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『ある戦争』感想(ネタバレ)…世界一幸福な国が直面する戦争を知ってほしい

ある戦争

世界一幸福な国が直面する戦争を知る…映画『ある戦争』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Krigen
製作国:デンマーク(2015年)
日本公開日:2016年10月8日
監督:トビアス・リンホルム
ある戦争

あるせんそう
ある戦争

『ある戦争』物語 簡単紹介

母国のデンマークに妻子を残し、タリバン圧政下のアフガニスタンに派遣されて平和維持活動にあたるデンマーク軍の兵士たちを率いるペダーソン。この任務を終えて、また家族と再会できる時を待ちわびているが、今は気が抜けない。ある日、地方の村を訪れたペダーソンたちは、敵の急襲を受けて四方八方からの攻撃で追い詰められ、航空支援を要請するが、その支援攻撃によって民間人が犠牲となってしまう…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ある戦争』の感想です。

『ある戦争』感想(ネタバレなし)

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これが今のデンマークの戦争

今、日本で暮らしているは戦争は過去のものであり、もう二度と経験することはないと思っているかもしれません。仮に戦争が起きたとしても、国民が巻き込まれていくような悲惨さはありえないと考えているかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか。

戦争が起こる前はみんなそう思っていたと経験者は言います。いつのまにか戦争が日常に溶け込んでしまっていた、と。

憲法改正や解釈変更にともない自衛隊の活動がより戦場に近づくかもしれない今の日本にとって、これほど他人事とはいえない映画はないでしょう。

それが本作『ある戦争』です。

第88回アカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされた本作の原題「Krigen」は“戦争”という意味の単語で、邦題も『ある戦争』と非常にシンプル。タイトルのとおり今の戦争のある姿をそのまま抜き出したような映画となっています。

主役となっている国はデンマークです。デンマークといえば、幸福度ランキングの調査でトップに挙げられる国であり、日本人のあいだでも良いイメージが持たれているのではないでしょうか。

この映画ではそんなデンマークの「戦争」という側面の現実を知ることができます。実はデンマークには徴兵制があり、18歳から32歳までの男子が対象で、少なくとも4か月の兵役期間が設定されています。そして、デンマークは2002年から国際治安支援部隊としてアフガニスタンに600名以上を派兵し、40名上の死者をだしているのです。つまり、デンマークは日本人にしてみれば意外ですが「戦争」が身近にある国といえるでしょう。本作でも、キャストのうち4人は実際にアフガニスタンに派遣された経験があるということからも、そのことが如実にうかがえます。

本作は、ドラマチックな展開もエンターテイメント性を増すような脚色もなく、ゆえに退屈に感じるかもしれません。実際、物語はかなり淡々と進み、なんのカタルシスもなく終わります。

でもこれがデンマークの抱える戦争の現実そのものなのです。

『ある戦争』の監督は“トビアス・リンホルム”。『偽りなき者』の共同脚本を手がけた人です。

あと、私たち日本人であれば俳優にも注目です。主人公のクラウス・ペダーソンを演じた“ピルウ・アスベック”は、2017年に全米公開予定の日本アニメ「攻殻機動隊」の実写版『Ghost in the Shell』で、バトー役が決定しています。 ハリウッド実写版「攻殻機動隊」は、アジア人の草薙素子を白人のスカーレット・ヨハンソンが演じることばかりが話題になりがちですが…。本作『ある戦争』で素晴らしい演技をしているピルウ・アスベックも注目を集めていくといいなと思います。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ある戦争』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):心が消費されていく戦場

アフガニスタンの山岳地帯。デンマークの国際治安支援部隊のひとつのチームが野外を慎重に進んでいました。そのとき、突然の爆発。隊員のひとりであるアナスの足元で爆発物が破裂したようです。足を吹き飛ばす酷い怪我であり、すぐにその場で応急処置をします。

無線で連絡を受けた本部は慌ただしく被害を受けた隊員の身元を確認し、指示を出します。無線は途切れがちで、現場では脈がなくなったアナムの心肺蘇生を実行。しかし、助かりませんでした。21歳の若い命は失われました。

遺体を運んで部隊は基地に帰還します。みんな一様に暗い表情です。

部隊長のクラウスは報告を受け、「あんな状況で巡視するなんて、この任務に意味があるのか」と罵声を浴びせられます。隊員は疲弊し、感情的になっていました。不満も募っています。かといってこの任務を中止にはできません。とりあえずクラウスも明日から巡視に加わると言います。

その頃、デンマークではクラウスの妻であるマリアが、3人の子どもを相手に苦労していました。子どものひとりでまだ幼いユリウスは友達に暴力を振るってしまったそうで、マリアもどうすればいいかわかりません。

夜中、戦地にいるクラウスから電話がかかってきます。クラウスは部下が亡くなったことを語ります。マリアは努めて明るく「いつものこと」と子育ての騒がしさを伝えます。そして子どものひとりのエリオットがうるさいので電話を切って見に行きます。

翌日、クラウスが起きるとそばにラッセがいました。彼は「家に帰りたい」と狼狽して、アナスの死は自分のせいだと涙します。「帰すことはできない」とクラウスは告げ、基地内の仕事に2週間だけとどまらせることを約束し、落ち着かせます。家族に電話するように受話器を渡して…。

隊員たちは外で住民と触れ合います。みんな親しく接してくれますが、どこで攻撃を受けるのかもわからないで油断はできません。クラウスは的確に指示を出しつつ、チームを前進させます。

するとひとりの男に隊員が銃を向けていました。何か怪しいと判断したようです。緊迫する空気。なんでも娘を助けてほしいと訴えていることがわかります。

真意はわかりませんが、その娘がいるという家に行きます。チームは警戒を解かずに家の敷地に足を踏み入れます。中には確かに母親と娘らしき人物がいました。手当てをします。

別の日。パトロール中の部隊は爆発物らしきものを発見。付近に子どもがおり、対応を本部に問い合わせます。待機しているとバイクが接近。乗っているのは銃を持った男。怪しい行動にでるので狙撃を狙いますが、少年を乗せて立ち去ったので撃てません。しかし、少年を降ろした瞬間を見計らって狙撃し、標的をダウンさせます。

そんな日々が続く中、部隊にかつてない危険が迫り、クラウスは大きな決断をしないといけないことに…。

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戦争に正しさを問う意味はあるのか…

『ある戦争』は前半が戦場、後半が裁判とはっきり分かれた構成になっています。

主人公クラウス・ペダーソンが率いるデンマークの国際治安支援部隊の隊員ひとりが即製爆弾(路肩爆弾とも呼ばれ、通称は「IED」という)によって吹き飛ばされ死亡するところから始まる前半。

主人公や仲間たちが特別な特徴のある人々ではないからこそ、普通の人が戦地で働く姿がリアルに見え、ドキュメンタリー感が際立っています。戦場といっても、彼らの仕事はあくまで支援。テロリストの掃討ではありません。それでも戦場は容赦なく彼らに牙をむいてきます。

この戦場シーンと対になるように、祖国で待つ妻と子どもたちの生活が描かれます。

場所は全く違いますが、アフガニスタンで士気を失う隊員を必死にまとめる夫ペダーソンと、デンマークで3人の子育てに奮闘する妻は、状況がそっくりです。そして、互いのつながりでなんとか正気を失わず保っていられるという感じでしょうか。

そんな二人の離れ離れの状態は、航空支援によって11人の民間人を巻き込んだとしてペダーソンが起訴されたことで、唐突に終了します。

本国へ帰還したペダーソンが次に戦う相手は裁判です。焦点はPID(敵の存在の確証を得ること)があったのかどうか

最終的に仲間の証言が助けとなってペダーソンは無罪となります。

これで映画は終わりでした。でも、何かが心に刺さり、スッキリはしません。

私たちは映画前半でペダーソンと同じ立場で戦場を疑似体験しているからこそ、彼の気持ちが分かります。実際、戦闘における大混乱の中ではPID(敵の存在の確証を得ること)を確実に実行するなんて不可能なわけです。

一応、裁判をしてはいますが、判事、検察、弁護士、隊員、妻の全員がこのことを理解しているのだとは思います。あくまで法律に則って事務的な作業として裁判をしているだけです。

私はこの場面で戦争において正しさを問うことの虚しさを強く感じました。

戦争において善悪は必ず問われます。その行為は正しいのか、戦争自体が正しいのか…。

これって、戦場にいる人間にはそこまで重要ではないのかもしれません。戦場にいる人間は正しさではなく必要性に応じて行動することを余儀なくされます。国民や政治家は正しさという大義名分を気にしますが、実際のところ正しさは後付けにすぎないのでしょう。だから、どちらが正しいということになっても、戦場にいる人間には虚しいだけです。

ペダーソンは無罪になったことで、隊員を守れたし、子どもたちとの生活も守れました。確かに一見するとデンマークの人たちにとって幸福な終わり方です。

でも守れなかったものもある…。ペダーソンには、毛布を掛けてあげる息子の姿と、基地に逃げ込んできたのに追い返した結果殺された一家の子どもの変わり果てた死体が重なったはずです。

デンマークは幸福な国かもしれませんが、他の国の誰かの犠牲のうえに成り立っている…というのは思いつめすぎでしょうか。

本作はとても無添加な映画だと思いましたし、それが映画を引き立てています。反戦とか追悼のメッセージも極力排したつくりだからこそ、真実が突きつけられます。

唯一のメッセージ性というかユーモアはラストの息子との掛け合いのシーンです。世界地図を見ながら国名を次々言っていく息子。でもアメリカの名前を憶えていないため言えない息子に教えてあげる父。誰だって最初は善悪も知らない無知でした。これから嫌でも知っていくのだと思うと、虚しさがさらに突き刺さります。

『ある戦争』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 91% Audience 79%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

以上、『ある戦争』の感想でした。

Krigen (2015) [Japanese Review] 『ある戦争』考察・評価レビュー