今に繋がるフェミニズム史の一幕を観る…ドラマシリーズ『ミセス・アメリカ ~時代に挑んだ女たち~』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2020年)
シーズン1:2022年にDisney+で配信(日本)
原案:ダービ・ウォーラー
LGBTQ差別描写 恋愛描写
ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち
みせすあめりか じだいにいどんだおんなたち
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』あらすじ
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』感想(ネタバレなし)
男女平等憲法修正条項(ERA)をめぐる歴史
もし歴史上のある出来事が違う結末になっていたら…。
そのような「if」が考えられるような歴史的転換点はいくつかあります。例えば、第二次世界大戦で枢軸国が勝利していたら?とか、核兵器が開発されていなかったら?とか、911同時多発テロ事件が起こらなかったら?とか…。
こういう歴史の「if」を議論する場合、たいていは戦争など大きな事件がピックアップされます。当然、これらが歴史への影響力が大きいのは言うまでもないでしょう。
そんな中、アメリカ史に着目したとき、「これが実現していたらアメリカの歴史が大きく変わっていたのではないか?」と言われる出来事があります。それが「男女平等憲法修正条項」…英語の「Equal Rights Amendment」の頭文字をとって「ERA」と呼ばれているものです。
男女平等憲法修正条項(ERA)とは、アメリカの憲法を修正する提案であり、その内容とはざっくり言えば「法律に基づく権利の平等は性別を理由に損なってはいけない」というもので、要するに女性差別を諫めるものです。アメリカには憲法修正第19条があって「合衆国市民の投票権は、性別を理由として、合衆国またはいかなる州によっても、これを拒否または制限されてはならない」と定まっているのですが、これを拡張するのがERAです。修正第19条は1920年に批准が完了し、次はERAだ!ということになったわけです。
この修正案が提案された歴史は実は古く、1921年頃から修正を求めるキャンペーンが発表され、1923年に提案されました。ところがこちらはなかなか批准されませんでした。アメリカでは全州のうち4分の3の州の議会によって批准されないと憲法の修正ができません。つまり、かなり地道な闘いが続くのです。この州で批准されて、次はこの州でも…と積み重ねてようやくゴールに辿り着きます。
歴史が動きそうになったのは1970年代。第2波フェミニズムが盛り上がり始めた時期です。1960年代後半に「全米女性同盟(NOW)」が設立されて、本格的な運動が活発化。その運動は高まるばかりで、これはもうERAの達成は時間の問題ではないか!というほどに道筋が見えてきます。
…で、これは歴史的事実なので書いてもネタバレだと怒らないでほしいのですが、このERA、結局、成立しないんですね。
なぜ成立しなかったのか。もしあの時代に成立していたらアメリカの社会は様変わりしていたかもしれないのに…(ちなみにERAがこの時期に成立した架空の歴史がドラマ『フォー・オール・マンカインド』で描かれています)。
そんなERAをめぐる当時の激動の中にいた関係者の女性たちを描くこのドラマを観ればもっとその様子が渦中にいる気分で伝わる…かもしれません。
それが本作『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』です。
本作は、ERAの成立を目指して活動するフェミニストたち賛成派と、ERAの成立を食い止めようと抵抗する反対派…どちらも女性たちなのですが、その関係者の姿を描いていく群像劇のドラマシリーズです。実在の人物もたくさん登場します。
どうして女性なのに女性差別を無くそうとするERAに反対するのだろうと思う人もいるでしょうが、それもこのドラマを観ればよくわかります。
とにかくこの『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』は当時の時代感覚が生々しく映像化されており、ひとくちに「女性」と言っても色々な女性がいること、それと同時に様々な女性であっても「女性差別」を受けているという根幹するものがあること、それがどう社会に認知され、はたまた認知されなかったのか、それに対して女性たちはどう行動にでたのか…そういったものが映し出されます。それは現代のフェミニズムと間違いなく重なるものでもあります。
まあ、私なんかが言葉で語ろうとしてもあれなので、とにかく観てください。凄い熱量のドラマなので。
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』は2020年のリミテッドシリーズですが、非常に評価が高く、多くの賞に輝きました。とくに俳優陣は絶賛です。
主役のひとりであるERA反対派の急先鋒であるフィリス・シュラフリーを熱演するのは“ケイト・ブランシェット”。さすがと言いますか圧巻の演技。そしてその同じ側にいるもうひとりを演じるのは“サラ・ポールソン”で、こちらの演技も凄まじいです。また、ERA賛成派の面々には、“ローズ・バーン”、“ウゾ・アドゥバ”、“エリザベス・バンクス”、“トレイシー・ウルマン”、“マーゴ・マーティンデイル”などが並び、名演が大渋滞しています。他にも“ケイリー・カーター”、“メラニー・リンスキー”、“ジョン・スラッテリー”なども出演。
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』の原案はドラマ『マッドメン』の“ダービ・ウォーラー”、エピソード監督には『キャプテン・マーベル』の“アンナ・ボーデン”&“ライアン・フレック”も参加。
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』は「FX」制作のドラマで、日本では「WOWOW」で放送されたきりで見づらかったのですが、2022年9月に「Disney+(ディズニープラス)」で配信が始まり、格段に鑑賞しやすくなりました。
全9話(1話あたり約40~55分)のボリュームですが、政治的立場、年齢、経済状況、性的指向、人種…多くの異なる女性たちが一堂に会して歴史に関与しようと熱意を燃やす姿は心に響くと思います。
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :必見の良質ドラマ |
友人 | :語りがいはある |
恋人 | :同性ロマンスもあり |
キッズ | :歴史を学べる |
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』予告動画
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):戦いはこうして始まった
1971年。フィル・クレイン下院議員の再選キャンペーンのパーティ会場にて「フレッド・シュラフリー氏の奥様の登場です」という紹介のもと、笑みを携えてアメリカ柄の水着でステージに立つ女性。フィリスは場を彩る花の役を堂々とこなします。
その楽屋裏。フィリスは選挙に出馬したことも過去にあり、「男だったら票を勝ち取れたのに」と口にする友人に対して「性別は関係ない。時期が悪かったの。共和党にとって1934年以来の最悪な年よ」と発言。でも「夫は勝てたけど」と言われ、言葉は返せません。
後日、クレインの番組にゲスト出演し、笑顔を忘れないでと言われながら、「6人の子を持つ主婦がなぜ国防に興味を?」との質問に答えます。しかし、話の途中で遮られてしまいます。それでも戦略兵器制限交渉(SALT)について反対だと専門的知識を踏まえて弁論し、クレインもたじたじです。
選挙の区割りの記事を目にし、共和党に有利になるとわかり、再び議員になる意欲が湧くフィリス。美容室で友人のアリス・マクレーから「男女平等憲法修正条項(ERA)に反対しないの?」と聞かれるも、国防しか頭にありませんでした。アリスは女性の解放を訴えるグロリア・スタイネムをなじり、フィリスの家にERAの資料を置いていきます。そこにはベティ・フリーダンの著書「新しい女性の創造」もありました。
クレインに誘われてゴールドウォーターとワシントンで会合するつもりだと夫に言うと、夫は妻が家を空けるのに難色を示します。「出馬に反対なの?」「家族がバラバラになるのが嫌なだけだ」
ワシントンに着くとERA賛成運動のデモが行われていました。そばではシャーリー・チザム議員がインタビューに答えて平等の重要性を語気を強めて語っています。
会合では一番に「ERAはどう思う?」と聞かれるフィリス。「差別なんて受けたことないわ。失敗は努力不足のせいなのに」…さっそく国防について自分の意見を述べようとしたところ、会議の議事録メモをとってくれるかと言われてしまい、愛想よく応えます。男たちが談義する姿を見つめるしかできません。
そこで「ERAに反対するべきです」と論題を変えます。「女性は憲法修正第14条によって既に守られています」とERAの反対に消極的な男たちを圧倒。
今回は出馬しないことにしたと夫に話すフィリスでしたが、別の作戦がありました。女性たちの集まりに参加し、長々と語りだします。
「今日はソ連の軍事的脅威についてではなく別の脅威の話をします。伝統的な家族観への脅威です。それはフェミニズム運動です。私が反対するのは主婦をけなす者たちです。フェミニストはいつも選択の自由を訴えています。でも主婦という道を選択することを間違いだと言う。フェミニズムは人生に対して非常に否定的です。彼女たちは憲法によって性差にとらわれない社会を作ろうとしています。生まれた娘が徴兵対象になる。男が家で赤ん坊の世話をする。想像できますか。バカげた話で反アメリカ的です。女性は家庭で一番のお世話係。なぜなら女性は出産をするからです。フェミニストの掲げる世界になれば女性は忙しくなり、子どもを産まなくなります。実際にフェミニストが慕うグロリア・スタイネムは独身で子どももいない40歳近い女性です。そんな哀れな女性が理想ですか」
聞き入っていた女性たちは賛同し、ERA反対活動によってフィリスは政界で存在感を示そうと始動します。
上院で男女平等憲法修正条項が可決。1972年3月、チザム含むERA賛成派の女性たちは祝杯をあげ、勝利を確信していました。フィリス・シュラフリーという女が反対報告書をだしていましたが気にもしません。ただの田舎の右翼にすぎないのだろうから…。
賛成派の女性たち
何かと画一的に語られがちな「フェミニスト」ですが、『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』ではフェミニストと言っても一枚岩ではないことが如実に映し出されます。
超党派組織をまとめるのは大変です。さらに人種の視点もあり、性的指向の視点もある。理想を求めるなら、シャーリー・チザムを支持して初の黒人女性大統領を実現したいけど、それでは勝てない…。同性愛者を差別するベティ・フリーダンを戦力のために仲間に入れるかも迷う…(フリーダン含む当時のレズビアン差別の実情はドキュメンタリー『プライド』でも見られるので参照にどうぞ)。中絶の権利は妥協して捨てるべきだろうか…。
ERA実現のためにジョージ・マクガヴァンといった男の議員を支持しないといけない、セクハラ議員を見過ごさないといけないというジレンマも生じます。フェミニズムなのに男社会に気を配らないと勝てないのでは本末転倒じゃないかという自問自答&自己嫌悪です。
雑誌「Ms.(ミズ)」を創刊したグロリアはセレブゆえに矢面に立たされて陰湿な誹謗中傷を受けます。ブレンダは平等な夫との関係をメディアにアピールするけど実は同性愛を隠しています。ベラ・アプツーグ・スタイネムは堅実に勝つ戦略をとるゆえにフェミニストたちの分断を生みかねない板挟みで組織を率います。
世間からは声高に主張しているだけに見えるフェミニスト。でもその内情では複雑な葛藤を抱え、自分でもこれでいいのかと悩みながら懸命に探り探りで進んでいる。そんな素顔が見えるドラマでした。
ちなみに本作にはERA賛成運動に関わった一部の人しか描かれていません。本当はもっと大勢の努力の結晶です(作中でチラっとルース・ベイダー・ギンズバーグも映っていましたね)。
反対派の女性たち
一方の「STOP ERA」の旗を振ってフェミニストたちの根城をひっくり返すべく虎視眈々と動き出す反対派の女性たちも同様に苦悩を抱えています。
フィリスは演じた“ケイト・ブランシェット”の圧倒的な貫禄もあって、作中で最強の女性(男も含めて敵わない実力の持ち主)なのですが、そんな彼女も女性である自身のキャリアのために男女平等に反対するという根本的なジレンマを隠し持っています。ERA反対運動でしか女性の自分が政界に食い込むルートがないという現実…。
ERA賛成派も言っていましたが、皮肉なことに、フィリスは誰よりもフェミニスト的です。家庭しか知らなかった保守層の女性に政治力というパワーを与え、キッチンから外の世界に飛び出させているのですから。ERAに反対している間に立派な働く女性になってしまっている。
そんなフィリスも家庭しか知らなかった女性たちをまとめるのは困難の連続。こっちでも差別的な思想を受け入れるか迷ったりします(過激派の「人種だけでなく性別も統一したいの?」というセリフが印象的)。
一方、フィリスを取り巻く女性たちの心境も変化します。全米女性会議の視察についてきたパメラは家庭での抑圧の苦しさを吐露します。そして個人的にはここでの“サラ・ポールソン”演じるアリスが良かったですね。彼女も全米女性会議で知らなかった女性の無限の可能性を目の当たりにし、明らかにフェミニズムに共感を示し始めているのですけど、素直に受け入れられない。そんな自分が自分を傷つけてしまう。ぐちゃぐちゃになっていく姿は生々しいですが、こういうフェミニズム嫌悪から抜け出せない女性はいっぱいいたのだろうなと思いますし、今の日本の世の中でも普通にいるでしょうからね。
戦う女たちの影にいる男たち
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』は圧倒的な「女性の歴史を作ろうとする物語」でしたが、その裏では男性たちがおり、むしろこの背景にいるだけに見える男たちの“力”というものをしっかり捉えているのがこのドラマの後味として効いてくる部分かなとも思います。
男はERAに反対すると女性差別的と露骨に目立つのでやや消極姿勢です。一方で女がERAに反対するなら男の評判は傷つかないで済みます。フィリスのような女性たちがERA反対に立ちあがるのは男たちにとっては好都合です。「俺たちはこっちの女の味方をするだけで、女性自体の敵じゃない」と言える。こうやって巧妙に男たちは生存し、高みの見物を決め込みます。こういうフェミニズムを攻撃するのに女を使おうというやり口は今でもよく見られるもので…。
本作のエピソード・タイトルはずっと女性の名でしたが、最終話のタイトルが「レーガン」なのが全てを物語っています。結局、アメリカは強大すぎる男のもとで不動の家父長制を築いていて、「女たちの戦い」は利用されてしまったという虚しい現実…。勝ったのは男です。
ベラは政府に捨てられ、ERAは見送られました。フィリスの勝利に思えますが、フィリスは政界に行けず、フィリスの積み上げた闘いの成果である名簿だけ奪われる。第二波フェミニズムの閉幕を象徴する、台所に佇むしかないフィリスの姿が苦しい…。
しかし、ERAの闘いは終わっていません。2010年代、州がERAを続々批准。38州目に到達し、下院は法案を可決。
作中では説明されていませんが、2020年代は「“女性”を包括的な存在と見なすか」が論争のまとです。要するにトランスジェンダーです。トランス女性をめぐる議論で否定派が口にする論法は、ERA反対派のフィリスが言っていたロジックに驚くほど似ています。男女共用トイレになってしまうぞ!という煽りや、家庭という女性スペースを守ることを標榜するなど…。論題は変わっても構図は通じています。そこにまた歴史を痛感しますね。
『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』を観ていると、日本もジェンダーフリー・バッシングの時代を題材に政治風刺ドラマを作れそうだなと思いますが…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 69%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)FX ミセスアメリカ
以上、『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』の感想でした。
Mrs. America (2020) [Japanese Review] 『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』考察・評価レビュー