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ドラマ『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』感想(ネタバレ)…犯人は誰だ? イギリス潜水艦サスペンスの2021年版

原潜ヴィジル 水面下の陰謀

犯人は誰だ?…ドラマシリーズ『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Vigil
製作国:イギリス(2021年)
シーズン1:2021年にスターチャンネルで配信
原案:トム・エッジ

原潜ヴィジル 水面下の陰謀

げんせんびじる すいめんかのいんぼう
原潜ヴィジル 水面下の陰謀

『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』あらすじ

スコットランドの海域を潜航していたヴァンガード級原子力潜水艦ヴィジル号で死亡者が発生した。亡くなったのは乗員の男であり、イギリスの領海内だったのでスコットランド警察のエイミー・シルヴァ主任警部が潜水艦内に派遣されてくる。任務があるので帰港することはできず、行動制限がある短い日数で捜査をしないといけない。そんな中、密室の潜水艦で不穏な動きが見られ、さらに緊急事態が勃発し、緊張が駆け巡る。

『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』感想(ネタバレなし)

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2021年のBBC最大の話題作

軍隊の世界は何かと男社会ですが、その軍の領域でもジェンダー平等の後押しもあって女性の進出は進んでいます。しかし、軍隊の中でも最も女性の進出が遅い場所がありました。それは「潜水艦」です。

潜水艦は狭い空間で長時間任務にあたるという性質があるためか、確固たる男社会が形成されやすく、そこに女性を立ち入らせるのは抵抗があるのか。とにかく女性の潜水艦乗務員の登場はかなり最近になっての出来事です。一番早かったのはノルウェーで1985年ですが、他の多くの国は2000年代になってからようやくという感じで、アメリカは2010年、イギリスは2014年になってやっと女性の潜水艦乗務員が任務につきました。ちなみに日本は女性の潜水艦乗組員が初めて誕生したのは2020年です。

ともあれそれでも潜水艦という環境において女性の存在は圧倒的マイノリティ。今回紹介するドラマシリーズはそんな潜水艦に女性刑事が単独で乗り込み、しかも潜水艦内で起きた死亡事件を解決しないといけないことになる、潜水艦ミステリーサスペンスです。

それが本作『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』

まず本作はイギリスのBBCが制作したドラマシリーズなのですが、2021年の放送から反響が高く、視聴者数としても最高記録をだしたとのこと。潜水艦を舞台にしたサスペンスドラマという、なかなかにマニアックで硬派なジャンルなのに、どうしてそんなに一般ウケしたのだろう?と思うのですが、観てみるとなるほどこれは話題性という点では納得できる面白さがあるものでした。

ひとつにミステリーものとして単純に面白いです。潜水艦内という密室の空間で起きた事件の謎を解いていくのですが、典型的な「Whodunit」、つまり「誰がやったのか?」という犯人を追っていくものでシンプルでありつつ、全6話のストーリーが常に毎回のように二転三転していき、続きが気になってきます。クリフハンガーも上手く、1話観れば絶対にその次のエピソードも観たくなりますしね。

そして犯人捜しのミステリーだけではありません。『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』はしっかりポリティカルスリラーにもなっており、政治的陰謀が裏で動き回る緊迫感もあります。なにせ舞台は原子力潜水艦。イギリスの核抑止力を担う最重要拠点ですから。

これまでも『U・ボート』(1981年)、『レッド・オクトーバーを追え!』(1990年)、『K-19』(2002年)、『ブラック・シー』(2014年)、『ハンターキラー 潜航せよ』(2018年)、『ウルフズ・コール』(2019年)など、無数の潜水艦ポリティカルスリラーがありましたし、このジャンルはたいていは一定のスリルを提供するのでハズレなしなジャンル。今回の『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』はそこに2021年のイギリスならではの政治的状況が絡み合ってくるので今観ることに意義がある一作です。

あとこれは予想外に人気のポイントかもしれませんが、実は『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』はキャラクター人気も一部では熱狂的にあって…。なぜなら本作の主人公はレズビアンで(両性愛者かもしれないけど)、しっかり同性同士のロマンスも描かれるからです。なんでもイギリスでは放送開始時からファン・フィクションが過熱したとか。どこの国でもその手のファン活動は反応が早いですね。

俳優陣は、ドラマ『女医フォスター』の“サラン・ジョーンズ”が主人公の刑事役、『ゲーム・オブ・スローンズ』の“ローズ・レスリー”が主人公と親密な関係でもある同僚刑事役、他には『刑事モース〜オックスフォード事件簿〜』の“ショーン・エヴァンス”、『タイムレス』の“パターソン・ジョセフ”、『ジョニー・イングリッシュ アナログの逆襲』の“アダム・ジェームズ”、『リトル・ダンサー』の“ゲイリー・ルイス”、『アウトランダー』の“ローレン・ライル”、『ボディガード -守るべきもの-』の“アンジー・モハインドラ”など。

個人的には『セックス・エデュケーション』でメロメロになった人も多いであろう“コナー・スウィンデルズ”が、今作でもホモ・ソーシャルな圧力に唇を噛むしかない状況に追い込まれる可哀想な役を演じているので注目してほしいですね。応援したくなる…。

『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』の原案は『ジュディ 虹の彼方に』の脚本を手がけた“トム・エッジ”。監督は『ドクター・フー』も手がけた経験多めの“ジェームズ・ストロング”と、若手ながら実力をメキメキと発揮している“イザベル・シーブ”の2人が分担。

『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』は日本では「スターチャンネル」で放送&配信となっているので少し目立たないのですが、従来のジャンルの枠以上に幅広い層が楽しめる作品になっていますし、ぜひ鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:ジャンル好きはハマる
友人 4.0:展開を語りたくなる
恋人 3.5:ロマンス要素あり
キッズ 3.5:潜水艦が好きなら
↓ここからネタバレが含まれます↓

『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):原子力潜水艦の事件の謎

スコットランド、バラ岬。呑気に会話しながら漁をしている一隻のトロール漁船。レーダーで真下に群れらしき何かを確認。すると突然の揺れ。網が絡まったのか水揚げは停止。しかも船が引っ張られて引き込まれていきます。凄まじい力で船は容易く傾き、浸水。危険なほど斜めになる船で必死に耐える船員でしたが船は海中へみるみる…。

その現場の約1キロ先でイギリスの原子力潜水艦ヴィジルが潜航していました。ソナーを担当していたクレイグ・バーク曹長が異常音を探知し、報告します。民間の船に何か起こったようだと察知するも、ニール・ニューサム艦長は敵の存在を警戒して慎重な判断で救助に向かわないことに決めます。それにバーク曹長は抗議。「アンタレス号でも悲劇が…」と訴えるも、マーク・プレンティス副艦長に「頭を冷やせ」と怒鳴られ、追い出されました。そんなバークを他の乗務員が冷やかさと困惑の目で見つめます。

少し時間が経過し、テイラ・キアリー曹長が例のトロール漁船の件の分析結果を報告。船体の大規模損壊の衝撃もしくは爆発の可能性もあるとのこと。そのとき、艦内で死傷者がでたとアナウンス。なんとあのバークが床で倒れており、心停止状態。心肺蘇生が行われるも亡くなってしまいました。

一方の陸地。グラスゴーではエイミー・シルヴァが夜中に職場の警察に呼ばれます。上司のコリン・ロバートソン警視と一緒に会議室へ。そこにはショー少将を始めとする海軍関係者がズラリと揃っていました。なんでも核抑止を担う4隻のヴァンガード級潜水艦、その1隻で乗務員がヘロインの過剰摂取で死亡したそうです。死亡者の名前はクレイグ・バーク。スコットランド警察が捜査することになるも、帰港しないとのことでエイミーが単独で3日間乗艦して捜査することに。防衛上の理由で艦内では電話は不可能です。海軍のエリン・ブラニング少佐が窓口になります。

コリン警視は「歓迎されないだろう」と率直に海軍の反応を述べますが、エイミーに仕事を断る選択肢もありません。死亡者の陸地での足取りを調べるために同僚のカーステン・ロングエーカーを指定するエイミー。

エイミーはカーステンに運転してもらいながら海軍基地へ向かいます。途中でダンロック・ピースキャンプを通過。すると道路で人が倒れており、慌てて停車し、確認に行きますが、抗議活動のパフォーマンスでした。海軍は世界を滅ぼすとその道路上で倒れていた若い女性は声を張り上げます。

そんなこともありつつ、別れを惜しみ、エイミーはヘリに。海域に到着。海面から潜水艦が浮上。降下し、ついにエイミーは潜水艦の中へ。乗務員の世話係でもあるエリオット・グロウヴァー准尉が艦内を説明してくれます。全長はサッカー場2面、高さは2階建てバス4台の広さもある艦内は素人には迷路です。

まずは遺体を調べたいエイミーは医療士官のティファニー・ドカティ大尉と合流し、“爆弾工場”と呼ばれる場所に。遺体は魚雷発射管に保管されていました。発見者は機関長で新任のハドロウだそうです。遺体を調べると打撲痕と出血を確認。薬物中毒死には見えません。

艦長と話し、「殺人かもしれません」と意見を述べるエイミー。体に粉が付着しているものの、ヘロインは偽装工作で暴力が行われた痕跡がある…。しかし、艦長は殺人の可能性を認めません。

被害者のバークがいた部屋に行くと機関士のゲイリー・ウォルシュがいました。やや口が悪いです。

その頃、ジェイド・アントニアークという女性が海軍基地のバークの住居棟で捕まりました。カーステンが聴取するとその人は道路で倒れていたピースキャンプの女性でした。なんでもバークとは恋人の関係で、ヘロインの過剰摂取が死因だと聞くと動揺し、「海軍が殺した」と言います。その根拠として「マイリ・フィアネ号」を挙げ、隠蔽するのがやり口だと言いますが…。

カーステンは基地内のバークの部屋を捜索。さらに謎が深まる代物も発見され…。

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みんな怪しく見えてくる

『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』は第1話の冒頭からなかなかに派手な映像で始まり、観客を刺激させます。この漁船の謎の事故を見せつつ、ストーリーの主題は原潜ヴィジルで起きたバークの死の真相解明です。

本作はとてもミステリーとして真っ当に作られており、ちゃんと登場する人物がみんな怪しく見えるように作られています。「こいつが犯人? いや、あいつも怪しいぞ。あれ、あの人なんじゃないか…」そんな感じで物語が進むたびに犯人候補も目まぐるしく変化。

最初は副長のマーク・プレンティスが揉め事の最中にバークを殴ってしまって、その傷が後にバークを死に至らしめたのだと予測し、プレンティスも白状するのですが、第2話のラストでバークは毒殺されたと判明。しかも、陸地で捜査していたカーステンはジェイドが殺された現場に遭遇。2つの殺人が起きたことになり、事態は一層深刻に。

作中の人物たちがみんな怪しく見えてくるのは、それぞれが人に言えないプライベートを抱えているからでした。プレンティスはキャリアに焦り、ウォルシュは弟のことで悩み、ハドロウは上下関係の従属への葛藤に苦しみ、グロウヴァーとドカティは不倫を隠し、ハミルトンは子を想い、パトリック・クルーデンは隠し子であるジェイドを見守り…。

任務で団結している軍組織でも人間は人間。脆さがあるのは当然です。

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2021年のイギリスの政治情勢

そんな人間個人の脆さを描きつつ、『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』は政治的脆弱性も浮き彫りにさせます。

警察・海軍・MI5の国内の政府組織3者がそれぞれ情報交換さえも出し渋る。あげくにヴィジルを追尾しているのもあの漁船を沈没させたのもロシアの潜水艦だと思ったらアメリカの潜水艦で、なぜ同盟国なのに情報共有されないのかと憤る。

このあたりは『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』でもそうでしたが、今のイギリスがブレクジットによるEU離脱にともなう孤立、さらにトランプ時代の英米の軋轢で、いろいろとぐちゃぐちゃになっているのが背景にあるのでしょう。

その生じた弱点の穴をまんまとロシアや中国に利用されるのですが…。

また、ピースキャンプも絡めつつ、現在の軍事への存在意義も投げかけます。ピースキャンプというのは軍隊や核兵器に反対する平和活動家が抗議のために基地や政府施設周辺でキャンプする運動のことで、1980年代から活発化しています。

作中の第1話でバークが言及する「アンタレス号」。これは実在の漁船の名で、1990年11月22日にイギリス海軍の原子力潜水艦トレンチャント号に引っかけられて沈没しました。つまり、本作のあの沈没事件も史実に基づいて「じゅうぶんに起こり得る」というリアルなフィクションとして設定されているんですね。

作中で捜査線上に浮上してくるフロリダのポート・ヘイヴァーズでの騒動は典型的なミステリーにおける「レッド・ヘリング」なのですが、でもこれも裏では原潜の原子炉事故一歩手前の事件が起きていたことが明らかになり(作中では「フクシマ」という言葉も飛び出す)、原子力潜水艦の危険性そのものも描かれます。

結局、ヴィジルの黒幕はソナー担当のマシュー・ダワードですが、彼を悪人とするよりも、核抑止力を含む政治や軍隊の脆弱性を突きつける体制批判要素の強い物語でした。ましてや今のイギリスでは「トライデント」と呼ばれている核抑止力計画の見直しが進んでいるので(ドレッドノート級という新しい原潜を製造中)、そんな渦中にこんなドラマを作るのですから。こういう作品を公共放送のBBCが作れるのは素直に凄いですよね。

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等身大の主人公

そのスキャンダラスな事件を解決することになったエイミー・シルヴァ。

彼女が特別なヒーローでもなく、しっかりひとりの労働者として、エッセンシャルワーカーとして、葛藤を抱える等身大のキャラクターになっているのが良かったです。

交通事故&水没による恋人の男性の死を経験し、娘を危険に晒したトラウマによって、閉所恐怖症と鬱病を併発。薬を飲みながらの仕事は生々しさがあります。さすがに魚雷発射管に閉じ込められるのは可哀想でしたけどね…(私だったらもう風呂にも入れないほどの心理的ショックを受けるだろうな…)。

そのエイミーがカーステンとの交流を深めていった過去が回想で描かれる第4話。メンタルヘルスとして愛のパートナーとして自己発見をして回復していく。その姿に心を打たれます。作中では一緒にお風呂に入っていましたけど、あれは水への恐怖があるエイミーゆえの心理的恐怖の克服を暗示するシーンにもなっているし。

『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』は男臭いジャンルの弱さに潜行して、少しばかりの新しさで正面突破する、現代ならではの新時代潜水艦スリラーだったと思います。

とりあえずモールス信号は勉強しないとな…。

『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 77% Audience 59%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)BBC

以上、『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』の感想でした。

Vigil (2021) [Japanese Review] 『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』考察・評価レビュー