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『FLEE フリー』感想(ネタバレ)…このドキュメンタリーの次の語り手はあなたかもしれない

FLEE フリー

次の語り手はあなたかもしれない…ドキュメンタリー映画『FLEE フリー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Flugt(Flee)
製作国:デンマーク・ スウェーデン・ ノルウェー・ フランス(2021年)
日本公開日:2022年6月10日
監督:ヨナス・ポヘール・ラスムセン

FLEE フリー

ふりー
FLEE フリー

『FLEE フリー』あらすじ

父親がタリバンに連行されたまま戻ることがなかった子どものアミンは、情勢が不安定になったので残された家族とともに生まれ育ったアフガニスタンから脱出を決意した。今のアミンは、デンマークで暮らしている。30代半ばとなり、研究者として成功を収め、恋人の男性と結婚を果たそうとしていた。そんな幸せな暮らしを手にした彼には恋人にも話していない壮絶な過去があり、それを少しずつ語りだす…。

『FLEE フリー』感想(ネタバレなし)

2021年の大絶賛ドキュメンタリー&アニメーション

フリー…と目にしたら「え、なんかタダなの!?」と日本人は思ってしまいそうですけど、今回の「フリー」は「free」じゃなくて「flee」の方です。

この「flee」という単語は「逃げる」という意味で、「何か捕まったりする前に危険なことから逃げ出す」というニュアンスがあり、「囚われている状態や閉じ込められている場所から抜け出して逃げる」という意味合いを持つ「escape」とは違います。日本人には馴染みのない英語ですけど、英語圏ではよく多用される単語ですね。

犯罪者から逃げるのも「flee」だし、熊から逃げるのも「flee」だし、そして身の危険を感じる故郷の国から逃げ出すのだって「flee」で…。

今回はその身の危険を感じる故郷の国から逃げ出す人たちの話題です。

そういう人々はいわゆる「難民」と呼ばれますが、今も世界中にたくさんの難民がいて、現在進行形でどんどん増加しています。いろいろな理由で難民となるのですが、とくにその中でもLGBTQの人々は難民化しやすく、そして過酷な状況に追い込まれやすいと言われています。

LGBTQの人々がなぜ難民となってしまうのか。その背景にあるのは、一部の国で起きている性的少数者への迫害と弾圧です。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によれば、2007年に国際人権法に基づく「ジョグジャカルタ原則」によってセクシュアル・マイノリティの人権は保護されることが定められたのですが、それは世界的に遵守されているとは言えません。2019年の時点で、合意に基づく同性の性行為を犯罪とする国が70か国あり、これらの国のうち11か国で死刑が科せられる可能性があるそうです。

そんな国に住んでいれば当然のように命が危険なのでLGBTQ当事者は国外へ逃げざるを得なくなります。しかし、その避難がまた困難の連続…。難民となったLGBTQの人たちの苦悩は計り知れません。

そのLGBTQ難民のひとりの人生をドキュメンタリーとアニメーションの両方で追想する作品が今回の紹介する作品。それが本作『FLEE フリー』です。

『FLEE フリー』はデンマーク・ スウェーデン・ ノルウェー・ フランス合作で、2021年に本国公開されたのですが、とにかく大絶賛でした。挙げだすときりがないほどの各地の賞で受賞し、ノミネート数も100を軽く超えます。米アカデミー賞では、長編ドキュメンタリー映画賞、長編アニメ映画賞、国際長編映画賞の3つにノミネートされるという異例の快挙を成し遂げました。でも受賞にはならなかったんですけどね。やっぱりこうなると票が分散しやすい…「アニメーション・ドキュメンタリー部門」という枠があれば良かったのだけど…。

その高評価の『FLEE フリー』は、どういう内容なのかというと、祖国のアフガニスタンから難民として国外へ逃げようとするひとりの人間に焦点があてられています。その実際の人物が自分の過去を語っていき、その姿がアニメーションとして再現されていく…という構成です。

監督はドキュメンタリーとフィクションのミックスでアプローチする『Searching for Bill』(2012年)で長編映画デビューした“ヨナス・ポヘール・ラスムセン”。製作総指揮を手がけるのは、『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたばかりの“リズ・アーメッド”と、『ゲーム・オブ・スローンズ』に出演して話題のデンマーク出身の俳優の“ニコライ・コスター=ワルドー”。プロデューサーは、ウクライナのマリウポリ付近で暮らす少年の戦争と紙一重の世界を映し出したドキュメンタリー『The Distant Barking of Dogs』で高い評価を受けた“モニカ・ヘルストローム”、そして『アクト・オブ・キリング』で強烈な衝撃を与えた“シーネ・ビュレ・ソーレンセン”

アニメーションを手がけるのは「Sun Creature」というスタジオです。

日本では実感しにくい題材かもしれませんが、ぜひこれを遠い異国の出来事と思わずに鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:題材に関心があるなら
友人 3.5:盛り上がるタイプではないけど
恋人 3.5:同性愛ロマンスがメイン
キッズ 3.5:社会問題を学べる
↓ここからネタバレが含まれます↓

『FLEE フリー』感想(ネタバレあり)

あらすじ(前半):社会背景を解説しつつ

『FLEE フリー』は、アミン・ナワビというアフガニスタンで生まれ育った人物の半生が描かれます。

とは言え、舞台はいろいろな国を転々とし、政治的な情勢が強く影響するので、案外とスケールが大きいです。本作はドキュメンタリーながらそういう社会背景の解説はあまりないので、自分で調べながら鑑賞体験を振り返るとより良いと思います。

ドキュメンタリーの始まりは1984年のアフガニスタンのカブール。それ以前の経緯はというと、1978年に社会主義国家である「アフガニスタン民主共和国」が誕生したのですが、1979年2月に民主主義革命である「イラン革命」が勃発し、情勢は大きく揺れます。大統領のハフィーズッラー・アミーンはソ連に介入を依頼し、これに反ソ連を志向する「ムジャーヒディーン」が反発。ソ連軍がアフガニスタンに侵攻し、いわゆる「アフガニスタン紛争」が始まり、泥沼化していきます。

アミンの父親はこの紛争の最中でどこかへ消えてしまったようで、家族を守るためだったのか、もはやわかりません。

1989年にソ連軍は撤退したのですが、それで平和にはなりませんでした。今度はムジャーヒディーン同士による内戦の戦闘が続き、ムジャーヒディーンから「ターリバーン」「アルカーイダ」が誕生してしまう状況に…。

このままではどんどん悪くなる…そう察知したアミンの家族は総出で国外脱出を試みます。

まずは飛行機でロシアへ。1990年にソ連は崩壊しており、経済は混乱していました。そうした情勢だからこそアミンのような難民も入りやすかったのかもしれません。

ロシアにずっとはいられないので、まずはアミンの姉妹がコンテナ貨物に紛れ込んで出国。しかしそれはあまりにも危険でした。次に残ったアミンたちはバルト海をボートで渡ってスウェーデンへ行く計画に。けれどもこれも危険で、途中でエンジンが止まって漂流。なんとかクルーズ船に助けられ、エストニアに一時滞在することになります。

またロシアに戻ってしまったアミンは今度こそはとより信頼できる密輸業者を頼ってウクライナからスウェーデンへ飛行機で行くことに。でもデンマークのコペンハーゲンに変更になり…。

いつどこでも命を落としていてもおかしくない状況。アミンが生存できたのは偶然でしかないですが、そんな中でパートナーとも出会ったり、運命というのは先が読めないものです。

皮肉なことに2020年代はもっと状況が悪化しています。2021年のアフガニスタンのターリバーンによる再掌握、そして2022年のロシアによるウクライナ侵攻。アミンと同じやり方で逃げることはもうできないでしょうね。

アニメーションにする意味

『FLEE フリー』はなぜアニメーションで描くのか。アニメーション主体で進むドキュメンタリーと言えば、他にも作品はあります。たいていはそこには意図があるものです。

例えば、『テキサスタワー』は銃乱射事件の被害者の体験がロトスコープで描かれており、これは当事者の記憶が再現されていくという抽象的な過程をアニメーションで表現しています。

『FLEE フリー』は避難先のデンマークでインタビューを受ける大人のアミンが、体を横にして昔を思い出す姿で進行し、これ自体がちょっとセラピーっぽくなっており、そういう意味でも記憶の整理の表現としてアニメーションの適用はぴったりでした。

また、戦争など過酷な境遇の経験者をアニメーションでドキュメンタリーチックに描くと言えば、『戦場でワルツを』という名作がありましたが、あちらは実写を挟み込むことでリアルを一気に突きつける狙いもありました。

『FLEE フリー』もそのあたりについてはそこまでショッキングなことはしていませんが、むしろショッキングありきにならないように和らげる効果はあったかもしれません。

あと話は少し逸れますけど、アミンは子どもの頃から“ジャン=クロード・ヴァン・ダム”のポスターを部屋に貼っていて、それが彼の同性愛を象徴する要素のひとつになっていたのですが、“ジャン=クロード・ヴァン・ダム”はアニメーション絵で描かれていてもすぐわかるなぁ…と思ったり…。というか“ジャン=クロード・ヴァン・ダム”は世界どこにでもいるんだな…。

アニメーションに話を戻すと、本作は絵としての動きは少ない感じで表現しており、これはリアルな人間の動作や雰囲気をそのまま反映したかったのだろうと思います。『FLEE フリー』はアニメーションとして今回は作品になりましたが、実際にもっと予算があれば、実写化もできたでしょうし、現状はこういう題材に資金が集まりづらく、アニメーションにするくらいしかないという現実もあるのだろうなということは頭に入れておくべきかなとも思いました。

日本だって楽園ではない

『FLEE フリー』のアミンはとりあえず避難に成功し、パートナーと幸せそうな雰囲気で終わっていましたが、リアルではこうやって避難できてめでたしめでたし…という着地に必ずしも終わるわけではありません。

現実では、多くのLGBTQ難民は避難先の国でも差別を受けるリスクがあり、またLGBTQ特有の課題として自分が性的少数者であることを「証明」することを求められてしまうという問題も立ちはだかります。

また、『FLEE フリー』を鑑賞した人の中には「こんな難民の人たちの境遇と比べると日本は幸せだ」とか「恵まれている」とか、まるで日本は理想的な楽園であるかのように語る声もチラホラ見かけます。

でもそうでしょうか?

2022年時点で、日本では同性同士の結婚は制度化されていません。法的な家族でないので、同性のパートナーには相続もできないですし、病気で亡くなるときに看取ることもできません。トランスジェンダーの人は女性空間の敵として扱われ、いとも容易く性暴力の被害に遭っています。ノンバイナリーの人はそのジェンダーとして生きる選択肢すらありません。トランスジェンダーやノンバイナリーの人が戸籍の性別を変えようと思えば、生殖能力を失う必要があり、事実上の断種も同然の扱いです。アセクシュアルはいまだに医療現場でさえも病気としてみなされています。多くの性的少数者は誹謗中傷などの差別を受け、学業や就業すらままならず、自死に追い込まれる人も後を絶ちません。

こんな国は楽園でしょうか。日本もじゅうぶんにLGBTQには辛い場所です。日本では結婚できないので海外に移住して同性結婚する人もいます。そういう人を難民とは言いませんが、動機は同じようなもの。故郷の国には自由が保障されていないのですから。私だっておカネが山ほどあればこんな日本を飛び出して海外で暮らしたいと正直思っていますよ。

作中のアミンもそうですが、基本的には「まさか自分が難民になるなんて…」と想定すらしていません。難民になってしまう事態は突然やってくるのです。それこそ「政権が保守的だな…」と思っていたらあれよあれよという間に過激化し、一気に弾圧を強めるような…。

日本だっていつそうなってもおかしくないです。現に今の政権の基盤にはLGBTQを差別する組織が裏で居座っているのですから。

その事実に国民の大半が気づかず、身近で苦しんでいる当事者にも見向きもせず、「この国は自分を偽ることなく自由で生きられていいよね~」と呑気に発言しているなら、それはとてもおぞましい現実です。

作中でアミンは言います。故郷とは、どこか安全な場所。出ていけと言われず、一時的ではない、ずっとここにいていい場所。あなたの国は全員にとってそういう場所ですか? 政治に無関心でいると、あなたやあなたのそばにいる人間が難民になる未来がやってきます。次の語り手はあなたかもしれません。そんなの嫌ですよね。

『FLEE フリー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 91%
IMDb
8.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

関連作品紹介

LGBTQを題材にしたドキュメンタリーの感想記事です。

・『祈りのもとで:脱同性愛運動がもたらしたもの』

・『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』

・『シークレット・ラブ 65年後のカミングアウト』

作品ポスター・画像 (C)Final Cut for Real ApS, Sun Creature Studio, Vivement Lundi!, Mostfilm, Mer Film ARTE France, Copenhagen Film Fund, Ryot Films, Vice Studios, VPRO 2021 All rights reserved

以上、『FLEE フリー』の感想でした。

Flee (2021) [Japanese Review] 『FLEE フリー』考察・評価レビュー