インドのルーツに恐れる10代…映画『イット・リヴズ・インサイド “それ”が巣食う場所』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・カナダ(2023年)
日本では劇場未公開:2024年に配信スルー
監督:ビシャール・ダッタ
恋愛描写
いっとりぶずいんさいど それがすくうばしょ
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』物語 簡単紹介
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』感想(ネタバレなし)
インド系アメリカ人が最注目
2024年のアメリカ大統領選挙は民主党側も共和党側も「インド系アメリカ人」に光があたるという、かつてない状況となっています。
”ジョー・バイデン”の電撃辞退の後、民主党の大統領候補に指名されたのが、これまで副大統領であった“カマラ・ハリス”です。“カマラ・ハリス”は、インド人の母とアフリカ系ジャマイカ人にルーツがあるアメリカ人の父を持っています(Snopes)。トランプ陣営は「カマラ・ハリスがインド人から黒人に方針転換した」とデマを拡散していますが…(Politifact)。
対する、共和党をMAGA旋風で支配する“ドナルド・トランプ”が副大統領候補に指名したのが“J・D・ヴァンス”で、彼は白人ですが、妻は“ユーシャ・ヴァンス”というインド系の移民出身です(Snopes)。
つまり、両陣営ともに政治的キーパーソンとしてインド系アメリカ人が存在しているんですね。
人口490万人を超え、アメリカ人口の約1.47%を占めるとされるインド系アメリカ人。これからは政治的にも注目が増えていきそうです。
そんなインド系アメリカ人を描く作品も今後はもっと増えるといいですね。今のエンタメ界隈を見渡しても決して作品数が多いわけではないですから。
今回紹介する映画はそうした世相的にもタイムリーかもしれません。インド系アメリカ人を主題にした映画、それもホラー映画というジャンルに踏み込んだ一作です。
それが本作『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』。原題は「It Lives Inside」です。
本作は、インド系アメリカ人のティーンエイジャーが主人公です。マイノリティの人種・民族的ルーツに寄るか、それとも西洋文化に同化するか…そうした青春の葛藤を描いたものはすっかり定番化していますが、今作はそのインド系版。インド系アメリカ人のティーンエイジャー青春劇と言えば、ドラマ『私の”初めて”日記』がエポックメイキングな作品となっていました。
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』はそれにホラーをぶっこんだ映画です。雑な説明ですけど、まあ、そんなものです。
当然、そのホラーはインド文化をなぞったものになっており、ホラーというジャンルを通して、ルーツに向き合っていくアプローチですね。
ホラー映画としては比較的見やすいんじゃないかなと思います。ゴア描写もなく、ジャンプスケアもほぼありません。そのぶん、ショッキングで残酷極まりないホラーを求める人は少し物足りないかな。でも映像はしっかり作り込まれています。
この特異な『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』を監督したのは、これが長編映画監督デビュー作となった“ビシャール・ダッタ”。“ビシャール・ダッタ”監督もインド生まれで、4歳まで住んでいて、その後、カナダに住み、さらにアメリカに移ったとのこと。
“ビシャール・ダッタ”監督の企画に、『ゲット・アウト』や『アンテベラム』をプロデュースしてきた「QC Entertainment」の”ショーン・マッキトリック”が乗っかり、そしてユニークな映画を配給することに信頼のある「NEON」も参加して、この『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』は生まれました。
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』で主人公を演じるのは、『The MisEducation of Bindu』で主演し、ドラマ『私の”初めて”日記』にもでていたインド系パンジャーブ人の“ミーガン・スリ”。新しい代表作ができましたね。
共演は”ニール・バジワ”、”モハナ・クリシュナン”、”ベッティ・ガブリエル”、”ゲイジ・マーシュ”など。主人公の母を演じた”ニール・バジワ”は『Sargi』などで監督もしています。”ベッティ・ガブリエル”は『ゲット・アウト』で強烈な演技をみせたあの人です。
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』は日本では残念ながら劇場未公開で、配信スルーとなってしまいました。気になる人はぜひどうぞ。
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ホラーマニアに |
友人 | :ジャンル好き同士で |
恋人 | :関心あれば |
キッズ | :やや怖いけど |
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
女子高校生のサミダは、スマホを片時も手放せない、よくいるティーンエイジャーです。ただ、インド系アメリカ人であるということが無視できないものになっていました。
リビングに行くと、母のプールナが料理をしていました。プージャ料理を手伝ってほしいようですが、母の言葉よりもスマホに夢中なサミダ。母はそんな娘の態度にどう接すればいいのか、わからず戸惑っています。
母はインドの文化を重んじてほしく、サミダと呼びますが、サミダ本人はサムというあだ名で学校では過ごしています。そこに父イニーシュがやってきます。父は娘とも仲が良く、そこまでギクシャクしていません。結局、母とは今日も距離を詰めることはなく、サミダは駆けだすように登校してしまい、母の言葉は届きません。
学校にてサミダはみんなと溶け込んでいます。同級生で隣に座るラスに好意を持っているサミダ。ジョイス先生の授業でもつい目がいってしまいます。
そのとき、遅れて教室に入って来たのはタミラです。黒いガラス瓶のようなものを抱えていてなんだか変です。気まずそうに目を逸らすサミダ。同じインド系ですが、実は少し避けていました。タミラは他の子からも近寄りがたい存在として見られていました。タミラは人の目を気にするようにこそこそと移動し、佇んでいました。
夜、タミラは何か独り言をつぶやきながら歩きます。リュックからは血が垂れています。大雨の中、ある家に辿り着いたタミラは薄暗い部屋で、リュックから何かを取り出し、怯えるように瓶に入れます。そして背を向け、耳を塞ぎ、縮こまります。恐る恐る振り返り、瓶を手に取ると、その瓶にヒビが入り、悲鳴が…。
翌日の学校、女子更衣室でサミダが着替えていると、またも不気味な雰囲気のタミラが立っていました。あの瓶をまた持っています。サミダは場を紛らわすためになるべく気さくに話しかけます。
すると真剣な表情でタミラは「助けてほしい」と言ってきます。意味がわからないサミダ。何でもこの瓶を廃屋で見つけてからというもの、恐ろしい状態にあるというのです。
切羽詰まったタミラに「落ち着いて」と言い、それでもタミラは変わらないので、思わずサミダは「サイコだ」と言い放ってしまい、サミダの差し出している瓶を手で叩いて落としてしまいます。
瓶は足元で割れ、中のものが飛び散ります。黒い塵のようなものも漂います。タミラは凍り付いた顔でその場を去ります。自分のやってしまったことに茫然とするサミダはその場に落ちていたボロボロの本を発見。「KC」と書かれているようにも見えます。
サミダはタミラを追いかけ、本を差し出して謝ります。しかし、タミラは一点を見つめ、絶叫。サミダはその場にタミラを残して助けを求めて校内を駆け回ります。タミラは突然何かに髪を引っ張られ、どこか消えました。サミダが先生を呼んできたときには誰もいません。
その夜、警察による捜査が行われるも、手がかりはありませんでした。
そして不気味な気配が…。
ピシャーチャが正体を現す
ここから『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』のネタバレありの感想本文です。
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』はインド系のルーツを背景にしているということを除けば、かなり王道のホラーです。青春モノを土台にしたスーパーナチュラル(超自然現象)ですね。
“ビシャール・ダッタ”監督いわく、インスピレーションとなったのは、”ジョン・カーペンター”監督作の『クリスティーン』(1983年)、”ジョン・フォーセット”監督の『ジンジャー スナップス』(2000年)を挙げていました。カナダのカルト作である『ジンジャー スナップス』をチョイスしているところが納得です。
『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』のホラーのサブジャンルとしては、超常現象的な怪物が襲ってくるタイプです。
本作の恐怖の根源の正体は「ピシャーチャ(Pishacha)」という悪魔。ヒンドゥー教にて伝えられる悪魔です。本作で描かれるピシャーチャは独自にデザインされていますが、暗闇を好み、負のエネルギーに惹かれ、肉食で透明になることができ、その描写の多くはピシャーチャの伝承に基づいています。
それにしても今作のピシャーチャは、結構、物理攻撃力で攻めてきますね。最初は髪引っ張るベタなことするなと思ったら、どんどん大胆になって、透明なプレデターとして獰猛に襲いまくっていましたから。
ラスは良い奴だったけど、やられる要員のイケメンだったか…。でもラスが殺害されるシーンが私は一番映像的には好きだったですよ。
ジョイス先生も善良な教師だったのに、この世界では良い人間ほど酷い目に遭うという不条理で成り立っているのでした…。ロッカーも安全地帯にならないのか…と思ったけど、なんだかんだでジョイス先生は生きてましたね。
父のイニーシュも母のプールナもノックアウトされ、ラストのサミダ(サム)との一騎打ちでは、がっつり怪物肉弾バトルになっていきます。ここまでくるともう心霊的な怖がらせは完全にありません。殺るか殺られるかの超常現象プロレスの開戦です。
ホラー映画としては起承転結の中で、恐怖もスタイルチェンジしてくれるので、一粒で二度美味しいホラーのお手頃セットになっていたんじゃないかなと思いました。
内側に怪物を秘めている
では今度は『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』の背景にあるインド系のルーツの描かれ方について。
宗教や文化がギミックとして使われるだけの凡庸な作品はいくらでもありますが、本作はインドのルーツにじっくり向き合い、物語に練り込んでいました。
アメリカに住むこの人種・民族ルーツの人たちにとって、西洋文化への同化にどう対抗するか(脱植民地化)ということは避けられません。カラリズム(肌の色による差別)を日常的に受ける中、西洋的に溶け込むほうが生きやすいかもしれないけど、それはアイデンティティを奪われていることに他ならない…。
その一方で、保守的なルーツの文化や伝統をそのまま無批判に受け入れたいわけでもない…。10代の場合はそうしてしまうと親への従属を意味してしまいます。
この複雑な立場に置かれてしまう葛藤です。
本作の主演の“ミーガン・スリ”本人は自身の経験からこうした問題に対しての考え方として「私は自分自身を愛し始め、ありのままの自分は素敵だと自分に言い聞かせるようになりました」とインタビューでは語っています(Brown Girl Magazine)。
しかし、本作の主人公であるサミダはそういう境地にまだ到達しておらず、半ば同族嫌悪的に同級生で同じルーツのタミラを拒絶してしまい、それが事態を悪化させます。
最終的には母娘、そして同級生同士の和解がなされ、丸く収まった…ようにみえましたが、最後は捻ったエンディングです。
サミダの内部に封印された悪魔。それを封じ続けるために生肉を食し続けることになるという運命。これはヒンドゥー教では肉食が禁じられる傾向にあり(とくに一部の牛の殺傷が厳しく禁じられている)、この展開はそれに対する意趣返しな感じにもなっています。インドのルーツを避けるという恐怖心が今度はこんな形で具現化してしまうとは…。
着想元になったであろう『ジンジャー スナップス』で言うところのウェアウルフみたいな…自身が怪物化してしまうというオチですが、解釈のしかたによってはルーツに対する向き合い方としての複雑な面を映し出しているともとれます。ルーツは自分にとって有益な部分もあれば、有害な部分もありますし…。
視覚的な残酷さではなく、内面的な残酷さを宿す結末で締める『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』でした。
近年、南アジアの若手俳優たちがテレビや映画のさまざまなジャンルに進出していますが、ドラマ『ミズ・マーベル』のようにスーパーヒーローになる人もいれば、『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』のようにホラー・ヒロインになる人もいる。こうやって活躍が増えていくことで今のアメリカを反映していってほしいものです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2023 Mason Jar Entertainment, LLC. All Rights Reserved. イットリヴズインサイド イット・リブズ・インサイド
以上、『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』の感想でした。
It Lives Inside (2023) [Japanese Review] 『イット・リヴズ・インサイド それが巣食う場所』考察・評価レビュー
#南アジア #インド系 #女子高校生