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『マルモイ ことばあつめ』感想(ネタバレ)…言葉の歴史は嘘と権力で処分できない

マルモイ ことばあつめ

日本統治時代の朝鮮で母国語を守った人たちの実話…映画『マルモイ ことばあつめ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Malmoe: The Secret Mission
製作国:韓国(2019年)
日本公開日:2020年7月10日
監督:オム・ユナ
人種差別描写

マルモイ ことばあつめ

まるもい ことばあつめ
マルモイ ことばあつめ

『マルモイ ことばあつめ』あらすじ

1940年代の日本統治下の朝鮮半島。盗みなどで生計をたてていたパンスは、ジョンファンという男のバッグを盗んだことをきっかけに、ある世界を知る。それは失われていく朝鮮語を守るために朝鮮語の辞書を作ろうと各地の方言などあらゆる言葉を集めている人たちだった。朝鮮語の読み書きすら知らなかったバンスはジョンファンの辞書作りを通して、自分の話す母国の言葉の大切さに気づいていくが、それを許さない者が…。

『マルモイ ことばあつめ』感想(ネタバレなし)

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言葉には意味がある、辞書には歴史がある

私は子どもの頃、分厚い本の辞書を引くのが好きでした。まだ自分の知らない言葉がこんなにもあるのかとワクワクしたものですし、知らない世界を覗ける気分にもなりました。子どもが学校に持っていくにしては重すぎたのが難点でしたけどね…。

今はインターネットが当たり前なので辞書を引くという行為の頻度も下がっているかもしれません。文字を打てば勝手に単語候補が表示されたりしますし、単語の意味もネットで簡単に調べられます。また、多様な表現を用いるよりも、みんなで共有できるバズる同一のワードの方がもてはやされます。

しかし、言葉を取り巻くどんな環境が変化したとしても、言葉の重要性は変わりません。その言葉には意味があり、歴史があり、価値があります。それを教えてくれるのはやっぱり辞書です。だから辞書は現代においてますます大事な存在になっていると思います。

今回紹介する映画もそんな辞書の大切さが心に染みてくる一作です。それが本作『マルモイ ことばあつめ』

本作は韓国映画であり、舞台となっているのは日本の統治下におかれた1940年代の朝鮮。1910年に日本は韓国併合として朝鮮半島の地域を統治することになりました。そこに暮らしていた人々にとっては事実上の侵略と同じ。生活は一変し、全てが日本の思うがままに支配されていきました。この日本の統治は1945年まで約35年間も続きます。

この時期の朝鮮を描いた韓国映画と言えば、『暗殺』(2015年)や『密偵』(2016年)、『お嬢さん』(2016年)などのスパイ・サスペンスのようなジャンルが多いです。つまり、統治に逆らうべく密かに暗躍していた者たちを描いていくということ。当時の社会情勢はそういう状態ですから、そんなジャンルが一番フィットするのも当然でしょう。

しかし、この『マルモイ ことばあつめ』はちょっとアプローチが違うんですね。先ほども言ったように本作は辞書がキーワードであり、具体的には朝鮮語の辞書を作るべく奮闘する朝鮮人たちを描いたストーリーです。

当時は日本の統治のもと、創氏改名などを含めた朝鮮語文化の弾圧が行われていました。要するに朝鮮語の辞書を作るというのはただの本づくりにとどまらない、当時の日本統治への反逆の象徴でもあるわけで…。本作はこのユニークな視点から日本統治時代に抵抗する人たちの精神を描いています。

そして本作は何よりも観やすさのある映画としても特筆できます。なにせあの『タクシー運転手 約束は海を越えて』の脚本を手がけた“オム・ユナ”の長編監督デビュー作なのです。『タクシー運転手 約束は海を越えて』もヘビーでシリアスな韓国の生々しく残酷な歴史を覗かせる題材でしたが、想像していたよりも観るためのハードルは低く、初心者でもサクサクと世界観に入っていける語り口の上手さが魅力でした。

この『マルモイ ことばあつめ』も同じような易しいストーリーテリングになっているので安心です。

無論、今回は日本は言ってしまえば加害者なわけですから、日本人が鑑賞するには心苦しい場面もいっぱいあるのも事実。でもそれは紛れもなく歴史であり、無かったことにも修正することもできないものです。しっかり向き合うべきでしょう。

本作の主演は私も大好きな韓国俳優のひとり、“ユ・ヘジン”です。もう彼が主人公というだけで私のテンションはアガる。今作は“ユ・ヘジン”がそれはもう実に魅力全開でフィーバーしているのでファンも大満足間違いなしです。

もうひとりの主人公格のキャラクターを演じるのは、音楽グループ「god」のサブボーカルで、『国選弁護人ユン・ジンウォン』や『バッカス・レディ』など映画にも出演している“ユン・ゲサン”です。ひたむきな人間味溢れる存在を好演しています。

他にも『工作 黒金星と呼ばれた男』の“キム・ホンパ”、『朝鮮名探偵 鬼<トッケビ>の秘密』の“ウ・ヒョン”、『金子文子と朴烈(パクヨル)』の“ミン・ジヌン”などが共演しています。なかなかに登場人物が多い映画なので賑やかです。

歴史的背景に詳しくなくても大丈夫。『マルモイ ことばあつめ』を鑑賞することは、辞書の最初の1ページを開くのと同じことです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:韓国映画ファンは必見
友人 3.5:話のわかる相手同士で
恋人 3.5:恋愛要素はないですが
キッズ 3.5:歴史を学ぶことも
↓ここからネタバレが含まれます↓

『マルモイ ことばあつめ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):精神まで奪わせない

1933年、北満州。ある男が必死に逃げながら別の男のもとまでやってきます。その目的はあるものを渡すことでした。箱から取り出したのは何やら紙の束。

「三・一独立運動の中で持ち出せたのはこれだけだ。チェ先生の原稿だ」「連中が国土の次に狙うのは我らの精神だ。じきに朝鮮語の使用を禁じるだろう」

それを渡された男は毅然とこう言います。

「誰かがやらねば。同志たちと共に必ず辞典(マルモイ)を完成させます」

1941年。京城朝鮮劇場の前でキム・パンスは並んでいる観客を相手に饒舌に相手していました。しかし、劇場でのスリの手引きがあっさりバレてクビになります。パンスはこうやって仲間たちを意地汚くカネを稼いでいたのでした。

稼ぎどころがなくなったパンスはトボトボ家に帰ると、先に息子であるドクジンが家に戻っていました。ドクジンは中学生で、実は教室で教師から厳しい体罰を受けたのでした。「朝鮮語は禁止されている!」と教師に日本語でまくしたてられながら…。父がこんな状態であり、学費は未納。このままでは退学処分です。パンスは「来週までには払う」とテキトーに口にしますが、職のあてがありません。

考えるのはやはり犯罪。パンスと仲間は黒い鞄を持っている男に目をつけ、それを奪うべく尾行。わざと騒ぎを作り、こっそり鞄を盗みます。その盗まれた被害者の眼鏡の男は追いかけてきて、街を疾走する2人。しかし、警察に見つかり、しかもなぜか被害者の男の方が全力で逃げていきました

パンスは上手く警察をかわし、帰宅。ところが家には仲間のチュンサムの他にあの鞄の男まで。彼の名前はジョンファンというらしく、住所はバレていました。それでもめげないパンス。「警察から逃げるとはワケありなんだろう。おカネを置いていけは告げ口しないぞ」とずる賢く脅します。でも息子が帰ってきたので、とりあえずその場はなかったことにしました。

ところがその後日、家に昔の刑務所で同房だったチョという男がやってきて久しぶりの再会に喜びます。そのチェに案内されてとある書房の地下の奥まった場所に通されるパンス。そこにはたくさんの資料と向き合う人たちが…。そのひとりはあの鞄のジョンファンでした。

実はジョンファンたちは朝鮮語学会のメンバーで、今は朝鮮語の辞書を作ろうと奮闘していました。しかし、方言集めは難航し、何よりも人出は足りない。そこでパンスが雇われたのです。

けれどもジョンファンは猛反対。一方でパンスは場を盛り上げるのが上手く、すっかり他のメンバーと打ち解け合っていました。詩人のイム、ク・ジャヨン、ミン・ウチョル、記者のパク・フン…みんなが朝鮮語に情熱を燃やしています。

パンスに全く期待していないジョンファンですが、実はパンスは文字を読めませんでした。非識字者では役に立たないとチェに苦言を呈しますが「教えたらいいだろう」と言われてしまいます。

こうして新入りも加わった朝鮮語辞書の作成の現場。しかし、日本側は朝鮮の精神を根絶やしにするべく、弾圧を強め始め…。

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1人の10歩より10人の1歩

『マルモイ ことばあつめ』はさすが『タクシー運転手 約束は海を越えて』の脚本を手がけた“オム・ユナ”監督作というだけあって、難解な歴史モノの退屈さに陥らない、実に軽妙な語り口で楽しませてくれます。

まず主人公を文字も読めない中年男に設定しているのが上手いです。キム・パンスは完全にその場しのぎの金稼ぎのためにあの朝鮮語学会を手伝うことになります。そして当初、本人は朝鮮語であろうと日本語であろうと何でもいいと思っています。「カネなら分かるが言葉を集めてどうする?」とその意義についてもさっぱり理解はしていません。

でもこういう人って実際にいますよね。言葉は言葉だろ? 歴史とかどうだっていい、伝わればそれでOKだ…と主張する人。確かに言葉があやふやでもそれがどう変わろうとも、美味しい食べ物は美味しいままだし、仲間たちと飲む酒は上手い…だったらそれでいい気もしてきます。しかし、そうじゃないんだよというのが本作の物語。

学び始めたパンスの変化。見慣れたはずの街々の文字が読める快感、何気ない本の物語に号泣し、全てがいつも以上に充実してくる。ホットクにだって由来がある。言葉の文化は実は身近にあって大切でした。それと同時に日本統治によって朝鮮語が失われている危機感にも気づける。息子のドクジンは半ば従属して日本語を使い始め、7歳のスンヒでさえも元気よく「あいうえおかきくけこさしすせそ」と復唱する。これでいいのかという葛藤。

これは『タクシー運転手 約束は海を越えて』と全く同じアプローチです。題材としているテーマの価値を何一つ理解していない男が、その当事者たちの熱い想いに触れてしだいに感化されていき、最終的にはその精神を誰よりも受け継いでいく。

そしてこのエッセンスこそがおそらく韓国の精神そのものなんでしょうね。『マルモイ ことばあつめ』でも盛んに言及されていましたが、韓国には共同体の精神があって、だから「同士」と呼び合う独特のコミュニケーションもある。それが朝鮮なんだ、と。

その共同体精神の強さというものが説明的なセリフではなく、あのパンスの奇策による出身地バラバラのムショ仲間を集めた方言収集、そして広告での手紙の募集というかたちで視覚的に観客に訴えられる。ここもまた非常に鮮やかな演出だなと思います。

「1人の10歩より10人の1歩」ですね。

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文化を守るのは本屋と映画館

『マルモイ ことばあつめ』は他にも上手いなと思う演出がいっぱいあって…。

例えば、物語の大事な舞台になってくる「劇場」。本作は言葉の文化を描く作品であると同時に、映画の文化も背景として描いています。

後半、京城朝鮮劇場は「大東亜劇場」に名前を変えさせられてしまい、上映される作品も日本統治を進めるうでのプロパガンダ色の強いものに変わってしまっています。

そこで上映されているのがパク・キチェ監督の『朝鮮海峡』です。このパク・キチェ監督というのは初期の韓国を代表する監督のひとりですが、1930年代に日本で映画を学び、監督としての道を進み始めます。そのときは純粋に作りたいものを作っていた感じの作風でした。ところが戦争が激しくなり、日本の支配も強まると軍国主義に従ったプロパガンダ映画を作らざるを得ない状況になります。そこで生み出されたのがこの『朝鮮海峡』という映画であり、韓国社会ではすっかり親日派に成り下がった人と思われたりもしました。でもこの『朝鮮海峡』を見ると、私はパク・キチェ監督のジレンマが窺えるような気がします。本当はこういう映画が作りたいんじゃないんだ…という。ちょっと木下惠介監督の『陸軍』を思わせるタッチですね。

で、『マルモイ ことばあつめ』に話を戻すと、この当時大ヒットした『朝鮮海峡』を上映する裏でパンスたちは朝鮮語学会の有識者を集めて標準語指定の作業を急ピッチで進めていくことになります。この仕掛けがまた気持ちのいいカウンターであり、巧妙な皮肉にもなっていますね。

最後は映画館という文化の施設での籠城。あそこはやはり私もイチ映画ファンとしてアツい感情が込み上げてきます。映画館は文化を守る最後の砦なんですよ。今はコロナ禍にともなう緊急事態宣言によって各地の映画館が理不尽な補償なき休業に追い込まれており、ますますこの『マルモイ ことばあつめ』の場面と全然舞台も違うのに重なる気がしてきます。権力は映画とか芸術とか文化なんて何ともおもっておらず、平気で棍棒を振り上げてくるんだ、と。

一方で最初は目くらましのためにジョンファンは協堂で人を集めて「日本を憎んではいけません。日本人になりきり…」と演説します。ここは逆にこれらの存在が簡単に権力の道具になる怖さも暗示しているような…。

結局、文化に最後まで味方するのは本屋、そして映画館であるという、見事にその構図を看破している一作だったのではないでしょうか。

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内鮮一体で言葉を奪った罪は重い

もちろん『マルモイ ことばあつめ』は実話ベースであり、朝鮮語学会への非道な弾圧も実際にあったことですが、大きく脚色している部分もあります。

ただ、一番の脚色要素は観客に親しみやすいように配置されたパンスの存在であり、その社会に蔓延る厳しい弾圧や差別、暴力はそのままです。むしろ史実は映画よりももっと酷かったでしょう。本作は拷問されたチョ先生が映し出されますが、肝心の拷問シーンはありませんし、割とマイルドな描写にとどまっています。ありきたりなバイオレンス・ジャンルにしたくなかったのかな。

それでも何よりも残酷なのは言葉、そして文化に根付く精神を失うことであり、その辛さはしっかり直視させる映画でした。子どもたちに朝鮮語を受け継がせたいという必死さはヒシヒシと伝わってきます。

また、朝鮮語を守れてよかったね…というめでたしめでたしなお話ではないことは私たち日本人は必ず肝に銘じておかないといけないとも思います。統治は事実ですから、やはり言葉は影響を受けました。いまだに朝鮮の言葉には日本統治時代の影響が残っています。それは消えない傷跡です。

そして当然「言葉を奪う」ということは当時の日本が行った加害行為のほんのひとつでしかないわけです。

私たちもうわべだけの謝罪ではない、真摯な反省という言葉の意味を日本語の辞書で引いたほうがいいかもしれません。日本には反省の文化があればいいのですが…。

『マルモイ ことばあつめ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

以上、『マルモイ ことばあつめ』の感想でした。

Malmoe: The Secret Mission (2019) [Japanese Review] 『マルモイ ことばあつめ』考察・評価レビュー