産まれる前から何度も何度も…映画『ワンオペレーション』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本公開日:2026年9月18日
監督:メアリー・ブロンスタイン
動物虐待描写(ペット) 自死・自傷描写 児童虐待描写
わんおぺれーしょん

『ワンオペレーション』物語 簡単紹介
『ワンオペレーション』感想(ネタバレなし)
センセーショナルで終わらせないために
アメリカでは2026年8月から9月初めにかけて、「リンジー・クランシー」という女性が、もっぱら世間のセンセーショナルな視線の中心にいました。
元看護師の36歳の“リンジー・クランシー”は、2023年にマサチューセッツ州の自宅で当時5歳、3歳、8カ月の自分の子ども3人を殺害したとして、第1級殺人罪で起訴されました。具体的には、子どもたちを絞殺後、ナイフで自分の体を切りつけたうえ、自殺を図って2階の窓から飛び降りました。
検察側は、被告が計画的かつ意図的に子どもたちを殺害したと主張した一方で、被告側は、産後の精神疾患を患っていたとし、無罪とすべきで刑事責任を問われるべきではないと主張。陪審がどのような判断を示すかが大きく注目されたものの、極めて紛糾したようで、結局、審理無効を宣言して評決に至りませんでした。アメリカの司法では、陪審の評決は全員一致の「合理的な疑いの余地のない」結論が条件とされるので、それが得られない場合は判事は審理無効を宣告できます。審理無効というのは、検察が有罪を立証したことにはならず、被告が無罪であることにもならないという、棚上げ状態を意味します。
この“リンジー・クランシー”の事件は、産後の女性の精神疾患の問題への関心を高めました(The 19th)。とは言え、こうした類似の事件は過去にもいくつもあり、そのたびに関心を集めてはまた話題が薄れ…を繰り返すのが毎度の風景です。産後精神病は、およそ1000人に1~2人の割合で発症すると言われていますが、その理解にはほど遠いです。
私は「この事件もいつか映画などで映像化するんだろうか…」と思ってしまうのですけど、何も実際の事件を何でもかんでも題材にしなくていいと思います。オリジナルの物語でも、現実の当事者の苦悩を映しだすことは可能なのですから…。
今回紹介する2025年の映画は、産後や幼い子どもの育児期真っ只中で、精神的に追い込まれていく女性の姿を生々しく物語として届けている一作です。
それが本作『ワンオペレーション』。
原題は「If I Had Legs I’d Kick You」。これがどういう意味合いなのかはぜひ観ながら考えてみてください。邦題は「ワンオペ育児」のフレーズからとったのでしょうかね。
本作は独りで育児に没頭せざるを得ない状況にある母親を主人公にしており、心理サスペンスドラマであり、母親パニック・スリラーです。『ワンオペレーション』は結構ホラーの演出を採用しているのが特徴で、幽霊や悪魔は出てこずとも、かなり怖いです。というか、人によっては滅茶苦茶身近な心情を描いているので、そこらへんのホラーよりもはるかに恐怖が切実になるかもしれません。
『ワンオペレーション』を監督するのは、俳優としても仕事し、2008年の『Yeast』で映画監督デビューを果たした“メアリー・ブロンスタイン”。自身の経験を基に今回の映画を構想したそうです。
主演は、ドラマ『プラトニック』の“ローズ・バーン”で、『ワンオペレーション』の名演で初めてアカデミー賞で主演女優賞にノミネートされました。『ワンオペレーション』自体もインディペンデント映画界隈で非常に高い評価を受け、紛れもなく“ローズ・バーン”の代表作になったでしょう。
相当にキツイ心理を生々しく映すので、観るのに覚悟が要りますが、母親を代弁する新しい良作映画として間違いなく加わる一作です。気になるならぜひどうぞ。
『ワンオペレーション』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 育児などに起因する深刻な精神的苦痛の描写があります。自死や児童虐待を示唆するシーンもあるほか、ハムスターが残酷に死亡する描写があります。 |
| キッズ | 低年齢の子どもには不向きです。 |
『ワンオペレーション』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
リンダは今日も頑張っていました。人当たりがいい感じの表情を最初は取り繕うも、幼い娘の止まらないお喋りと、対面する専門家の会話に、頭が混乱。娘は摂食障害を抱えており、特別なケアが欠かせません。それはわかっています。わかっている…。
歩きながら自由奔放な娘の話しかけられまくり、思わず声を張り上げてしまうリンダ。その拍子に手に抱えていたピザの箱を地面に落とします。
家に帰り、ぐちゃぐちゃになったピザの欠片を口に放り込みながら、椅子に座って口を脱ぎ、ひと息つきます。黙々とピザを口いっぱいに詰め込んでいると、トイレに行ったはずの娘が呼んできます。
何事かと行ってみると、トイレの床が水浸し。それどころか部屋の一部がびちゃびちゃです。
アパートの寝室の天井にヒビが入っており、そこから水がだばだばと流れて落ちています。そのとき、けたたましい音とともに天井の一部が崩落。大量の水が流れ落ち、収拾がつかないことになってしまいました。
当然、あの家に住み続けることはできません。修理には時間がかかります。とりあえずリンダは娘を連れてモーテルに引っ越すことにします。
このみすぼらしいモーテルはジェームズ(ジェイミー)が管理者で、ダイアナというやる気のなさそうな従業員で運営されていました。
リンダは心理療法士で、自分自身も同僚からセラピーを受けています。ソファに寝そべって溜め込んでいた言葉を一方的に吐き出しまくるだけでセッションは終わり。対応する年配の男性同僚はなんともつまらなさそうにそこに座っていました。
リンダの担当するクライアントは母親経験は初めてのキャロラインで、産後の不安に苛まれています。キャロラインの前では仕事モードとなり、セラピストとして淡々と話を聞きます。しかし、キャロラインは他人不信となっており、なかなか信頼関係を築けません。
仕事で離れている夫のチャールズは、現在のリンダの状態を気にかけることもなく、電話越しに好き勝手に言うだけです。夫はセラピストの職業は座っているだけのラクな仕事だと思っています。
娘の世話は自分でやるしかないです。経管栄養を準備し、達成すべき体重目標について担当医から厳しいチェック。そのうえ、仕事のストレスが蓄積。休む時間は全く無し。
さらには天井の修理業者は仕事を放棄してしまい、もはやいつアパートに戻れるかもわからなくなります。
こうしてリンダはどうしようもない状況に陥り…。

ここから『ワンオペレーション』のネタバレありの感想本文です。
画面に映らない娘
私は「母親パニック・スリラー」という言い方をしているのですけど、母親を主人公にその精神的苦悩をサイコロジカルなスリラーのジャンルで映像化するアプローチは、現代でも定番と言えます。
そのスタイルはそれぞれの作品でさまざまで、最近だと『ナイトビッチ』や『DIE MY LOVE ダイ・マイ・ラブ』のように、「母性」そのものを獣的(動物化するよう)に描く…なんて手法もあったり…。


『ワンオペレーション』はそういう奇抜な方向性はなく、よりストレートにホラーで攻めている感じでした。このアプローチには賛否あると思います。何もそこまでわざとショッキングにしなくても…という反応も理解できます。
ただ、ホラーというのはフィクショナルなショッキングさと向き合うことで、現実の恐怖と対峙する心の予行練習みたいなものになるとも私は思っているので、こういうアプローチも全否定はできません。
『ワンオペレーション』は、追いつめられた人間の心理をリアルに映しており、映画全体が熱にうなされてみる悪夢のようです。「あぁ…なんだ夢か…最悪な内容だったな…」と起きて実感するアレ。自分が経験しうる、経験したくない、そんな出来事を味わってしまったような錯覚…。
この映画も、どこまでが現実で、どこまでが非現実なのか、その境は曖昧です。主人公が出だしから精神的に最悪の状態ですからね。
冒頭から心身ともに限界にきていることが、リンダの表情のアップで一発でわかり、観ているこっちとしては、すでにツラいです。本作はリンダにカメラを近づけて映す演出が多用され、彼女が終始感じている閉塞感と圧迫感を観客にも加担させます。
そのうえ、リンダにとって最も身近にいるであろう娘の姿がまともに映りません。ラストを除いて顔は映らないようになっていて、この結果、「子ども」という存在がすごく他者化され、まるでノイズのように感じられます。
作中で登場する、ハムスターみたいな扱いと言いましょうか。基本的な「世話」だけでいっぱいいっぱいで、「愛情」という概念に気をつかう余裕もない…。
その状態は本当に危険で、一歩間違えれば「死」と隣り合わせだということは、例のハムスターの場面でも衝撃的に提示されるのですけど…。本作はそれこそ最後のギリギリまで、リンダが内心で子どもへの殺意を抱いているという暗示が漂います。別に積極的に殺したいわけではないけれども、そのほうが何もかもラクになるのではないか…。そういう虚無の願望…。
ホラー演出はそのある意味での自分に対する恐怖心の現れとも言えるのかもしれません。育児の環境下ゆえにとにかく音に敏感になってしまっていることを表すジャンプスケアだけでなく、崩壊する天井の心象心理、本人がいまだにトラウマに感じている出産のイメージと重なるボディホラー…。
リンダの中では「自分が悪い」「自分が怖い」とひたすらに自己嫌悪の連鎖に陥り、抜け出せない…。この心理思考を物語演出でここまで濃密に描かれたら、そりゃあ、悪夢にもなるか…。
この映画『ワンオペレーション』、絶対に寝る前とかに観ないほうがいいですね…。
最後の言葉
こういう危険な精神的苦痛に陥った際、マニュアル的にはメンタルケアを推奨するものです。しかし、映画『ワンオペレーション』はそこに解決を見出すほそ簡単にはいきません。
本作も最近はよくある「自分をセラピーできないセラピスト」の類型どおりの主人公です。この類型がなぜ設定として用いられやすいかと言えば、ケアが身近にあっても、専門知識があっても、どうにもならない状況があることを突きつけるのに、これほど雄弁なものはないからでしょう。
リンダは同僚の男性にセラピーセッションを担当してもらっているのですが、わりと全部ぶちまけている感じであっても、何か改善の効果があるわけではありません。
このセッションのシーンで、対峙する男性セラピストはあまりにも無気力な振る舞いで描かれるのですが(“コナン・オブライエン”がパブリックイメージをぶち壊す演技を披露)、単純に考えると嫌な奴だなと思ってしまうのですけど、でもどうなのでしょうか。
その男性セラピストの表情は、後にキャロラインの対応をしているときのセラピストのリンダと顔つきと一緒なんですね。となれば、もしかしたらあの男性セラピストだって何かプライベートで精神的に滅入っていることがあるのか勘繰りたくなってしまいます。
というか、これはこの映画全体に蔓延していることですが、“脆弱に追い詰められた者”同士でセラピーし合っても何が有効な意味があるのか?…という現実に疑問を呈するような…。
当事者同士のグループの集まりでも、身近に助けてくれそうな人がいても、それが実際はどこまで本当の意味で本人の心に届くのか。その難しさを残酷にみせつける映画だなとは思いました。
逆にリンダはあるものに吸い寄せられていっていて、それは子どもを殺害した実在の女性の資料で…。作中では“ヨセリン・オルテガ”や“アンドレア・イェーツ”のような殺人者の資料が使用されています。
別にケアの支援の取り組みが意味ないと言いたいわけではないでしょうけども、人というのはどうしようもなく弱っていくと、そういう「負」のものに傾倒してしまう…。そんな心理はあらゆる人がどこかで体験しているのではないでしょうか。
あのリンダを観ていると、私は『オブセッション 災愛』のあのヒロインを思い出しましたよ。リンダも、もしかしたら悪魔か呪いの力で「育児を全うせよ」と強制されているんじゃないか…そう考えてしまうくらいに自分では抗えない力に染まっていますよね。じゃあ、その悪魔的な呪いみたいな強制力はどこから生じるのか…。そこは観客が持ち帰って考えたいところではありますが…。
映画のラストのリンダの言葉は、劣等感からくる今まで自分に何度も言い聞かせてきた言葉とも言えるし、この社会に対して「もっと良くなってくれ」と切望する言葉とも受け取れます。
少なくとも映画には観客がいます。あの言葉を受け取ったセラピストではない私たちはどうするのが良いのでしょうかね?
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『ワンオペレーション』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 Legs Film Rights LLC. All Rights Reserved.
If I Had Legs I’d Kick You (2025) [Japanese Review] 『ワンオペレーション』考察・評価レビュー
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