でも今に蘇る…映画『ファースト・カウ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2023年12月22日
監督:ケリー・ライカート
ファースト・カウ
ふぁーすとかう
『ファースト・カウ』物語 簡単紹介
『ファースト・カウ』感想(ネタバレなし)
2023年の〆のスイーツ映画
2023年の「新語・流行語大賞」の年間大賞は、プロ野球で38年ぶりに日本一に輝いた阪神の”岡田彰布”監督が優勝を表現したことで話題となった言葉…「アレ(A.R.E.)」が選出されたそうです(NHK)。
私は世間の流行にまるで興味がないですし、流行語大賞なんて全然関心もないのですが、毎回こういうのが発表されるたびに自分は主流社会と隔絶していることを思い知らされる…。
でも2023年の「新語・流行語大賞」にはグルメ関係のものがほとんどなかったみたいですね。食文化の流行りくらいは押さえておきたかったのだけど…。
調べてみたらスイーツ系だと「生ドーナツ」や「2Dケーキ」なんてものが2023年は流行ったそうです。
「生ドーナツ」とは、まるで“生”のように感じられる食感や“生”クリームを練り込んでいる生地のドーナツだとか。そして「2Dケーキ」とは、本来は立体なケーキがまるで平面に見える目の錯覚を与えるようにデコレーションされたもの…と。
はい、まるでアバウトに説明していることからわかるように、私はこれらを食べたことはないです…。たぶん私、2023年に初めて食べた!という食べ物はないですよ…。まずもって「生ドーナツ」も「2Dケーキ」も名前を初めて聞いたのだけど。
しかし…! そんな私も2023年の最後に観る映画はスイーツ映画になるのです。
それが本作『ファースト・カウ』。
本作は、スイーツを主題にした映画なのかとツッコまれそうですが、まあ、タイトルに「cow(牛)」って入るとどうしても「肉」を思い浮かべる人もいるでしょう。でも「牛乳」のほうです。
物語は、1800年代初めのアメリカ大陸のオレゴン州。厳密には「オレゴン・カントリー」と呼ばれており、まだアメリカの州ではありません。この頃はアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、スペインが領有を主張しており、1818年に一部がアメリカとイギリスの共有となります。当時は毛皮交易が盛んでしたが、オレゴン・トレイルを使ってアメリカ人の大規模な移住が始まる前の時期を舞台にしています。
そんな開拓もまだ全然進んでいない自然の大地にて、主人公は男2人で、この男2人がひょんなことから仲良くなっていく過程を、じんわり地味に描いています。
ここまでの説明でどこにスイーツが絡むんだと思うのでしょうけど、ちゃんとスイーツが鍵になってきます。
この『ファースト・カウ』を監督したのは、インディーズ映画界で注目を集め続けてきた“ケリー・ライカート”。
1994年の『リバー・オブ・グラス』で長編監督デビューし、いきなり高評価。その後の監督作も評価上々で、『オールド・ジョイ』(2006年)、『ウェンディ&ルーシー』(2008年)、『ミークス・カットオフ』(2010年)、『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』(2013年)、『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016年)と続き、2022年の最新作『ショーイング・アップ』も変わらずの絶賛でした。
この『ファースト・カウ』は2019年の監督作で(アメリカでの一般公開は2020年)、その大絶賛っぷりから日本での公開も映画ファンの間で待ち望まれていたのですが、なかなか公開されず…。“ケリー・ライカート”の特集上映が行われたとき、そろそろかなと思いましたが、やっと2023年に劇場公開となりました(『ショーイング・アップ』との同日公開で忙しいです)。
私もずっと楽しみにしていたのですよ。「どんな映画なんだろう…」とあまり前情報も入れずに…。
牛を捕まえるのかな…? 牛を盗むのかな…? 牛が逃げるの…? 牛を殺すのか…? いろいろ想像していましたけど、まさかスイーツの映画だとはね…。『ジャッリカットゥ 牛の怒り』みたいな映画じゃないですよ…。
ちなみに『ショーイング・アップ』は猫映画であり、ハト映画です。『ファースト・カウ』は牛映画なので、動物シリーズが続いてます。
本作は「The Half-Life」という小説が原作で、原作者は“ケリー・ライカート”監督作にこれまでも脚本で関わってきた”ジョナサン・レイモンド”。今回も脚本に参加しています。ということで映画の空気は過去作と同じです。
俳優陣は、『キャロル』の”ジョン・マガロ”、『私ときどきレッサーパンダ』でも声ででていた“オリオン・リー”、『ほの蒼き瞳』の“トビー・ジョーンズ”、『トレインスポッティング』の”ユエン・ブレムナー”、『ブリッジ・オブ・スパイ』の“スコット・シェパード”など。『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で2023年の注目の俳優となった“リリー・グラッドストーン”もちょこっとでています。
『ファースト・カウ』はゆったりとしたのんびりペースの映画です。本作で2023年を静かに締めるか、2024年の一歩を静かに踏み出すか…そんな感じでもいいんじゃないでしょうか。
あと、暗いシーンが多いので、見やすい環境が欲しいですね。
『ファースト・カウ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :隠れた良作 |
友人 | :シネフィル同士で |
恋人 | :異性ロマンスなし |
キッズ | :地味な物語です |
『ファースト・カウ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):2人の男は思いつく
大型船がゆっくり通っていく雄大な川。その川沿いを黒い犬が地面の匂いを嗅いで探っており、その傍には飼い主なのか、ひとりの女性がいます。
するとその女性は犬が嗅ぎ当てた地面に埋まった骸骨を発見。どんどん手で掘っていくと、浅い土に2体の骸骨が横たわるように並んでいるのがわかります。
時は遡ること1820年代。オレゴン・カントリーの未開の地で、フィゴウィッツ(クッキー)は森で野草を夢中で採取していました。物音に気づき、「誰だ?」と声をかけるも反応なく、急いで猟師たちの一団のもとに戻ります。
クッキーは料理人で、この毛皮猟師の一団に同行しているのですが、荒々しいこの集団にどうも馴染めていません。
ある日、夜にテントで休んでいたクッキーのもとに、中国人移民と思われる男がひとりで紛れ込んできます。彼はキング・ルーと名乗り、こちらもクッキーだと自己紹介。どうやら居場所が無いようなので、このテントに一晩隠れることを許可し、共に眠ります。
翌朝、一団は拠点を目指して移動を開始します。その際にクッキーは川で魚を見つけて急いで網で捕まえます。ルーは川を渡って逃げることにしたようで、立ち去る姿を見守ります。
拠点でまたクッキーとルーは再会しました。ルーは粗末なボロ小屋に招待してくれます。ここで自給自足しているそうで、他に行き場もないので共に過ごすことにします。
ルーが農場を始めようと考えているようです。クッキーはサンフランシスコでパン屋かホテルを始めたいという希望を抱いており、2人でその夢を確認します。しかし、何の財産も無ければそんな夢は叶うわけもありません。
ふとクッキーは牛乳さえあれば焼き菓子を作ることができるとルーに話します。するとルーは思いつきました。この拠点には乳牛が1頭だけ最近持ち込まれたのです。このあたりで一番偉い仲買商の敷地で飼われており、もしその牛から乳を拝借できれば、焼き菓子が作れるのでは…。
2人は夜に仲買商の敷地に忍び込み、暗闇にまぎれてクッキーは牛の乳を搾り、ルーは木の上から見張りをします。そして牛乳を手に入れることができました。
さっそく焼き菓子を作ってみると、クッキーはまだ改善の余地があると述べていましたが、それなりに上々のものができました。
そこでこれを並べて売ってみることにします。すぐに男たちの目にとまり、ひと口食べれば大絶賛。また作って売りだせば長蛇の列となりました。もともと資源の乏しい環境でしたが、この拠点でもこんなに人気になる食べ物は他にありません。
これはこの焼き菓子でひと財産を獲得できるのではないか…。2人の抱いていた計画性が微塵もなかったあの夢。その実現性がにわかに浮上します。クッキーとルーは絶好の機会を手にし、またも牛乳を盗んでは、焼き菓子を作って売っていくことにします。
噂を聞きつけて牛の持ち主であるはずの仲買商の男すらも焼き菓子を買ってくれ、「ロンドンの味だ」と感動して称賛してくれました。
しかし、この良い流れは長く続くことはなく…。
肉よりもスイーツが男たちを魅了する
ここから『ファースト・カウ』のネタバレありの感想本文です。
『ファースト・カウ』は冒頭からいきなりの白骨化死体を2人分も発見するところからスタートです。ジャンルによっては、このままミステリー・サスペンスに突入するでしょう。『FBI: 特別捜査班』とか『CSI:科学捜査班』とか『NCIS ネイビー犯罪捜査班』とか『BONES -骨は語る-』とかね…。
でも本作は「一体この死体の真相は何なのか!?」という仰々しい謎解きを煽ることはありません。真相は確かにわかるのだけども…。
本作は冒頭からわざとらしく緊迫感も用意していません。骸骨を見つけた人も「ひいぃぃ!!」とか悲鳴をあげたりもしません。「あら、こんなところに」みたいな雰囲気。骸骨が見つかったのにこんなにものんびりした空気を維持しているのです。
私の『ファースト・カウ』の第一印象…それはすごく“男らしさ”を解脱するような物語だったなということです。
まず主人公のクッキーは寡黙です。あまり喋らず聞き手に徹し、感情を見せません。男たちとの馴れ合いも苦手なようで、猟師団でも拠点でも浮いています。
そんなクッキーが出会うのはキング・ルーです。彼はクッキーほど口数が少ないわけではないです。ただ、中国人移民のせいなのか、白人集団に馴染めておらず、どうしても孤立しがちです。
クッキーがなぜルーとならば打ち解けられたのか。それはわかりません。外れ者同士でたまたまちょうどよかったのか…。どちらにせよ共同生活も上手くいっています。あまり迷惑かけるタイプの奴でもないですし、シェアハウスに支障はないようでした。
そんな2人を繋げるのが「焼き菓子(oily cakes)」。今で言えば、ホットケーキミックスで作れる揚げドーナツみたいなものですかね。
面白いのがこの焼き菓子がめちゃくちゃ美味しかったようで、あの拠点にいる男たちが菓子に群がるほどの大盛況になるという現象。これは冒頭の毛皮ハンター集団とは対比的です。肉ではなくてスイーツによって男たちが解きほぐされていきます。未開拓地の野郎どもの心を癒したのはスイーツなのです。
典型的な“男らしさ”を外れていた男2人が、欲が背景にあるとはいえ、結果的にスイーツで男たちを手懐けていく。この構図がシュールであり、やっぱり男だって“男らしさ”でカッコつけ威嚇し合って疲れるよりもこうやってただ美味しい甘いものを食べたいんんだよね…という共感もあり…。
“ケリー・ライカート”監督の形作る男性像の甘い匂いにこっちもまんまとやられてしまいますね。
ミルク味のクィアネス
『ファースト・カウ』のこのクッキーとルーの関係性は、友情というかソウルメイトみたいな深い繋がりです。こうなってくると、たいていはクィア・リーディングする余地が生まれます。
『サムシング・イン・ザ・ダート』みたいにハッキリとクィアであると設定しつつ、2人を恋愛とも言えない独自の関係性で結び付ける映画も最近ありましたが、『ファースト・カウ』はもっとほんのりした味です。
実際のところはどうかはわかりませんが、なんとなく作中では2人並んで歩いていても、やや同性愛嫌悪的な視線を向けられているかのような空気が漂うシーンもあります。
そしてこのスイーツのからくりが露呈してしまうと、2人は一転して追われる身に…。
この後半の展開も、ホモフォビアな迫害と重ねてみることもできるでしょう。
2人は結局は並んで息絶えたようで、それがオープニングの骸骨に繋がります。
本作は1820年代が舞台で、正確にはまだ本格的な西部開拓時代ではありません。そもそも舞台が西部ではなく、オレゴン・カントリーなわけですけども、この地ではオレゴン境界紛争というイギリスとアメリカの間の領有権主張問題が生じ、1840年代後半まで落ち着かないことになります。
本作はイギリスの仲買商から牛乳を盗んで追われるハメになったり、このオレゴン境界紛争をちょっとなぞっているような構図が見えます。
牛1頭でそんな領有権争いなんて実際は起きないよね…と言いたいところですが、同じようなことが起きた事例があって、アメリカ合衆国とイギリス領北アメリカ(後のカナダ)との国境をめぐって紛争になっていたサンフアン諸島では、1859年に衝突が起き、そのきっかけは所有物のブタを射殺したことでした。
だから当時のあの地の感覚として、動物をめぐるトラブルは本当に領有権争いに直結しかねないヤバさがあるものだったと言えます。
本作はそんな時代の空気を牛とスイーツで伝えつつ、“男らしさ”から脱却したかに見えた男たちがそれでもなおもまたあの荒々しい乱暴な手段がまかりとおる世界に戻ってしまうという儚さも描いている感じでしたね。
もしスイーツがもっとあの男たちを魅了できていたら、この西部開拓時代に突入していく世界も全然違ったものになったかもしれない…そんな御伽噺チックな「if」を想像したくなる映画でした。
むしゃくしゃしたときは、美味しいスイーツを食べましょう。男でもケーキとかいっぱい買って自分にご褒美あげればいいんです。喧嘩するよりもオススメのスイーツを紹介し合ってニコニコしましょう。それでいいじゃないですか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 65%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2019 A24 DISTRIBUTION. LLC. ALL RIGHTS RESERVED. ファーストカウ
以上、『ファースト・カウ』の感想でした。
First Cow (2019) [Japanese Review] 『ファースト・カウ』考察・評価レビュー