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『幸せへのまわり道 A Beautiful Day in the Neighborhood』感想(ネタバレ)…トム・ハンクスに会えるなら

幸せへのまわり道

トム・ハンクスに弱音を聞いてもらおう…映画『幸せへのまわり道』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:A Beautiful Day in the Neighborhood
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年8月28日
監督:マリエル・ヘラー

幸せへのまわり道

しあわせへのまわりみち
幸せへのまわり道

『幸せへのまわり道』あらすじ

雑誌記者としてキャリアを築いてきたロイド・ボーゲルは、姉の結婚式に招待され、そこで長らく絶縁していた父ジェリーと再会する。家庭を顧みず自分たち姉弟を捨てた父を、ロイドはいまだ許せずにいた。数日後、仕事で子ども向け番組の司会者として人気のフレッド・ロジャースを取材することになったロイド。やがて2人は公私ともに交流を深めていくが…。

『幸せへのまわり道』感想(ネタバレなし)

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マリエル・ヘラー監督の名前を覚えよう

子ども向け番組を幼い頃はあんなに観ていたのに、大人になるとすっかり忘れてしまいます。いつのまにか映画ばっかり観ている面倒な奴に育ってしまいました…。なんでこうなっちゃったのかな…。

大人になってしまえば無縁の代物。でもどうでしょうか。もしかしたら大人にこそ子ども向け番組は必要なのかもしれません。仕事に家事に育児に忙殺される日々。映画やドラマで大人が活躍する物語を観るよりも、ストレスフリーで究極のシンプル空間が広がる、優しい子ども向け番組の世界の方が、今の大人には必須なのではないか。

幼児退行ではないですけど、大人が童心に帰るひとときも必要なものであり、きっとディズニーランドとかに大人がドハマりするのがそういう効果もあってのこそですよね。これは大人向け“子ども向け番組”のリバイバル・ブームが到来する…かも。いや、もう来ているのかな?

そんなことを考えつつ、このジェントルな映画をぜひ観てほしいです。それが本作『幸せへのまわり道』

なんとも無味乾燥な邦題がついてしまいましたが、原題は「A Beautiful Day in the Neighborhood」。ちなみにほぼ同名の邦題の作品『しあわせへのまわり道』があるので混同しないようにしてください。ほんと、日本の配給はネーミング時に支障が出ると考えなかったのだろうか…。案の定、ネット検索では別映画の方ばかりがヒットするようになっているけど…。

本作『幸せへのまわり道』は「フレッド・ロジャース」という、アメリカでは超有名な子ども向け番組の名物司会者を主題にした作品になっています。彼は「Mister Rogers’ Neighborhood」という子ども向け番組を1968年から2001年まで制作し、自らが顔になり、柔らかい語り口で子どもの間で人気を博したそうです。エミー賞を始め、その実績は各所で認められ、大統領自由勲章まで送られています。

ただ、この『幸せへのまわり道』はフレッド・ロジャースの伝記映画…というわけではありません。やや特殊なのですが、そのフレッド・ロジャースと交流のあった“とある記者”の物語であり、そこの実話をベースにした映画です。そして、それだけでなく非常にトリッキーな演出も取り入れたユニークなアプローチにもなっています。このあたりは実際に観て楽しんでほしいので、これ以上は前半感想ではネタバレしません。

日本では全然知名度がないですし、ゆえに映画の関心も薄いでしょう。これはしょうがない部分なのですが…。しかし、以下の点はぜひ注目する値するポイントだと思います。

まず監督です。本作を手がけるのは“マリエル・ヘラー”という監督。こちらも日本ではまだまだ知られていないのですが、今や映画業界大注目の新鋭監督として話題性を高めています。2015年に『ミニー・ゲッツの秘密』(原題「The Diary of a Teenage Girl」)というティーン少女を描く長編映画デビュー作品で高く評価され、続く2018年のメリッサ・マッカーシー主演の『ある女流作家の罪と罰』も絶賛の嵐。アカデミー賞主演女優賞にノミネートされました(私は今でもメリッサ・マッカーシーに賞をあげてほしかったと思っている)。この『ある女流作家の罪と罰』もとにかくたまらなく素晴らしい映画で、私も一気に大好きな監督のひとりになりましたね。

映画以外だと“マリエル・ヘラー”監督はドラマ『トランスペアレント』の一部エピソード監督も担当していました。

女性監督というガラスの天井が邪魔をしているものの、才能でいえば賞レースでトップ組をいつも走れるぐらいの並外れた実力の持ち主です。ぜひ“マリエル・ヘラー”という監督の名前を覚えていってほしいと思います。

注目ポイントの第2は主演の“トム・ハンクス”です。彼については今さら語るまでもないでしょう。名俳優としてだけでなく、人柄としても業界で信頼されまくっている人物。“トム・ハンクス”がフレッド・ロジャースを演じるとなれば、それはもうハマっているに決まっていました。結果、アカデミー助演男優賞にノミネートされるなど、やっぱり評価せざるを得ない文句なしの名演を披露してくれました。なんなんでしょうね、この“トム・ハンクス”の安定感…。

もちろん他の出演陣も良い演技ばかりです。主演はドラマ『ジ・アメリカンズ』の“マシュー・リス”、脇には『アメリカン・ビューティー』の“クリス・クーパー”、ドラマ『THIS IS US』の“スーザン・ケレチ・ワトソン”など。

監督前作の『ある女流作家の罪と罰』が日本劇場未公開でビデオスルーだったので、『幸せへのまわり道』もてっきり同じかと思って諦めきっていたのですけど、日本で劇場公開されて良かった…。配給のイオンエンターテイメント、ありがとう…。

ということで絶好の機会。“マリエル・ヘラー”監督作品の“生きることを肯定する”優しいタッチを感じてみてください。人生に疲れた人は癒されるはずです。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(人生に疲れた人は必見)
友人 ◯(人疲れのストレスを癒す)
恋人 ◯(人疲れのストレスを癒す)
キッズ ◯(大人のドラマです)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『幸せへのまわり道』感想(ネタバレあり)

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男の人生のセットが動き出す

ミニチュアの街並みのセットが映し出されます。その風景の中のある家にズームしていくと、そのまま室内へ。扉を開け、歌いながら登場するひとりの男性。彼の名前はフレッド・ロジャース。トレードマークであるジッパー式の赤いカーディガンセーターに着替え、靴を履き直します。

ひととおりの準備を終えたロジャース。彼の隣にはボード。そこには小さなドアが5つありました。そのひとつを開けると女性の姿の写真、もうひとつには髭の王様、もうひとつには別の男性。そして残った端のもうひとつを開けると茫然な顔の男性の写真が出てきます。なんだか顔に生々しい傷があって痛そうです。ロジャースは彼をロイド・ヴォーゲルだと紹介しました。

そしてカメラはまた家を遠景で映し、遠くの街並みから山間の風景へと流れ、場面は変わっていきます。

ロイドはパーティに参加し、名前を呼ばれ、壇上にあがりました。彼は有名雑誌の記者であり、その腕はじゅうぶん高く評価されています。今は妻であるアンドレアと仲睦まじく暮らしており、最近になって赤ん坊が生まれて、家庭はさらに賑やかになったばかり。

ある日、姉ロレインの結婚式に出席。厳かな空気の中、そこで同じく出席していたある人物を見てロイドは不愉快な気持ちになります。それは絶縁関係にあった父・ジェリーでした。亡くなった母を平気で捨て、自分たちとも関係を切ってしまった父親。そんな彼がこちらの感情もまるで気にしていないかのように、陽気に歌って場を盛り上げています。その姿を複雑な顔で見つめるロイド。

少し時間ができ、会場の外で妻と赤ん坊と一緒にいると、ジェリーがのこのこと近づいてきます。あまりにも気楽そうな態度。それに感情が爆発してしまったロイドは、父を思わず殴りつけてしまい、自分も鼻あたりに傷を負います。
外に出てカッとなってしまった自分を抑えるロイド。なぜこうなってしまったのか。どうしたらこの感情と向き合えるのか。自分ではどうすることもできません。

そんな悩みをひとりで抱えるロイドは、仕事であの有名な子ども向け番組の司会者であるロジャースにインタビューすることになりました。最初は自分向きではないと思っていたものの、仕事なので避けるわけにもいきません。

大人しくスタジオへ向かいます。ちょうど撮影をしているらしく、裏からセットを見ます。障害のある子どもに優しく語りかけるロジャースがそこにいました。子どもからハグされ、写真を撮るロジャース。誰からも愛されるピースフルな彼そのものです。

ロイドはさっそくロジャースと話します。しかし、話題はまだ目立つ自分の顔の傷にどうしても移り、正直に父の問題があったと口にしてしまいます。

こうして交流が生まれ始めた二人。それでも斜に構えるロイドはロジャースを完全に信じることはできません。しばらく彼と一緒に行動していると、ロジャースは電車の中では子どもたちに歌を歌われて愛想よく振る舞い、建物外の道で待つ子どもたちとも握手をするなど、公私変わらないフレンドリーさを持った人物に見えます

もう一度、部屋でロジャースにインタビューをしますが、パペット人形で語りかけてくる彼を理解することができません。

帰宅すると、父がいました。しかも、ガールフレンドを平然と連れており、ロイドの感情がまたもグツグツと煮え切ってきます。しかし、突然、父が倒れます。周囲の人たちは急いで救急車を呼ぶ中、ロイドは茫然と突っ立っているだけでした。

病院にいたロイドはその場にいることができず、ロジャースのもとに向かってしまいます。仕事のため? いや、彼の隣にいることで自分は何か変化を得られることを期待している?

ひとりの男の人生のセットは今、動きだします。

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男らしさと向き合い、脱する

『幸せへのまわり道』は、驚くべき実話!と大々的に宣伝するほどのものでもないです。かなり淡々としており、それ自体は地味ですし、衝撃的なこともありません。ひとりの男の物語として、いたって普通とすら言えます。けれども、ひとつの視点から物語と向き合えばとても面白い一作です。

本作は女性監督の映画ですが、物語は非常に男性主体のストーリーです。もっと言えば、男性が“男らしさ”とどう向き合うか…という物語だと私は思います。

そもそも本作の主人公であるロイド・ヴォ―ゲルが働いている雑誌。この雑誌は「Esquire(エスクァイア)」という実在のもので、1933年にシカゴで創刊されたとても歴史あるものです。

そして、ここが重要ですが、かなりコテコテな「男性雑誌」なんですね。当然、男性読者をターゲットにしていますから、掲載コンテンツも男性向け。男が憧れる“男の中の男”と言える著名人を取り上げたり、(男性目線から見て)セクシーな女優をランクしたり、やっていることは想像どおりの定番ですね。

そこで仕事をするロイドはハッキリ言えば全然恵まれています。キャリアも確かにあるし、愛する妻にも恵まれ、何一つ不満なんてないように見えます。

ところがロイドには大きな悩みが直面してきます。それは父・ジェリーの存在。父親との確執を描くと言えばそれまでですが、もう少し深読みするなら、この父は既存の“男らしさ”を象徴するような存在なんですね。その父をどうしても許せない自分。それと同時に自分も赤ん坊が生まれたことで父になり、自分すらもあの父と同類になるのではないかという不安。マスキュリニティの呪いがロイドの全身にズシンと圧し掛かってくるわけです。

序盤のチャイルドシートを車に取り付けられずにイラつくロイドなど、些細なシーンでも、このロイドの心理が表現されていました。

“マリエル・ヘラー”監督はこういう主人公を描かせたら本当に上手いです。前作『ある女流作家の罪と罰』は真逆で女性主体の物語だったのですが、あれも芯の部分では“女らしさ”という世間の抑圧に苦しむ主人公の話でした。つまり、両作ともジェンダーのステレオタイプに孤独に苦しむ者の人生史なんですね。

別に最底辺で生きている人間ではないけど、社会の中間あたりでもちょっと苦しんでいる人はいる。そんな人たちに光を当てる物語。“マリエル・ヘラー”監督が得意とする範囲がすごく明快にわかってきた気がします。

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男性を救うのは男性であっていい

そしてそんな“男らしさ”の呪縛に苦しむロイドが出会うのがあのフレッド・ロジャースであり、彼の存在によって救われていくことになります。

私はここで男性を救う男性を登場させるという展開がまたいいなと思いました。というのも、よくありがちなことだと、迷える男性を救うのは女性が定番だったりするからです。しかし、その女性はとてもご都合主義的で、男性によって過度に理想化された女性になったりします。男性を救うのに女性を道具として消費しているとも言えます。

でも『幸せへのまわり道』はそうはしません。男性を男性が救うことだってできるじゃないかと提示してみせます。それもより強力な“男らしさ”で引っ張ってしまうのではなく、脱“男らしさ”(男性のフェミニズムとも言える)へと案内してくれる導き手になる存在として。

今作におけるフレッド・ロジャースの存在はまさにそれであり、彷徨える大人の男児を助けてあげています。

その物語が子ども向け番組の内部で起きているかのように見せるという劇中演出がまた巧みです。つまり、物語内の物語。人生の苦悩を極めてメタ的な手段でカウンセリングするスタイルです。

同様の構造を持つ作品は最近もあって、『プーと大人になった僕』なんかはまさに同じタイプでした。あれも“男らしさ”に身を投じて自分を見失った男性主人公が脱“男らしさ”を遂げるストーリーだったと思います。

一方、作中のフレッド・ロジャースはあくまで装置として機能しており、彼自身の生きた物語が語られることはあまりありません。少なくとも今作ではロジャースはロイドを救う存在に徹している。ある種のイマジナリー・フレンドみたいなものだとも言えるかもしれません。

映画の最後、役目を終えたロジャースはセットから立ち去り、そばのピアノを弾き、ゆっくりと照明が消えて暗くなってしまいます。番組だけなく映画自体を終わらせるように。

本作はロジャースのパブリックイメージを崩していないというのは凄いなと思います。伝記モノだと、あの人物の意外な素顔を見せる!というのが売りになったりしますけど、今作ではそんな暴露的なことはせず、ロジャースを尊重してみんなの知っている彼のまま幕引きする。

非常に落ち着いた、それでいて心情の機微を巧みに内包した緩急あるストーリー、それをスマートに語り尽くす演出力、何よりも題材への甘くなり過ぎず、かつ優しさを忘れないリスペクト。

“マリエル・ヘラー”監督、恐るべし…といったところでしょうか。

繰り返しますけど、本作を気に入った方はぜひ“マリエル・ヘラー”監督の前作『ある女流作家の罪と罰』も見てみてください。日本劇場未公開だったせいで注目が少ないので。

あと、本作でも抜群の名演を発揮した“トム・ハンクス”が最近になって監督&主演した『グレイハウンド』も、従来の“男らしさ”を脱して、“トム・ハンクス”らしさでもって男性リーダー像をアップデートする一作なので鑑賞をオススメします。

『幸せへのまわり道』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 92%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 Columbia Pictures Industries, Inc. and Tencent Pictures (USA) LLC. All Rights Reserved.  ア・ビューティフル・デイ・イン・ザ・ネイバーフッド

以上、『幸せへのまわり道』の感想でした。

A Beautiful Day in the Neighborhood (2019) [Japanese Review] 『幸せへのまわり道』考察・評価レビュー