独りだけど独りじゃない世界一周の航海…Netflix映画『トゥルー・スピリット』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:オーストラリア・アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にNetflixで配信
監督:サラ・スピレイン
トゥルー・スピリット
とぅるーすぴりっと
『トゥルー・スピリット』あらすじ
『トゥルー・スピリット』感想(ネタバレなし)
16歳で何をする?
16歳の時、あなたは何をしていましたか? あ、まだ16歳になっていないという人だったら、16歳の時に何をしていたいかを想像してください。
私が16歳の時は…何もしていなかった…。ほんと、アイデンティティも夢も見いだせず、ただその瞬間をなんとなく苦しみながら生きているだけだったな…。
それでもなんとか生き延びているのだから、とりあえず良しとしよう…。
日本では16歳になるとできることがいくつかあります。例えば、原動機付自転車や普通自動二輪車の免許の取得ができます。移動範囲が格段に広がった人もいるはず。
免許と言えば、16歳は別の免許も取れます。それが「2級小型船舶」の免許です。そうです、船も操舵できるのです。
2級小型船舶の免許があると、海岸から5海里(約9キロメートル)の範囲の海域を操縦できます。小型船舶と言ってもそれはもう立派な船ですからね。手漕ぎボートとはわけが違います。もしかしたら16歳でもう自分の操舵で海に乗り出している人もいるんじゃないかな。
これはあくまで日本の話。海外はというと実はそもそも海外の多くの国では船舶免許自体が存在せず、帆船であろうとモーターであろうと結構自由に操舵可能なのだそうです。もちろん安全基準などはありますし、ルールも守らないといけないのですが、後は個人のスキルだけ。たまに映画で船を操縦した経験が一度もない人に舵を任せて「イエーイ!」なんてプレジャーボートを乗り回させて楽しんでいるシーンとかありますが、あれも法的にはOKだったんですね。日本人感覚でそのシーンを観ると「え、船舶免許もない人に操舵させるなんて違法でしょ!?」ってびっくりしますけど…。
そんな海外と言えども、いきなり「私、船で世界一周します!」なんて宣言すれば、「おいおい、本気かよ」と制止されるのは仕方がないこと。
もしそんなことを言いだしたのが16歳だったら?
今回紹介する映画は、16歳の少女が小型船で世界を単独一周するという挑戦に挑む姿を描いた実話に基づく作品です。
それが本作『トゥルー・スピリット』。
本作はオーストラリア映画であり、2009年にオーストラリアから単独で世界一周を果たすために出発した当時16歳の少女、ジェシカ・ワトソンの挑戦を題材にした伝記作品です。オーストラリア生まれですが、ニュージーランド人の両親に育てられたジェシカは他の姉弟妹と共に親からセーリングの技術を学び、小さい頃から船と一緒の生活でした。そしてある日、世界一周をしてみたいという夢を膨らまし、実現に向けて動き出すことになります。
この『トゥルー・スピリット』はその実際の航海に単独で取り組むジェシカを描きながら、同時にその航海を故郷でサポートする家族や指導者の姿も合わせて描写し、このチャレンジをダイナミックに映像化しています。
映画を制作するのは『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』を手がけた「Sunstar Entertainment」で、それと同じく王道な感動モノになっています。
『トゥルー・スピリット』の監督は、シドニー郊外で警察が先住民アボリジニの少年の死亡に間接的に関与したのではないかという疑いで反発を招いて騒ぎとなったレッドファーン暴動を描いた『Around the Block』(2013年)を手がけたこともある“サラ・スピレイン”。2002年の『裸足の1500マイル』ではセカンドユニットのアシスタントディレクターをしていたそうです。
俳優陣は、主人公を演じるのはドラマ『Titans/タイタンズ』の“ティーガン・クロフト”。そちらのドラマではレイヴンという強力なパワーを持つキャラクターを演じていましたが、今回は船の帆走で卓越した技を見せます。
他の共演は、マオリ族出身で『アバター ウェイ・オブ・ウォーター』では海の民のリーダーを演じていた“クリフ・カーティス”。今作では泳ぎませんが、海を船で行く術を授けてくれる役なので、通じ合うものがある気がする…。
さらに、『アイリッシュマン』の“アンナ・パキン”、『モータルコンバット』の“ジョシュ・ローソン”など。
『トゥルー・スピリット』は日本ではNetflixで独占配信中。気楽に感動できる作品なので、ゆったりと動画鑑賞の船旅へどうぞ。
あ、サメはでてきません!
『トゥルー・スピリット』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年2月3日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽に見れる |
友人 | :暇なときにでも |
恋人 | :感動したいなら |
キッズ | :夢を応援する |
『トゥルー・スピリット』予告動画
『トゥルー・スピリット』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):世界を船で一周したい
ジェシカ・ワトソンはオーストラリアの海岸で育ちました。いつも泳いでおり、泳いでいないのは船に乗っているとき。小さい頃に帆走の技術を身につけ、帆に風を受けると胸が躍り、美しい海に魅了されました。海を学び、いつか世界を航海したいという思いは強まり…。
揺れる船の中でノリノリで歯磨きをして音楽を消し、狭いベッドで眠りにつくジェシカ(ジェス)。ここは海の船の上。ピンクレディと名付けられた船体がピンクにデコレーションされたこの船はジェスの愛用の船です。今はオーストラリア近海を試運転中でした。独りで…。
突然、激しい揺れでベッドから転げ落ちます。酷い金属音。その原因は船がタンカーに衝突してこすっていたからです。悠々とタンカーは行ってしまい、茫然とする中、ジェスはベン・ブライアントに連絡します。彼はジェスの船の指導者でした。
マストが折れたと報告し、深呼吸して落ち着きながら座標を教えます。こうしてベンに助けに来てもらいました。
貨物船と衝突したと知らされたジェスの家族は落ち着きません。母は心配して電話をかけます。
昔はジェスは船が怖かったのですが、両親に励まされて慣れていきました。今はその忘れていた恐怖が呼び覚まされます。油断すればこの海は危険です。
港に着くとメディアでいっぱい。なぜならジェスは無寄港・無支援の条件で単独で世界一周の航海に挑むことを発表していたからです。しかし、子どもを海にだすには危険すぎるという声も強く、政府当局も危険視していました。
マスコミの前でベンと記者会見するジェス。成功を疑問視する声が公然と上がる中、警報機は作動し忘れたと今回のミスを正直に説明します。「16歳は若すぎないですか」と厳しい記者の質問。でも出発日は2週間後。これは揺るぎません。
あらためてベンから指導を受けつつ、父は安全を優先すると言いながらも不安げ。折れたマストの修理にはカネがかかり、スポンサーが要ります。SNSではバカな海賊と嘲笑されており、賛同者はいるかどうか…。
けれども船を修理してくれるボランティアが集まり、事なきを得ました。船と海を愛する仲間がいたのです。
家族は船内にメッセージを書き残し、こうして船は完全に修復完了。
出航が近づくもメディアの批判は止まず、父も本心では行ってほしくないようです。
2009年10月18日、出発の日。妹は大切なコアラのぬいぐるみを貸してくれます。こうしてジェスはひとり海へと進みました。手を振り、前を向くと、そこはずっと海です。
3日目。600キロ以上進み、ジェス本人は気楽そうですが、家で待つ家族は心配でしょうがない状態。ベンもこの家でジェスをサポートしていました。連絡があればすぐにアドバイスします。
ベンは言います。「孤独を感じたら歌うんだ」と。
33日目。赤道を超えて北半球に到達。しかし、空が荒れそうな雰囲気を見せ、ベンに連絡して助言を聞きます。このまま進むことになり、装備を整えます。ロープで体を固定し、大嵐の中でなんとか船の速度を抑えつつ、雨風で揺れる船内で耐えるしかありません。
ジェスは船体に頭を打ちつけ、気絶してしまいますが…。
史実はどうだったのか
『トゥルー・スピリット』はジェシカ・ワトソン本人が書いた本が基になっており、映画で描かれていることも大部分は実際にあったとおりです。
ジェシカのこの挑戦は始まる前からかなり批判されており、セーリング業界からも問題視する意見が相次いでいました。別にジェシカの素行が悪かったとか、そういう理由ではなく、そもそも10代の子どもにこんな危険な挑戦をさせていいのかというのがもっぱらの論点でした。このような批判は今回に限らず10代が何か挑戦するときは常に巻き起こるものですね。
それでもジェシカの挑戦を支援してくれるセーリング業界の人も大勢いて、それは作中でも描かれるとおり。そもそもジェシカのこの挑戦は、同じく卓越したセーラーで、1999年に無寄港・無支援の条件で単独で世界一周の航海に挑んで成功させたドイツ系オーストラリア人の“ジェシー・マーティン”に触発されたものです。
“ジェシー・マーティン”の場合は当時の段階で最年少の記録を達成しましたが、ジェシカはこの憧れの人と同じことをしたいという想いゆえ。最年少の記録を塗り替えようとかはとくに思っていなかったのでしょう(事実、こういう挑戦で年齢の記録はとらないらしい)。
いざ航海が始まるとこれはもう独りの世界。この手の航海ジャンルにありがちですが、旅路が人生と重ねるような見せ方になっており、映画でそれがさらにドラマチックに盛り上げられていました。ジェシカの失読症としての描写もさりげなく効いていましたね。
嵐の場面も容赦ないですが、無風の期間もまた苦痛であるという、動と静のシーン。映像としてもメリハリがあって飽きません。無風の期間は「スターマン」の曲が流れるので、なんだか同じく孤独な生存を描いた『オデッセイ』とシンクロしてましたけど。
旅での出来事は実際の起きたものをいくつか映画ではカットしています。両親はたびたび軽飛行機で上空からジェシカを見守ったりもしたようですし、ビーコンが一時誤作動したこともあったそうです(ビーコンがマストについていて水で沈むと信号を送って水没の可能性を知らせる)。
198日目、もう少しでオーストラリアの港に帰れるというところで、再び大嵐に遭遇。ここでも映画的なかなり視覚的に極端なスリルが用意されています。あれだけ沈み込むことがあるのかは知りませんが、実際は本人の体験談によれば、旅全体で7回のノックダウン(船体がさかさまになる)を経験したのだとか。
私だったらそんな経験したら二度と船に乗らないだろうな…。
もうひとつの挑戦が並行して描かれる
『トゥルー・スピリット』ではジェシカは単独で旅をします。自分との闘いです。
その一方で遠くから家族や支援者が支えてくれており、独りで旅をしているけど、精神的には独りじゃない…そんな心境でもあります。この家族の描写も微笑ましくて良かったです。
両親は心中お察ししますとは私は簡単に言えませんが、それはもう娘を送り出すのは不安だったでしょう。これが成功していたから結果的にはめでたしめでたしですけど、万が一ジェシカが航海中に死亡することになっていたら、おそらくこの両親は児童虐待などの罪で訴えられてもおかしくないので、本当にはハイリスクだったと思います。
そのジェシカの姉のエミリー、弟のトム、妹のハンナ。3人の支援も頼もしいです。とくに幼いハンナは今作のユーモア要素になっていますが、でもきっとあの子もセーリングを教わっているだろうし、あんな幼げな顔で私なんかよりはるかに海を熟知しているんですよ。
ハンナを通して、この家庭の「子どもを大人と対等に扱って責任を持たせてあげる」という子育てのスタイルが垣間見える感じでしたね。
そしてこの『トゥルー・スピリット』でジェシカの指導者(メンター)にして、ある意味でもうひとりの主人公みたいになっているベン。彼は架空の人物です。
作中では世界一周の航海をした経験者であり、マットという人物について不幸な出来事があったことが示唆されます。ベンは人を避けるようになってしまっており、船に引き篭もっています。本作はこのベンが船からでるドラマを並行して描いており、ジェシカの挑戦と方向性としては対比されつつ、勇気という点では同じであるという描写です。
何かとこういう題材の映画ではアクティブなアビリティが称賛されてしまうことが多いですが、本作はここにベンの物語を加えることで、アクティブでなくとも人には挑戦する題材が何かしらあることを示しており、そこも丁寧だったのではないでしょうか。
現在のジェシカはデロイトという世界最大の会計事務所で働いているそうですが、ジェシカのこの記録は2010年に出航したオランダ人で当時14歳のラウラ・デッカーによって塗り替えられます。こっちもこっちで出発するまでが大変で、裁判沙汰とかになったりしつつ、無事に達成。10代のバイタリティが凄まじいですね。
このラウラ・デッカーの航海は『メイデントリップ:世界を旅した14才』というドキュメンタリーになっているのですが、2023年2月時点で配信しているサービスが日本にはないようで残念。私は配信していた時期に観ましたが、このドキュメンタリーも素晴らしいですよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 73% Audience 79%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
航海を題材にした映画の感想記事です。
・『アドリフト 41日間の漂流』
・『喜望峰の風に乗せて』
作品ポスター・画像 (C)Netflix トゥルースピリット
以上、『トゥルー・スピリット』の感想でした。
True Spirit (2023) [Japanese Review] 『トゥルー・スピリット』考察・評価レビュー