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『パーム・スプリングス』感想(ネタバレ)…性愛コンプレックスにプカプカ浮かんで

パーム・スプリングス

ユルそうで実はスマートなタイムループ・ラブコメディ…映画『パーム・スプリングス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Palm Springs
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年4月9日
監督:マックス・バーバコウ
性描写 恋愛描写

パーム・スプリングス

ぱーむすぷりんぐす
パーム・スプリングス

『パーム・スプリングス』あらすじ

カリフォルニアの砂漠のリゾート地で行われた結婚式に出席したナイルズと花嫁の介添人のサラ。2人は次第にロマンティックなムードになるが、予想外のことが起きてしまう。目覚めると結婚式当日の朝に戻っていた。状況を飲み込むことができないサラがナイルズを問いただすと、彼はすでに何十万回も「今日」をずっと繰り返しているという。この果てしないバカンスのループから脱することはできるのか。

『パーム・スプリングス』感想(ネタバレなし)

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パームスプリングスを知っている?

日本に砂漠はありません…いや、そんなこと言ったら鳥取県民に殺されるところでした。鳥取砂丘を忘れてはいないです。

ただ、日本ではやっぱり砂漠自体がレアなので、それだけで景観としての観光資源になるものですよね。日本が砂漠だらけの列島だったら、鳥取砂丘も観光客はあんなに来なかったでしょう。

一方で、砂漠が多い地域だとどうなのか。アメリカを見てみると、むしろ砂漠の中にポツンとリゾート地を作るのが定番のようです。オアシスみたいな感覚なんですかね。

そのアメリカの砂漠リゾート地を代表例がカリフォルニア州にある「パームスプリングス」という地域です。カリフォルニアの南部に位置し、サンジャシント山脈の麓にあります。リバーサイドに近いですが、少し北に行けば、そこはもうネバダ州なので山地や砂漠など褐色の地形ばかりです。過酷な環境でおなじみのデスヴァレー国立公園もありますね。パームスプリングス自体もソノラ砂漠に囲まれています。

当然、気温は暑く、夏場は平均40度、最高で50度を超えたこともあるそうです。

その砂漠帯に隣接するパームスプリングスは、リゾート地となっており、キャリアを引退した人や、バケーションでリラックスしたい人、特別な時間を過ごすべく奮発した人が集まってきます。2010年の国勢調査によれば44000人以上が暮らしているようですが、外からの観光客で見かけの人の数は増えます。あと、同性カップルが多い場所でも有名らしく、世帯の10%が同性カップルなのだとか。

とにかくパームスプリングスに建つ住居エリアは、プールつきのいかにもリゾート感満載のものでいっぱい。レクリエーション施設も充実しています。

そんなパームスプリングスを舞台にした映画もあって、1963年の『パームスプリングの週末』という作品が比較的知られているものです。大学生が合宿でこのパームスプリングスにやってきて、そこでロマンチックな人間模様を繰り広げるというベタな青春映画です。やはりリゾートではそういう風になるのがお約束なんですかね。

そして2020年、また新しいパームスプリングス映画が登場しました。その名も『パーム・スプリングス』。そのまんまじゃないか…というツッコミも聞こえてきそうですが、この映画はちょっと変わってます。

具体的にどこが変わっているのかというと、まず主人公はこの地に友人の結婚式のためにやってきて、のんびり過ごしています。これは普通。そこで恋とかして、ロマンチックに性欲が爆発します。これもありきたり。そして、タイムループします。…ん?

そうです、本作はタイムループ・ラブコメディ映画です。リゾート地をずっとタイムループして満喫できるなんて最高じゃないかと思うかもしれませんが、この主人公はそうも言ってられない事態に陥っていきます。そこは観てのお楽しみ。

監督は“マックス・バーバコウ”という人物で、本作が映画監督デビュー作となるようです。その本作が映画祭で高く評価され、ゴールデングローブ賞でもミュージカル・コメディ部門の作品賞と主演男優賞にノミネートされたのですから、なかなかに幸先のいいロケットスタートではないでしょうか。

俳優陣は、『俺たちポップスター』の“アンディ・サムバーグ”、ドラマ『モダン・ラブ 〜今日もNYの街角で〜』の“クリスティン・ミリオティ”という、割とコメディが得意な2人が主役。

それに加えて、ドラマ『SUPERGIRL/スーパーガール』の“タイラー・ホークリン”、ドラマ『リバーデイル』の“カミラ・メンデス”、『ブライトバーン 恐怖の拡散者』の“メレディス・ハグナー”などのサイドがスタンバイ。

また、若者たちに交じって“J・K・シモンズ”も出演しており、これがまたインパクトのある役割で暴れているのでそこも注目です。

タイムループ要素がありますが小難しい作品ではありませんし、ロマコメとして気軽にのんびりリゾート気分で観ればいいと思います。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:このジャンルが好きなら
友人 3.5:気の知れた仲の人と
恋人 4.0:浮気はしてない?
キッズ 3.0:性的なシーンがあり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『パーム・スプリングス』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):無限リゾート

「起きて」

その言葉で目覚める男。ナイルズは「おはよう」と言われ、ベッドから体を起こします。目の前にはガールフレンドであるミスティの生足があり、「いい脚だね」とコメント。

そのまま欲望が沸き上がったのか、ナイルズはミスティとセックスに興じようとしますが、当の彼女は忙しいらしく、中断して荷造りに取り掛かってしまいます。しょうがなく男は自分で自分の“それ”を処理することに。

ナイルズはベッドで大の字になり、状況はボーっと眺めていました。まるで無気力に、ありきたりな光景であるかのように…。今日は11月9日

2人は知人のタラエイブの結婚式に出席するべく、パームスプリングスに訪れていました。日差しの眩しいリゾート地です。ナイルズは空き時間はのんびりとプカプカとプールで漂っていました。することなんて他にありません。

祝賀会が始まり、ミスティはノリノリでスピーチ。それが終わると彼女はサラにいきなりスピーチをしてとバトンを渡し、サラ自身は慌てます。何も考えていませんでした。

そこにナイルズがまるで狙ったかのように颯爽とマイクを手に取り、即興でスピーチしだします。アドリブにしては一切のミスもなく、つつがなくスピーチを終えるナイルズ。

その後はダンスです。踊る大衆の中をやけにノリノリで紛れるナイルズ。サラはそれを見つつ、困惑していました。2人で話すことになり、自己紹介するサラ。なぜか草陰から人が出てくるのを気にするナイルズ。

ナイルズはミスティが他の男とよろしくヤっている現場をサラに見せます。なんと彼女は思いっきり浮気をしていたのでした。

ナイルズとサラは一気に距離を縮め、ひと気のない野外でそのまま性行為に及ぼうとします。その瞬間、肩に矢を受けるナイルズ。なぜ矢? 絶叫するサラ。彼女にはさっぱり意味がわかりません。

しかし、ナイルズは説明もなく逃げていき、それを追うヘッドライトをつけた襲撃者は無言で矢を放っています。足も撃たれ、這うナイルズ。そして…。

ベッドで目覚めるナイルズ。「いい脚だね」

プールでのんびりしていると、激昂したサラが「あれはなんだったの?」と困惑しながら掴みかかってきました。

あの夜、サラはナイルズを追いかけて洞窟で謎の光を見ます。気が付くとベッドで目覚めるサラ。スマホを見ると11月9日。え?

事情がわからないサラはパニック。これはリアルなのか、ドッキリか、錯乱しているだけか。そのとき、プールでプカプカするナイルズを目にしたのです。

落ち着いた、いや、途方に暮れたサラはナイルズに説明を求めます。彼いわくずっと今日であり、ループしているというのです。何回目かもわからないほどに…。

信じられない。でも信じるしかない。

サラは受け入れることができず、ひたすら車で走ってみたりしますが、しかし疲れ果てて目を閉じればまた今日に戻ります。ナイルズを連れて車で大型車両に突っ込んだりもしました。そのときナイルズは手慣れたようにシートベルトを外し、死にやすいように態勢を整え…。

「そういうえばあの矢は…」と思い出すサラ。あれはロイという男で、ため息交じりにナイルズは語ります。ロイは大昔、パーティの参加者だった人物で、一緒にドラッグをしたりしたのだけど、うっかり巻き込んでしまい、それを根に持ち、今はあらゆる殺し方で復讐してくるのだとか。なんだそれ…。

この常識が通用しない無限リゾートの空間で、この男女は何をすればいいのか…。

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狂ったポップなバカンス

『パーム・スプリングス』は冒頭からナイルズがやけに達観しており、行動も妙に正確で予測的で手慣れています。それはもちろん彼が何度もタイムループしてこの時を繰り返しているからでした。

このあたりの演出は、同じくタイムループ・ラブコメディである『明日への地図を探して』でも観たので既視感があります。

『パーム・スプリングス』の場合はここにタイムループの巻き添え事故が発生します。その被害者がサラであり、最初は彼女に観客も感情移入しながら、この摩訶不思議な現象に挑んでいくことになります。

でもしだいに2人はタイムループを満喫するムードに。ここの振り切ったようなハジケっぷりがまた楽しいです。飛行機に乗って真っ逆さまに墜落したり、ケーキに爆弾を仕込んで驚かせたり、もうやりたい放題。

しかも、ここに先行して被害者になっていたロイという老人男も乱入して、殺戮の危険まで生じてくるのだから大騒ぎのレベルがさらにアホっぽくなります。どうせ死んでもまた目覚めの瞬間に戻るだけなのですが、殺すしかやることがないロイも本気。“J・K・シモンズ”も滅茶苦茶ノリノリで、ちょっと『セッション』っぽいシーンもあったり、どこまでが本気でどこまでが余裕なのかもわかりません。

このようなちょっと狂った空気すら感じるポップさがこの『パーム・スプリングス』の面白い部分でした。

タイムループものは他にもいくらでもありますし、『ハッピー・デス・デイ』などもクレイジーさでは負けていないのですが、『パーム・スプリングス』はリゾート地というのが良い味になっています。普段であれば最高のバケーションになるはずの穏やかな世界。でもずっとここに閉じ込められれば気が狂うのもやむを得ない。「住めば都」という言葉がありますけど、あれは嘘ですね。永遠に住んでいると精神状態がおかしくなるものなのでした。

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コンプレックスがプールに沈む

そんな言ってしまえばチャラチャラしたノリで全部が構成されているように見える『パーム・スプリングス』ですが、その芯の部分には意外なほど真面目でスマートな人生の洞察があるようにも思います。

例えるなら、ユング心理学における分析心理学の範囲というか。アナリティカルな視座があるような…。

この物語では「性」がキーパーツになっています。この「性」はセックスの方です。

ナイルズは彼女であるミスティの浮気を知り、人生に幻滅。すっかり自堕落となり、それがこの無限タイムループにおける彼の在り様と重なっています。脱出するという気分も失い、どうにでもなれという心持ちですね。

一方のサラも実は結婚式の主役であるはずのエイブとの肉体関係にあり、まさに11月9日はその彼の横で目覚めるという、罪悪感をもっとも抱かせる1日でした。それを何度も繰り返されてしまえばツライのは当然。それでもその罪の意識を忘れるべく、ナイルズとはしゃいで遊びます。

このように2人は性愛に対してコンプレックスを抱えている状態。このタイムループはそれと向き合うための時間そのものです。

起こっていること自体はSFですけど、やっていることは人生の反復であり、感情の整理。無意識にある観念と感情の複合体としてコンプレックスがタイムループとして具現化しています。

こういうアプローチは『恋はデジャ・ブ』から始まるタイムループSF映画史の基本中の基本になっていますが、今作『パーム・スプリングス』はそれをさらにポップに進化させた発展版と言えるのではないでしょうか。

単純にあの2人がくっつけばハッピーエンドという安易さでもないです。例えば、作中でナナという凝る英女性がたびたび登場します(“ジューン・スキッブ”が演じてます)。彼女も見方によってはタイムループしているんじゃないかという考察もできます。

つまり、本作はああいうタイムループな人生の葛藤がいつの年齢でもふいに訪れるものであるという、ひとつの共通の視点を与えてくれるものなんじゃないかなと。それは人によっては性愛関係が起点かもしれないし、ある人は家族関係かもしれないし、ある人は老いが起因するかもしれない。

とにかくほんの少し前に進めたように見えるエンディング。それはたった1日。でも大いなる1日ですね。

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性愛とは無縁の人は?

私としてはこの『パーム・スプリングス』にややモヤっとする面があるとすれば、それは「アセクシュアル/アロマンティック」の立場からの寂しさです。

というのも本作は基本的に性愛関係でタイムループのあれこれが動き出すじゃないですか。でもアセクシュアル当事者は全然無縁だな、と。そもそも性愛関係を求めないですし、コンプレックスにも発展しづらく、そうなってしまうと私みたいなアセクシュアル当事者はこういう物語に絡めないのかなと思ったり。性愛コンプレックスにプカプカ浮かばない人もいるんです。

きっとカール・グスタフ・ユングだってアセクシュアルなんてものを「病気だな!」と一蹴しそうですし…。

ちょっとここ最近のタイムループSFを総括するなら、性愛や恋愛に頼りすぎな面がありますよね。なんでなんだろう。それを理由に後悔を抱えやすいからなのかな。やり直したいと思っている人が多いからなのかな。

『パーム・スプリングス』の感想とは全然関係なく外れてしまいますけど、ここはひとつ、アセクシュアルな主人公を想定してタイムループSFを作るとどうなるかを妄想してみようかな。

そうですね、まず主人公以外の周囲の人間は意欲的にわざとタイムループしまくっており、好き勝手に恋愛も性関係も楽しみまくっている世界を舞台にしましょうか。みんなそれしか熱中しておらず、ここでは不倫とかも気にしないのが当たり前の空間。その世界で性愛や恋愛に馴染めない主人公は孤立します。そしてすっかりタイムループ熱狂に取り残されて孤独に佇む中、性愛や恋愛とは異なる人生の楽しみ方を見い出し、それを周りにわかってもらい、ひとりまたひとりとタイムループをやめる人が増えていく…。性愛や恋愛に依存しない世界の時間が動き出す…。

よし、これで行こう(ひとり納得)。

人間、どうしても1年後、10年後、そんな将来を考えてしまいがちですけど、明日を迎えることができればそれだけでじゅうぶん凄いことだと思えたらちょっと気が楽になるものです。その明日が今日よりも自分らしさに溢れていたら、なお良いですね。

『パーム・スプリングス』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 88%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED. パームスプリングス

以上、『パーム・スプリングス』の感想でした。

Palm Springs (2020) [Japanese Review] 『パーム・スプリングス』考察・評価レビュー