ドキュメンタリー映画『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(1971年)
日本公開日:1972年6月3日
監督:ウォロン・グリーン
だいしぜんのとうそう きょういのこんちゅうせかい
『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』簡単紹介
『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』感想(ネタバレなし)
アンチ昆虫ドキュメンタリー
今、日本のメディアを賑わせている小さな小さな生物…それは「ヒアリ」です。
南米原産のこのアリは、驚異的な分布拡大力を持つゆえに世界中に外来種として定着しており、刺すことによる人的被害と農業被害で深刻な問題を発生させています。定着した国では、ヒアリが原因で何十億~何百億ドルもの莫大な負担が生じており、たかがアリとバカにできません。
日本での侵入は確認されていませんでしたが、ついに2017年5月に神戸港にある貨物船で運ばれたコンテナの中から初めて発見。その後、各地の港で立て続けに見つかりまくり、日本にヒアリが続々侵入!と大騒ぎになってます。「Google Trends」によれば「ヒアリ」のネット検索頻度は6月から爆増しており、SNSでもヒアリに関する様々な情報が錯綜…プチ・パニック状態です。アリの駆除剤の売れ行きが好調になるなど、“アリ殺すべし”ムードがムンムンしてます。
私なんか、今の時期に『アントマン』が公開されていたら、大ヒットしたかもなぁと、呑気なことしか考えていないのに…(TV放送でもいいから、このタイミングを逃がさないで!関係者さん!)。
そんなヒアリ論争を見ていて、ふと思い出したのが本作『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』というドキュメンタリーです。この作品は、その邦題のとおり、昆虫を扱ったドキュメンタリー映画で、TV放送時は『昆虫大戦争』というタイトルだったこともありました。
監督は、あの傑作西部劇『ワイルドバンチ』を手がけた“ウォロン・グリーン”です。本作は第44回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞するほど高い評価を得ており、知る人ぞ知る隠れた珍作なのですが、この作品、とにかく変わっています。
何が変わっているのか。普通、自然や野生生物を主題にした、いわゆるネイチャー・ドキュメンタリーというのは、ダイナミックな映像によって自然の雄大さを語るような「大自然=美しい、神秘的」メッセージが満載です。
ところが本作は真逆なのです。昆虫をひたすら「恐怖の存在」として映しているだけ。気持ち悪い昆虫映像のオンパレードで、虫嫌いな人は直視できないのは間違いなし。なにせ、Wikipediaの本作のページでは「ホラー」と紹介されているくらいですから。この作風、最近だとネズミのドキュメンタリー『ラッツ』に近いものがあります。
ただ『ラッツ』と違って、その主張はもっと過激にぶっとんでます。内容は、とある博士(架空の人物)が「昆虫が地球を乗っ取り、人類を脅かす」と力説するという構成になっています。科学的データとかは何もなく、もはや黙示録的な予言の領域。観れば、なんだこれ…な気分になります。
現時点では本作を観る手段はほとんど乏しいのですが、機会があったらぜひどうぞ。もちろんアリの気持ち悪い映像も盛り沢山なので、これを観ればヒアリ・パニックがさらにヒートアップすること確実!
…これは今、TV放送したらダメなやつかな。
『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』感想(ネタバレあり)
やりすぎ①:怪奇サウンド
本作『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』は科学の視点から観れば“ナンセンス”な作品なのは言うまでもないことであり、ツッコむだけ時間の無駄です。それを重々承知のうえで、個人的には本作は嫌いになれない、むしろカルト的魅力に病みつきになります。
まず、露骨なまでのホラー演出。冒頭、グロテスクな雰囲気満載の映像から始まるのですが、これ、映像だけならまだ普通に見えますよ。日本の自然番組なら、穏やかなBGMを付けて神秘的に見せるでしょう。でも、本作は違う。わざわざ昆虫が餌をむさぼる音とか水をすする音を加えて、バックにはおどろおどろしい音楽を流すのです。
本作の音楽を手がけたのは“ラロ・シフリン”。『ダーティハリー』や『燃えよドラゴン』といった映画の音楽を担当している著名な作曲家です。有名なのはやはり『スパイ大作戦(ミッション:インポッシブル)』のテーマ曲でしょう。
この怪奇SFっぽさが堪らないです。
やりすぎ②:混ぜるな危険
気持ち悪い昆虫映像のオンパレード、というかわざと嫌悪感を感じるであろう昆虫映像を厳選している感じもする本作ですが、単に映像に音楽を合わせているだけではありません。
禁じ手のような合わせ技さえ、躊躇いなく繰り出してきます。それが、私たち人間の日常に昆虫をぶっこむ演出です。
男女が公園の芝生でイチィチャとしている傍で昆虫が殺し合いをしていることを映す嫌らしさ。極めつけは、スーパーマーケットの食品売り場やカフェなど食べ物の場面に昆虫を入れ込むシーンの連続。これなんてもう、SNSで虫入りの食品の画像をアップして注目を集めたいだけのやつと発想が同じじゃないですか。
昆虫への恐怖を煽るためなら手段を選ばないあたり、どうかしてる…。
やりすぎ③:プロパガンダ?
気になるのはなぜこのドキュメンタリーは、常軌を逸したかのように「昆虫=恐ろしい」というイメージをここまで植え付けようとするのか。「昆虫は知性がない、だから怖いんだ」とまで言いますからね。
映画評論家の町山智浩氏は、これについて「共産主義に対する恐怖」を暗に示しているという見解を語っています。確かにプロパガンダ映画みたいです。
共産主義はともかく、アリのことは怖くなるでしょうけど…。あれですか、殺虫剤を売りたいだけだったとか、そういうしょうもない裏のオチはないんですかね。
やりすぎ④:この博士、狂っている
とまあ、昆虫の恐ろしさをこれでもかと露悪的に見せてくれました。
しかし、ぶっちゃけ昆虫より怖いのが、劇中で昆虫の恐ろしさを淡々と語る「ヘルストーム博士(Dr. Nils Hellstrom)」でしょう。名前からして狂気な感じがする。ほぼ無表情なんですが、マッドサイエンティスト感が凄い。
怖いことを言っているけれど、この博士も一応は昆虫愛に溢れる人なのかなと思っていたら、ここで衝撃的シーン。なんと、この博士、いきなり昆虫にホースの水をぶつけるのです。水になすすべもなく流されていく虫たち。もう、意味がわからない…。なんだ、コイツ…。
演じたのは“ローレンス・プレスマン”。この俳優のキャリアの初期作となっているようですね。
この博士は相当インパクトがあったのか、1973年には「Hellstrom’s Hive」というSF小説が出版されています。
やりすぎ⑤:虫に迫る撮影技術
観ていると忘れそうになりますが、本作『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』は1970年代初めの作品です。
そうやって考えると、この映画で使われている、非常に繊細でかつ鮮明に映っている昆虫のアップ映像。どうやって撮ったんだろうと思います。私はカメラに詳しくないのであれですが、相当な撮影技術であることは言うまでもありません。
撮影を担当した“ケン・ミドルハム”は接写撮影の第一人者として認知され、本作の後は『フェイズIV 戦慄!昆虫パニック』という、人間と実写のアリが戦う奇想天外なSFにも起用されました。
いろいろな“やりすぎ”が詰まったドキュメンタリーなのです。人間って、虫のこととなると“やりすぎ”てしまうのかな…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
作品ポスター・画像 ©The Hellstrom Chronicle ヘルストーム・クロニクル
以上、『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』の感想でした。
The Hellstrom Chronicle (1971) [Japanese Review] 『大自然の闘争 驚異の昆虫世界』考察・評価レビュー
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