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映画『OSLO オスロ』感想(ネタバレ)…オスロ合意の裏話が教えてくれる、中立よりも大切なこと

OSLO オスロ

歴史的なオスロ合意の裏にある秘密の交渉をスティーブン・スピルバーグ製作総指揮で映画化…映画『OSLO オスロ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Oslo
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にU-NEXTで配信
監督:バートレット・シャー

OSLO オスロ

おすろ
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『OSLO オスロ』あらすじ

1992年12月、ノルウェーの首都オスロ。外交官モナ・ユールと、社会学者テリエ・ロード=ラーセンの夫婦は、極秘の計画を遂行していた。それは敵対するイスラエルとパレスチナそれぞれにアプローチし、対話の場を設けること。当時、イスラエル人とパレスチナ人の対立感情はかつてないほどに激化し、多くの命が奪われていた。この交渉は一歩間違えれば戦争の新たな火種になるという重圧が夫婦に圧し掛かるが…。

『OSLO オスロ』感想(ネタバレなし)

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話題の演劇を映画化

「中立」…それは“正しいこと”よりも時に“正しい”と思われやすいもの。

インターネット界隈を見渡しても、現実の生活においても、中立でいようとする人間の言動は今の日本では頻繁に見かけます。「偏ってはいけない、中立でないと!」「声高に主張してはいけない、中立でないと!」「正しさの暴走は良くない、中立でないと!」…まるで中立を信奉する宗教みたいです。

でも実際に世に氾濫している中立とやらは本当の意味での中立ではなく、その蓋を開けてみれば単なる「無関心」だったり、「現実逃避」だったりします。論争に巻き込まれたくないから中立ってことにしておこう、難しいことを考える能力は自分にないから中立ってことにしておこう…。主張を感情的に繰り返す人たちよりも中立な自分の方が頭が良い…という冷笑主義も混じっているかもしれません。中立という言葉はなかなかに厄介で依存性があります。日本でもまかり通っている中立の大半は見せかけです。

本当に中立でありたいなら、相当なスキルを必要とします。それこそ専門家レベルの技能がいるでしょう。無関心どころか積極的に学ばないと、とてもじゃないですが中立という立ち位置にはなれません。中立は思っている以上に高難易度なのです。

そんな「中立」の価値を教えてくれるような映画が今回の紹介するもので、そのタイトルは『OSLO オスロ』です。

本作は劇場公開されずにHBOで配信された、いわゆるテレビ映画なのですが、だからといってファミリードラマのような身近なエンタメではありません。内容は「オスロ合意」を題材にしています。

まずこのオスロ合意が何なのか理解しないといけません。それには何よりもイスラエルとパレスチナの歴史的対立に関する知識は教養として必須です。

…と言っても私は専門家ではないので偉そうに教示できないのですが、イスラエルとパレスチナの歴史的対立(中東和平問題の経緯と争点)に関しては以下のBBCの記事がざっくりまとまっていてわかりやすいと思います。

この歴史の元をたどれば「オスマン帝国」に行き着きます。オスマン帝国とはかつて中東地域一帯を支配していた巨大な帝国であり、そのパワーは西欧さえもビビらせるものでした。そして、この中東地域には多様な宗教や民族が暮らしており、オスマン帝国の支配で一応はカタチを成していたものの、その支配が崩壊すると各地で紛争が勃発し始め…。

オスロ合意はこのイスラエルとパレスチナの長きにわたる衝突の悪化を防ぐべく関係正常化のために1993年に交わされた一連の協定です。一般的には調印後にイスラエルのラビン首相とパレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長が握手している映像が有名ですし、その真ん中でさも「私の手柄です」と自慢げに仲介した気分で立っているアメリカのビル・クリントン大統領の姿も印象的。

しかし、このオスロ合意には真の立役者がいたのでした。それが誰なのか、そしてその内幕を描くのが本作『OSLO オスロ』です。

もともとは“J・T・ロジャース”が手がけた2016年の演劇で、トニー賞を受賞するなど、とても高い評価を受けました。その劇を映画化したのが『OSLO オスロ』なのですが、その映画化の際に製作総指揮で関わったのが“スティーブン・スピルバーグ”。この名匠と言えば、これまでも『シンドラーのリスト』(1993年)、『ミュンヘン』(2005年)、『ブリッジ・オブ・スパイ』(2015年)と政治的映画を多数生み出してきましたし、『OSLO オスロ』の映画化に携わるのも納得。

監督は元の演劇も手がけた大ベテランの“バートレット・シャー”が続投。ちなみにこの人も“スティーブン・スピルバーグ”と同じくユダヤ系なのだそうです。

俳優陣は、ドラマ『ダーク・マテリアルズ 黄金の羅針盤』の“ルース・ウィルソン”、ドラマ『Fleabag フリーバッグ』の例の神父の役ですっかりおなじみの“アンドリュー・スコット”の2人が主役です。

そんな批評家ウケも良さそうな『OSLO オスロ』なのですが、劇場公開映画ではなく、HBOのテレビ映画として作られたので、イマイチ話題になっていません。日本でもHBO作品を2021年から多数配信している「U-NEXT」で視聴できるのですが、やっぱり注目度は…低い。

ということで会話劇中心で地味ではあるのですが、歴史の勉強も兼ねて『OSLO オスロ』を鑑賞してみてはどうですか。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:隠れた良作を観るなら
友人 3.0:政治に詳しいとなお良し
恋人 3.0:恋愛気分ではない
キッズ 2.5:子どもにはやや退屈か
↓ここからネタバレが含まれます↓

『OSLO オスロ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):合意できるのか

1992年12月、モナ・ユールは部屋で目を覚まします。神妙な面持ちで鏡に映る自分を見つつ、外へ出勤。黄色いコートを身にまとい、気合が入っている感じもしますが実際のところはボーっと歩いているので横断歩道の赤信号で目の前に車が走っているのも気づかないほど。

モナ・ユールの職場はノルウェー外務省です。

モナ・ユールは本作の出来事以降はノルウェーの外務省の国務長官に任命され、駐イスラエルのノルウェー大使を務め、国連へのノルウェー代表団の副所長兼大使を担ったりと、キャリアアップを遂げています。

モナ・ユールがデスクについてまずしたのは電話。相手はテリエ・ロード=ラーセン。Fafo財団に所属する外交官であり、今はエルサレムにいます。そしてモナ・ユールの夫でもあります。

テリエ・ロード=ラーセンはカイロに移り住んだ頃に、駐在していたモナ・ユールと出会ったようです。本作の出来事以降は国際平和研究所の会長を務めました。ちなみにあの未成年性暴力事件で話題となったジェフリー・エプスタインと金銭的関係があったと報道され、会長の座を辞任しています。

夫妻はある重要な仕事を担当しており、ゆえに緊張感が張り詰めていたのでした。それは下手をすれば大勢の人が亡くなることに繋がるもの。対立が激化するイスラエルとパレスチナの橋渡し役でした。それもかつてない関係正常化のための同意をとるべく政府に指示されていたのです。

ノルウェーが仲介役となった理由は、イスラエルとバレスチナの双方と関係が良好で、政治的にパイプがあったからです。

テリエはイスラエル外務副大臣のヨッシ・ベイリンと話をします。和平交渉は行き止まりにあるとイスラエル側は考えていたようですが、ここで諦めることはできません。

モナ・ユールは、ロンドンでパレスチナ解放機構(PLO)の財務大臣であるアフマド・クレイと対談。お茶を飲みかわし丁寧に交渉を提案します。

膠着状態の両者の間に立つ存在として白羽の矢が立ったのは、イスラエルのハイファ大学経済学教授のヤイル・ヒルシュフェルドでした。さっそくパレスチナとの対談に向かったヤイル。緊張しているのか、表情は堅いです。それもそのはず、両者は会話すら政治的に禁止されていた間柄。対談すらも異例なのです。

部屋で2人きりとなるヒルシュフェルドとクレイ。クレイは険しい顔つきと口調で話しかけてきますが、ヒルシュフェルドはそれでも狼狽えず、朗らかに会話を繋げます。2人の会話の結末をそわそわと外で待っているモナたち。「お前は何者だ?」とクレイは警戒。「ただの経済学の教授ですよ」とヒルシュフェルド。

なんとかとりあえずは次の話し合いにバトンを繋げました。

夫妻はノルウェー外務省国務長官のジャン・エグランドを家に招き、今後を検討します。決して簡単なことではない。でもやるしかない。夫妻の間でも意見が一致しているわけではありません。

そしてオスロ近郊の邸宅で双方の代表との会議が行われることに。パレスチナ政府の代表としてクレイとその側近のハッサン・アスフォー、イスラエル政府の代表としてヒルシュフェルドとジャーナリストのロン・プンダク。イスラエル側には政府の人間はいません。

最初の空気は冷たいものでしたが、ディナーを挟むと和やかな空気に。酒が入れば饒舌になっていき、ジョークを披露する場面も。しかし、ちょっとしたことで怒鳴り合いになってしまったりと、隔たりは想像以上に大きいものでした。

夫妻は神経を擦り減らせながら同意に土台となる文書をまとめようとしますが、何度も何度も破り捨てられ、修正することに。単語ひとつで相手の反応は変わります。終わりが見えません。

本当に二国間を繋げることはできるのか…。

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会話劇だけでもサスペンスがある

『OSLO オスロ』はひたすらに会話劇で派手な展開もない地味さなのですが、それでもサスペンスはしっかり存在しました。

まず第1のサスペンスは、アフマド・クレイとヤイル・ヒルシュフェルドの対談。ここでクレイはもう今にも目の前のイスラエル人を殴りたいと思っているかのような、凄い形相で相手を睨みつけており、誰が見ても「あ、これはヤバイ。今すぐ引き離さないと…」と思ってしまうほどです。当然、クレイのこの怒りの裏には歴史的に多くの犠牲を出してきたパレスチナなりの屈辱があるからなのですが。

しかし、ヒルシュフェルドの絶妙なファインプレーもあって、この最初の第1ラウンドをなんとか最悪にならずにやり過ごすことができます。

次の第2のサスペンスは、オスロでの二国間会議。といってもイスラエル側には政府の人間はゼロ。かなりこの時点でアンバランスな会議ですが、今はこれが限界。

ところが、確かに険悪ではあるのですが、食事をとって酒を飲んで冗談を言っているうちに、なんやかんやで和やかな空気に。いわゆる「会食」のノリですね。つまるところ、この参加者は中高年男性、いわばオッサンなので、わりとこの程度でなんとかなってしまう。これを見ると「あれ、なんだかチョロいぞ。いけるんじゃないか?」と思ってしまいます。

しかし、ここに番狂わせな新参者が。それがイスラエル外務省のウリ・サビル。彼のビジュアルが印象的です。サングラスで謎イケメン感を漂わせている(実際はこういう人物ではないです)。これによってそれまで通用していたオッサンたちの和気あいあいが通じなくなり、一気に緊張感がアップ。予測不可能になります。イスラエル外務省の法律顧問であるジョエル・シンガーも介入してくると、事態はこれで戦争が激化するんじゃないかと思うほどに危険度が増していき…。

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中立よりも大切なことがある

そんな交渉のコーディネートを任せられたノルウェーの夫妻が『OSLO オスロ』の主人公なわけですが、この夫妻が当初、一番大事にしていたのは「中立」ということです。どちらの国にも加担せずに、中間の立場で見守ることに徹しよう。そういうスタンスを最初は貫いています。

これはこのイスラエルとパレスチナの協議だけでなく、2人の夫婦関係にもあるようなルールに見えてきます。結構、この夫妻、互いに対等を意識しているためか、一線を引いている感じがありますね。

しかし、この「中立」を踏み越えるシーンが登場します。それがウリ・サビル登場以降に険悪さが増していく議論が、ついに両者の決別状態で、参加者全員が部屋から出ていこうとする後半の場面。ここでモナ・ユールは自分の主張を口にし、完全に中立の立場から一歩超えます。しかも、ここで意識することになるのはこの参会者の男たちはやはり「権力者側」であり、当事者である国の弱者のことをあらためて考えるべきということです。

その結果、双方が感情を抑え、再び議論のテーブルにつく。

と同時に夫婦の関係もモナ・ユールが前に出るものになります。

『OSLO オスロ』は世間的に正しいとされがちな「中立」では新しい未来は作れないことを暗示しているかにも見え、そこには中立よりも大切なものがあるというメッセージも読み取れます。

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オスロ合意は失敗か…

『OSLO オスロ』のエンドクレジットあたりでは、しっかりこのオスロ合意の結果、双方が平和になったわけではないことが提示されます。

全くそのとおりで、イスラエルとパレスチナの対立はこの2021年も激化。イスラエル軍はパレスチナ自治区ガザを空爆し、ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの軍事関連施設が標的と主張しますが、大半の死傷者は罪のない住人たちです。完全に殺戮状態となっています。

オスロ合意に関しても、とくにパレスチナ側の国民たちは納得していない人が多く、一方的な搾取や支配を固定化しただけだという厳しい意見も相次いでいます。

そういう意味ではオスロ合意は失敗でしたし、この映画で描かれたこともなんだか無駄に終わったようで虚しいものです。

私たちが映画から学ぶべきは何なのか。何にせよ「中立」というポジショニングだけでは解決できそうにはないですね。

『OSLO オスロ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 74% Audience 72%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0
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関連作品紹介

イスラエルやパレスチナを描いた作品の感想記事です。

・『テヘラン』

・『判決、ふたつの希望』

作品ポスター・画像 (C)2021 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO(R) and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

以上、『OSLO オスロ』の感想でした。

Oslo (2021) [Japanese Review] 『OSLO オスロ』考察・評価レビュー