悲劇を映画で乗り越える…映画『アドリフト 41日間の漂流』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2020年6月5日
監督:バルタザール・コルマウクル
アドリフト 41日間の漂流
あどりふと よんじゅういちにちかんのひょうりゅう
『アドリフト 41日間の漂流』あらすじ
愛を誓ったばかりのタミーとリチャードは、タヒチからサンディエゴへの大海原をヨットで旅することになる。出発から2週間後、壮絶なハリケーンが襲い、2人の乗ったヨットは無力にも飲み込まれて壊滅的なダメージを受ける。ヨットは操縦不能となり、無線もつながらない、そしてリチャードは瀕死の重傷。動けるタミーはこの絶体絶命の危機を乗り越えられるのか…。
『アドリフト 41日間の漂流』感想(ネタバレなし)
漂流したら映画にしよう
幸いにも私は遭難はしたことはないのですが(道に迷った程度なら普通にあるけど)、それこそ絶体絶命の危機の真っ只中に置かれてしまったとき、人は何を思うものなのでしょうか。死を目前にすると人生を振り返りたくなると言いますし、やっぱり自分の生き方を反省したり、幸福だった記憶を噛みしめたりしているのかな…。
でも日本ではそういう遭難体験談ってあまり聞かないですよね。さすがに山菜採りで遭難したのはちょっとあれですが、登山なんかで遭難者は定期的に発生しているのですし、それがドラマ化したっていいものなのに。日本は自己責任論という社会圧が強いから体験者が表に出てきづらいのかな?
一方で海外に目を向けると、山でも海でもどこでも遭難して生存した人は何かしら体験記を書き、それがドラマや映画になったりします。なんでしょうか、この“転んでもただでは起きぬ”精神。酷い目に遭ってもそれをクリエイティブの糧にしてみんなと共有してやる!という姿勢は私は嫌いではないですが…。
今回の紹介する映画も実際の遭難体験を元にしたサバイバルドラマな作品です。それが本作『アドリフト 41日間の漂流』。
本作はタミー・オールダム・アッシュクラフトという女性が1983年に太平洋で41日間も漂流した経験をまとめた「Red Sky in Mourning: A True Story of Love, Loss, and Survival at Sea」というノンフィクションを原作としています。当時23歳だったアッシュクラフトはフィアンセのリチャードと一緒にヨットでタヒチからサンディエゴまでを航海することになり、そこで悲劇に直面します。
映画『アドリフト 41日間の漂流』ではその実体験をかなりリアルに映像化しており、その孤独で絶望的なサバイバルの壮絶さを余すところなく伝えています。アッシュクラフト本人もプレミアの上映会に参加し、映画の出来栄えには大満足だったようです。
そんな本作の監督として舵をとったのがアイスランド人の“バルタザール・コルマウクル”。2000年ごろから監督業をしており、アイスランド本国では有名だったみたいですが、彼が国際的に知られ始めたのは2012年の監督作『ザ・ディープ』。アカデミー賞の外国語映画賞にアイスランド代表として出品されるなど、国内からの猛プッシュもあって注目が集まったこの映画は、1984年に起きたアイスランドの漁船沈没事故を描いた実話モノでした。そんな作品を手がけたせいでしょうか、その後も“バルタザール・コルマウクル”監督には実話の自然事故モノを手がけることが多くなり、2015年の『エベレスト 3D』では1996年にエベレストで起きた大量遭難事故を映像化し、山の恐ろしさをまざまざと見せつけていました。すっかりハリウッドでの製作体制にも手慣れ、アイスランドから飛び出したフィルムメーカーです。
その“バルタザール・コルマウクル”監督が『アドリフト 41日間の漂流』を手がけるのも納得であり、クオリティはお墨付きだと安心できると思います。
その漂流サバイバルものという特性上、登場人物は非常に少なく、実質主人公となるタミー・オールダム・アッシュクラフトという女性ひとりの物語だと言えます。そんな苦境に立たされた主役を演じるのは、“シェイリーン・ウッドリー”です。日本だとそこまで知名度はないですが、アレクサンダー・ペイン監督の『ファミリー・ツリー』(2011年)で高評価を獲得し、その後は『ダイバージェント』シリーズや『きっと、星のせいじゃない。』など若者層向けの作品にも出演して認知され、並行してドラマ『アメリカン・ティーンエイジャー 〜エイミーの秘密〜』や『ビッグ・リトル・ライズ』でも活躍。アメリカではすっかり知られた若手女優です。
その“シェイリーン・ウッドリー”演じる主人公の婚約者の男を好演しているのは、『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』『スノーホワイト』『ハンガー・ゲーム2』など大作への出演も目立つ“サム・クラフリン”。彼は見た目からしてイケメンなわけですけど、最近はそんなパブリックイメージをぶち壊す演技を披露しており、『ナイチンゲール』では吐き気を催すレベルの性暴力クソ野郎を大胆に演じたり、ちょっとキャリアが心配になるくらいだったのですが、今回は割と普通路線に戻ってきました。
基本はこの二人しか登場しませんし、会話もあまりありません。省エネ構成…。その代わり撮影におカネかけてますからお楽しみに。
そこまで派手派手な映画ではないですが、リアル路線の堅実なサバイバル・ムービーをお望みなら『アドリフト 41日間の漂流』は素晴らしい船旅になるはずです(作中では悲惨ですけどね)。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(サバイバル映画好きなら) |
友人 | ◯(遭難生存術を語り合おう) |
恋人 | ◯(恋愛映画の側面も) |
キッズ | △(大人のロマンス多め) |
『アドリフト 41日間の漂流』感想(ネタバレあり)
気が付けば海で孤独に…
半分水没している船内で目覚める女性、タミー。彼女が今いる小さなヨットの船内は滅茶苦茶。モノがぐちゃぐちゃに散乱し、水浸しになっています。「リチャード!」と名を呼びますが気配はなし。足場は悪く、今も揺れている状態で進むのもやっと。外に出られもしません。足も怪我し、痛みに耐えるのみ。
なんとか這い上がって船室から外に出ると、小さなヨットは見るも無残に大破。マストは折れて消失し、帆はもちろんなく、船が浮かんでいるのが奇跡です。航海能力はなく、海に漂っているだけ。タミーはリチャードがつながっていたはずのセーフティハーネスを見つけ、たぐりよせますがそこには誰もいませんでした。絶叫するタミー。
彼女がポツンと取り残されているのは、陸地なんて何ひとつ見えない広々とした海。太平洋のど真ん中でした。
5か月前。1983年のタヒチ。南太平洋フランス領ポリネシアに属するこの島にやってきたタミーは港に到着し、そこの船着き場でリチャードという男に出会います。これが運命の出会いでした。
一緒に船内で食事し、親交を深める二人。共にヨットへ乗ると、リチャードは素晴らしいセーリングの能力を持っていることがすぐにわかります。
二人の思い出がこのタヒチで蓄積されていく中、リチャードの知り合いらしいピーターとクリスティンに会います。この人たちから腕を見込んでヨットの回航を依頼されることに。その目的地はサンディエゴ。6400キロ先の地点であり、順調でも1か月の長旅になります。もちろん危険もあります。しかし、謝礼は相当な金額であり、これさえあればある程度は自由に海をめぐる余裕も生まれます。
迷ったリチャードはタミーと一緒の航海なら行こうと決心。愛で結ばれた二人ならば困難なんて怖くないという自信。タミーもリチャードの判断を信じていました。
そして航海に出発。最初は穏やかで二人だけの世界を満喫していました。ところが出発から2週間後に事態は一変します。カテゴリー4の記録的ハリケーンが襲来。こちらは小さなヨット。ひとたまりもありません。暴風・豪雨・大波の中で必死に手を尽くしますが、回避不能な巨大津波に飲み込まれてしまい、操舵をリチャードに任せ、間一髪で船室に逃げ込んだタミーは上下が激しく逆転する中で意識を失います。そしてリチャードは…。
惨劇の後のヨットで茫然とするタミー。「メーデー!メーデー…誰か…」と無線で助けを呼ぶがつながりません。双眼鏡で海を見渡し、リチャードを探すも影も形も見つからず、甲板で絶望に泣くしかない状況。
しかし、少し離れた海にディンギー(キャビンを持たない小さい船のこと)にしがみついたリチャードらしき人影を発見。船を動かして駆け付けようとするも、機械は作動すると火花を散らし、動作しません。はやる気持ちを抑え、まずは船内を片づけて水を抜く作業をし、折れたポールを立ててジブ(船首に張る三角形の補助的な帆)を使って完全ではないですが帆を張れました。ないよりはましです。
動かせるようになった船で近づくと、あとは泳いで彼のもとへ。リチャードは息があり、なんとかヨットへと運びます。右足と肋骨を大きく怪我している様子で痛みに呻き、全く自力では動けません。
でも私は独りではない。タミーは自分を奮い立たせ、漂流から脱するために陸地を目指すことにしました。食料も乏しい、装備も貧弱。頼れるのは婚約者との愛だけ…。
海で撮影するのは大変だ
『アドリフト 41日間の漂流』の見どころはやはりサバイバル展開。こういうジャンルの場合はいかにその極限状況を観客にもリアルに体感してもらうかが大事です。普通は船で漂流した経験のある人は滅多にいませんから、そういう未経験者にも「これが漂流の怖さなのか!」と衝撃を与える…そういう映像が用意できていればもうこのタイプの映画は一定の面白さがあります。
本作は一部でスタジオセット撮影をしていますが(船内とか嵐のシーン)、それ以外は本当に大海原で船を浮かべて撮影するという徹底したリアル志向です。なんでもフィジーが撮影地らしいですが、沖合の海に行くのに毎日2時間かけていたので、スタッフは船酔いが酷かったとか。出演者が少人数だからできることですが、大変だったろうなぁ…。私だったらずっと船酔い状態で使い物にならないと思う…。
壊れた船の状態でどうやって海で撮影するのだろうと思ったら、別のフローターか何かに破損した船を固定して浮かべているみたいですね。
かなり酷いありさまになっていた船でしたが、実際の船の写真を見ると確かに作中とそっくりな壊れ方をしており、そこも忠実に再現していることがわかります。浮かんでいるのが奇跡というのは見た目からしてわかります。
撮影もシチュエーションが限られる中、ときに静かにときにダイナミックに非常に丁寧に撮っており、撮影を手がけた“ロバート・リチャードソン”(『JFK』『アビエイター』『ヒューゴの不思議な発明』でアカデミー撮影賞を3回受賞しているベテラン)の腕が光っていました。
実際にはやっていないこと
そのズタズタな船で漂流することになるタミーのサバイバル術ですが、作中で行われていることのほとんどが実際のとおりだそうです。
ポンプで船内の水を抜いたり、スピンネーカーポールとジブを組み合わせてその場しのぎの帆を急設したり…。あの苦難に打ちひしがれつつもテキパキと生存のためにやるべきことをやっていく姿を見ると、このタミーという人は相当なタフだなと思いますよね。陸地への到着の要になる六分儀を使っての位置と方向の割り出しもお見事ですし。やっぱり六分儀は使えるようにならないとダメだな…。
そんなタフネスなサバイバルを見せたタミーですが、作中ではハッキリ描かれていないですけど、実際は自殺も頭をよぎって行動しかけたこともあるようです。やはり最大の敵は「絶望」なんですかね。
缶詰とピーナッツバターで飢えをしのいだタミーですが、映画のラストでは陸地に到達(前触れとして船にハトが止まる演出が良い感じ)。そこで近づいてきた船に救助されます。そこでリンゴを頬張るシーンが映りますが、あれも実際にリンゴをもらったとのこと。世界一美味しいリンゴだったろうな…。
このように現実の体験をリスペクトし、リアリティにこだわりぬいた本作ですが、サバイバル面ではひとつだけ実際にはやらなかったことが映画内では描かれています。それは傷を縫うという行為。確かにタミーは頭部に怪我を負ったそうですが、縫うことはしなかったみたいです。まあ、怖いですよね…。それに消毒するものがない状態で傷を縫う作業をするのは逆に感染症のリスクで命に関わりますし、あまり推奨されないでしょうから、やらない方が正解かもしれません。あくまで映画的な演出ということでね。
夫婦生活の始まりと終焉
極限環境下でのサバイバルを描く映画というのは、単純に生きるか死ぬかのサスペンスを見せるだけでなく、それを通して人生の苦境をメタファー的に映し出しているものが多いです。仮にそれを作り手が意図していなくとも、観客はそう感じ取ってしまうんですね。
例えば同様の海上漂流映画であれば、『オール・イズ・ロスト 最後の手紙』は迫り狂う老いとの向き合い方を感じ取ることができますし、『喜望峰の風に乗せて』は中年男性のキャリアへの失敗の恐れが浮き彫りになってきます。漂流ではなく航海というくくりで見ると、『コン・ティキ』は人類史の偉大さを痛感できますし、『メイデントリップ:世界を旅した14才』はまさに少女がひとりで海を乗り越えていくさまが青春の成長を投影しているようです。『モアナと伝説の海』も同じです。
では『アドリフト 41日間の漂流』は人生の何を見せてくれるのかと言えば、夫婦という生活の始まりと終わりがギュッと凝縮しているように思います。
タミーとリチャードは出会い、そこから船旅が始まります。まさに結婚生活のスタート。綺麗な船で二人だけの世界を構築し、幸せいっぱいです。しかし、だんだんと雲行きは怪しくなり、気が付けばそこは嵐の中。どんな夫婦にも起こる関係性の危機をもたらす出来事を暗示するかのように。
そしてリチャードは海に消えます。夫婦は特殊な事情がないかぎり、どんなに長続きしようともいつかは片方が死んでしまい、もうひとりは取り残されます。それは避けられない運命です。このタミーの境遇も結果的にはそういう夫婦がたどる運命を短期間で味わってしまったようなものではないでしょうか。
本作はそこにひと仕掛けを用意しており、漂流後にタミーによって回収されたリチャードは幻覚だったことが終盤に判明します(つまりリチャードは海に沈んで死亡した)。この幻覚オチは過去パートでリチャードが幻覚の話をするので伏線として提示されていますし、タミーの瞑想をする習慣からも何かしらの精神的な干渉を示唆していたと思います。
映画のトリックとしてはありきたりな幻覚オチですが、本作の場合は夫婦映画としての哀愁にもつながり、この世にいない夫からの言葉に励まされて生き抜いた妻の自立的な強さにもなり、良いストーリー効果があったのかな、と。実際のタミーも何かしらの内なる声が何度か聞こえたと語っており、それを本作ではリチャードのものとして解釈して位置付けているんですね。夫婦映画としては納得の設定でしょうかね。
漂流した夫婦生活を送っている人も大丈夫。あなたには絶大なパワーがあるのです。いつかは陸地につきます。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 70% Audience 65%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2018 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『アドリフト 41日間の漂流』の感想でした。
Adrift (2018) [Japanese Review] 『アドリフト 41日間の漂流』考察・評価レビュー