「ムーミン」の原作者であるフィンランドの作家トーベ・ヤンソンの半生を描く…映画『TOVE トーベ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フィンランド・スウェーデン(2020年)
日本公開日:2021年10月1日
監督:ザイダ・バリルート
TOVE トーベ
とーべ
『TOVE トーベ』あらすじ
1944年のヘルシンキ。戦時中、防空壕の中で怯える子どもたちに語ったささやかな物語からムーミンの世界を作ったトーベ・ヤンソンは、爆風で窓が吹き飛んだ地味なアトリエで暮らしを始める。彫刻家の厳格な父の教えや考えは自分には全く合わない。そして自分の表現と美術界の潮流とのズレが生じていることへの葛藤、複雑な想いが交錯する恋愛を経て、トーベはムーミンを生み出し続けながら時代を生きる。
『TOVE トーベ』感想(ネタバレなし)
ムーミンはこうして生まれた
これは過去にも何度も書いていますが、私は「あの有名な作品がいかにして生み出されたのか」という創作秘話を描く物語が大好きです。
「市民ケーン」の“ハーマン・J・マンキーウィッツ”を描く『Mank マンク』(2020年)、「指輪物語」の“J・R・R・トールキン”を描く『トールキン 旅のはじまり』(2019年)、「フランケンシュタイン」の“メアリー・シェリー”を描く『メアリーの総て』(2017年)、「くまのプーさん」の“A・A・ミルン”を描く『グッバイ・クリストファー・ロビン』(2017年)、「ワンダーウーマン」の“ウィリアム・モールトン・マーストン”を描く『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』(2017年)など、これまでもいくつも創作の裏話を綴る伝記映画の感想を書いてきました。
こういう映画は必ずしも史実どおりではありません。でも「その作品が生まれる過程の物語」と「その過程を映画化するうえで作られる物語」の二重の物語性があって、その交差性が個人的には好みです。真実なのか、虚構なのか、それはわからない“あやふやさ”が好きなのです。
今回紹介する映画も、有名作品を生み出したクリエイターの創作秘話的な伝記映画です。それが本作『TOVE トーベ』。
本作が題材にしているのはそのタイトルどおり、1900年代に活躍したフィンランドの作家である“トーベ・ヤンソン”。フィンランドと言っても、スウェーデン語系フィンランド人です(1323年から1809年までフィンランドはスウェーデン王国によって統治されていたため、現在においてもフィンランド語とスウェーデン語の両方が公用語とされている)。
この“トーベ・ヤンソン”が生み出したのが、あの世界的なに有名な児童文学「ムーミン」でした。初出は1945年。北欧の民間伝承によく登場するトロールを題材にしたものですが、怖い雰囲気はほぼなく、主人公のムーミントロール含めて可愛らしいユーモラスなデザインになっています。日本でも愛されており、1964年に日本語訳が初めてでて、アニメも人気になって、商品や広告としても今もあちこちで目につきます。すっかりフィンランド生まれの作品だと忘れそうになるぐらいです。
そんな「ムーミン」というとどうしてもポピュラーで親しみやすいキャラクターとして平凡的に認知されてしまっているのですが、実はその創作の裏側にはいろいろあって…。本作ではトーベ・ヤンソンの人生の30代から40代前半までを中心に描いており、異性や同性との交際関係もじっくり映し出されます。もちろんこの交友関係のあった人物をもとにあのキャラクターが生まれたのか…!というクリエイティブなアイディアの発見も楽しめますけど、私は本作で描かれるトーベ・ヤンソンの生き方そのものに惹かれるかな。
この本作『TOVE トーベ』を観れば「ムーミン」の印象が変わるかもしれませんし、さらに奥深さを知れて好きになれるのではないでしょうか。
『TOVE トーベ』は主人公であるトーベ・ヤンソンを演じた俳優がまた素晴らしく魅力的な存在感を発揮しており、そこに一番に注目してほしいところ。演じているのは“アルマ・ポウスティ”という人で、実は「ムーミン」で「スノークのおじょうさん(フローレン)」というムーミントロールのガールフレンドでスノーク族の女の子のキャラクターの声を演じていました。なのでもう「ムーミン」にがっつり繋がっている俳優なんですね。その人が今回はトーベ・ヤンソンを演じるというところがなんとも不思議。
監督は、フィンランドのキヴィヤルヴィ出身の“ザイダ・バリルート”。『TOVE トーベ』が5本目の監督作になるらしいですけど、私は初見なのでワクワク。
「ムーミン」ファンはぜひとも必見。「ムーミン」を全く知らないよという人はこの映画から出発点にしてみてはいかがでしょうか。
オススメ度のチェック
ひとり | :ファンもそうでない人も |
友人 | :ファン同士で盛り上がる |
恋人 | :同性愛ロマンスも |
キッズ | :大人向けのドラマです |
『TOVE トーベ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):戦争の最中に
爆音と空襲警報が鳴り響く、1944年のフィンランドのヘルシンキ。暗くわずかな明かりで照らされた防空壕で人々は身を寄せ合って攻撃が終わるのを待ちます。そんな中、トーベ・ヤンソンは耳を押さえていましたが、少し衝撃が止むと、手元のノートに鉛筆で絵を描いていました。小さなキャラクターのような絵を…。
戦火は終わり、トーベは瓦礫と砂埃で覆われた街を歩きます。街自体は壊滅はしていませんでしたが、ボロボロです。
トーベは芸術家の家庭で生まれました。父のヴィクトル・ヤンソンは彫刻家、母のシグネ・ハンマルステン=ヤンソンは挿絵画家です。厳しい父はトーベの描く小さなキャラクターの絵を理解してくれず、「絵画は描かないのか」とそればかり。
家にいては創作にも集中できないので、トーベは自分だけのアトリエを持とうと物件を探しに出かけます。見つけたのは手ごろな部屋。空襲の爆風で窓が吹き飛んで全体が煤だらけですが、トーベは気にしません。自分で修復していき、自分だけの空間を作っていきます。
ある日、友人のパーティーに参加したトーベ。そこにはいろんな人がいて、楽しい時間を過ごすのですが、ひとりだけ人生に大きな影響を与える人物と遭遇しました。それはこのパーティの主催者である政治家のアトス・ヴィルタネンです。
トーベはアトスをサウナに誘い、アトスは既婚者であるもののトーベに惹かれ、服を脱いでいくトーベに寄り添って2人はキスをします。こうして2人は交際することになりました。
一方、トーベの芸術家としてのキャリアは前途多難。個展を開くも、ヘビースモーカーの自画像は父に気に入られず、世間も自分の創作を理解してくれそうにありません。
そんな中、舞台の演出を手がけるヴィヴィカ・バンドラーという女性がが個展を訪れ、彼女は意外にもトーベのあのキャラクターのイラストにまで興味を持ったのでした。ヴィヴィカは名刺を置いて去っていきますが、トーベの中では自分の創作物を認めてくれた人として強烈に印象に残りました。
女性であるトーベは男性ばかりが評価される芸術の世界では息苦しく、経済状況も悪くなるばかりです。
トーベはそれでも世間でウケやすいと思われる絵画も描き続けます。それと同時にアトスの助言をあって例のイラストのキャラクター「ムーミントロール」の物語も並行して描き始めていました。
別のパーティーでのこと。トーベはヴィヴィカと再会して意気投合。2人はベランダに出て会話に夢中に。トーベは今までにないほどに嬉しくなり、ヴィヴィカに惹かれていることを自覚します。そして夫がいるにもかかわらずヴィヴィカはトーベにキスをし、2人は愛を分かち合います。
こうしてトーベはアトスとヴィヴィカの2人の関係を持ちながら、自分なりの作品を生み出すために腐心していくことになりますが…。
自分のしたいことをする
『TOVE トーベ』で描かれるトーベ・ヤンソン。史実どおり、男性と女性の両方と恋愛関係にあったような描写となっており、レズビアン的というかサフィックな性的指向です。
フィンランドでは、1894年に制定された刑法において同性愛は精神疾患として指定されるだけでなく犯罪とされており、その後、1971年に同性愛が非犯罪化され、1981年に疾病分類リストから削除され、2017年には同性婚が合法化されました。
同じくクィアな作家を描いたドラマ『ディキンスン 若き女性詩人の憂鬱』なんかもありましたが、そちらはとても現代っぽいアレンジでガンガンに攻めていましたが、この『TOVE トーベ』はそういうイマドキな演出もなく、わりとオーソドックスです。
ただし、平凡では全くありません。なぜならこのトーベは前述したセクシュアリティも含めてとにかく規範的ではないからです。あらゆる点において規範から逸脱して生きていきたい!というエネルギーに溢れています。
だからといって対抗するために運動を展開していくわけでもない。トーベが行うことの主軸はたったひとつ。創作です。しかも、それはあの「ムーミン」の小っちゃなキャラクターに集約されていくわけで…。
こうやって振り返ってみると私なりの表現で評するなら、トーベは不器用な脱規範的個人主義者ですかね。決して何でもできるカリスマ性はありませんし、人から絶大な支持を集めることもないし、集めようともしていない。ささやかに自分のしたいことだけで足掻こうとする。そんな生き様。
結婚という規範にも乗り気ではなく、男社会な芸術の世界にも合わせる気もなく…。一応は「芸術村」という外界から切り離された創作に集中できる環境の構築を夢見たこともあるらしいですけど、それを創造するパワーはないから、そのモヤモヤを全てあの「ムーミン」に映しこんでいく。
加えてあのダンスです。鑑賞前はもっとフワっとしたいかにもフェミニンな舞いでも踊っているのかと思ったら、手が付けられないチビっ子の地団駄のようなエネルギッシュすぎる踊りでびっくりした…。でもあのパワフルな踊りにこそ、トーベという不器用な脱規範的個人主義者の精一杯が詰まっている気がして、私はとても魅了されました。
恥ずかしながら私もトーベみたいな不器用な脱規範的個人主義者の分際なので、なんとなく勝手に親近感を湧いてしまうんですよね。
気ままに作って、勝手に愛されて
創作秘話を描く物語と紹介しておいてなんですが、『TOVE トーベ』は肝心の「ムーミン」がなぜ生まれたのかという出発点は描いていません。
実際は、末弟の“ラルス・ヤンソン”とともに描いており、子どもの頃になんとなく描いた絵が始まりだそうで、本作『TOVE トーベ』の冒頭ではすでに「ムーミン」の絵を描くのが習慣になっている感じです。
しかし、作中では「ムーミン」に登場するキャラクターたちがトーベの取り巻く人物たちをモチーフにしていることがかなりハッキリ描かれます。
例えば、常に一緒にいて離れることができずに独自の言葉を交わし合う二人組の「トフスラン」と「ビフスラン」は、トーベとヴィヴィカ・バンドラー、それぞれの頭文字「To」と「Vi」を織り込んで単純に名付けられています。アトスは自由と孤独をまとって彷徨う「スナフキン」にそっくりな雰囲気で、「トゥーティッキ(おしゃまさん)」のモデルは当然あのトゥーリッキ・ピエティラ。また、トーベとヴィヴィカの間で2人の愛を脅かすものとして名前をつけた「モラン」がそのまま「ムーミン」にも魔物として登場します。
もしかしたらそこまで高度に考察されて練られたものではなく、本当にただ気ままに身近で使っている言葉で造語を借用して作品に取り入れただけなのかもしれません。でもこのある種のおもむくままなテキトーさがまたトーベらしいです。事実、「ムーミン」の世界観は初期からかなりコロコロ変わるし…。
ただ、トーベはもともと政治風刺絵も描いていたので(本人的にはスカっとするらしい)、「ムーミン」だって別に子ども向けを狙ったわけもなく、純粋に描きたいがままに作ったものだからそこに自分らしさが何よりも反映されてしまうのも必然なのかな。
ともあれ私はこのトーベと作品の関係性がそこまで重くなりすぎずにサラっと描かれているのが気に入りました。作品が運命を変えた!というほどの仰々しさもない、「作りたいから作りました」というようなスタンス。トーベのことだし、本当にそうだったと思わせますよね。
トーベは最後まで脱規範的な生活を続けてきたのですが、さすがに私は島暮らしはできないかもしれませんが、激動の現代において私も私なりの脱規範ライフスタイルを送りたいと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience –%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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・『メアリーの総て』
・『グッバイ・クリストファー・ロビン』
・『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』
作品ポスター・画像 (C)2020 Helsinki-filmi, all rights reserved トベ
以上、『TOVE トーベ』の感想でした。
Tove (2021) [Japanese Review] 『TOVE トーベ』考察・評価レビュー