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『MEMORIA メモリア』感想(ネタバレ)…アピチャッポンの仕掛ける音の正体は?

MEMORIA メモリア

アピチャッポンの仕掛ける音の正体は?…映画『MEMORIA メモリア』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Memoria
製作国:コロンビア・タイ・イギリス・メキシコ・フランス・ドイツ・カタール(2021年)
日本公開日:2022年3月4日
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン

MEMORIA メモリア

めもりあ
MEMORIA メモリア

『MEMORIA メモリア』あらすじ

とある明け方、ジェシカは大きな音で目を覚ます。それは形容しがたい聞きなれない音だった。それ以来、彼女は自分にしか聞こえない爆発音に悩まされるようになり、眠れなくなる。その原因はわからない。そもそも音の正体が何なのかも掴めない。妹が暮らす街ボゴタに滞在するジェシカは、建設中のトンネルから発見された人骨を研究する考古学者と親しくなり、発掘現場近くの町を訪れる。そこでジェシカはある人物と対面し…。

『MEMORIA メモリア』感想(ネタバレなし)

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アピチャッポンは今度は音で仕掛ける

日常の中で急になんだかよくわからない音が聞こえて不安になったことはありませんか?

とくに部屋にいる静かな夜の時間とかです。いきなり不意に聞こえる大きめの音。「これは何の音だろう?」と考えるけど、答えはわからない。換気口から漏れる風の音? それとも外で誰か何かしている? いや家が軋んでいるとかなのか? もしかして誰か家に侵入したとか? まさか幽霊とかじゃないよね…。

考えれば考えるほどにわからなさが増していき不安だけが広がっていく。ただの音にすぎないのに、どうしてこうまでも自分の心はざわめていてしまうのか。結局は今のところ何ともないし、ひとまず考えるのはやめておこうと放置することが多いと思います。

今回紹介する映画もまさにそんな経験と重なる話ではないでしょうか。

それが本作『MEMORIA メモリア』です。

この本作を語るならやはり監督を無視はできません。その人とは“アピチャッポン・ウィーラセタクン”(アピチャートポン・ウィーラセータクン)。かなり特徴的な名前なので、なんか覚えてしまう監督ですが、出身はタイ。タイの人名の文化って特殊なんですよね。

その“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督。2000年に長編ドキュメンタリー『真昼の不思議な物体』でキャリアがゆっくり始まります。この作品はとにかく実験的で、俗に「優美な屍骸」と呼ばれるシュルレアリスムな手法を用い、完成形が見えないままに作品を構築していくスタイルがとられています。

この作風は1度限りだけでなく以降も継承され、際立って独特な映画を生み出すクリエイターとして“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督は認知されていきます。

2002年には『ブリスフリー・ユアーズ』がカンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され、グランプリを受賞。その後も『トロピカル・マラディ』(2004年)、『世紀の光』(2006年)と続々と個性作を送りだし、ついに2010年には『ブンミおじさんの森』がカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞。世界の映画界の頂点にいつの間にか昇り詰めていました。

以後も『メコンホテル』(2012年)、『光りの墓』(2015年)と作品を生み出すのは止まらず、今回の2021年、初となる英語作品として『MEMORIA メモリア』に至る…というわけです。

“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督は世界的に高い評価を受けているのですが、本国タイでは検閲が厳しいゆえにあまり社会的に諸手を挙げて評価はされていない面もあるようで、監督が今回は英語作品に挑むというのも背景を考えると複雑ではありますが…。

今作の『MEMORIA メモリア』も期待どおりの“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督らしいクセのある映画です。今回は「音」が明確に主題となっており、主人公はなんだかよくわからない大きな音が突然聞こえるようになる…という物語。

この音、印象としては「ボン!」というノイズみたいなので、映画館で本作を鑑賞していると、何か音声トラブルでも起きたのかと思ってしまうような…。もし配信で観ていたとしても、イヤホンやヘッドホンの不調なのかと混乱しかねないでしょうね。事前に音が重要な映画だとわかっていれば大丈夫でしょうけど。

『MEMORIA メモリア』で主人公を演じるのは、『ドクター・ストレンジ』や『サスペリア』などたいていは奇抜な雰囲気を醸し出して登場するのがお約束になっている“ティルダ・スウィントン”。今回はわりと普通の“ティルダ・スウィントン”なんですが、でも“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督作に“ティルダ・スウィントン”…めちゃめちゃマッチするじゃないですか…。抜群のキャスティングです。

鑑賞にあたって、これは監督作をよく知っている人にはわかりきったことですが、『MEMORIA メモリア』もとてもスローペースで進行する物語であり、人によっては相当に眠くなると思います。今作は自然音と自然風景もとても多いですから、まるでリラクゼーションの音源みたいですし。

かといってテキトーに流し見しているだけだと何が何だかわからなくなる映画でもあって…。実はかなり何気ないシーンで重要な出来事やセリフがあったりする…すごく集中力を求められる映画です。これはもう“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督と集中力勝負をしているようなつもりで臨んでほしいですね。

こういう映画の場合、劇場で眠ってしまってイビキをかいているような人がいると、ほんと、映画体験の邪魔ですよね…。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:叙情的な作品が好みなら
友人 3.5:監督作が好きな人同士で
恋人 3.0:ロマンス要素は無し
キッズ 2.5:退屈に感じるかも
↓ここからネタバレが含まれます↓

『MEMORIA メモリア』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):音から始まる

夜。むくっと起き上がるジェシカ・ホランド。ベッドからでて、座りこみます。ジェシカは大きな音を聞いた気がしました。今は静寂です。

一方、駐車場では車のアラートが次々と鳴りだし、けたたましい音で大合唱状態。そしてまた静かに戻ります。

ジェシカはコロンビアのボゴタに滞在していました。目的は病気で入院している妹のカレンを見舞うためです。病室へ行くと、妹は「いつ到着したの?」と口にします。妹はかなり疲れている様子で、飼い犬の話を自嘲気味に語りだします。突然の病気で滅入っているのも当然です。

外のテラスで妹の夫であるフアンと会話。夜は隣の家の工事の音か何かでうるさかったと話しますが、そんなのはないとのこと。

ジェシカはこの突然の音の正体が気になりだします。そこでまずあの音を再現するべく、紹介してもらったサウンドエンジニアのもとへ。収録室にいたのはエルナン。部屋の中で聞いた音の話をします。

上手く言葉で説明できないような音を必死に表現するジェシカ。

「コンクリートの塊が落ちたような…」「地球の核から鳴り響く轟音のような…」

エルナンは目の前の機械で音を再現し、いくつか聞かせます。響きが違う気がするので、また変更した音を何度も確認し、なんとか近くなるように音を表現しようとします。でも上手くいかず、ジェシカは謝ります。次に映画に使う効果音をいろいろ聞いてみて、組み合わせながらこれだというものを見つけます。いや、これも違うか…。ボーっとしてしまうジェシカ。

また、病院で椅子に座っていると女性が奥の扉に入りたいのでと声をかけてきます。椅子でふさがったドアがそこにありました。彼女は考古学者のアニエスで、中ではトンネルの現場で発掘された人骨を分析していました。若い女の子の骨だそうで、600年前のもの。頭蓋骨に穴があり、頭を突き刺して悪霊を追い出す儀式の痕跡なのだとか。

夜に公園をうろつくジェシカ。樹木の傍に座っていると、また大きな音が聞こえ、ビクっとなります。

別の日、公園でまたエルナンと会い、彼が用意してきた音源をヘッドホンで聞きます。エルナンは昔バンドをしていたらしいです。

妹の家族と食事をすることになり、ジェシカは参席。カレンは以前の弱々しさはどこへやらで、すっかり元気になったらしく、あの病室での会話も覚えていない様子。ところがこのレストランでも、大きな音が聞こえ、それも何度も不定期に続くので、ジェシカは落ち着きません。

エルナンにまた会いに収録スタジオに行くと、この編集室にはそんな人はいないと言われてしまいます。だとしたらあの何度も出会った彼は一体何だったのか…。

謎ばかりが積もっていく中、ジェシカの音の問題は全く解決する気配はありません。

そして、例の人骨が発見されたというトンネルの発掘現場に車で向かうことにします。確かに骨が出土しており、かなり大掛かりな発掘が必要そうです。

その田舎の自然豊かな場所で、ジャシカはある人物に出会い、不可思議な記憶の共有を経験することに…。

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音の他にも変なことがたくさん

『MEMORIA メモリア』は冒頭が大事です。ここであの音を聞く。それが主人公のジェシカと観客にとってのこの映画の共通の出発点だからです。

この音がまた何とも言えない絶妙な音で…。ジェシカ本人も形容するのに困ってましたが、いい具合の音を駆使してくるな、“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督…。

この突発性の音がいつ来るのかわからないので、表面上は眠くなりそうなのんびりした映像なのに、なぜか妙に緊張もする。寝させたいのか寝させたくないのかよくわからない映画でした。

この音の使い方はいわゆるジャンプスケア(音で観客を驚かせる)と違うんですよね。むしろこの音は何なのかと不安にさせる効果を与えたいわけで…。

一方、不安にさせるのは実は音だけではないです。『MEMORIA メモリア』はこの音以外にも作中ではいくつも不可思議な点が見られます。

例えば、あの妹の件。初登場時の病室ではすごく衰弱しているようで、会話の後に妙な沈黙が流れ、ジェシカが深々と椅子に座るという変なシーンが続きます。その後にフアンとの会話で「死亡診断書」がどうとか口にだされるので「え?妹は死んだの?」と思ってしまいかねないのですが、しばらく後の場面では普通に家族で食事するシーンが流れる。しかも、そこでは妙に元気で、冒頭のシーンがまるでなかったことのようにされている。繋がるようで繋がらないヘンテコな展開です。

エルナンも変です。親身に音の正体を突き止めるのに協力してくれた彼でしたが、別の日にスタジオに行くとそんな人間はいないと言われてしまう。消失してしまったような現象の中、田舎の川沿いで少し年をとったエルナンという名の男に出会う。このエルナンがまたしても怪しさMAXの人物で…。これもまた違和感しかない出来事。

ジェシカ自身も不思議です。そもそも人物の背景がよくわかりません。メデジンで花屋を営んでいることがわかってきますが、このスコットランド人だという白人がコロンビアでなんで花屋なんかしているのか…かなり謎めいている。“ティルダ・スウィントン”ってだけで謎なのに…。

他にも、街中で大きな音と共に倒れて走り去る人物、椅子で塞がったドアの先にあるラボ…。

まるで違和感探しのゲームのように観客を試しているみたいな感覚です。日常にはよく見ると変なことがいっぱいあるという事実をそっと提示するかのようでもあります。

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その音の正体は何なのか

ともあれ気になるのはあの音。『MEMORIA メモリア』の最大のミステリー。

ジェシカは最初は工事の音だと思ったようですが、違うみたいです。車が一斉に警報音を流し始めるように、機械か何かの故障を疑わせますが、そうなのでしょうか。外の公園で座っていた時に音が聞こえるのは獣のだした音にも思えます。レストランでの音の連続は、誰かが画面外で何かを落としたのか、厨房で生じた音かもしれません(ジェシカだけが過敏に反応しているのかも)。解釈はなんだってできます。

また、血圧や心因性の原因があるのかもしれません。本作では「頭内爆発音症候群」という睡眠障害の一種が作品作りの参考にされており、それ以外にも薬物の幻覚症状など、かなり広範にリサーチしていったそうです。

田舎に足を運ぶとジェシカは自然から音が聞こえるような気分にもなってきます。このあたりはスピリチュアルでアニミズムな要素を感じます。ホエザルのような野生動物だけではない、万物が音を発している…。

最終的に終盤では森から飛び立つ巨大な宇宙船の映像がいきなり観客に飛び込んできて、こちらを茫然とさせます。100%のSFですよ。その飛び立つ際の音は確かに冒頭で聞いた音と同じ。

でもここで安直に答え合わせするのは違うと思うのです。音の正体は全てUFOでした!と言っているわけではないと思いますし、ただのイメージ映像かもしれません。リアルで存在していることを作中で確定させる描き方はしていないですから。

要するに私たちは音を想像してしまうということ。これはイマジネーションの映画なのではないか。

エルナンとの編集室での効果音の確認作業がその最たる例ですよね。映画でもそうですが、効果音を当てはめてそれっぽく聞こえるようにする。そこには人間の「この音はこう聞こえる」という思い込みを巧みに刺激するという面白さがある。人間にはそういう音を考察してしまう本能みたいなのがあるのかもしれません。

だから得体の知れない音を聞いた時、その正体を必死に考えます。それぞれの人にとって都合のいい音の正体を想像しながら…。ある人にとっては工事音、ある人にとっては病気、ある人にとってはUFO…。各人が答えを独自のルートで導き出してしまうことに不可思議さがある。

その音を想像する際に頼りになるのは「記憶」。まさしくこの映画のタイトルです。

本作は「過去と未来」「生と死」といった「時間」の要素が随所にでてきます。人骨もそうですし、花の冷蔵庫だって時間を止める道具。そうやって知り得る記憶が増えれば増えるほど、私たちのイマジネーションも無限に拡大していく。

本作は“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督による想像力への賛歌でもあり、何気ない日常の音でもそこにはとてつもない創造の世界が広がる入り口になっていることを教えてくれる。そうやって創作はしていくんですよという話。そうやって考えると『MEMORIA メモリア』は実に映画らしい映画だったのではないでしょうか。

“アピチャッポン・ウィーラセタクン”監督にまんまと音で弄ばれているだけかもですけどね。

『MEMORIA メモリア』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 45%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

以上、『MEMORIA メモリア』の感想でした。

Memoria (2021) [Japanese Review] 『MEMORIA メモリア』考察・評価レビュー