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ドラマ『僕は乙女座(I’m a Virgo)』感想(ネタバレ)…巨大な偉業を成そうと歩み始めた

僕は乙女座

巨大な偉業を成そうと歩み始めた…ドラマシリーズ『僕は乙女座』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:I’m a Virgo
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2023年にAmazonで配信
原案:ブーツ・ライリー
性描写 恋愛描写

僕は乙女座

ぼくはおとめざ
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『僕は乙女座』あらすじ

カリフォルニア州オークランドに身長4mの若い黒人男性が住んでいた。クーティという名のこの大男は外の世界から隔離されて育った。やがてメディアには映し出されない、社会の娯楽と現実の歪んだ矛盾を初めて身をもって体験することになる。愉快な友と出会い、自分のテンポを教えてくれる恋を知り、厄介な状況を乗り切る中で、クーティは憧れの存在だった「ザ・ヒーロー」という名の実在のスーパーヒーローと出会うが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『僕は乙女座』の感想です。

『僕は乙女座』感想(ネタバレなし)

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ブーツ・ライリー、今度は身長4mで社会を切る

日本人の平均身長は約165cmですが、ギネス記録に認定されている世界で最も身長が高かったのは“ロバート・ワドロー”という人で272cmです。他にもずば抜けて高身長の人は歴史上、何人もいました。“アンナ・ヘイニング・スワン”という女性は241cm。高身長に性別は関係ないようです。

このように身長が突出して高くなる現象について、医学的には昔から「巨人症」という用語で分析がなされてきました。成長ホルモンの過剰分泌が原因とされていますが、詳細なメカニズムはわかっていません。理由はともかく、身長が突出して高い人はその身体の重さから健康面で大きなリスクを抱えていることが多く、医学的サポートが必要になるケースが多いとのこと。

今回紹介するドラマシリーズは、なんと身長400cm、つまり4mの大男が主役の作品です。

それが本作『僕は乙女座』。原題は「I’m a Virgo」です。

本作は、現代のアメリカのカリフォルニア州オークランドに身長4mの若い男性がひとり住んでいるという設定であり、その大男が主人公です。

この設定だけを紹介すると、「その大男が日常でどう暮らすかを描くコミカルな作品なのかな」と思うでしょう。実際、そういう一面もあるドラマです。

ただ、この『僕は乙女座』はこの身長4mの大男を、前述した巨人症のようにリアルに描写することに焦点を置いていません。本作はジャンルとしてはシニカルなSFファンタジーコメディです。

というのも、本作の原案&監督があの“ブーツ・ライリー”だということが何よりも特筆されます。

“ブーツ・ライリー”って誰?という人のために簡単に説明すると、音楽活動をしていたりするクリエイターなのですが、そのアート性の基盤になっているのが痛烈な資本主義批判です。なにせこの“ブーツ・ライリー”、進歩的労働党に若い時から参加していたくらい、かなりガチで共産主義の政治的立場を持っている人物です。当然非常に現代社会に批判的であり、活動の多くを社会運動に捧げています。

その“ブーツ・ライリー”が2018年に長編映画監督デビューを果たしたのが『ホワイト・ボイス』(原題は「Sorry to Bother You」)でした。

この『ホワイト・ボイス』がまたとにかくヘンテコな映画で、電話営業の職に就いた冴えない男の話なのですが、それがどんどん予想つかない方向に展開していき、最後は「なんじゃこりゃ!」な驚きが待っています(一応、核心部のネタバレは伏せておきます)。

人によっては「これ、結局何を描きたかったの?」と茫然とする物語なのですが、“ブーツ・ライリー”監督はアフリカ系アメリカ人の共産主義者ということで、その作品には資本主義と人種差別への鋭い風刺で満ち溢れており、それを異様なスタイルで届けてくるのがこの監督の作家性です。

音楽をやっていた人だから『アメリカン・ユートピア』みたいなアプローチでいくのかと思ったら、SFコメディで映像と物語の合体攻撃で攻めるのが変わってますよね。

なので“ブーツ・ライリー”初のドラマシリーズとなったこの『僕は乙女座』もその作家性が炸裂しているわけです。

今作の主人公もアフリカ系アメリカ人です。「身長4mの黒人男性」というこの設定は、すなわち「アメリカ社会、とくに警察が、普段から黒人男性をどれほど脅威とみているのか」という問題へビジュアル的なひとつの提示です。その前提がわかっていないと本作をただの「巨人が遊んでいる作品」みたいに受け取ってしまいますし、そうなると終盤も意味不明になりますからね。

警察による黒人への暴力は『友情にSOS』などの映画でも鋭く風刺されてきましたが、まさか身長4mで描くことでそれを直球で表現するアプローチでくるとは…。さすが“ブーツ・ライリー”監督、普通のことは絶対にしない人…。

ドラマ『僕は乙女座』でも黒人差別はもちろん、資本主義経済社会をあらゆる方向からボコボコにしていくキレの良さは健在。単純なエンタメではない、癖の強さは見る人を選びますが…。

俳優陣は、ドラマ『ボクらを見る目』“ジャレル・ジェローム”が身長4mの大男を熱演。他にも、『ファンタスティック・ビースト』シリーズの“カルメン・イジョゴ”『リトル・シングス』“オリヴィア・ワシントン”(”デンゼル・ワシントン”の娘です)、『トゥームレイダー ファースト・ミッション』“ウォルトン・ゴギンズ”『ルディ・レイ・ムーア』“マイク・エップス”、舞台で活躍してトニー賞にもノミネートされた“カラ・ヤング”など。

『僕は乙女座』は「Amazonプライムビデオ」で独占配信中で、全7話の構成となっています。1話あたり約30分なのでサクサク観れるでしょう。

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『僕は乙女座』を観る前のQ&A

✔『僕は乙女座』の見どころ
★個性的なアプローチによる社会風刺。
✔『僕は乙女座』の欠点
☆風刺の意図がわからないと面白さが掴めない。
日本語吹き替え あり
山崎健太郎(クーティ)/ 木内太郎(マルティス)/ 仲村かおり(ラフランシーヌ)/ 秋吉優衣(フローラ)/ 中村美怜(ジョーンズ)/ 最上嗣生(ジェイ) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:異色な風刺を観たいなら
友人 3.5:監督の作家性に関心あれば
恋人 3.0:単純なエンタメではないけど
キッズ 2.0:長めの性描写あり
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『僕は乙女座』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『僕は乙女座』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):なんでデカいの?

両手でなんとか抱っこできるほどの、やたらとデカい新生児を抱えて途方にくれるひとりの女性。ラフランシーヌはその子に「クーティ」と声をかけます。

マルティスと一緒にその子、クーティをいそいそと家に連れ帰り、子育てに奮闘。9歳で260cmを超えても成長は止まりません。

クーティは家の外には出れず、外で遊ぶ子どもたちを窓の隙間から眺めるだけ。ラフランシーヌがくれた「ザ・ヒーロー」というコミックを愛読しており、その作者である起業家ジェイ・ウィットルはテレビの取材で自分の頭に銃を向けて引き金をひくかのような動作をしながら持論を語っていました。

年月が経過し、さらに成長。19歳のクーティは4mになりました。家もさすがにキツイです。息苦しさに本人はうんざりし、黄色いゾーンしか移動できない決まりですが、それさえももはや窮屈さの限界で、壁を壊してしまいます。

ここに住めないと実感し、新たな家を庭に建て、クーティのサイズに合わせた空間が完成しました

21歳まで外はダメだという言いつけを守りながら、クーティはテレビから知識を学びます。

ある日、庭にいたとき、上部の隠し幕が外れてしまい、外から「お前を見たぞ」という人間に声をかけられます。しだいにクーティは好奇心を抑えられず、ある日の夜、植木でカモフラージュして外へ。けれども茂みが逃げるところをフィリックスという若者に見られてしまいました。

ネットではクーティのことを「葉っぱモンスター」として語る動画をバズリだし、別の日、家のすぐ横であのフィリックスら若者たちがいて、見つかってしまいます。しょうがないので、フィリックスと、その友人スキャットジョーンズを家に招きます。

「外に一緒に来る?」と誘われ、ついに車の後ろに乗せてもらい、堂々と夜の街を疾走。自分が小さく見えるほどに大きな街に感激。駐車場で車をドリフトさせてターンすると重さで傾きますが、クーティがバランスをとるとカッコいい技が決まって周囲の観衆も大熱狂。外はこんなに楽しいところだったのかとクーティは気分爽快です。

最高の時間を過ごして帰宅すると、深刻そうな表情の義理の両親2人に問い詰められます。世界各地の巨人の記事を見せられ、それはどれも酷い扱いで、「どの時代にも巨人がひとりは現れる。そして怖い存在として恐れられる。世間はすぐにお前を利用しようとする。用済みになればお前を始末する」と諭されます。

でも今さらクーティはもうここでじっとはできません。

「本当のママはビンバン・バーガーを食べていた?」

あのCMでは美味しそうだったのに実際は糞マズかったハンバーガー。けれどそこの店にはフローラというステキな女性が早技で働いていました。クーティは人生を楽しもうと一歩を踏みだしますが…。

この『僕は乙女座』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/01/07に更新されています。
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すべての芸術はプロパガンダです

ここから『僕は乙女座』のネタバレありの感想本文です。

『僕は乙女座』は“ブーツ・ライリー”監督のシュルレアリスムなアート性が全開です。作中でジェイが「すべての芸術はプロパガンダだ」と開き直るように言っていましたが、それは的を射ており、このドラマだってある種の政治的プロパガンダです。芸術とはそういうものでしょう。

主人公のクーティは、すでに説明したとおり、その見た目が「アメリカ社会、とくに警察が、普段から黒人男性をどれほど脅威とみているのか」というビジュアル的な皮肉になっています。社会は黒人男性をとりあえず危険なものとみなしているからこそ、現実では息ができないほどに警官に圧迫されて倒され、亡くなっていく黒人男性がいる…。身長4mのクーティは同じ人種のオークランドの仲間には歓迎されても、白人価値観が支配的な世界に踏み出せば、一気に脅威の存在として敵視されます。

しかし、クーティ自身はずっと家に籠っていたので、そういう人種感覚を身につけていません(これはメディアがいかにテキトーなことしか伝えていないかということでもありますが…)。なので利用されまくります。

最初はプロスポーツにでようとしますが、出場前から禁止ルールが宣告。これもスポーツにおける黒人の身体的優位性を過剰にチート扱いする文化への風刺です。

そして次にサム・スピーゲルという胡散臭いエージェントにそそのかされて、ショッピングモールでの広告モデルの仕事に駆り出されます。ここでもアフリカ系という人種がビジネスや広告業界で都合よく搾取され、なおかつステレオタイプに戯画化されているという現実が浮き上がっています。

極めつけは愛読書だったコミックの「ザ・ヒーロー」です。そこで描かれる物語は、現実では「白人の正義」であり、クーティは「悪役」になるしか居場所はありませんでした

空を飛びながら治安維持に奔走するジェイといい、その正義は特権的であり、終盤でクーティに叩き落とされたときは「世界のニーズを読み間違えた、2人で組もう」と心変わりしたように見せかけ、やっぱり本心は何も変わらず…。盛況なアメコミ・ヒーロー文化と警察権力を交えた合わせ技の風刺です。まあ、このあたりのアプローチはドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』など既存のアメコミ作品でも描かれ始めていますけどね。

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Byoyoyoyoyoyoyo

『僕は乙女座』ではクーティ以外にも“ちょっと変わった人”がでてきます。

ビッグ・マンな高身長とは正反対で、やたらと小さいミニチュアな人たちも登場しますが、あれは社会に存在するのに可視化されずに認識されていない、人種的マイノリティなホームレスを表しているかのようでした。

また、クーティが恋するフローラも特殊です。フローラは目にもとまらぬ高速移動ができ、その能力的には『ザ・フラッシュ』に通じるのですが、その人生の描き方がそれよりも何倍も辛いです。

フローラは生まれた時から自分自身はこのスピードが当たり前で、周囲は異様にゆっくりに見えています。それを面白い世界として描くのではなく、ひたすらに不気味な停止世界として描くという視点。そしてフローラは成長していくにつれ、その停止世界に合わせるように自分が超ゆっくり言動をとればいいんだと気づき、社会に“適応”して今に至ります。

これは黒人女性というインターセクショナルなマイノリティが社会に迎合しないといけない現実を反映しているとも言えますし、それ以上にニューロダイバーシティな観点での適応性とも一致する描き方だなとも思います。世界は自分を変に思っているらしいけど、自分には世界のほうが明らかに異様で、しょうがないからその世界に合わせてやっているんだ…という…。

このフローラの描き方は既存のアメコミ映像作品よりも一歩抜きん出て上手かったです。

他にも、“スティーブ・ジョブズ”風の黒のタートルネックを着たポリュフェモス目玉くり抜きカルト集団や、「Byoyoyoyoyoyoyo(ボヨヨヨヨヨヨヨ)」でオチをつける謎の中毒性のカートゥーンなど、へんてこりんな描写は盛沢山です。

それでも物語は黒人差別のメインテーマがブレることなく、スキャットが保険加入がないと診断できないと病院に断られて見殺しにされた事件に始まり、アパートの強制立ち退きにともなう住居問題へ。

その抗議デモの先頭に立つのはジョーンズであり、最後はジョーンズのスピーチ異空間パワーで全てを押し切っていきます。

反資本主義、メディアやエンターテインメントへの怒りは、最高潮に達してこのドラマは終わりを告げるのですが、本作がなんだかんだで世界最大の資本主義会社の「Amazon」のサービスで配信されているというのが一番の裏技でしょうかね。Amazonの偉い人は本作を観ているのかな?

『僕は乙女座』も唯一無二の個性を放っていましたし、“ブーツ・ライリー”の「遠慮なしな寓話」が今後も続いてくれるなら常に観たいです。きっと資本主義の巨人たちはこの先も偉そうにそびえたっているでしょうから。

『僕は乙女座』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 87%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)Amazon アイム・ア・ヴァーゴ

以上、『僕は乙女座』の感想でした。

I’m a Virgo (2023) [Japanese Review] 『僕は乙女座』考察・評価レビュー