私は私を理解できただろうか…Netflix映画『ホース・ガール』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ジェフ・バエナ
ホース・ガール
ほーすがーる
『ホース・ガール』あらすじ
手芸と馬と超常現象犯罪ドラマが好きで、少し変わってはいるが心優しいサラ。職場であるクラフトショップで働き、同僚とも仲良く話す。そんな彼女は、いつからか不思議な夢を見始める。それは身に覚えのない空間で、理解できないものだった。ところが、それはまるで現実にも浸食するようになり、やがて彼女の頭の中で夢と現実の区別がつかなくなっていく。
『ホース・ガール』感想(ネタバレなし)
まずは映画をとりあえず観よう
簡単なテストをします。以下の内容に当てはまるかチェックしてみてください。
・何もないはずなのに不安や緊張を感じる。
・自分が操られたり、騙されていると思うことがある。
・正体のわからない声が聞こえる気がする。
・極端に眠れたり、眠れなかったりする。
・人と話すのが苦痛になってしまった。
・独り言や独り笑いが増えた。
・楽しさを感じることがめっきり減った。
・悪口を言われているような気持ちになる。
・直前の出来事がどうにも思いだせない。
・何であれ気力が出ない状態になる。
・集中力がなくなり、1つのことにも取り組めない。
・監視や盗聴を疑うようになった。
・些細なことで興奮したりと過敏になった。
・自分の考えが周囲に漏れていると思う。
・部屋に引きこもりがちである。
なんでこんな突然のチェックテストをしたのかはまた後に明かすとして、当てはまる項目が多いのならば、ぜひこの映画も観てみましょう(当てはまらない人も観てほしいけど)。
それが本作『ホース・ガール』です。
この映画をどういう作品なのかと事前にネタバレなしで説明するのも難しいですし、そもそも観終わった後にネタバレありで説明するのも厄介なくらいの中身なのですが…。
でも本作は決して難解な映画ではありません。ストーリーが複雑に絡み合った整理が困難なプロットでもないですし、アート系の印象的な映像重視のアプローチでもないです。
では何がこの映画を難しく厄介にさせているのかと言えば、本作が題材にしているある問題です。これがわかると「ああ、そういうことね」となるし、「すごくストレートで真面目に向き合った一作だな」と評価もできるのですが、いかんせんそこにたどり着くまでが…。ずっと「わけわからん」状態が続くので観客の視聴意欲も減退するのも納得。逆にそのリスクを承知のうえであえてこういう攻め方をした作り手は凄いなと思うのですが。
さっきから何を言っているんだ、本題を言ってくれ…そう思っている人もいるかもしれませんが、一応、何も知らずに混乱しながら観る感覚も味わってほしいので、このネタバレなしの前半感想ではこれ以上は触れません。
『ホース・ガール』というタイトルだからと言って、馬人間が大暴れする話とかではないので変な期待をしないでくださいね(どこかの映画じゃあるまいし…)。
監督は“ジェフ・バエナ”という人で、ロバート・ゼメキスやデヴィッド・O・ラッセルのもとでアシスタントとして働いていたらしく、デヴィッド・O・ラッセル監督の『ハッカビーズ』(2004年)では脚本に参加していました。『ジョシーとさよならの週末』という2016年の映画で監督デビュー。私はこの“ジェフ・バエナ”監督作品をひとつも観たことがなかったのですけど、どうやら実存主義的なアイデンティティ探しを巡るストーリーを変わった設定で描くのが持ち味なようです。
主演は“アリソン・ブリー”で、彼女が脚本や製作にも関わっており、『ホース・ガール』を生み出すうえでとても重要なキーパーソンにもなっています(詳細はネタバレありの後半感想で)。
“アリソン・ブリー”は最近だと『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』や『ディザスター・アーティスト』、それに『LEGO ムービー』シリーズにおけるユニキャットというキャラの声を担当していました。ただ、彼女が一番評価されたのは『GLOW ゴージャス・レディ・オブ・レスリング』というドラマシリーズでしょう。1980年代のアメリカの女子プロレス界を舞台にした作品で、非常に豪快かつ斬新な作品であり、まだ観ていない人は必見です。なお、だいぶ余談ですが“アリソン・ブリー”は『天気の子』の須賀夏美(お姉さんね)の英語版ボイスも担当しているそうです。他の
俳優陣は、『母が教えてくれたこと』で名演を評価された“モリー・シャノン”、歌手活動もしていることで有名な“デビー・ライアン”、『バンブルビー』など大作出演も目立つ“ジョン・オーティス”、『不都合な自由』の“ジェイ・デュプラス”など。
Netflixオリジナル映画として2020年2月7日から配信されましたので、小規模作品ですが、少し時間がある人は家でじっくり腰を据えて鑑賞してみてください。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(映画を理解する努力必須) |
友人 | △(一緒に観るにはちょっと…) |
恋人 | △(一緒に観るにはちょっと…) |
キッズ | △(大人でもわかりにくいです) |
『ホース・ガール』感想(ネタバレあり)
何かがオカシイ気がする…
「旅行番組でアイルランドが取り上げられていた」「リバーダンス(アイリッシュ文化のひとつ)の映像もあった」「DNAテストをやったことある?」「私は96%がアイルランド人かウェールズ、3%はフィンランドか北西ロシア、1%はセネガルかガンビア」「西アフリカなのよ」「私もアイルランド人だと言われているけど、やってみる」
そんなごくごく普通な会話の職場の同僚ジョーンにしているのは、サラという名の女性。彼女はクラフトショップに勤めており、今日も客に商品の説明をしたり、他の同僚の恋バナに付き合って雑談したり、これまたごくごく普通な仕事生活を送っています。サラは手芸が趣味なようで、この仕事はぴったりでした。
仕事を終えると、馬のいる牧場へと向かいます。馬に乗るエマを見つめつつ、乗馬を終えたエマに馬(ウィロー)の乗り方のコツを教えます。手芸と同じくらい馬も好きなようで、会話は止まりません。
車で帰宅。家に帰るとやることはひとつ。アンクレット作りをしながらお気に入りの超常現象犯罪ドラマ「煉獄(PURGATORY)」を観るだけ。
そこへルームメイトのニッキーがカレシのブライアンと一緒にやってきておもむろに話しかけてきます。ブライアンのルームメイトが独りだけど…と暗にボーイフレンドでも作れば?と促してきますが、サラリとそれを流すサラ。プライベートで人付き合いを活発にするタイプではないようです。
歯みがきをし、スマホで目覚ましをセットし(アラームは例のドラマの音楽)、眠りにつくサラ。彼女の1日はいつもこうやって終わります。
その夜中、泊まったブライアンが台所まで行くと、サラが壁に顔を向けて立っているのを目撃。意味不明でしたがそのまま場は流れます。
翌日、どうやらサラの誕生日らしく、仲良しのジョーンからプレゼントをもらい、大喜び。
また、馬のウィローのもとに向かい、話しかけ、馬にもストラップをプレゼント。その後は、ズンバ教室で踊り、帰宅。また超常現象犯罪ドラマをひとりで鑑賞(今日はDNAテストのキットに唾液を入れながら)。
自分の誕生日ですらそんな調子なため、さすがにルームメイトのニッキーに誕生日を祝うべきだと言われてしまい、急遽、ブライアンの友達を呼んできて小さなパーティを開くことに。
やってきたのはダレンという男。例のドラマの主人公と同じ名前であることに興奮するサラ。喋りまくるダレンの聞き役に徹するサラでしたが、急に鼻血。気を取り直してすっかりノリノリで踊るサラとダレンはなんか相性が良さそうで、企画者のニッキーも若干びっくり。
みんな解散した後、トイレで吐くサラはそのまま眠りにつくように倒れ…。
そこは謎の空間でした。白い。どこまでも白い。横たわる自分の両隣には見知らぬ男性と女性がひとりずついて…。
翌朝、サラは床にクッションをひいて寝ていた自分に気づきます。しかも壁に大きな傷跡があり、なぜそうなっているのかもわかりません。しかし、ダレンがやってきて、連絡先を教えてとデートに誘ってきれたので有頂天。
職場でジョーンに男の人と知り合った話をしていると、また鼻血。そんな状況の中、店の外に謎空間で見かけた男性がいるのを目にし、追いかけようとしますがすぐに見失いました。
ヘザーという知り合いの女性のもとに行ったり、義理の父ゲリーに出会ったり、普通に過ごしていたサラでしたが、不自然な現象が続発します。車が消える、気づくと自分が思いもよらない場所にいる、時間感覚がおかしい…。
そして例によって例のごとくドラマを見ていたサラは確信するのでした。自分は祖母のクローンだ、と…。
スリラーではなく、ある病気を描く
なんだったんだ、これ…。そんな素直な感想も続出している光景が目に浮かぶ『ホース・ガール』。
さっさと本題に入りますけど、本作はまるでそれこそサラの見ているドラマのような超常現象スリラー風のジャンルを装っていますけど、実際はそうではありません。
本作は「妄想型統合失調症(Paranoid schizophrenia)」を描いた作品なのでした。
「統合失調症」というのはなんとなくよく聞く言葉のようで全然理解はしていないことも多い病気ですが、要するに考えや気持ちがまとまらなくなる状態が続く精神疾患であり、約100人に1人がかかるとされ、そこまで珍しくもありません。私は経験がないと自分では思っているのですけど(少なくとも診断されたことはない)、案外と気づいていないだけかもしれません。
統合失調症は3種類あると言われており、それが「破瓜型」「緊張型」「妄想型」です。
『ホース・ガール』のサラはまさに「妄想型」です。多くは30歳前後に発病するといわれ、その名のとおり幻覚や妄想が中心です。
ちなみにこのブログの冒頭で突然提示したチェックテストは統合失調症の簡易診断リストを参考にしたものです。当てはまる項目が多ければ統合失調症の可能性があり得ます。
サラはまさにこの症状が起こっていました。謎の夢や謎の現象。そこから自分は祖母のクローンではないかという、強引な陰謀論的発想に憑りつかれていきます。DNAテストとドラマの2つの要素がサラをそのような勘違いに追い込んだのがわかります。
作中のようなことは大袈裟だろうと思うかもしれませんが、実際にこの病気を体験した人の話を聞いたりすると、他人に操られていると錯覚する「作為体験」や、自分と他人の境界が曖昧になる「自我障害」はよく起こるらしく、“自分は超能力者か霊能力者だと思った”という声もあります。
一方で、なにかと精神病というのは異常扱いされがちですが、妄想型統合失調症というのは人と普通にコミュニケーションするぶんには問題ないらしく、作中でもサラは平凡に職場で過ごしていました。
本作を観て、“脈絡もない破綻した”ストーリーだと思うかもしれませんが、この病気の人はまさにこういう“脈絡もない破綻した”人生体験をすることになり、ゆえに苦しむのでしょうね。
自分の力を信じて
なぜ『ホース・ガール』は妄想型統合失調症を題材にしたのでしょうか。
インタビュー等を調べると、どうやら本作の主演・脚本・製作をつとめる“アリソン・ブリー”の祖母がまさしく妄想型統合失調症で、その祖母の娘(“アリソン・ブリー”の母)は子ども時代にトラウマで苦しんだという、実体験がベースになっているそうです。
つまり本作はものすご~く私的な物語でもあるんですね。
サラの設定も“アリソン・ブリー”の人生史をおそらく相当に反映していると思われます。祖母が統合失調症で、母は鬱で自殺…。そして自分自身も不安になっていく。
本作のリアリティは“アリソン・ブリー”の家族への想いが下地になっているのであろうことは想像するに難しくありません。
そしてそれは症状のリアルさだけでなく、本作の展開や語り口にも表れていると思います。
一般的にこういう精神的な病気を取り扱う際は、そこに第三者目線を置いて、患者を客観的に捉える構造を設定するものです。それは別の登場人物だったり、私たち観客そのものだったりします。ところが本作は完全に患者であるサラの主観で物語が進行するので、客観性がまるでありません。だから終始観客はこの物語を理解するのに苦労します。何が起こっているのか、と。
でもそういうスタンスにすることで本作は患者第一の立場を貫いており、しかも最終的に患者の力による自己実現を描き切ることにまで突っ切っています。こんなにも当事者を信用しきっている映画もなかなかないのではないでしょうか。たいていは家族の支えを配置しながら…とか、言ってみれば少し安全策を講じて当事者の人生を描いたりするものです。
統合失調症患者は弱い人ではないし、サポートが必要な人でもない。ましてや異常者でもない。自分らしさを真っすぐ生きることができる、普通の人間だ、と。
終盤、イーサンと面会したサラが「私は祖母そのもの」と告げるセリフはいろいろな意味にとれるものです。自分は病気だと自覚したとも解釈できますし、さらにぶっとんだ超常現象的実在に飛躍してしまったとも考えられなくもないですし、さらにはそんな区別などどうでもいいんだという悟りの境地に到達したのかもしれません。
どちらにせよ自分の頭をコントロールできればそれでいい。この苦難を乗り越えればきっと自分を新しい世界へと引き上げてくれるはず。
人生は病気も含めて未知との遭遇の連続ですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 60% Audience –%
IMDb
5.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
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作品ポスター・画像 (C)Duplass Brothers Productions, Netflix ホースガール
以上、『ホース・ガール』の感想でした。
Horse Girl (2020) [Japanese Review] 『ホース・ガール』考察・評価レビュー