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『イン・ザ・ハイツ』感想(ネタバレ)…アメリカにはラテン系の夢が躍り出す街がある

イン・ザ・ハイツ

アメリカにはラテン系の夢が躍り出す街がずっとある…映画『イン・ザ・ハイツ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:In the Heights
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2021年7月30日
監督:ジョン・M・チュウ
恋愛描写

イン・ザ・ハイツ

いんざはいつ
イン・ザ・ハイツ

『イン・ザ・ハイツ』あらすじ

変化の激しいニューヨークの片隅で大切な文化を育んできた街であるワシントンハイツ。祖国を遠く離れた人々が集いながら暮らすこの街は、いつも熱気満載の歌とダンスで溢れている。そこで育ったウスナビ、ヴァネッサ、ニーナ、ベニーの4人の若者たちは、それぞれ厳しい現実に直面しながらも自分なりの夢を追っていた。真夏に起きた大停電の夜、彼ら4人の運命はその立ちはだかる壁を飛び越えるように大きく動き出す。

『イン・ザ・ハイツ』感想(ネタバレなし)

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『ハミルトン』+『クレイジー・リッチ!』

アメリカでは「観たかどうか」がひとつのステータスになるほどに社会現象として話題騒然となったミュージカル劇となった『ハミルトン』。アメリカ合衆国建国の父のひとりであるアレクサンダー・ハミルトンの生涯を、人種的多様性というアメリカの根幹をなす要素で再解釈して劇的にアレンジした本作は、兎にも角にも2010年代のアメリカを象徴する一作となりました。

この人気すぎて本国では観るのも超困難だったものを日本では今では「Disney+」であっさり視聴できるわけですが、オリジナルの英語音声のみになっており、配信からかなり経過したにもかかわらず「日本語字幕版の配信スケジュールは決まり次第ご案内いたします」という説明のままでガッカリに思っている人も多いのでは?(日本運営側の怠慢なのかと文句も言いたくなりますが、どうやらそうではないらしく、以下の海外記事によると全世界的に非英語字幕が未提供のようです。英語字幕はあります)。

ともあれこの『ハミルトン』を生み出したのが、“リン=マニュエル・ミランダ”というプエルトリコ系の作曲家・作家・俳優。他にも『モアナと伝説の海』では楽曲を担当し、ドラマ『ダーク・マテリアルズ 黄金の羅針盤』では俳優として活躍していました。今やアメリカで最も注目を集めるクリエイターのひとりですね。

そんな“リン=マニュエル・ミランダ”が有名になるきっかけになったのが2008年にブロードウェイで初演されたミュージカル劇『イン・ザ・ハイツ』でした。アメリカ・ニューヨークのワシントンハイツで暮らすラテン系の人々の現実と夢を高らかにラテンリズムの歌と踊りで表現したこの『イン・ザ・ハイツ』は、言うなれば“リン=マニュエル・ミランダ”の地元愛が詰まった一作であり、アメリカ史において常に軽んじられてきたラテン系に光をあてるエンパワーメントでもあり…。この作品の成功が“リン=マニュエル・ミランダ”の後の創作のエネルギーになったのは間違いないでしょう。

その『イン・ザ・ハイツ』がついに映画化されたのがタイトルそのままの本作『イン・ザ・ハイツ』です。

ラテン系ばかりが登場しまくる大作映画の爆誕はハリウッドの歴史に残る快挙。アニメであれば『リメンバー・ミー』とかがありましたけど、アメリカのラテン系移民たちの物語ではないですからね。『イン・ザ・ハイツ』は右を見ても左を見ても背景のモブもほぼ全部ラテン系(ラティーノ)。こんな映画が生まれる時代が来るとは…。

そしてこのハリウッド映画史に刻み込まれる大事な一作を任せるのにこの人ほど相応しい人もいなかったでしょう。その人とは“ジョン・M・チュウ”監督です。彼は台湾・中国系のアメリカ人ですが、つい最近はアジア系オールキャストでこれまたハリウッド映画史に大きな一歩を築いた『クレイジー・リッチ!』を手がけたことで話題となりました。

加えて“ジョン・M・チュウ”監督は長編映画監督デビュー作が2008年の『ステップ・アップ2 ザ・ストリート』であることからもおわかりのとおり、アゲアゲのハイテンションなダンス&シング一色な映画を得意としています。その“ジョン・M・チュウ”監督が“リン=マニュエル・ミランダ”とタッグを組めば『イン・ザ・ハイツ』が最高のラテン賛歌ムービーになることは当然の運命でしたね。

結果、『イン・ザ・ハイツ』は本国公開と同時に批評家・観客ともに大絶賛&大熱狂。音楽系の部門であれば今年のアカデミー賞ノミネートも確実ではないでしょうか。

気になる俳優陣ですが、ブロードウェイ『ハミルトン』でも活躍したプエルトリコ系の“アンソニー・ラモス”、ラテン・グラミー賞ノミネート歴をもつ歌手であるドミニカ系の“レスリー・グレイス”、『Scream』など話題作が公開待機中で人気急上昇のメキシコ系の“メリッサ・バレラ”、『ストレイト・アウタ・コンプトン』でも名演を披露した“コーリー・ホーキンズ”。この4人が主な主人公。

その脇に、ドラマ『未来の大統領の日記』のキューバ系の“オルガ・メレディス”、ブロードウエイ『レント』のパナマ系の“ダフネ・ルービン=ヴェガ”、『ヴァンパイアvsザ・ブロンクス』のプエルトリコ系の“グレゴリー・ディアス4世”などが揃います。とても登場人物盛りだくさんですが、みんな個性が強いのですぐわかるでしょう。

日本のハリウッド映画好きの人でもラテン系なんて特別意識してこなかったことも多いと思いますが、この『イン・ザ・ハイツ』を観ればもう目を背けることはできません。

現代のラテン系アメリカ人のレプリゼンテーションはここからがオープニングです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:元気を貰える
友人 4.0:気分を一緒に上げる
恋人 4.0:ロマンスもたっぷり
キッズ 3.5:ティーンならオススメ
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『イン・ザ・ハイツ』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『イン・ザ・ハイツ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):語り継ぐ私たちの物語

美しい青い空と砂浜が広がる場所。そこで出店でも開いているらしいひとりの男は、4人の幼い子どもたちを前に昔話を聞かせます。それはアメリカ、ワシントンハイツでの出来事…。

目覚ましをとめる男。ウスナビは狭い部屋のベッドからボーっとしながら起き上がります。今日の始まりです。といってもやることはいつもどおり。外へ出れば普段と同じ街並み。顔なじみの人たちをすれ違い、自分の食料品店に行き、開店準備です。

ウスナビがシャッターを開けてコーヒーを淹れてのんびりとしていると、外ではいろいろな人が各自で活動開始していました。ウスナビ店にもどんどん知り合いが訪ねてきます。ベニーは昔からの友人。高齢のアブエラはこの地域の住民の良き支えです。

すると店に電話しながら入ってきた女性・ヴァネッサを目にし、ウスナビはあからさまに動揺します。軽く会話するも、完全にオドオド。彼女が去った後、うっとり顔なウスナビが残されるだけ。ウスナビはヴァネッサに片思いをしていました。

そんなウスナビには夢があります。それはこの店を売り払い、ドミニカへ引っ越すこと。もちろんヴァネッサと人生を一緒に過ごせたらなおハッピーですが…。

一方、いつもの街でしたがある来訪者が。それはニーナという若い女性で彼女はスタンフォード大学に進学しており、街にとっては夢に向かって前進する象徴でした。

ニーナはいたって普通に振舞っていましたが、アブエラにだけは「何があった?」と見抜かれます。ニーナはサロンへ向かいます。そこはダニエラの経営するサロンでヴァネッサも働いています。実はこのサロンは賃料高騰で移転を余儀なくされていました。サロンでイメチェンしていくニーナでしたが、ここで大学を辞めるつもりだと口にして出ていってしまいます。何が起こったのだろうか…みんなはさっぱり。

また、ヴァネッサも問題を抱えていました。ファッションデザイナーを夢見て、地道に努力し、今はマンハッタンの中心部に住もうとしていましたが、全然上手くいかず…。ウスナビの店で意気消沈するヴァネッサ。ウスナビは慰めようとしますが、変顔というもっとも雑な励まし方が精いっぱいで、店で働くティーンエイジャーのソニーの方が堂々としているぶんまだマシでした。

ある日、店にいたソニーはこの店で販売した宝くじが96000ドルを当てていると知ります。一体誰がその幸運を獲得したのか。それぞれの夢が膨らんでいき…。

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プールで踊っては…

映画『イン・ザ・ハイツ』はやはり当然ながらミュージカルがメイン。ミュージカルというと話が停滞しがちですが、本作の場合は単にノリノリなだけでなく、歌って踊りながら会話が進行していくのでストーリーに欠かせません。『ハミルトン』もそうでしたが、“リン=マニュエル・ミランダ”のミュージカルはストーリーテリングとクロスオーバーさせており、そのグイグイと引っ張る力が上手いですね。

舞台劇だと基本は一方向からしか観劇できませんが、映画は自由なカメラワークがあります。この映画『イン・ザ・ハイツ』もそれを思う存分に駆使していました。

序盤の街中での総動員の息の合ったパフォーマンス…からのタイトル、ドン!の見せ方は『ラ・ラ・ランド』でもあったように圧巻なのですが、この『イン・ザ・ハイツ』はその映像に映る人たちはみんなラテン系であるというところに何よりも感慨深いものがあって…。あの人たちは背景じゃない、この街で確かに生きる人間なんだという存在感のアピールですね。

そこからベニー、ニーナ、ヴァネッサと各キャラクターを表すようなミュージカルが挿入。まだ序盤なので抑え気味(でもサロンのあの演出、なかなかにエキセントリック)。

そして一気に解放されるのがプールでの盛大なパートです。これぞ映画ならではのダイナミックさで、すごく“ジョン・M・チュウ”監督の好みが入ってるなと。「96,000」という曲に合わせてそれぞれの夢への希望が爆発していく本作の象徴的名曲。ちなみにここでヴァネッサが身に着けている黒いビキニは「Maria Solange Ferrarini」というブラジルのアーティストがデザインしたものがベースで、ここでも中南米文化リスペクトが…。なお、このプールのパート、撮影時は悪天候で大変だったそうです。

で、サルサクラブでの情熱的に激しいダンスや、停電した真っ暗な街での花火ダンスなど、とにかく観ていて飽きませんし、終盤のニーナとベニーの壁歩きのトリッキーな映像も見ごたえあるし。やっぱりラテン系のミュージックの持つパワーが凄い。こんなにミュージカル映画にふさわしいものはないのに、下に扱ってきたのが信じられませんね。

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政治は切り離せない

そんな感じでひたすらにアップテンポでハイテンションな映画『イン・ザ・ハイツ』ですけど、そればかりの一辺倒では決してなくて…。『クレイジー・リッチ!』と同じですけど表向きは華やかなストーリーの裏に特定の人種コミュニティが抱える社会問題がしっかり織り込まれてもいます。

例えば、ウスナビ、ニーナ、ヴァネッサの3人はラテン系・ヒスパニック系ゆえに平等なチャンスに恵まれません。同じニューヨーク・マンハッタンにいても白人とは全然手が届く世界が違います。

舞台となるワシントンハイツは名前からすると裕福そうな感じもしますけど、実際はマンハッタン北部の端にあるラテン系が昔から多く暮らす一画。歴史的に常に人種差別と闘ってきました。ホワイト・フライトと呼ばれる白人の大規模移住で住む場所を奪われそうになったり、クラックの流行で警察が暴力的な取り締まりをしてきたこともあったり…。そして今はジェントリフィケーションに直面しており、それは作中にあるとおりです。

ウスナビの経営する店は「ボデガ」と呼ばれ、もともとはプエルトリコ系が始めたコンビニらしいのですが、そういうものは白人や大企業資本(Amazonとかね)に飲まれてしまいます。

また、この映画『イン・ザ・ハイツ』には元の劇とは違って新たなに追加された要素として、ソニーに立ちはだかる「若年移民に対する国外強制退去の延期措置(通称「DACA」)」があります。若い時にアメリカに入国した不法移民は「ドリーマー」と呼ばれ、当時のオバマ大統領によって期限付きの就労許可が与えられたのですが、ドナルド・トランプ大統領はDACAを撤廃。以降、移民の取り巻く環境が酷いものになったことはご承知のとおり。

作中ではこの不法移民の権利をめぐるデモが映し出され、マリア・イノホサという実在のジャーナリストも登場するなど、かなり政治劇としてもリアルに踏み込んだミュージカルとしては異色さも持っていました。

それと呼応するように、アブエラの辿ってきた人生の苦しさを歌うパートがまた切なくて…。アブエラが密かに当選していた宝くじがソニーを後押しするくだりはまさに闘いのバトンタッチ。今度こそ夢を叶えてみせる、と。

映画『イン・ザ・ハイツ』、苦言もなくはないです。例えば、男性キャラに比べると女性キャラのルッキズムが強調されており、なんかインド映画みたいですよね。冴えない男が美女を獲得する構造は避けられないのか。あとアメリカでは炎上していたカラリズムの件も…アフロラティーノなどカバーしきれていない存在がいることをしょうがないとは雑に受け止めたくはないですね。

あともうちょっとクィアな側面もあって良かったんじゃないか。一応、ダニエラはレズビアン的雰囲気を醸し出していたけど…。

でも映画『イン・ザ・ハイツ』のインパクトは大きかったです。黒人オールキャストのミュージカル劇としては『ジングル・ジャングル 魔法のクリスマスギフト』がフレッシュでしたが、今後もこういうマイノリティな人種にスポットライトをあてるミュージカル映画は出てくるんじゃないかな。

まあ、まずは次はスティーブン・スピルバーグの『ウエスト・サイド・ストーリー』ですけど。こっちもラテン系は無縁ではないけど『イン・ザ・ハイツ』の後だとハードルが上がるような…。

『イン・ザ・ハイツ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 94%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2020 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved インザハイツ

以上、『イン・ザ・ハイツ』の感想でした。

In the Heights (2021) [Japanese Review] 『イン・ザ・ハイツ』考察・評価レビュー