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『この茫漠たる荒野で』感想(ネタバレ)…Netflix;トム・ハンクスはニュースを正しく届ける

この茫漠たる荒野で

トム・ハンクスはニュースをひたすら届ける…Netflix映画『この茫漠たる荒野で』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:News of the World
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:ポール・グリーングラス

この茫漠たる荒野で

このぼうばくたるこうやで
この茫漠たる荒野で

『この茫漠たる荒野で』あらすじ

1870年、アメリカのテキサス州。新聞に書かれたニュースの読み聞かせを生業とし、町から町へと転々としていた退役軍人。ひとりだけの地味で淡々とした日々を送っていたが、ある日、孤児の少女と出会う。その子はどうやらその若さながら壮絶な人生を送ってきたようだった。新たな家族のもとへ送り届けるため、少女とともにテキサスを南下する過酷な旅に出る。

『この茫漠たる荒野で』感想(ネタバレなし)

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陰謀論大国・日本も襟を正して観よう

2020年の冬に行われたアメリカの大統領選挙。現職のドナルド・トランプに対してジョー・バイデンが挑むかたちとなり、郵便投票の開票を気長に待ちつつも、結果、ジョー・バイデンが勝利し、新しい大統領に就任しました。

しかし、問題になったのはこの開票時から盛んにSNSに蔓延したデマや陰謀論です。その大半がトランプ陣営支持者によるもので、「トランプに入れた郵便投票が捨てられている!」だとか「開票の機械が不正に操作されている!」だとか「開票所から投票用紙がこっそり持ち出された!」だとか、あれこれと選挙の不正を主張しました。もちろんどの主張にも現時点で明確な根拠はひとつも出てきていません。

けれども、Qアノンを始めとする陰謀論支持者は周りなんて見やしません。完全に自分の考える“陰謀に満ちた世界”を信じ切っています。

こうした不正確な情報に対してSNSを運営する企業も黙っておらず、ツイートに警告文章を表示したり、アカウントをブロックしたり、あの手この手でもぐら叩きをしていたのですが、いかんせん大増殖しすぎて追いつきません。最終的にはドナルド・トランプのアカウントすらも凍結したのですが(選挙に負けたうえにアカウントがブロックされた大統領は史上初ですよ。最初で最後にしてほしい…)。

「アメリカって大変ね~」と私たち日本人は他人事ではいられません。なぜなら大統領選前後の760万件のツイート&2560万件のリツイートを抽出・分析したアメリカの研究機関によれば、陰謀論を頻繁に主張したアカウントの中に日本語のものが目立ったという結果が出ています。そうです、残念ながら陰謀論者の主要なアジトのひとつは日本でした。不名誉なことに…。

今や情報の価値は揺らいでいます。「正しさ」ではなく「自分の信じたい願望」を優先するようになっているのです。正しい情報よりも扇動的で過激な情報が容易に拡散するようになっています。

そんな時代に生きる今だからこそ、今回紹介する映画は大きなメッセージを与えてくれるでしょう。それが本作『この茫漠たる荒野で』です。

邦題の「茫漠」は「ぼうばく」と読みます。「とりとめがないほど広いさま」という意味です。原題は「News of the World」。こっちの方がハッキリと作品の内容を示していますね。

『この茫漠たる荒野で』は1870年のアメリカを舞台にした西部劇とほぼ言っていい世界観です。しかし、主人公は銃を撃ちまくるガンマンでも、ならず者でもありません。主人公の男は人々にニュースを伝える情報屋。当時はインターネットはもちろんテレビもないですから、新聞だけが頼り。といっても誰でも新聞を手にしているわけでもなく、情報は貴重でした。そこで主人公は町をめぐって新聞のニュースを読み聞かせる仕事をしています。今でいうニュースまとめサイトみたいなものですかね。

監督は“ポール・グリーングラス”。この監督と言えば、911世界同時多発テロを描いた『ユナイテッド93』(2006年)や、イラク戦争におけるアメリカの不正を暴く『グリーン・ゾーン』(2010年)、ソマリア海賊の人質事件を描く『キャプテン・フィリップス』(2013年)など、史実をベースにした社会派映画で高く評価されてきた人物です。最近は『7月22日』(2018年)という、ノルウェーで起きた凄惨な大量殺戮テロ事件を描いた一作を手がけ、その生々しいヘイトクライムを恐ろしさを観客に植え付けました。

『7月22日』があまりにもヘビーでしたから(私も鑑賞後は気分が最悪だった)、これは次回作はどうなっちゃうんだろうとやや怖い気持ちだったのですけど、さすがに“ポール・グリーングラス”監督も同じような精神状態だったようで、今回の『この茫漠たる荒野で』はそこまでヘビーなインパクトはなく、かなり希望を描くものになっています。

主演は『キャプテン・フィリップス』でもタッグを組んだ“トム・ハンクス”です。『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』に続いてまたも報道関係のキャラクターですね。最近の仕事は脚本も手がけた『グレイハウンド』と、ゲスト出演でバカに付き合った『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』。相変わらずの善人の塊です。
その“トム・ハンクス”と肩を並べて共演したのが“ヘレナ・ゼンゲル”という女の子。2008年生まれで、ドイツ人。まだ幼いですが、『System Crasher』(2019年)という主演作で非常に高い評価を得ている凄い子です。ちなみに“ヘレナ・ゼンゲル”は「トム・ハンクス」という名を知らなかったそうです…(無垢な若さの衝撃発言!)。

『この茫漠たる荒野で』はユニバーサルの配給でアメリカでは劇場公開されたのですが、日本ではNetflix配信となってしまいました(だから本作は純粋なNetflix映画ではないです)。

正しい情報を伝えることの意義を噛みしめながらぜひ鑑賞してください。

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『この茫漠たる荒野で』を観る前のQ&A

Q:『この茫漠たる荒野で』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年2月10日から配信中です。
日本語吹き替え あり
江原正士(キッド大尉)/ 淺岡和花(ジョハンナ)/ 佐々木睦(サイモン)/ 山口協佳(ドリス)/ 水野ゆふ(ガネット)/ 中村章吾(アルメイ)/ 津田英三(ファーリー)/ 榎木淳弥(ジョン) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり ◎(見逃せない名作のひとつ)
友人 ◯(俳優ファン同士で)
恋人 ◯(恋愛要素はほぼないです)
キッズ ◯(残酷描写はそれほどでも)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『この茫漠たる荒野で』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ニュースを届ける男

1870年。テキサス州北部、ウィチタフォールズ。戦争が終わってもこの地域は平穏には程遠く、いろいろな人がごった返しています。

「皆さん、こんばんは。またこの町に来ました、ジェファーソン・カイル・キッド大尉です」

そう静かな口調で大衆の前で喋り出した男。彼はひとり10セントの料金で、各地の新聞を読み上げるという仕事をしていました。今も大勢の人が彼の前に集まっており、最新の世の中の状況を知りたがっています。

「今夜も世界の出来事をお届けしましょう」

まずは地元紙「ヒューストン・テレグラフ」から。細菌性髄膜炎が広がり続けており、97人もの命が2か月で失われたこと。聴衆は聞き入ります。次は「ダラス・ヘラルド紙」…そしてどんどん続き…。

翌朝、ジェファーソンは馬にまたがり、次の町へ向かいます。ニュースを待っている人は各地に大勢いるのです。

林を進んでいると横転した荷馬車を発見。ぐちゃぐちゃです。さらに痕跡を慎重にたどっていくと、つるされた遺体。それには「テキサスは白人の地だ!」と書かれた張り紙も。

物音に身を構えます。誰かいます。追いかけるジェファーソン。

それは少女で、噛みついてきました。白人の子ですが、なぜか先住民の衣服に身を包んでいます。

怯えないでとなだめつつ、「名前は?」と聞くと、英語ではない言葉を話してきます。カイオワ族の言葉のようです。なぜ?
手を差し出すも無視され、荷馬車に戻ります。インディアン管理局の書類が落ちており、ジョハンナ・リオンバーガーと記されています。「君の名前か?」

そこに集団がやってきます。北軍のパトロール隊です。合衆国へ宣誓書を見せ、ジェファーソンは町を回って記事を読む仕事をしていると説明します。ジェファーソン自身は元南軍の兵士でした。パトロール兵は不愛想で、レッドリバーの指揮所へ連れていけと命じられます。

しょうがなく少女を連れて旅を続行。夜。あらためて書類に目を通すと、カイオワ族に襲撃され、家族を殺されてずっとインディアンのもとで暮らしていたようです。伯母さん夫婦がテキサス州南部にいるらしく、そこはカストロヴィルという場所。コミュニケーションをとろうとするもその子は喋りません。

町に到着。子どもを保護したと報告します。しかし、インディアン担当官は今はおらず、帰ってくるのは3か月先だと告げられます。その子のことはあなたに頼むしかないとも。

とりあえず雑貨店のサイモン夫婦に預けることに。自分ではとても面倒をみきれません。

その町でも新聞記事の読み聞かせをします。鉄道ができるニュースに大盛り上がりの聴衆。続いて連邦ニュース。グラント大統領の名を口にすると、たちまち聴衆はブーイングの嵐。奴隷制の廃止に言及した記事を読むと「お断りだ!」と激怒。北軍兵に怒りをぶつける聴衆によって、その場所は一触即発の空気になります。

そんな中でもジェファーソンは「わかります。みんな苦しんでいる。だか我々にはやるべきことがある」と丁寧な口調でみんなを落ち着かせるのでした。

仕事を終え、夜の町を歩いていると、「あの子が逃げた」と知らせが飛んできます。急いで探すジェファーソン。子どもの足です。そう遠くには行っていないはず。見つけました。ジョハンナは叫んでいました。彼女は彼女なりに居場所を探しているようです。

サイモン夫婦もこの子をどう扱えばいいのかわからないようで、ジェファーソンは覚悟を決めました。

「私が連れていく」

カストロヴィルまで640キロ。大人ひとりでも過酷な旅路です。子育てなんてしたこともないジェファーソンは少女を連れて、その長い長い道を進めるのか…。

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テキサスの歴史を知ろう

『この茫漠たる荒野で』の物語を余すところなく味わうには、そもそもの知識として、テキサス州の歴史を理解しておく必要があります。アメリカ人なら学校で習うのでしょうけど、日本では一切習いませんからね。作中でも丁寧に説明はされず、「当然知っているよね?」という感じで話が進みます。リテラシーとして理解度が国で後退してしまうのはもったいないので、ここで簡単に説明しておきたいと思います。

テキサス州というのはアメリカの真ん中の南にある場所で、メキシコと国境を接しています。元はと言えば、当然インディアンの住んでいた地域でしたが、16世紀以来はスペイン帝国領となり、1821年にメキシコがスペインから独立すると、今度はメキシコ領となります。つまり、アメリカではなかったというわけです。

当時は地域発展のためにアメリカから入植者を呼び込んでおり、アメリカ人が移民でした。ところが、1835年にメキシコから分離しようという動きをテキサス州で暮らすアメリカ人が企て、テキサス革命を引き起こし、1836年にテキサス共和国として一方的に独立を宣言します。

もちろんメキシコ側も黙っておらず、軍隊を進軍させ、テキサスのアメリカ人集団(テキサス独立軍)を撃退。いわゆる「アラモを忘れるな」ですね。そして今度はテキサス独立軍が反撃に出て、メキシコ軍を撃破。テキサス共和国は正式に成立を認められます。

1845年にテキサスはアメリカ合衆国の28番目の州として併合され、今と同じアメリカの地に。

これで終わりではありません。メキシコも悔しかったのか、1846年、メキシコがアメリカに宣戦し「米墨戦争」が勃発。けれどもこれはアメリカが勝利。

しかし、まだ終わりではありません。1861年の「南北戦争」です。黒人奴隷制を復活させたテキサス州のような南部と、それを認めない北軍との対決。結果は北軍の勝利。

『この茫漠たる荒野で』はその南北戦争終結の5年後から始まります。主人公のジェファーソンは南軍兵士で戦争によって妻と別れてしまいました。サイモンから渡される銃は「パルメット農場の戦い」という南北戦争のものですね。

地域は北軍の支配下に置かれましたが、住民は北軍のやりかたに全く納得がいっていません。このギスギスした空気の中で、ジェファーソンはニュースを届けているのです。

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正しい情報屋のあるべき姿

『この茫漠たる荒野で』は過去の話ですが、結局は現代社会に直結します。
つまるところ、あのテキサス州の人たちは今でいうトランプ支持者たちであり、アメリカの分断を生み出している根源だからです。その大本にはこの時代の歴史があるんだということをあらためて見せつける作品です。

貧困、暴力、尊厳の軽視…そうしたものを与えられなかった南部の人たちは北部に恨みを蓄積し、それが今に至っています。

そんな分断の原点となった世界で人々を繋げようと地味に身を捧げているのがジェファーソンです。彼はニュースというもので人々を勇気づけています。ただの情報でもなく、金を稼ぐものでもない。明確な目的があります。
だからこそ彼はイーラス新聞を読めという押し付けにも従いません。その新聞は扇動的で不誠実なものであり、ジェファーソンはそれを拡散することに手を貸しません。そこは彼がニュースまとめサイトとは明らかに違うところですね。ニュースを伝えるには倫理観が何よりも大事

キール・ランの話を語って大衆を惹きつけたように、ジェファーソンは「ストーリー」で人々を団結させられると信じています。デマや陰謀論ではない、正しい情報で苦難の道を歩む人々が道を外れないようにできると。作中でジョハンナとカイオワ語を学ぶ際に「まっすぐ」という言葉が繰り返されますが、まさに彼の仕事は大衆を真っすぐに歩ませることでした。

物語自体は「老兵と少女」というベタな構図ではあるものの、そこで描かれる現代社会にクリティカルヒットするテーマ性。SNSの情報氾濫時代にこそ訴えるべき「正しい情報屋」のあるべき姿。

演出も地味ながら上手く、とくにアクションシーンの最中でも、散弾銃の砲弾に10セント硬貨(ニュースを伝えて稼いだおカネ)を詰めて威力を発揮する展開とか、単なるバトルありきではない社会的なメッセージ込みの示唆もプラスされていました。

まあ、でも少女とペアを組んでそれとなく上手くいかせているのは“トム・ハンクス”のような善人の象徴だからできることですよね。作中で人身売買を誘う奴らが映っていましたけど、普通は少女に見ず知らずの男性大人が寄り添っていたらいろいろアウトですから。そういう意味ではやや反則な構成ではあるのですけど…。

『この茫漠たる荒野で』を鑑賞した今日もSNSを開けばデマがいとも容易く大量にリツイートされているのが目につきました。みんな、“トム・ハンクス”みたいにならないかな。

『この茫漠たる荒野で』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience 89%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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関連作品紹介

トム・ハンクス出演の映画の感想記事です。

・『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』

・『幸せへのまわり道』

・『グレイハウンド』

作品ポスター・画像 (C)Universal Pictures ニュース・オブ・ザ・ワールド

以上、『この茫漠たる荒野で』の感想でした。

News of the World (2020) [Japanese Review] 『この茫漠たる荒野で』考察・評価レビュー