韓国の地獄はお出迎えしてくれる…ドラマシリーズ『地獄が呼んでいる』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2021年)
シーズン1:2021年にNetflixで配信
監督:ヨン・サンホ
地獄が呼んでいる
じごくがよんでいる
『地獄が呼んでいる』あらすじ
韓国では「罪を犯した者は死ぬ時期を告げられ、地獄から予言を実行する者が現れて殺される」と主張する謎の人物が密かに支持を集めていた。そんな中、ソウルの街のど真ん中で正体不明の怪物のような存在に男が殺される事件が起きる。警察はこの奇怪な事件を捜査していくが、大勢の信者を抱える宗教団体によって捜査は妨害され、またも犠牲者が出てしまう。そして、天罰に酔いしれる社会の狂乱は収拾がつかなくなり…。
『地獄が呼んでいる』感想(ネタバレなし)
ヨン・サンホ監督、ドラマでも大暴れ
悪いことをしたら地獄に行く…。
宗教に興味がない人でも「地獄」という単語はわりと平気で使ったりします。思いっきり宗教の用語なのですが…。
ではこの「地獄」。宗教においてはどういう扱いの代物なのか、あらためて整理すると…。
仏教では「六道」というものがあり、これは6つの世界のことで「六界」とも呼ばれます。私たちがいる地表の世界は「人間道」、天人が住まう世界は「天道」。また、阿修羅が住んでいて常に戦い争っている世界の「修羅道」なんてものもあります。そして人間が生前に犯した振る舞いに応じて死後に苦しい生活を送る世界に送り込まれることになっており、それぞれ「餓鬼道」「畜生道」「地獄道」となっています。地獄はその最下層であり、最も過酷な世界です。
仏教以外の宗教でも地獄と同様の概念はあります。地獄というのは、私たち人間が内側で抱える罪への恐怖がそのまま現れた結果なのかもしれません。自分は罪を犯しちゃったけどどうなるのだろう…アイツは悪いことをしたんだからきっと良くない結末が待っているに違いない…。そうやって考えないとやってられないほどに、罪というものを意識してしまう。罪を感じることこそ人間を定義づける特徴だと考える人もいるでしょう(でも犬とか猫とか観察していると「絶対こいつ今、罪の意識を感じているな…」と思う瞬間もあるような気がするけど)。
ともあれ、そういう罪の意識が地獄の概念を大衆に支持させ、社会の調和を作っているとも言えます。
今回紹介するドラマシリーズもそんな社会と罪の関係性を突拍子もない世界観で強烈に問いかける作品です。それが本作『地獄が呼んでいる』。
この作品はやはりクリエイターの名をまずは取り上げないといけないでしょうか。本作の監督にして、そもそも原作を手がけている人物、それが“ヨン・サンホ”です。“ヨン・サンホ”と言えば、もともとはアニメ畑の人で、2011年に『豚の王』がカンヌ国際映画祭(監督週間部門)出品となって世界的に注目を集め、そして2016年に実写映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』が大ヒット。世界のエンタメ業界で最も話題の韓国クリエイターとなりました。
以降も2018年の『サイコキネシス 念力』、2020年の『新感染半島 ファイナル・ステージ』と、立て続けに勢い重視のエンタメ快作を生み出し、好調でしたが、ここに来てNetflixでドラマシリーズを展開してきました。
原作は“ヨン・サンホ”と彼の学生時代からの親友である“チェ・ギュソク”の合作であり、「地獄」というタイトルのコミックです(日本でもこのたび邦訳が出版されました)。
気になる物語は、実に“ヨン・サンホ”監督らしい、過去最大に露悪的で痛烈に社会風刺の強い内容になっています。罪人にお告げが起きて自分の死ぬ日時を宣告され、その日時になると謎の怪物のような存在が出現してその人間を殺す…そんな現象が起き始めた韓国社会。その未曽有の事態で人々は不安と恐怖に包まれる中、その混沌を養分にするかのように急速に勢力を増していく新興宗教団体。神による罪人への天罰はもし本当に実現してしまったら…そんな「if」を描く衝撃のストーリーです。
俳優陣は、かなり多彩な顔触れです。『ベテラン』『バーニング 劇場版』の“ユ・アイン”がカルト化していく新興宗教団体の礎を築くリーダーを怪演。ドラマ『愛人がいます』の“キム・ヒョンジュ”がその暴走する新興宗教団体に立ち向かう女性を熱演し、『狩りの時間』『ただ悪より救いたまえ』の“パク・ジョンミン”が社会の激変を目の当たりにするテレビ局のプロデューサーを、『息もできない』の“ヤン・イクチュン”が事態に翻弄される刑事を演じています。他にも、ドラマ『ただ愛する仲』の“ウォン・ジナ”、ドラマ『梨泰院クラス』の“リュ・ギョンス”、『ソウォン 願い』の“イ・レ”など。
なかなかに胸糞悪い展開が連発しますし、近年の話題作『イカゲーム』と比べると完全にファンタジーの領域を突っ走っているのですが、ダークなエンターテインメントとして好きな人はハマるクセの強さがあるでしょう。
『地獄が呼んでいる』のシーズン1は全6話(1話あたり約60分)。3話くらいで急転直下の事態が勃発したりするので、ぜひとも3話目まではとりあえず観てほしいですね。
オススメ度のチェック
ひとり | :悪趣味な世界観が好きなら |
友人 | :過激な物語を話のネタに |
恋人 | :ロマンスな雰囲気ゼロ |
キッズ | :残酷描写がかなり多め |
『地獄が呼んでいる』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):罪人が地獄に連れていかれる?
ソウルのカフェ。店内では、とあるYouTubeの動画に見入っている人たちがいます。その動画では、チョン・ジンスという若い男がある自論を展開していました。天使は受取人の名前を読み上げ、いつ死んで地獄に行くのかを告げ、その時間になると地獄から予言を実行する者が現れる…という話。続いて、別の動画を紹介し、その映像では全身からモヤを発している謎の怪物のような二足歩行の存在が人を襲っていました。そんなにわかには信じがたい動画ですが、ハマっている人は意外にも多いのだとか。
その店内の窓際では、別の男がスマホを深刻そうに見つめていました。見ているのはホームの時計画面。そこには「11月10日、木曜日」とあり、日付が「1:20」になって男は明らかに緊張します。
するとドンという音、揺れ…。その瞬間、映像にあった謎の巨大な二足歩行の存在が男を攻撃。店はパニック。男は街の外へ逃げますが、追いつかれ、顔を食いちぎられ、謎の白い光に包まれ、燃えカスになってしまいました。
警察では、奇妙な生き物による殺害事件の捜査本部が立ちあげられます。署長は「何者かは捕まえればわかる」と言い放ち、ギョンフンには「ウンピョと新真理会を調べろ」と指示。これは2012年に創立した宗教団体で、「矢じり」という信徒がおり、例のチョン・ジンスが議長としてトップに立っています。
さっそく現場へ。そばで新真理会が集会をしていました。チョン・ジンスは「死がもたらされたのは全員犯罪者で、世界各地で殺されている」と説明。チョン・ジンスに話を聞きに行くと、「神の行いを警察が捜査しているんですね、警察には殺人に見えるでしょう」と冷笑的な態度。そこにギョンフンの娘のヒジョンを見かけます。手伝ってるだけとのことですが、少し笑顔ですらある姿にギョンフンは驚きます。
それでもチョン・ジンスから話を聞きだすと、ずっと死にたくて20歳でチベットに行ったとき、例の人を焼き殺す存在に出会ったとのこと。「正義感を持てと伝えるのが目的です」と言い、ギョンフンは「天罰を恐れて善良に生きるのが正義だと?」と質問しますが、「恐怖以外に人を正す方法が?」「神は人間の自律を信じないのか?」「奥さんを殺されたそうですね?犯人は今どうしていると?犯人は悔い改めているでしょうか」と会話が続き、ギョンフンは黙ってしまいます。
ギョンフンの妻は実は昔に殺されていました。家に帰り、ネットで調べると、犯人は6年で出所していたことがわかります。
一方、幼い子どもとのささやかな幸せの時間を過ごしていたパク・ジョンジャ。しかし、その家で謎の巨大な顔が何もない家の空間に突如として出現。「お前は5日後の午後3時に死ぬ」と告げてきます。
チョン・ジンスを崇める「矢じり」の一団は暴走して気に入らない人間に暴行をするようになり、怪物に焼き殺された人間の罪を暴けと煽ります。
警察にはそんな「矢じり」の暴力を受けた被害者が訪れ、ソド法律事務所のミン・ヘジンが弁護士として付き添っていました。そのミン弁護士のもとにパク・ジョンジャが訪れ、例の告知の動画を見せます。なんでもこの件を新真理会に相談したら地獄に行く瞬間を生中継したいと言われ、お礼に30億ウォンを提示されたとか。子どものためにお金を残したいと願うパク。
罪人が地獄に行く…この試演にマスコミも大挙して押し寄せることになり…。
シーズン1:罪って何?
『地獄が呼んでいる』、第1話の冒頭からぶっとんだ展開で始まります。なんかあの“地獄からの使者”とされる存在、3兄弟みたいな並びで現れ、体格もラグビーでもやってそうなたくましさで、説明のしようがない場違い感があります。殺し方もさっさと抹殺すればいいものを、やたらと毎回派手に暴れるし、でも最後は3体で手をかざして随分静かに焼き殺すし…。
この宗教っぽさがわりとゼロなハイテンションでいきなり視聴者を驚かせるのが本作の武器というか。ここでいかにも特定の宗教を匂わせる要素があると、その宗教に印象が引きずられてしまうと思うのですけど、そうならないバランスにとどまっている。だからこそあの新真理会が利用しやすいんですけどね。
この謎の怪奇現象に対して、新真理会のチョン・ジンスは「罪人に罰として死が与えられる」という天罰として解釈して世間にアピールします。社会も相手が犯罪者なら…と同調してしまう。警察も政府も無能な社会を実感しているからこそ、この天からの処刑に熱狂していく者たちもでてきて…。
ところが第3話で物語は急転直下。チョン・ジンスから語られたこの新真理会の意味。元も子もない言い方をすれば壮大な劇場型自殺(正確には自分で死んでないけど)みたいなもので、単によくわからない存在にひっそり殺されるのは嫌だから、自分の最期を利用して社会を混沌に変えてやろう…そういう孤独で劣等感を抱えた男の歪んだ虚無主義がこの事態を激化させていたのでした。
そして第4話で衝撃的に映し出される、赤ん坊への死の告知。現象はさっぱり解明できていないけど、少なくとも「罪人に罰として死が与えられる」のは全くの嘘だと判明。でも罪人に罰として死が与えられていることにしておきたい新真理会の利権に溺れた欲望。そして社会全体の心理。
この全容がわかってきたあたりで、この『地獄が呼んでいる』の面白さが噛み合ってくる感じでした。
構図としては『デスノート』とかと似ているのですけど、『地獄が呼んでいる』の場合は「罪とは何か」という問いに対して社会は都合よく脚色してしまうことの怖さをかなり強調したストーリーになっているということ。例えば、「お父さんがよくない動画をパソコンに保存してしまって…」とか、「え?それで?」という理由が飛び出したり、赤ん坊映像が露見して新真理会の主要メンバーが「原罪論だ、プロテスタントとどう違うんだ」と罪の定義をどうするか揉め出すとか。
もちろん罪を定義して罰するのは社会の倫理として大切です。でもそれが一部のアナーキズムでポピュリズムな権力と支持者に委ねられたら大変なことになってしまう(2021年1月6日に起きたアメリカの議会議事堂襲撃事件なんかはまさにそれ)。『地獄が呼んでいる』はまさにその現実の地獄を描いていましたね。
シーズン1:狂気の社会を上回る存在
『地獄が呼んでいる』が描いているのは一種のホームグロウン・テロリズムであり、立ちはだかる敵はまさに狂気に変貌した社会そのものです。少なくともあの怪物ではない。社会が人間同士を争わさせ、殺し合いをさせていく。
その狂乱の社会に立ち向かえるのかというと、やはり人間ひとりでは無力で…。
第1話~第3話の主人公であるチン・ギョンフンのあの力及ばずな敗北。とくにこの前半は『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』みたいなもので完全敗北パートですよ。悪役的な存在が自分のやりたいことをやって満足気に消えていく感じなんか、すごく通じている。
対する第4話~第6話が反撃パートになるのかというと、ここでちょっとさらに揺さぶってくるのが『地獄が呼んでいる』の独自性だと思います。テレビ局アシスタントのペ・ヨンジェは、妻ソン・ソヒョンとの間に生まれた新生児に死のお告げがあり、ここで一種の謎解きパートに(謎は解けないのだけど)。一方で抵抗勢力として活動するようになったミンが、新議長のキム・ジョンチルとその忠実な配下のユジ執事など相手に熾烈にぶつかりあう。
その結末がまさかの両親がかばい合うことで赤ん坊が生き残るという…。矢じりのイ・ドンウクがここで「メッセージが複雑すぎて理解できない…」と解釈も放棄する姿も無様ですけど、でも観客の感情と一致するのが笑えてくる…。
しかも、エンディングでは、新真理会によって展示されていたパク・ジョンジャの焼死体が蘇って肉体が戻るという、まさかまさかのオチ。
ここまでくるともはや予測不可能すぎる…。“ヨン・サンホ”監督に弄ばれるドラマシリーズだ…。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 100% Audience 90%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix 地獄がよんでいる
以上、『地獄が呼んでいる』の感想でした。
Hellbound (2021) [Japanese Review] 『地獄が呼んでいる』考察・評価レビュー