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『帰ってきたヒトラー』感想(ネタバレ)…帰ってください

帰ってきたヒトラー

帰ってください…映画『帰ってきたヒトラー』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Er ist wieder da
製作国:ドイツ(2015年)
日本公開日:2016年6月17日
監督:デビッド・ベンド

帰ってきたヒトラー

かえってきたひとらー
帰ってきたヒトラー

『帰ってきたヒトラー』物語 簡単紹介

それはこの時代にいるはずのない人間だった。1945年から21世紀にタイムスリップしてしまったヒトラーだったが、街の人々に場違いな芸人と思われ、散々な目に遭う。ここには自身が君臨するナチスはいない。さらに、リストラされた崖っぷちのテレビマンによって偶然にも見出されて、面白いからという理由でテレビに出演させられるハメになる。そして、ヒトラーはカメラの前で演説を始める…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『帰ってきたヒトラー』の感想です。

『帰ってきたヒトラー』感想(ネタバレなし)

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他のヒトラー映画とは何かが違う

ホロコーストは人類の負の歴史を象徴する存在であり、世代を継いで記憶に残すためにも今なお語り継ぐ取り組みが続いています(映画では最近は『サウルの息子』がありました)。一方で、そのホロコーストを実施したヒトラーやナチスについては、彼らを小馬鹿にしてギャグとして笑い飛ばすのもすっかり定番です。風刺というかたちで笑うことで歴史を伝えるという価値観は、あまり日本人には馴染みないですが、憎むよりも平和で健康的な方法です。

2015年にドイツで公開された映画『帰ってきたヒトラー』は、“あらすじ”を見てもわかるようにSF要素のあるかなりフィクション度の高いコメディです。タイムスリップしたヒトラーが現代でドタバタ騒動を繰り広げる…一見するとベタすぎるカルチャーギャップ・コメディ映画だと思うでしょう。出オチみたいな…。

しかし、それは違います。

本作は、過去のヒトラーやナチスを題材にした映画とは、一味も二味も違う内容となっています。最初は笑えるのですが、だんだん笑えなくなってくるのです。詳細は記事下の“ネタバレあり”で書きますが、見終わった後には政治について考えせられることは間違いなしです。

この映画の狙いはズバリ「21世紀にヒトラーが現れたら彼は何を思い、そして何をするのか」をリアルとコメディのあいだで上手くバランスを取りながら描くということ。そこで、本作ではドキュメンタリータッチな手法が一部でとられています。つまり、実際にヒトラーの格好をした役者がドイツ国内を練り歩き、色々な人に会うという突撃撮影を敢行しているのです。なので、劇中では人々の生の反応が映し出されます。映画の半分くらいはドキュメンタリー映画だと思ってよいでしょう。しかし、ドラマ部分もしっかりしており、先の読めない展開で普通に物語を追うだけでも楽しめます。

個人的に数あるヒトラー映画のなかでも一番の作品になりました。フィクション度の高いコメディと思っていたら、「あれ、フィクションでは片づけられないような…」という気分になってくる、なんとも背筋の凍る映画です。『ブラジルから来た少年』(1978年)よりは構造を描くのは上手いですね。

本作は現代の日本の政治にも通じるテーマがあります。決してドイツだけの問題ではない。「政治に関心がない」という人こそ見るべき映画です。じゃないとヒトラーに怒られますよ。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『帰ってきたヒトラー』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ヒトラーが現代に!

目が覚めるひとりの男。地面に寝転がっているだけ。外です。上空に敵機は見えない。立ち上がると、建物に囲まれた場所だとはわかります。

「誰、このおじさん…」「大丈夫?」

茫然とする子どもたちに話しかけられます。総統に会えて驚いているのか…。

ひとまず地下壕に戻らなければ…。町をうろつくと瓦礫は全くなく住民はすっかりイカれたように振舞っています。馴れ馴れしく、なんだか変なものをこちらに向けてきたりもします。なんだこれは…何かが制御不能になっているんじゃないのか…。

「今年は何年なんだ?」と女性に話しかけようとすると攻撃までされる始末。近くにあった新聞らしきものを確認すると「2014年」とあります。

あまりの信じられない事態に気絶する男。すぐそばにあったキオスクで保護されます。これは何かの諜報機関の陰謀か。さっぱり理解できない…。しかし、これは運命なのではないか。戦いを続けろという…。

とにかく手近の雑誌で情報を集めることにします。どうやら戦争には負けたらしく、総統を讃える作品がいくつも作られたようです。今はデブ女がこの国を指導し、他の政党も酷いものです。緑の党とかいうのは良さそうだ…原子力は反対するべきではないが…。

匂うからクリーニング店に行った方がいいと言われ、その場で服を脱ぎ、頼み込みます。代わりの軍服はないらしいです。

一方、民放の「mytv」では次期局長がカッチャ・ベリーニに決まり、クリストフ・ゼンゼンブリンクは副局長どまりでガッカリしていました。副局長はザヴァツキを呼び寄せて解雇します。

行き場のなくなったザヴァツキは部屋で意気消沈。撮影した映像を眺めるしかできません。すると映像の奥の方でヒトラーそっくりの男が映り込んでいるのを発見します。このベルリンにヒトラーの格好をするなんてどういう神経をしているのか…でも特ダネの予感がします。

ザヴァツキは現場に行き、近くのキオスクで例のヒトラー男と出会えます。

自己紹介します。

「大ドイツ帝国のヒトラーだ」

なんだこいつは…。

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ヒトラーから学ぶ21世紀に必要な政治家

ユーモアと自己批判を交えながら社会的問題を問う『帰ってきたヒトラー』は、単純なアイディアありきのエンターテインメントに見えつつ、その中身にはとんでもなくどす黒いブラックユーモアを超えたゾッとするインパクトも潜んでいます。そこまで感じ取ったかどうかは人それぞれですが…。

というかそこで「ヒトラーっていいやつなんだな!」で感想が終わってしまったらマズいのですけどね。

「21世紀にヒトラーが現れたら彼は何を思い、そして何をするのか」というフィクションのなかに隠された問いは「良い政治家とは何か?」。単純には答えられないこの問題に、本作はヒトラーを材料に、実に巧みに映画らしく答えを示しています。

本作ではヒトラーをわかりやすい冷酷非道な悪人としては描いていません。また、コメディにありがちな馬鹿な奴とも描いていません。ヒトラーをひとりの政治家として誠実に描写しています。ここが素晴らしいです。戯画化しているわけでもなく、徹底してリアルでいこうとする姿勢。これって難しいです。ただでさえヒトラーならなおさら。

21世紀にタイムスリップしたヒトラーは、序盤は時代の変化に驚き振り回されますが、しだいに見事に適応していきます。そして、多くの国民と対話するなかで、移民、環境問題、失業、若者の貧困など数々の課題を国が抱えていることを知ります。そのなかで国民のひとりからこんな話を聞いて衝撃を受けます。

「政治に失望している」

現代の私たちは、政治資金で漫画を買う人とかを目の当たりにして、政治に半ば諦めを感じている人も多く、政治が良くないのは当たり前と思ってしまいます。しかし、ヒトラーにしてみれば国民が政治に失望し、期待をしていないなんて異常事態に見えるのでしょう。ヒトラーはあらためて21世紀のドイツには強いリーダーが必要と感じ、政治家を目指し始めます。

以降、劇中のヒトラーの数々の行動は、政治家として非常に優秀と断言していいくらい素晴らしい働きを見せます。

例えば、劇中のヒトラーの褒められるべき行動は以下のとおりです。

・地道な草の根活動
選挙活動にコネや組織票は使っていません。国民一人一人と同じ立場で話し合い、国民の悩みを聞いてあげていました。

・貧乏な人の気持ちを理解
ヒトラー自身も貧乏であったため、最初にヒトラーを世話してくれた人などの貧乏人を馬鹿にせず、対等に接していました。

・権力に媚びない
ネオナチの極右政党(ドイツ国家民主党)に対しても容赦なく意見し、ときに罵声を浴びせていました。

・女性を差別することなく積極的に雇用
TV局のカッチャ・ベリーニの才能も見い出し、側近として頼っていました。何よりも大事なのは性別など表面的なことではなく、スキルです。

・TVやインターネット、SNSを巧みに活用

ネットに疎い、アホな老害とは言わせません。自分で企画・実行するあたり、まさにプロパガンダの天才です。

こんな人間であれば選挙で投票したくなりますよね。こうした要素が持つからこそ、21世紀でもどんどん支持を集めていくわけで、説得力があります。よく考えれば、冷酷非道な悪人が政治のトップにつけるわけありません。劇中でヒトラー自身も語っていましたが、史実のヒトラーは選挙で選ばれています。それだけ人を惹きつける魅力があったということがよくわかります。

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ヒトラーを生み出すのは私たち

劇中のヒトラーをべた褒めしてしまいましたが、『帰ってきたヒトラー』はそんなヒトラー賛美作品なわけありません。一見すると良き政治家に見える…でもそれでいいのか?ということを考えるのが大事です。

犬を殺すという非道徳的な行為を追究されても正当化して聞き入れなかったり、やっぱりユダヤ人差別の姿勢は崩さなかったりと、明らかにダメな側面もありました。

重要なのは、これらの欠点が決してヒトラー特有のものではないということです。

それが皮肉的に提示されるのがTV局のクリストフ・ゼンゼンブリンクが社員を叱る場面です。この場面は『ヒトラー 最期の12日間』で有名なヒトラー激怒シーンのパロディになっていますが、つまり誰でもヒトラーになりうるということだと感じました。いや、誰でもヒトラーを支持しうるというべきか。

そして、ヒトラー的人間をリーダーに選んでしまうのは「私たち」。

劇中でヒトラーが犬を殺す映像がTVで放映されても、支持が消えず、むしろ賛同者が増えていく状況は考えさせられます。人には必ず2面性があり、どちらを見るかはその人の価値観に左右されます。ヒトラー(=政治家)の良い側面をみるか、悪い側面をみるかは、まさに私たち国民の判断(選挙)で決まるのです。こういうことって現代でもあります。同一の政治家に対して、ある層は良い部分を挙げて褒めちぎり、別のある層は悪い部分を挙げて非難する…どっちが大切なのか。少なくとも私は後者の方が権力者に対しては適切な接し方のような気がします。本作のように権力者は支持されることで暴走していつのまにか独裁者になっていくのですから。つくづく現代に突き刺さる風刺映画でした。

こういう映画が今の時代につくられる価値はとても高いと思います。「政治に関心がない」とか「選挙にいっても意味がない」とか言ってる場合ではないですね。日本人もこの映画を見て、選挙の1票の重さを実感すべきだし、そうしないと大変なことになってくる。しっぺ返しを食らうのは国民…弱者なのです。

私たちは今の時代でもこんないとも簡単に危険な人間を支持してしまう可能性がある。大衆はあっけなく乗せられてしまうことがある。メディアがそれを盛大に助長する。

それはアメリカのドナルド・トランプの熱狂ぶりを見ていてもわかりますし、日本でも似たり寄ったりでしょう。

映画『帰ってきたヒトラー』にハマった人は原作もおすすめです。ヒトラーは何を思っていたのかという内面が詳細に描かれていて、映画とは違う面白さがあります。

『帰ってきたヒトラー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience 80%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Pro duktion GmbH Claussen & Wobke & Putz Filmproduktion GmbH

以上、『帰ってきたヒトラー』の感想でした。

Er ist wieder da (2015) [Japanese Review] 『帰ってきたヒトラー』考察・評価レビュー