クイーンズ・ギャンビット
ドラマシリーズ『クイーンズ・ギャンビット』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Queen's Gambit
製作国:アメリカ(2020年)
シーズン1:2020年にNetflixで配信
監督:スコット・フランク

クイーンズ・ギャンビット

あらすじ

孤児院に預けられたベス・ハーモンという少女は、退屈な世界に閉じ込められていた。しかし、ある時、自分には天才的なチェスの才能があることに気づく。そのスキルを開花させ、チェスタイトルの最高位であるグランドマスターを目指すことにのめり込んでいく。その道のりは一直線に見えたが、薬物依存症やアルコール依存症、そして男性が支配する社会が立ちはだかり…。

『クイーンズ・ギャンビット』感想(ネタバレなし)

アニャ・テイラー=ジョイはやはり凄い

俳優にとって、どの作品でブレイクするかはとても大事です。そこで自分の俳優としてのイメージが固定化されてしまいますし、方向性が決まるかもしれません。そこで生まれたコネクションが今後のキャリアでずっと活かされていくことだって大いにあり得ます。

でもそのブレイクする作品を選り好みできるわけでもないので、こればかりは運です。俳優人生の最初の一手が、運命を決定する。まるでチェスにて一番最初に駒を動かすように…。

“アニャ・テイラー=ジョイ”はその一手を見事に成功させた若手女優の筆頭でしょう。

1996年生まれの“アニャ・テイラー=ジョイ”は、アメリカのマイアミ生まれですが、アルゼンチンで幼い頃を過ごし、その後にロンドンに移るという、世界を転々とするスタートでした。しかし、女優になるべく自らニューヨークへ移り住みます。この時、14歳。肝の据わった決断をするにはかなりの若さです。

しかし、度胸だけでなく、強運にも恵まれました。2015年にほとんど主演といってもいい出番で登場したインディペンデント映画『ウィッチ』。これが素晴らしい高評価を獲得します。監督のロバート・エガースという、こちらも新鋭の天才と一緒に仕事できたことも完璧なめぐり合わせでした。


この『ウィッチ』は私もオカルト映画の中ではトップ10に入れたくなるくらいに大好きな一作です。私もここで“アニャ・テイラー=ジョイ”という女優を初めて知りましたが、その魅惑に一発でやられました。もともと映画自体が非常にミステリアスで言語化しづらい不気味さを漂わすものなのですが、その作品の空気とぴったり一致するのが“アニャ・テイラー=ジョイ”でした。よくこんなハマる俳優を見つけてきたなと…。

“アニャ・テイラー=ジョイ”自身はアルゼンチン、スコットランド、アフリカ、スペイン、イギリスといろいろな血筋を持っているそうで、そのせいもあって独特の容姿が何とも言えない魅力のひとつになっています。目が大きいことによる瞳のパワーも凄まじく、完全に“どアップ”にも余裕で耐えきれる、むしろ顔面が映れば映るほど作品を支配できる、とんでもない存在感。

その鮮烈なブレイクもあったゆえに、以降も『モーガン プロトタイプL-9』『スプリット』『マローボーン家の掟』『サラブレッド』『ニュー・ミュータンツ』などホラー・スリラー作品で目立って活躍していました。


そんな“アニャ・テイラー=ジョイ”がジャンル映画から飛び出してキャリア革新となる主演作を見せてくれました。それが本作『クイーンズ・ギャンビット』というドラマシリーズです。

本作は“ウォルター・テヴィス”が1983年に発表した小説が原作です。“ウォルター・テヴィス”と言えば、「ハスラー」や「地球に落ちてきた男」「モッキンバード」など著作にあり、一部は映像化もされています。SF作品の印象も強いですが、この『クイーンズ・ギャンビット』はチェスを題材にした作品となります。

チェスを題材にした映像作品は『ボビー・フィッシャーを探して』『完全なるチェックメイト』『奇跡のチェックメイト クイーン・オブ・カトゥエ』などこれまでもいろいろとありましたが、私はその中でも『クイーンズ・ギャンビット』はベスト級に別格で面白いと言いきれる個人的傑作として推薦できます。とにかくエキサイティングでスリリングな映像と物語のハイブリッド、俳優の名演、テーマ性、どれをとっても研ぎ澄まされています。

監督は『リトルマン・テイト』(1991年)や『アウト・オブ・サイト』(1998年)の脚本家として有名で、最近だと『LOGAN ローガン』(2017年)の脚本のひとりだった“スコット・フランク”です。監督としても活躍しており、『誘拐の掟』(2014年)を監督しました。最近は『シェイムレス 俺たちに恥はない』や『ゴッドレス 神の消えた町』といったドラマシリーズもこなしています。そんな重鎮が繰り出す本作『クイーンズ・ギャンビット』はベテランらしい余裕すらも感じられる、見事な佇まいです。

とにかく観ればわかる魅力満載。全7話のリミテッドシリーズですが、1話1話が面白さの極みみたいなものなので、あっという間に鑑賞してしまうでしょう。

『クイーンズ・ギャンビット』はNetflixでオリジナル作品として配信中です。

オススメ度のチェック
ひとり◎(2020年の必見ドラマ)
友人◎(チェス好きなら大白熱)
恋人◎(魅力満載で話のネタに)
キッズ◯(チェスが好きなら)

『クイーンズ・ギャンビット』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『クイーンズ・ギャンビット』感想(ネタバレあり)

勝利すればするほど溺れていく

1967年のパリ。バスタブから起き上がる女性。湯船につかって眠りに落ちたのでしょうか。ドアをノックするホテルのスタッフの気配で飛び起きます。急いで身支度し、薬を流し込むと、部屋を出ます。エレベーターを降り、着いたのは会場。そこではたくさんの報道陣に囲まれ、シャッターを浴びることに。余裕そうな顔でツカツカと前へ出て、「お待たせ」と待機する男性と握手。目の前にあったのはチェス盤です。

その出来事の数年前。エリザベス(ベス)・ハーモンはまだ8歳でしたが、突然の交通事故で母・アリスは亡くなりました。自分も車に乗っていたものの、奇跡的に助かります。しかし、孤児になりました。父親は行方知らず。頼れる者はいません。

メスーエン養護施設へ預けられたベス。ディアドーフ先生が案内してくれます。ベッドがいっぱい並んだ大部屋で、女子は20人以上いるとか。「悲しみの後は信仰と祈りが救ってくれる、新しい道が見える」…そう先生は言います。ここが自分の新しい居場所でした。

列に並んでいるとジョリーンという子が話しかけてきます。「薬は夜に飲みなよ」

その意味がわかりません。列の前では薬が配給されており、2つの薬です。緑は心が落ち着く薬、オレンジは体を強くする薬。言われたとおり飲むとふらつきます。

ルーチンワークのような退屈な日々。地下で黒板消しを叩いていると、用務員の高齢そうな男・シャイベルを見かけます。なにやらチェスしているようです。ある日、ベスはその駒の動きを何気なく指示してみせます。するとシャイベルは対局しようと持ち掛けてきます。あっさり負けてしまい、その負けを認めずについジョリーンが言っていた暴言(cocksucker)を吐くベス。以降、地下のドアを開けてくれなくなります。

しかし、しばらく後、地下のドアが開きます。また対局。今度は勝ちます。それ以来、どんどんチェスを教えてくれることに。レヴェンフィッシュ、ナイドルフ、シシリアン、クイーンズ・ギャンビット…。難しい用語を覚え、メキメキと実力をつけるベス。チェスの本「モダン・チェス・オープニングス」をもらい、強さを認めてくれました。

その本を夢中で読んでいると、シャイベルからチェスクラブのガンツという人を紹介されます。いつもの地下室で一局して実力を見せ、お次は2人相手同時に対局。敵としてもはや手ごたえなしで、盤を見ずに勝ってみせるのでした。

ガンツから高校に招待される、クラブへ行きます。そこは自分より年上の男ばかりで、大勢を相手に同時対局。しかし、これもあっさり勝ってみせます。「トップの人でも弱すぎて、全員倒すのに1時間20分、いい気分だった」とシャイベルに得意げに話すベス。

けれどもひとつだけ懸念がありました。薬です。ベスは緑の薬を飲むと感覚が研ぎ澄まされ、天井にチェス盤が見えていました。しだいに体は薬を無条件に欲するようになり、止められなくなります。しかし、法律か何かのせいで子どもにはあの薬は支給されなくなり、ベスは禁断症状に苦しむことに。

薬の保管場所はロックされていますが、目と鼻の先にあります。コントロール不能になったベスは引き寄せられるようにそこへ。錠前をこじあけ、緑の薬がいっぱいに入った瓶のもとに。その薬を鷲掴みにしてむしゃぶりつくベス。大量にポケットへ突っ込み、それでも満足できないベスは瓶ごと持っていこうとします。

当然、全員に見つかりました。ベスは薬瓶を抱えて過剰摂取でぶっ倒れます。

ベス・ハーモン。後に世界にその名を轟かす天才チェス・プレイヤーの最初の一手は大胆で、破滅的…。

クイーンズ・ギャンビット

ハリウッドスター女優のような

『クイーンズ・ギャンビット』の魅力、それはやっぱり何よりも主演の“アニャ・テイラー=ジョイ”でしょう。彼女なくしては成り立ちません。

官能的な雰囲気を醸し出しつつ、でも消費されるようなセクシャルさではない。実年齢と比べると幼さがあるものの、でも研ぎ澄まされた知的さがある。子どもっぽい無邪気さがあるかと思えば、正体不明の禍々しさもある。チェス的に言えば、ポーカーフェイスであり、心の内側が全く見えません。

実際、主人公のベスがハッキリと弱さという感情をさらけ出すのは最終話のジョリーンに抱かれて泣くシーンのみです。それまでずっと“なんか凄いけど真意も見えない”という化物っぽさで突っ走っています。

作中で久しぶりに再会した孤児院での友人ジョリーンが「スーザン・ヘイワードみたいね」と成長したベスを評するシーンがありますけど、確かに本作のベスは物語上はチェス・プレイヤーですけど、往年のハリウッドスター女優みたいに描かれているような気がします。描き方として『スタア誕生』のように何者でもない女性が栄光を掴みつつも、危うい凋落と自滅も見え隠れする、そういうスリルですね。というか、作り手もスーザン・ヘイワードを参考にしているのかな? 赤毛といい、自暴自棄な人生といい、佇まいがそっくりですよね。

その“アニャ・テイラー=ジョイ”が才能を開花させ、勝ちあがっていくさまは痛快です。序盤の向かうところ敵なしの滅多切りな勝利連発は快感です。一方で同時に勝てば勝つほどに依存症という沼地にもハマっていく。勝つことのカタルシスと、クスリやアルコールの依存症の境がなくなっていく。この恐怖の見せ方も実に上手かったです。

依存症を描く作品というとどうしても男性が主役になることが依然として多いのですが(最近だと『ザ・ウェイバック』とか)、当然女性も依存症にはなるわけです。

男社会に踏みつけられる女性のクイーン

そんな女性が主役という点を踏まえると、この『クイーンズ・ギャンビット』は作品の裏側にしっかりフェミニズムが設定されています。

本作は男性優位なチェス業界で勝ち上がっていく若い女性という一点でも確かにフェミニズムとしての明確なストーリーラインがあるのですが、それだけでないあたりが上手い部分だと思います。

そもそも本作には男社会に虐げられる女性がたくさん登場します。まずベスの実の母親。過去の断片映像から推察するにどうやら夫からの理不尽な扱いを受け、貧しい生活を余儀なくされていたようです。本当は博識で優秀だったにもかかわらず…。そしてあれは偶発的な事故ではなく、追い詰められた結果として命を犠牲したと判明します。その母はフェミニスト的な助言を幼い娘にずっと与えてきており、これが見えない柱になっていて…。

またベスを引き取った養母となるアルマ・ウィートリー夫人(演じているのは『幸せへのまわり道』などの監督でも話題の“マリエル・ヘラー”)。彼女もまた無慈悲な夫の下で朽ちていくだけの存在でした。なぜ彼女がベスを引き取ろうと思ったのか、それを考えるとすごく切ないです。死ぬ間際、メキシコシティにてみんなの前でピアノを演奏して喝采を浴びる。彼女は人生で主役に立てたことがないのだろうなと思うと…。

他にも、クラスの同級生でベスを下に見ていた女子が久しぶりに再会すると赤ん坊を育てる母になっており、あのときの輝きが完全に消えている姿とか、初めてのチェス大会で不意の生理にオロオロしているとナプキンを貸してくれた女の子が、また再会するとやっぱり情熱が消えてどこか社会(もちろん男社会ですよ)に順応してしまった姿とか、登場する女性たちがどこか悲しいです。気に入らなかったディアドーフ先生ですらも、あの孤児院に閉じ込められた女性ですしね…。

そんな女性たちにとってのエンパワーメントに実はなっていたベス。本人は気づいていませんでしたが、それは最後のモスクワでもハッキリ目の前に提示されます。自分自身のためだけに妄信的に戦っていたけど、人種とか政治とか年齢とかを超えて女性たちの誇りになっていたのか、私は…と。まさに“クイーン”です。1話の孤児院ではズラッと並んだベッドが連想させるように、ただのポーンだったのに…。

一方でジョリーンとの間からは特別です。本作、あえて苦言を言えば、このジョリーンが非常に都合のいい黒人フレンドなのは引っかかるものがなくもないですが、でもじっくり見るとジョリーンの黒人としての過酷さもさりげなくではありますが描かれています。例えば、白人と黒人という対比はそのまま白と黒のチェスと重なりますし、そこで作中では「(チェスにおいて)有利な白側」というジンクスが語られます。あれはそのまま人種差別構造にも当てはまるという皮肉なのでしょう。

チェスのシーンも見せ方が見事

ベスと戦う対戦相手も個性豊かです。やはりこの手のジャンルはライバルも魅力的でないと。

ベスが密かに好意を寄せることになるタウンズの安定的頼もしさと、その対極になるベルティックのどこととない気持ち悪さ。そのベルティックが後半でクルっと反転して、予想外に優しさを見せる。ここでチェスは読み切れなかった彼が、クスリやドラッグに依存するベスの破滅的未来は推測してみせるあたりがいいですね。

双子のマット&マイクもなんだかんだで良い仲間になってくれますし、ベニー・ワッツのクセのあるキャラも良い感じです。ベニーに勝つシーンを描かずに事前の会話だけで確信させるのも巧妙な見せ方だったなぁ、と。

そんな中で立ちはだかる最強の存在・ボルゴフ。周りにいる取りまきのKGB男どもがベスを女性蔑視で陰口を言う中、彼だけしっかり実力を認めているあたりに「コイツ、只者じゃない」感が出ています。ボルゴフだけがベスを女性ではなくチェス・プレイヤーとして認識している。

そのボルゴフとの最終決戦。これまでの仲間たちとの知恵を結集し、ずっと孤高で生きてきたベスに連帯のエネルギーが生まれます。仲間に依存すればいいんだ、と。そしてここでクスリを使わずして天井にチェス盤が見える演出。ベスの覚醒。ゾワッとする最高の展開じゃないですか。

正直、私はチェスは全然素人なので難しいテクニックもさっぱりですが、そんな人でもわかる映像的なトリック。本作はとにかく見せ方が巧みです。

ラストは公園でチェスをしている高齢者に混ざって対局するベス。もちろんこれは恩師であるシャイベルの姿と重なるものであり、あの瞬間、ベスは幼い純粋にチェスに夢中になれる少女に戻れた気もする。この幕引きも見事でした。

ということで“アニャ・テイラー=ジョイ”に圧倒されるひとときを堪能させていただきました。“アニャ・テイラー=ジョイ”、今後も大作やロバート・エガース監督の新作にも出るそうで、いつかアカデミー主演女優賞獲ってほしいなぁ…。

『クイーンズ・ギャンビット』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 98%
IMDb
8.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Filtcraft, Netflix クイーンズギャンビット

以上、『クイーンズ・ギャンビット』の感想でした。