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映画『オデュッセイア』感想(ネタバレ)…ノーラン神話は論争から逃げられない

オデュッセイア
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それもまた神の掟…映画『オデュッセイア』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Odyssey
製作国:アメリカ(2026年)
日本公開日:2026年9月11日
監督:クリストファー・ノーラン
動物虐待描写(ペット・家畜屠殺) 恋愛描写
オデュッセイア

おでゅっせいあ
『オデュッセイア』のポスター

『オデュッセイア』物語 簡単紹介

長年にわたって激しく続いたトロイア戦争をついに終えたイタケの王であるオデュッセウスは、妻と息子が待つ故郷への帰還を目指す。しかし、神々の一部はそれを許さなかった。一方、王の不在が続くその故郷では、王妃ペネロペに求婚者たちが押し寄せて混乱が広がり、まだ見ぬ父に想いはせる息子のテレマコスも窮地に追い込まれていた。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『オデュッセイア』の感想です。

『オデュッセイア』感想(ネタバレなし)

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ノーランは論争を気にせずに帰還する

2026年は“クリストファー・ノーラン”が帰還する年なのは、わかりきっていたことでした。そして、帰ってきた先が大荒れになっていることも…。

さっそく“クリストファー・ノーラン”監督作の映画『オデュッセイア』の感想といきましょう。

2023年の『オッペンハイマー』でアカデミー賞を総なめにした“クリストファー・ノーラン”監督が次作の題材に選んだのが、紀元前8世紀の古代ギリシャの詩人「ホメーロス(ホメロス)」が生み出したとされるあの叙事詩だと知ったときは、「ついにそれに手を出すか…」と思いました。

まず“ホメーロス”の叙事詩『オデュッセイア』は何なのかという話を全くの初心者に簡単に説明するなら、姉妹作である叙事詩『イーリアス(イリアス)』と並んだ大作であり、ギリシャ神話を下地にトロイア戦争を描いた歴史ファンタジー…だと考えてもらっていいです。具体的にどこまで史実なのかはわかりません。それどころか作者の“ホメーロス”が何者なのかも諸説あるくらいだし…(いわゆる「ホメーロス問題」)。

そんな原点自体から一定の学術的コンセンサスはあれど、専門家レベルでも意見が割れやすいものでした。ときに激しい学術論争も起きてきました。

それをあの“クリストファー・ノーラン”が映画化するのですよ。もともと論争が起きやすいものをあの監督が手を出せば、さらなる論争が起きるのは火を見るよりも明らか。

興味深いのは、今回の“クリストファー・ノーラン”監督の『オデュッセイア』は、ネット右派から猛バッシングを受けたということですね。“クリストファー・ノーラン”って白人男性ですし、別にすこぶる進歩的な作風ではありません。どちらかと言えば保守的なシネフィルのウケが昔からよく、何かと(本人はそのつもりはなくとも)男性の映画好きコミュニティからチヤホヤされる「俺らの監督」扱いだったと思います(もちろん実際は女性のファンだっていましたよ)。

そのはずの“クリストファー・ノーラン”が今回の『オデュッセイア』でなんでこうも右派の目の敵にされたかと言えば、キャスティングに有色人種の女性やトランスジェンダー俳優がいたという、ただそれだけなんですけど…。白人至上主義の右翼や極右の人たちが、古代ギリシャを自分たちの理想を体現する世界として都合よく解釈する潮流がある…という現象は以前からありましたが、“クリストファー・ノーラン”も例外なく今の「反woke(ポリコレ)」のターゲットにされるんだな…と遠目ながらに思いましたね…。

“クリストファー・ノーラン”監督はストイックで我が道を行くタイプのクリエイターなので、そんな騒ぎもものともしていません。IT嫌いでスマホも持たずSNSもしない人ですから、X(Twitter)で傲慢な大富豪が喚いていても痛くも痒くもないでしょう。

ただ、これだけは言っておきますけど、何かと“クリストファー・ノーラン”ひとりのクリエイティブとして神格化されやすいですが、“クリストファー・ノーラン”は大学時代からずっと添い遂げている“エマ・トーマス”という、妻であり、クリエイティブ面のパートナーである女性と、監督1作目からタッグを組んでおり、この2人の共作による完成品なのだということは知っておくといいのではないでしょうか。映画の神は男だけじゃない、傍に女もいる…ってことです。現行の映画界において紛れもなく頂点のパワーカップルですからね。

今回の『オデュッセイア』で“クリストファー・ノーラン”&“エマ・トーマス”の伝説はさらなる更新をしたでしょうが、あとはそれを目撃するだけです。

原作の叙事詩を知らなくても何も問題なし。そこまで小難しい内容でもないです。身構えなくても大丈夫。約170分以上の映画時間に向き合う覚悟があれば良しです。食人描写があるので海外ではR指定ですが、子どもやギリシャ神話予習をしたい人には、ドラマ『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』なんかがオススメです。

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『オデュッセイア』を観る前のQ&A

『オデュッセイア』の見どころ
★圧倒的な映像の作り込みをこの時代にみられる満足感。
★豪華な俳優陣による名演のぶつかり合い。
『オデュッセイア』の欠点
☆脚色が合うか合わないかは観る人しだい。

鑑賞の案内チェック

基本 犬が可哀想な目に遭うシーンがあります。また、食人の描写があります。
キッズ 2.0
暴力描写があります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『オデュッセイア』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

イタケの島の城の大広間。来る日も来る日も宴会が行われているその場で、ひとりの吟遊詩人が立ちながら、ある逸話を語ります。それは8年前の話。どこまでが真実なのか、今この場にいる者たちにはわかりません。

トロイア(イリオス)アカイアの軍勢が攻め入ったトロイア戦争10年の歳月の末、トロイアは陥落して終結。それが8年前の出来事でした。

イタケもアガメムノンを総大将とするアカイア軍に参加し、イタケの王であるオデュッセウスは志願兵と共に出兵。巨大な木馬を用いて敵の城内に侵入し、一夜で制圧したと伝えられています。

しかし、オデュッセウスと兵たちは故郷イタケに帰ってきませんでした

今やイタケはオデュッセウスの妻である王妃ペネロペがいるのみで、若き王子テレマコスは父の姿を知ることもなく、その帰りを待っていました。一方で、イタケには王の不在を狙ってペネロペに多くの求婚者が押し寄せ、厄介なことに。ゼウスの掟に従って、どんな者でもおもてなしをするのが礼儀なので、この求婚者たちに毎晩食事を用意し、彼らは好き放題に貪っています。

求婚者の中でもアンティノオスは狡猾で、テレマコスを目障りに感じつつ、なんとか自分が婚約相手として一歩抜きんでた存在になろうと、ペネロペの侍女メラントをたぶらかして内通者に密かに使い、策を練っていました。

ペネロペは夫のオデュッセウスの帰りを信じ、時間稼ぎをしていました。テレマコスは父をよく知る忠誠心の強い盲目の豚飼いエウマイオスから、父に懐いて今や老犬となったアルゴスの話や、父しか弦をかけられない弓矢の話などを聞き、訓練に励んでいましたがそれでは我慢できません。

せめて父の生死をハッキリさせようと、テレマコスは先に帰還したスパルタ王のメネラオスのもとに行こうと考えます。メネラオスもオデュッセウスと並んでかつては戦っていました。きっと父の行方を知っているはず…。

その頃、オデュッセウスは記憶を失い、カリュプソのもとで過ごしていました。自分が何者なのか徐々に思い出し始め…。

この『オデュッセイア』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/09/11に更新されています。

ここから『オデュッセイア』のネタバレありの感想本文です。

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私好みな怪物ホラーの映像盛りだくさん

原作の“ホメーロス”の叙事詩はハリウッドではあまり映画化されてきませんでしたが、映画がなかったわけでありません。1905年の『The Mysterious Island』があり、1954年のイタリア映画『ユリシーズ』「ソード&サンダル」のジャンルの代表作ですし、最近は神々が一切登場しない簡素な構成の『The Return』(2024年)もありました。

そもそもこの叙事詩はあまりに有名で、その物語構成…つまり「ある大きな所業を成し遂げたひとりの人物が苦難の末に帰ってこようとする」という定型がさまざまな作品の着想元になっています。同じく“マット・デイモン”主演の『オデッセイ』なんてまさにそうでしたし…。

“クリストファー・ノーラン”が自身の『オデュッセイア』でやろうとしていることは非常に明白で、アートハウスとブロックバスターのいいとこどりな巨匠なだけあって、今回は、映画史の初期において誕生してきた、あのアート大作をどのジャンルよりも体現していた歴史劇を自分の手でこの現代に実現したい!…という願望の成就ですね。それこそ『阿修羅王国』(1924年)のようなとてつもないスケールのエキストラとロケセットで撮った映画を、この現代に復活させたら…。そんな映画ファンの夢のまた夢のようなことを本当にやってのける…。

それを実際にやってしまったわけですから、とんでもない映画が完成するのも当然。

もともと“クリストファー・ノーラン”監督は『トロイ』(2004年)の監督候補だったのですけど、外されて『バットマン ビギンズ』をあてがわれ(それも成功させましたが)、今回の『オデュッセイア』は渾身の因縁の一作です。『オッペンハイマー』の成功もあって、“クリストファー・ノーラン”、ほんと、今が一番ノリにノっていますね。

ノーラン版『オデュッセイア』はVFXを極力使わず、映画史初期のような撮影で実現しており、そのスケールが圧巻です。これは今のAI時代ならばなおさら評価されるでしょう(ただでさえ、この映画にいちゃもんをつけている“イーロン・マスク”が「AIでオデュッセイアの映画を作る!」とほざいてるから余計に)。

「これが映画だ」という圧倒的な実存証明をしてみせている。役者がいて、カメラがあって、合わせて撮る。その行為だけでここまでの映像が創れるのだという凄さを味わいつくせます。

私の注目点としてはやっぱり今作のホラーファンタジーの部分が好みですよね。

最初はポセイドンの子であるひと目の巨人キュクロプス(ポリュペモス)のむしゃむしゃタイム。このシーンだけでこの映画を観てよかったと思えるボリュームです。私がオデュッセウスだったら、一緒に洞窟にこもってチーズ作りする人生を送ってる…。

この巨人キュクロプス、あの伝説のクリエイターである“レイ・ハリーハウゼン”の生物造形を大金かけて今の時代にやってみせた感じで、私はワクワクでした。2026年は『マンダロリアン・アンド・グローグー』でもそんな生物造形を満喫できたし、特撮マニアには感激の1年だったなぁ…。

お次は長身のライストリュゴネ族の鎧兵に撃退されるパート。こちらも最初に妙にデカい子ども顔の人物と遭遇し、謎の悲鳴に呼ばれて奥からエッホエッホとアイツらがやってくるあの恐怖感は、前の閉所とは異なるスリルで、これまた最高に悪趣味です。

さらに“サマンサ・モートン”演じる魔女キルケと食人ランチのパート。ここの豚変身シーンもVFXなしで映像化しているらしく、見事ととしか言いようがない芸術ですね。「ちいかわ」にも見せてあげたい…。

後半は渦潮を避けた瞬間に6つ頭の異郷の怪物スキュラも怪獣映画級の大迫力で登場。スキュラ、これでも一応は女性で、昔はモテモテだったんですよね…。ギリシャ神話の世界観の恋愛模様はなかなかに性癖をくすぐる攻略難易度の高さだぞ…。

セイレーンは遠目にしか視認できないのは少し残念だったけど、まあ、別の映画でいっぱい観たからもういいか…。

本作を機に神話に興味を持つ人が増えるといいですね。

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神々の時代が終わっても…

私は怪物のことだけアツく語っているのでも余裕で感想が溢れてしまいそうなのですけど、それで長文を書くのもあれなので、ノーラン版『オデュッセイア』のテーマの話も…。

“クリストファー・ノーラン”監督は昔から、それこそ長編映画監督デビューする前の短編映画『Doodlebug』(薄汚れた部屋でひとりの男が動き回る虫のような生き物を必死に叩き潰そうとし、そして自分も…という内容)の頃から、実存主義を主題に、自己の存在そのものを自分の行いで否定してしまうジレンマを映し出すのが十八番でした。好きなんでしょうね。唯物論というか、形而上学的なストーリーが…。

だったらこの“ホメーロス”の叙事詩も嫌いなはずもなく、『オデュッセイア』は“クリストファー・ノーラン”のためにあるような物語です。無論、原作はいろいろな切り口で語れるでしょうが、少なくとも“クリストファー・ノーラン”は何を強調するかは明らかで、そのせいか今作のノーラン版『オデュッセイア』はわかりやすい部類です(『TENET テネット』とはわかりやすさが比べるまでもない)。

本作の主人公であるオデュッセウスは、現代的に言うならPTSDですよ。今作の“ゼンデイヤ”演じるキャラは役名は戦争の女神アテネですが、庶民(巫女)の犠牲者の姿なので、そういう後悔の幻影としての役割を果たしていました。

偶然にも日本では同時期に『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』も公開されていますけど、戦争加害者のトラウマに向き合う点は同じです。

ゼウスの掟があるにもかかわらず、木馬で騙してトロイアを襲ってしまい、自分たちは戦争虐殺行為に手を染めた事実エウリュロコスらとの帰還の船旅も、結局は侵略の過程でしかありません。取り返しのつかないことをしてしまった歴史はもう無かったことにできない…。

今作では“ホメーロス”の叙事詩ではでてこないシノン(演じるのは“エリオット・ペイジ”)がかなり重要な役を担っていましたね。このキャラのおかげで、観客にもオデュッセウスの罪が認識しやすいので、良い脚色でした。

ギリシャ神話の神は、キリスト教やイスラム教の神様と違って完璧な善や愛を体現しておらず、欲深く暴虐なのがいいなと私は思っていて…。だってあの散々繰り返し言及される「ゼウスの掟」だって実際のところ相当にいい加減なルールを人間に押し付けてますよ。ゼウスも最悪な神なんですよ。元はと言えば、トロイア戦争はゼウスが「地球には人が多すぎるから人口を半分にしようぜ」って感じでどこぞの指パッチン宇宙人みたいな発想で仕掛けたものですから。そんなゼウスの作った掟に従う意味、あります?

ゼウスの糞野郎っぷりを観たいなら、ドラマ『KAOS/カオス』で散々眺められます。

“ホメーロス”の叙事詩をどう解釈するかは人それぞれです。オデュッセウスはそんな理不尽な神に抗い続け、最終的にどうするのか。私はこれは「神じゃなくて人間が自分の責任でどうするかを決めろ」という覚悟の物語だと思うことにしています。終盤の凄まじい求婚者殺戮のシーンは、もはや神すら怖くないオデュッセウスに対してテレマコスがどう行動をとるかも含めて、人間の倫理観が極限で試されます。

青銅の時代の終わりは神々の時代の終わりでもあり、あとは人間社会の倫理観に委ねられます。両親の去った国で、テレマコスは人間たちの秩序をゼロから築かないといけません。“トム・ホランド”『スパイダーマン』でもそうですけど、いつも新しい社会を任せられる次世代の役だな…。

物語を歌(芸術)というかたちで語り継ぐことで、その未来は築けると信じているあたり、“クリストファー・ノーラン”は神じゃなくて芸術を信仰しているタイプの人間だなと再実感できました。“クリストファー・ノーラン”にとっての神様は芸術そのものなんでしょう。

『オデュッセイア』
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

以上、『オデュッセイア』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)2026 UNIVERSAL STUDIOS オデュセイア オデッセイア

The Odyssey (2026) [Japanese Review] 『オデュッセイア』考察・評価レビュー
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