その民主主義、地盤は大丈夫?…映画『コンクリート・ユートピア』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2023年)
日本公開日:2024年1月5日
監督:オム・テファ
自死・自傷描写 自然災害描写(地震)
こんくりーとゆーとぴあ
『コンクリート・ユートピア』物語 簡単紹介
『コンクリート・ユートピア』感想(ネタバレなし)
映画は非常食にならないけど…
2024年は元旦に能登半島で最大震度7の地震と津波が起きて始まったので、あらためて防災意識の重要性を噛みしめることになりました。日頃の備えはしていますか?
とくに食料は大事。自分では備蓄は完璧だと思っていても、案外といざとなったときに役に立たないケースもあります。
電気なし・水なしでも摂取できる食べ物は用意できていますか? 子どもがいる家庭はことさら重要ですが、いきなり被災時の非常食を本番で食べないといけないことになっても、自分の口に合わないなら意味がありません。子どもは好き嫌いもあります。普段からたまに非常食を食べてみる機会を設けて、慣れておくのがいいです。リハーサルしてみるのはかなり役立ちます。慣れておけば被災時のストレスを低減することもできますし…。
でも今回紹介する映画はそんな個人の非常用備蓄ではどうにもならない天変地異級の大震災なので、備蓄する気分も失せるかも…。
それが本作『コンクリート・ユートピア』です。
この映画は韓国で未曽有の大地震が起きるところから始まるのですが、その震災規模が尋常ではありません。韓国の史実の歴史で記録されている史上最大の地震は1681年の「襄陽地震」でマグニチュード7.5とされていますが、本作はそんな次元ではなく…。もはや地盤ごと数十メートル以上持ち上がって、ソウルを壊滅させてしまいます。これだけ激震したら日本は沈没しているだろうな…。
その大激震の直後、唯一倒壊することになく、建物は無事だったひとつのマンションが舞台であり、そこで住民たちは物資をかき集めて生存しようとするのですが…。
起きる災害はかなり突拍子もないですけど、メインで描かれる人間ドラマはリアルでシリアスです。様々な被災した人間たちの思惑がぶつかり合い、共謀し、失望し…。
ジャンルとしては、閉鎖的シチュエーションでのサバイバル・スリラーですね。一般的には無人島とかに漂流した者同士で巻き起こりやすいものを、今作は唯一のマンションというあえての特殊な設定を用意して展開する…。このアイディア一発でまず面白さを確保しています。
ジャンルと社会風刺と混ぜ合わせの巧みさで言えば、『新感染 ファイナル・エクスプレス』並みに手ごたえのある大作が韓国映画にまたきてしまった感じ。
本国では2023年公開の『コンクリート・ユートピア』は韓国国内でも高評価で、大鐘賞では最優秀作品賞・最優秀主演男優賞・最優秀助演女優賞・最優秀視覚効果賞などを受賞。青龍映画賞でも最優秀監督賞に輝き、他の部門もノミネートに多数あがりました。アカデミー賞の国際長編映画賞の韓国代表作品にも選ばれました(ノミネートはされず)。
『コンクリート・ユートピア』を監督したのは、セウォル号沈没事故から着想を得た『隠された時間』を手がけた“オム・テファ”。
俳優陣は豪華です。魅力全開の主演は何と言っても“イ・ビョンホン”。ハリウッドでの活躍も目立つ彼ですが、やっぱり韓国を舞台に輝いていると一番嬉しいかも。今作は“イ・ビョンホン”の独壇場のようにとっておきのステージが用意されています。俳優の冥利に尽きる役どころじゃないかな。
その“イ・ビョンホン”と共演するのは、『マーベルズ』では歌い踊っていた“パク・ソジュン”。今作では人間味溢れる弱さが滲む役で、静かに魅せてくれます。
他にも『君の結婚式』の“パク・ボヨン”、『三姉妹』の“キム・ソニョン”、『はちどり』で名演を披露してドラマ『今、私たちの学校は…』や『シスターズ』と活躍が著しい若手の“パク・ジフ”…。
『コンクリート・ユートピア』は当然ながら地震描写があり、とくに被災の描写が最も生々しいので、正直、人によっては見るのは辛いと思うのですが、見逃せない韓国映画のひとつなので事情が許せばぜひ。
映画は非常食にならないけど、非常時の正しい意識を備蓄できますよ。
なお、本作の一応の続編として『バッドランド・ハンターズ』が配信されていますが、ほとんど接続点がないので気にしないでください。
『コンクリート・ユートピア』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :良作の韓国映画 |
友人 | :オススメし合って |
恋人 | :暗い話だけど |
キッズ | :やや暴力描写あり |
『コンクリート・ユートピア』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あなたがリーダーです
韓国は経済成長を経験し、都市化が一気に進みます。その過程で都市部の人口は増大。多くの人々を受け入れるために集合住宅マンションの建設が急速に拡大しました。それらはいつしか韓国のソウルの街並みの一部となり…。
しかし、大地がうねりをあげてその都市が全域で壊滅する日がくるとは誰も予想しておらず…。
ビル群は崩落し、廃墟となった世界。唯一、無事に建っているのはファングンアパートだけでした。
その602号室の住人であるミンソンは起床し、あらためて窓から異常な風景を眺めて茫然とします。信じられないですが、夢ではない…。
生存している住人たちは地上に集まり、この震災で感じた困惑と恐怖を共有していました。救助は来る気配がありません。
ミンソンは妻のミョンファと一緒に食料品の備蓄を確認。といっても電力喪失で冷蔵庫は動かず、ダメになってしまった食品が大半です。1週間も持つだろうか…。ミンソンは「何があっても必ず守る」とミョンファを安心させます。
マンションの周囲は見渡す限りの廃墟なため、各地の生存者はこの唯一建っているマンションを頼りに集まってきます。
ミンソンの家にも一時的でもいいので寝床としていさせてほしいとやってくる人たちが来ました。ミョンファは看護師ということもあり、困っている人を放置できず、部屋に入れてあげます。
物資不足は悪化の一途。物々交換が浸透します。住み着く人も増えてトラブルも増加。
ミンソンはやっと手に入れた缶詰を同居人に内緒でミョンファと食べます。とは言えプライバシーはもはやなく、結局、分け与えることになります。
ある日、騒動で大怪我した人が発生。ミョンファは真っ先に助けます。さらに部屋の一室で爆発火災も起き、騒然。
そのとき、ヨンタクという男が駆けつけ、指示を出して消火にあたります。ホースを片手に炎の中に突入していく姿を間近で見るミンソン。ヨンタクはあまり存在感の薄い住人であり、今回の活躍で婦人会会長でもあるグメに評価されます。
グメの呼びかけで住人会議が行われ、侃侃諤諤の舌戦も繰り広げられた結果、住人以外を遮断しマンション内を統制するという提案がだされます。住人は避難者で溢れかえって秩序が消えつつあることに危機感を感じており、レスキュー隊が助けに来る見込みもないので自分たちでこのマンションを守らないといけないと焦っていました。
まず主導者を決めようという話になり、臨時代表となったのは、902号室のヨンタク。職業不明で頼りなかったその男は、危険を顧みず放火された一室の消火にあたった姿勢を買われたのでした。グメは自己犠牲が大事だと推薦します。一番後ろに目立たず座っていたヨンタクは、弱々しく言葉少なげにみんなの前で語り、結局、その大役を引き受けます。
そしてマンションのもともとの住人ではない避難者は追い出されることが正式に決定。入り口にバリケードを作り、揉み合いになりつつ、追い出しを達成します。
先頭でその追い出しを指揮したヨンタクは血を流してやりきり、住人たちにこれまでにない連帯感が広がり、一致団結できました。
ヨンタクの支持はますます高まり、住人たちと物資探しに廃墟を練り歩いたり、ルール作りで新しい秩序を再構築したりと、大忙し。
しかし、彼には知られざる過去があり…。
イ・ビョンホンに魅了される
ここから『コンクリート・ユートピア』のネタバレありの感想本文です。
『コンクリート・ユートピア』はジャンル的に初っ端からディザスター・パニック全開でド派手に行くのかと思いきや、意外なほどに静かな幕開けなのが印象的です。平凡な起床から非日常が広がっている…というあり得なさを漠然とみせるオープニング。でもこれこそ被災者のリアルな実体験かもしれません。見慣れた風景がもうないっていう…。
しかし、本作の壊滅っぷりは怪獣映画も上回るレベル。普通に考えたら荒唐無稽ですよ。ファンタジックな設定です。あんな状況でマンションがひとつだけ残ったとしても、倒壊の危険性があるので退避するのが通常ですから。
それでもあえてこのシチュエーションを用意する。『奈落のマイホーム』といい、最近の韓国映画のディザスターものは現実離れした極限設定を舞台にするのが流行りなのかな。
そんな世界で、ヨンタクという男がこのマンション・コミュニティの実質的なリーダーに抜擢されるところから物語は動き出します。
このヨンタクのキャラクター像が面白くて、本当に最初は正体不明です。職業不詳で知り合いもいない。通常は真っ先に不審がられる存在。でもあれよあれよという間に祭り上げられていく感じで、リーダーとしての権威を獲得していく。その過程がわりと前半はコミカルに描かれます。
“イ・ビョンホン”の演技がまた絶妙です。善人にも悪人にも見えない、上手い匙加減で佇んでいて、ユーモアと不気味さを織り交ぜていく独特な存在感を放っています。なんか“チャップリン”みたい…。
確かにマンションにひとりくらいはこういう奴はいそうだな…という説得力もある…。
ずっとミステリアスな存在としてヨンタクは位置していましたが、映画の折り返し地点でついに正体が明らかになります。実は本物のヨンタクではなく、金欲しさに部屋でヨンタクを殺してしまったところで被災し、殺人を隠蔽するためにヨンタクに成り代わって、あげくに住処まで手に入れたという過去。ただラッキーなだけの男です。人としての人格は終わってます。
部外者に敵意剥き出しなマンション住人一同でしたが、最悪な部外者をリーダーにしてしまっていたという本末転倒な現実が浮き彫りになります。
この正体が露呈してからの“イ・ビョンホン”の恐ろしい雰囲気もまたゾクゾクさせます。本作はとにかくこの“イ・ビョンホン”の演技に翻弄されますね。
民主主義というだけでは信用できない
『コンクリート・ユートピア』においてやはり考えてしまうのは、なぜヨンタクみたいな男をリーダーにしてしまったのかという点。
ヨンタクは別に暴力的にリーダーの座を手に入れたわけではありません。皮肉な話ですが、とても民主主義的な段階を踏んでリーダーに選任されています。その方法は穏便です。
そこで役割を果たしたのが住民自治会。事を荒立てたくないので、最初から対立全開の住人はリーダー候補から排除し、最も対立関係から離れていて、そのうえちょっと良さげな行動をみせたという理由一点で、ヨンタクは選ばれます。ぶっちゃけ他の人の中にはそんな大役をして重荷を背負いたくなかったので、都合よくヨンタクに注目が集まってホっとしたりした人もいるでしょう。ものすごくアジア圏らしい空気ですよね。
でもそうやって選ばれたヨンタクは、権力の味を覚えて、いつの間にか、強硬手段も辞さないようになっていき、コミュニティを非倫理的なフェーズへと押し上げます。マンションから部外者を追い出す姿は、まるで軍事独裁政権下の韓国や現在の北朝鮮のようで…。
要するに、形だけの民主主義というのはときに一番恐ろしい結果を生むということ。「みんなに支持されているから」という理由だけでは良いリーダーの保証にはならないということです。
これは現実社会でもよく実感させられるところではないでしょうか。裏金とか平然とやってる政治家を多数選挙で選んできた私たち日本人も同類ですよね。ニュースでそんな裏金問題が発覚した日本の政治家が「心機一転頑張ります」というアピールで慈善活動とかやっている姿を見て、「ああ、この映画のヨンタクと同じだ。自己犠牲で点数稼ぎして世論を騙そうとしているパターンだ…」ってなりましたよ。
ディザスター映画の外壁で覆われた『コンクリート・ユートピア』はどの国にも当てはまる強烈な政治風刺映画です。
グメのような規範的な婦人がそんな権力男性を推薦したり、ミンソンのような意思のない警察出身の公務員が流されるように駒に使われたり、本作は有害な権力者をいかにして周囲が作り上げてしまうのかというメカニズムを見せつけてきます。そう、悪いリーダーを作るのはいつもダメな大衆なのです。
民主主義だけでなく、ミョンファやヘウォンが持ち合わせている倫理観というものがないと、健全なリーダーなんて選べるわけがありません。
結局、あのマンションは地震で建ったままであっても内部のコミュニティとしてはズタズタでした。
騒乱のマンションを逃げ出して、ミンソンを失ってからミョンファが辿り着いたのは、横倒しに倒壊したマンション。でもその内部では無償の受け入れをしてくれる人たちがいました。
被災支援というのはもちろん物資の量や質も大事なのですけど、やっぱり包括的に受け入れるという真っ当な倫理観あってこそであり、それが備わっている場所こそ安心の居場所になるんですよね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 77%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED. コンクリートユートピア
以上、『コンクリート・ユートピア』の感想でした。
Concrete Utopia (2023) [Japanese Review] 『コンクリート・ユートピア』考察・評価レビュー
#韓国映画 #イビョンホン