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『ザ・バンカー The Banker』感想(ネタバレ)…白人と同じように稼げる場所はどこか

ザ・バンカー

アンソニー・マッキーとサミュエル・L・ジャクソン共演…「Apple TV+」映画『ザ・バンカー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Banker
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にApple TV+で配信
監督:ジョージ・ノルフィ

ザ・バンカー

ざばんかー
ザ・バンカー

『ザ・バンカー』あらすじ

1950年代、あるひとりの男がテキサス州からロサンゼルスへやってくる。目的は不動産ビジネスだった。大きな野心を胸に、人種差別を巧みに蹴散らしながら計画を練っていく。口が達者で業界をよく熟知している起業家も加わり、そのチャレンジ精神みなぎるビジネスはどんどんと壮大で大胆なものへと発展。白人優位の社会において黒人にはビジネスはできないと思われていた時代の常識を華麗に覆していく。

『ザ・バンカー』感想(ネタバレなし)

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2020年はこんな良作もありました

2020年の映画の中で受賞したような作品はだいたい観ましたか? でも意外に見落としがあるかもしれませんよ。

世の中にはアカデミー賞やゴールデングローブ賞のように有名な賞だけでなく、あまり日本では映画メディアでさえも取り上げないような賞もあるものです。そんなやや影の薄い、でも大事な賞に着目することでまだ見ぬ良作を発掘できたりします。

例えば「NAACP Image Awards」はご存じでしょうか。

「NAACP」とは「National Association for the Advancement of Colored People」の略、つまり「全米黒人地位向上協会」のことであり、この組織は1900年代の公民権運動に多大な貢献を果たした歴史ある団体です。

そのNAACPは毎年、映画・テレビ・音楽・文学を対象に独自の賞を与えています。私の勝手な印象ですけど、批評的に優れたものに賞を与えるというよりも、黒人コミュニティが盛り上がったものに素直に与えている感じ…もする。

2020年の映画作品を対象とした部門では、作品賞には『バッドボーイズ フォー・ライフ』、監督賞には『オールド・ガード』のジーナ・プリンス=バイスウッド、主演男優賞と助演男優賞にはチャドウィック・ボーズマン、助演女優賞には『ジングル・ジャングル 魔法のクリスマスギフト』のフィリシア・ラッシャッド、脚本賞には『40歳の解釈 ラダの場合』をチョイスしており、なかなかに独自の顔ぶれです。

そんな「NAACP Image Awards」でインディペンデント作品賞に輝いたのが本作『ザ・バンカー』です。

本作は実話を基にした作品で、ジャンルとしてはビジネス映画。主人公がビジネスで伸し上がっていこうとするタイプのあれですね。題材としては不動産業となっています。

そしてもちろん主人公は黒人。アフリカ系アメリカ人を主役にしたビジネス映画というのはまだまだ珍しいものであり、その点だけでも本作は目を惹くと思います。

不動産とか全然わからないな…と気後れしなくても大丈夫。物語自体はとてもわかりやすく構成されており、主人公が人種差別に直面しながらもビジネスを成功させようと突き進んでいく姿は痛快であり、とくに前知識ゼロでもいつの間にかストーリーに入り込んでしまえるでしょう。

また、俳優も忘れてはいけません。主人公を演じるのは“アンソニー・マッキー”。そしてその相棒を演じるのは“サミュエル・L・ジャクソン”。この2人と言えばやはりマーベル・シネマティック・ユニバースにおいてファルコンとニック・フューリーを演じたおなじみの顔。『ザ・バンカー』ではビジネスでタッグを組み、これがまた抜群のコンビネーションを見せてくれます。いいペアだなぁ、この2人…。ちなみに“サミュエル・L・ジャクソン”は今回も汚い言葉を使っちゃう系のキャラですからね。まあ、いつものことです。

この名コンビに挟まるかたちで出演するのが、“ニコラス・ホルト”です。最近の彼は奇行傾向のある変な人の役が多かった気もしますが、今回は“アンソニー・マッキー”と“サミュエル・L・ジャクソン”に振り回されて可愛い一面も見せます。

他には『誘惑は死の香り』の“ニア・ロング”、『スタートレック:ディープ・スペース・ナイン』の“コルム・ミーニイ”などが出演。

監督は『オーシャンズ12』などの脚本を手がけ、2011年に『アジャストメント』で映画監督デビューした“ジョージ・ノルフィ”。今作はシリアスとユーモアのバランスが上手く噛み合っていて良かったですね。

『ザ・バンカー』は「Apple TV+」のオリジナル映画として独占配信中なのですが、他の作品と比べるとやや注目度は低いので、ぜひとも「Apple TV+」に加入した際は“見る作品リスト”に本作を加えておいてください。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:隠れた良作として
友人 3.5:俳優ファン同士で
恋人 3.5:ロマンス要素は薄め
キッズ 3.5:やや大人向けだけど
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『ザ・バンカー』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ザ・バンカー』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):儲かる方法を知りたい

「本日、当委員会は連邦被保険銀行に関する聴聞会を開きます。銀行を所有する者の人柄や経験を保証するのに既存の法律でじゅうぶんか懸念されます。銀行は資本主義とアメリカンドリームの要です」

1965年、ワシントンDC。バーナード・ギャレッドが緊張した面持ちで委員会の前に立ちます。これから彼は人生にとって、そして黒人社会にとって大きな意味のある発言をするのです。

バーナードは幼い頃から起業意欲に燃えていました。1939年のテキサス州ウィリス。銀行の前で靴磨きをしていた少年時代のバーナード。相手は銀行を利用する白人です。そんな彼らの小難しそうなビジネストークを耳にしながら、そこで聞こえた「評価値」などの専門用語を自前のノートに細かくメモ。会議も盗み聞きするほどの好奇心です。けれども見つかってしまったので脱兎のごとく逃げます。

家に帰ると厳格な父親に「白人の話を盗み聞きするなんて知られたらどうする」と怒られます。「儲かる方法を知りたかっただけ」とバーナード少年は答えますが、「生まれてくる色を間違えたな」と父は呆れ顔。バーナード少年本人としてはここがテキサスだからダメだと考えていました。別の場所なら…。

1954年。バーナードは妻・ユーニスと息子を連れてロサンゼルスにやってきました。住む場所は当面は妻の実家です。「不動産で身を立てたい」とバーナードは野心を露わにしますが、妻の家族は無理だろうと白けていました。しかし、妻はあの人には才能があると信じています。バーナードはこの小屋からなるべく早く引っ越してみせると約束します。

さっそく売り物件を見ていきますが、値段はどこも高く、「バーカー&アソシエイツ」という企業の手中にあります。妻は「共同出資はどう?」と持ち掛け、プランテーション・クラブに連れていってくれました。そこにいたのは女をはべらしているジョー・モリスという陽気で口が達者な黒人。

会話も少しだけでクラブを出たバーナードは「あんなやつと取引するつもりはない」と断言。真面目なバーナードには同じ人種でも性に合わない相手のようです。

しょうがないのでバーカー&アソシエイツへ乗り込むも、パトリック・バーカーは値引きする気はないようです。バーナードは今は白人が多い地域だがいずれ黒人が来ると予測し、今度はミッド・シティー銀行へ。しかし、門前払い。入り口で待機し、エドワード・リードという男に融資を頼むも論外。

意気消沈で帰宅。ところがバーカーから電話があり、リードが融資すると言っていると言います。この取引に自信があるのだろう?とバーカーは信用してくれたようです。

すぐさまアパートを修繕してビジネスの計画を進めます。すると白人の住人が「ここは白人のアパートよ」とクレームをつけてきたり、警察が来て住人から「アパートの家主のふりをしている」と苦情があるから登記書類の写しを見せろと言われたり、容赦のない差別的対応が日々飛び込んできます。

それでもバーナードは挫けません。マット・スタイナーという白人の若い男も手伝ってくれて、見事に満室にしてみせました。

その実力を確認したパトリック・バーカーは共同経営者にさせてくれ、表向きはバーカーのビジネスとして事業を拡大させます。ところが協力的だったバーカーが死亡。貴重な白人のビジネスパートナーを失い、途方にくれるバーナード。

起死回生の手段はあるのか…。

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白人の城を乗っ取るスリル

『ザ・バンカー』は不動産業が題材ですが、これと黒人差別は切っても切り離せない関係にあります。

最近であれば「ジェントリフィケーション」という言葉が盛んに耳に入ってきます。ざっくり説明すると、もともとあった黒人コミュニティのある住宅地などをマジョリティな人たちが都市開発とともに乗っ取っていくような現象であり、マイノリティの文化や生活を脅かす深刻な問題になっています。ジェントリフィケーションを扱った映画も『コンクリート・カウボーイ 本当の僕は』『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』などいくつも見られます。

そうした「住」をめぐるマイノリティとマジョリティの人種衝突は今になって始まったことではなく、昔から起こっており、まさにそれを描いたのが本作『ザ・バンカー』です。

本作を理解するうえで知ってほしい金融業界用語が「レッドライニング(red lining)」。これは金融機関が低所得階層の黒人が居住する地域を“融資リスクが高い”として赤線で囲み、融資対象から除外する…という状況のことです。つまり、黒人が住んでいるというだけで最初から融資させてもらえないという、明白な差別が存在していたんですね。これでは黒人住居地はいつまでたっても発展せず、貧困化は増すばかりで、白人住居地との格差は拡大します。

本作の主人公であるバーナードはこのレッドライニングを打ち破るべく、黒人である自らの手で、白人の住居地である場所に黒人を住まわせるという逆転の手段に打ってでたわけです。こっちに融資してくれないなら融資してくれる場所にこっちから住んでしまえばいい…賢い反撃ですね。実質、“線”を破壊して、レッドライニングを成り立たないようにさせてしまうことに。

無論、不動産や金融の業界で黒人が活躍するのは至難の業。そこで白人のパートナーが必要になります。

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ニコラス・ホルトはダメ男が似合う

『ザ・バンカー』ではまずバーナードはバーカーと手を組みますが当人が亡くってしまい、そこでジョーという黒人とタッグを組むことに。そしてビジネス経験のない白人のマットを操り人形に、ビジネスを白人がしているかのように見せつつ、進行させます。

表向きは白人を登場させ、裏で黒人が操る…この構図は『ブラック・クランズマン』でもあったやつです。いかにアメリカ社会が人の肌の色でしか物事を見ていないかを浮き彫りにする皮肉なものです。

前半のマットを一流ビジネスマンにする育成のパートはコミカルで面白いです。“サミュエル・L・ジャクソン”はこういう立ち位置のキャラクターが得意なのは知っていましたけど、“アンソニー・マッキー”も実は真面目コミカルみたいなキャラを演じるのが上手いですよね。

それに振り回されつつ頑張っていく“ニコラス・ホルト”がなんとも愛らしい。ゴルフ全然できないとか、数学がチンプンカンプンとか、ダメ男を演じさせるとやっぱり“ニコラス・ホルト”はハマる

アイスを売っていた時代の話をもっと聞きたかった…。

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反撃のアントレプレナーは続くのか

『ザ・バンカー』は後半パートに移ると、時代は1960年代へ。この時期が大事です。公民権運動が活発化したことで、不動産や金融業界における人種差別にもメスが入り始めたのです。それは要するにテキサスのような保守的な地域で暮らすマジョリティにとっては穏やかでいられる話ではありません。自分たちのぬくぬくとした白人特権が脅かされるかもしれないのですから。

そんなテキサスの地元に舞い戻り、ついに銀行を手中に収めようと動き出したバーナード。しかし、ここで思わぬトラブルが発生。本作の後半パートではさまざま立場の違いが鮮明になり、いわゆるインターセクショナリティに触れるようなテーマ性にも波及していきます。

まず差別意識などなかったマットがキャリアが欲しいという欲求に飲み込まれるかたちでバーナードたち黒人を追い込んでしまいます。こういうのを見ると、いくら本人に人種差別主義的な思考がなくともその差別構造に加担してしまうことはあるということがよくわかりますね。

また、なんだかんだで上手くやっていたバーナードとジョーの間でも意見の対立が生じてきます。これは貧困で育ったバーナードと、比較的貧しさを知らずに育ったジョーの家庭環境の違いもあります。同じ黒人でもそういう立場が亀裂を生む。これもまた現実。

そしてバーナードの妻のユーニスもまたそこに加わり、黒人男性ばかりがビジネスチャンスに恵まれ、黒人女性はずっと蚊帳の外であるという事実を突きつけます。

そうやっていろいろな差別の構造的複雑さを実感したバーナードは、終盤の聴聞会の陳述で「なぜそこまでしてひとつの種族からアメリカンドリームを奪おうとするのですか」と法律が定める平等な保護の偽善を指摘。この“アンソニー・マッキー”によるスピーチの鋭さは後の『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』に引き継がれましたね。

不動産や金融における人種差別はハッキリ言って現在も続いています。表面上は差別禁止でもいくらでもやりようはあるのが世の残酷さです。それにリーマン・ショックのような世界規模に悪影響を与えた不正もその後に平然と引き起こしています。結局は全然反省していない業界です。

そんな世界でも、バーナードみたいな正しさを持ったアントレプレナーが現れてくれるといいのですが…。

『ザ・バンカー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 79% Audience 100%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)Apple

以上、『ザ・バンカー』の感想でした。

The Banker (2020) [Japanese Review] 『ザ・バンカー』考察・評価レビュー