が来るなんて夢にも思わなかったなぁ…。
そして『ゴールデンスランバー』『新感染半島 ファイナル・ステージ』の“カン・ドンウォン”、「IU」の名で活躍する国民的シンガーソングライターでドラマ『麗~花萌ゆる8人の皇子たち~』など俳優業でも輝きを放つ“イ・ジウン”、最近はドラマ『キングダム』や『静かなる海』でも名演を見せて世界的に知られている“ペ・ドゥナ”、さらに『野球少女』で素晴らしいデビューを果たしてドラマ『梨泰院クラス』で大ヒットを飛ばした“イ・ジュヨン”。
このメンツをひとつの映画で見れるのですから贅沢極まりないです。
ちなみに“ペ・ドゥナ”は“是枝裕和”監督とは2009年の『空気人形』以来の付き合いです。
『ベイビー・ブローカー』は「赤ちゃんポストに預けられた赤ん坊を裏で売買する人間模様」を描くという物語で、実に“是枝裕和”監督らしい倫理と規範のボーダーラインを行き交う家族モノ・ジャンルの醍醐味が拝め、そこには当然ながら韓国社会(日本も重なる)の子どもをめぐる世相が垣間見えます。
家族モノが見たい人、社会問題に関心がある人、監督作品のファン、俳優のファン…いろいろなニーズに応えてくれる映画です。
オススメ度のチェック
ひとり | :監督作が好きなら |
友人 | :俳優ファン同士で |
恋人 | :ロマンス要素はほぼ無し |
キッズ | :ややシリアスだけど |
『ベイビー・ブローカー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):親を探して
韓国の釜山。降りしきる雨に濡れる夜の街。人影のない路地をトボトボと傘もささずにフードだけを被って歩くひとりの女性。その若い女性は夜でも煌々と輝く教会の十字架の下に辿り着き、そこの養護施設の赤ちゃんポストの前まで行き、その地面に赤ん坊を置いて立ち去っていきます。
それをすぐそばの車内から見つめていたのは、張り込みをしていたスジンという女性。スジンは車を降りて赤ん坊を丁寧にポストの中へ置きます。そしてまた車に戻り、監視を続けるのでした。
施設の中には2人の男がいました。近くでクリーニング店を営むサンヒョンと、そのサンヒョンとつるんでいるドンスです。サンヒョンはさっそくポストに預けられた赤ちゃんをあやしており、ドンスはポスト内の映像を確認し、それを削除して記録を消します。
本来はポストに預けられた赤ん坊はこの教会の養護施設で育てるのですが、実はこの2人は乳児を密かに横流しし、子どもを望む夫婦に斡旋するという違法な人身売買に手を染めていました。
今回の赤ん坊もその“品”にするつもりです。この子には「ウソン」という名前と「いつか必ず迎えに来る」とだけ書かれたメモがついていましたが、ドンスは「迎えに来る親なんていない」と冷たく言い放ちます。
夜のうちにサンヒョンは赤ん坊をワゴン車で運び、自分のクリーニング店で一時的に匿います。
それを追跡する1台の車。警察の婦人青年課員のスジンは後輩のイとともにこの怪しい奴らをマークし、乳児斡旋を現場で摘発することを狙っていたのでした。
ところが思わぬ出来事が起きます。その赤ん坊の母を名乗る若い女が教会に現れたのです。最初はそのソヨンという若い女に養護施設を何食わぬ顔で案内するドンスでした、母親だという証拠は無いと一度は追い払うも、警察に通報されるとマズいと考えて引き留め、サンヒョンのもとに連れて行くことにします。
そして事情を放します。サンヒョンは「誘拐じゃなくて、里親を募集している」と自分たちの行為は善意だと平然と正当化し、「最高の養父母を見つける」と言ってのけます。でも報酬も貰っているので、明らかにブローカーです。サンヒョンは取り立てにおカネを催促されており、資金が必要でした。
そこでソヨンはその赤ん坊の取引の現場に同行すると主張し、2人は渋々了解。
翌日、ワゴン車で取引先の浦項に向かうために出発。スジンたちも車で追跡します。
取引場所に到着すると、買う相手の男女は「写真より可愛くない」と文句を言い、12カ月支払いで400万ウォンだと値切ってきました。さらに「この子の父親は? レイプじゃないよな」と言い放ち、これにソヨンは怒って口汚く罵り、「お前みたいな奴には渡さない」と、取引を打ち切ります。
車に戻り、途方に暮れるサンヒョンたち。とりあえず次の買う相手が見つかるまで、盈徳にあるドンスの育った養護施設に滞在することにします。たくさんいる子どもたちに慕われているドンス。
そこでしばしの時間を共有し、次の場所へ再出発しますが…。
共犯性を共有するのが是枝裕和的な家族なのか
子どもをめぐる諸問題は近年はさらに多面化しつつあり、なかなか一概にまとめきれません。中絶を禁止された地域から移動する妊婦もいれば、代理出産してくれる女性を求める人間もいれば、法的にグレーな精子提供に頼ろうとする者もいる。
それでもあえてそこに共通しているものを抽出するとすれば、環境、経済、生殖、ジェンダー…そういったあれこれのミスマッチが拡大しているのが現代なのかなと思います。そのミスマッチを解消する公的で信頼できるシステムがあればいいのですが、実際はそんな完璧なものはなく、ゆえに末端の個々人がもがくことになってしまう。
2020年の”河瀨直美“監督の『朝が来る』では「特別養子縁組」が描かれ、「中絶の選択肢もなく育児する環境もなく子どもを産まざるを得なかった親」と「経済的豊かさもあって子どもが欲しいのに子どもを産む能力を有さなかった親」の需要と供給が浮き彫りになり、そこには構造的格差も生じているのがハッキリわかる映画でした。
『ベイビー・ブローカー』はその二者だけではなく、その仲介をする「ブローカー」に焦点をあてているのがオリジナリティとなっており、非合法な人身売買行為が「でも赤ん坊を見捨てるよりはいいだろう!」という大義名分で一応の正当化を達成している…そういう構図です。
しかも『ベイビー・ブローカー』はそこにさらに捻りを加えていて、最初にソヨンが「赤ちゃんポスト(ベイビー・ボックス)」に赤ん坊を入れずに床に置いていることで、行動に至った複雑な感情が透けて見えてきます(本当に預けたいのか、ましてや生かしたいのかさえも曖昧になる)。
そしてそこに刑事のスジンが赤ん坊をポストに入れるというアシストをしてしまっており、捜査のためとはいえ、この刑事にさえも共犯関係が成立する。このあたりは他にはないユニークさです。
“是枝裕和”監督の過去のフィルモグラフィーを見ていても思うのですが、“是枝裕和”監督は「共犯関係を構築する集団」を「家族」と等価として映し出す作家性があるのかなと思います。
『ベイビー・ブローカー』は刑事さえも共犯に巻き込んだことで、この赤ん坊をめぐる問題は各個人だけではなく、社会権力も関わっていますよね?という目配せになっているのではないでしょうか。
綺麗事が言えない世界を切り取る
“是枝裕和”監督作品は何かとひとつの居場所を軸にして物語を展開させることが多いですが、この『ベイビー・ブローカー』はロードムービーになっています。
でも仲介をするブローカーが主題である以上、ロードムービーというのもそのテーマに合致しますし、今回は移動に使われる「車」こそがキーとなる居場所かもしれません。後方のドアが上手く閉じないボロボロな車両。しょせんは移動のためだけど、そこには確かに「家族」が乗っていた。その事実がこの映画のラストでもさりげなく提示されますし、あの演出も含めて“是枝裕和”監督っぽいなと思ったり。
また、クリーニング店も演出の素材になっていて、道中では洗車や全自動コインランドリーもでてきます。服を洗うという行動がテクノロジーによってどんどん機械化するというのは示唆的だなと思ったり…。もしかしたら子育てもそうやって機械化する未来が待ち受けているのかもしれない…。この『ベイビー・ブローカー』はそんな将来に進んでいる我々の途中経過の映画なのかもしれない…。そんなことを考えさせたりもしてくれます。
俳優たちのアンサンブルも見どころのひとつですが、個人的に一番好きだったのは女刑事2人のバディ。何かしらモグモグ食べながらも追跡し続ける2人…スジンとイの微妙な価値観のズレがさりげないサスペンスになっているというか、とくにイの目線は今作のテーマに対する“声をあげていない側”の無言の代弁になっている感じもあって…。
“ソン・ガンホ”に関しては映像に映るだけで楽しいのですが、彼のこれまでの演技を見てきた身からすれば、もっとクセのある見せ場がたっぷり欲しかったなという物足りなさもあるにはあったかな。
それでも後半の5人で観光を楽しんでいるくだりといい、“是枝裕和”監督の家族空間に“ソン・ガンホ”がいるだけでなんだか私は満腹感もあったのですけど。
観覧車でソヨンの目を隠して“誰でもない誰かの物語”としての普遍性を表出させたり、暗い部屋での「生まれてきてくれてありがとう」という事務的な言葉が空虚に響いたり、全体的に責めを負わされる女性の居心地の悪さが物語内に漂っていたのですが、それ自体はエモーショナルな盛り上げをあえて見せずに閉幕させているので、“是枝裕和”監督作としてはモヤモヤさせる後味が濃いめの映画でした。
それでも「この世に生まれなけれは良かった命なと存在しない」という綺麗事では片付けられないし、悲観的に自分や他者に責任追及したり、恨みをぶつけるでも解決しない。そういう意味では間違いなく今の現状を切り取っている作品なのだと思いました。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience –%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
是枝裕和監督の作品の感想記事です。
・『三度目の殺人』
・『海よりもまだ深く』
作品ポスター・画像 (C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED ベイビーブローカー
以上、『ベイビー・ブローカー』の感想でした。
Broker (2022) [Japanese Review] 『ベイビー・ブローカー』考察・評価レビュー