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『スターフィッシュ Starfish』感想(ネタバレ)…ヒトデのように映画で再生する

スターフィッシュ

ヒトデのように再生したい…映画『スターフィッシュ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Starfish
製作国:イギリス・アメリカ(2018年)
日本公開日:2022年1月28日(先行上映)、2022年3月12日
監督:A・T・ホワイト
性描写

スターフィッシュ

すたーふぃっしゅ
スターフィッシュ

『スターフィッシュ』あらすじ

親友を亡くして大きな喪失感を抱えるオーブリーは、親友のアパートで思い出に浸りながら感情が湧くこともなく一夜を明かす。しかし、目が覚めると町は深い雪に覆われており、人影はない。まるで全てが変わってしまったようだった。しかも、謎の怪物がうろついていた。親友が残したメッセージを手がかりに、世界を救うと書かれているミックステープを事情もわからずに集める旅に出るオーブリーだったが…。

『スターフィッシュ』感想(ネタバレなし)

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アートセラピーは映画にも

「アートセラピー」というものがあります。心理療法のひとつであり、何らかの心のケアが必要な人が、アート表現を通して自分の心と向き合うという方法のことです。アートの種類は問いません。クレヨンや絵の具で絵を描いてもいいですし、粘土や木工で何かを作ってもいいですし、自然素材で何かを表現するのもいいでしょう。特定の病気だけを対象にしているわけではありません。病名が明確でなくても漠然とした心の不安を抱えている人がアートを通して自分や人間関係を見つめ直す、苦しみから解放されて癒される…そうした目的としても機能します。

映画を作るというのも時にはアートセラピーになります。映画も芸術です。作り手はその映画というアートの中に、映像表現やストーリープロットを通して自分の心を投影し、その心の揺らぎと向き合い、自己と向き合う。そうやって映画を生み出している人も少なくないでしょう。確かに多くの映画は商業的な商品として世に送り出されている現実の方が大きいですが、アートセラピーとしての映画は今も存在します。もしかしたらそんなつもりはなくても、いつのまにか映画がアートセラピーになっていた…という制作者もいたかもしれません。

今回紹介する映画もアートセラピーとしての要素が濃い一作であり、その全てに作り手の心象が込められていると考えながら鑑賞するとあらゆるパーツが意味深く思えてきます。

それが本作『スターフィッシュ』です。

『スターフィッシュ』は“A・T・ホワイト”監督によるインディペンデント映画。本作が長編監督デビュー作のようです。

その作家性は際立っており、公開当初からインディペンデント映画界隈の映画ファンから注目を集めていました。簡単に特徴を挙げるなら、とても独特でクセのあるストーリーテリング、アーティスティックなデザイン、インパクトのある大胆な音楽の使い方、ジャンルミックスな自由な語り口…こういういかにもインディペンデント映画らしい奔放さが詰まっており、その伸び伸びとした作品のタッチに惹かれる人が一部で続出するのも頷けます。

ただ、この『スターフィッシュ』は先ほどから述べているようにアートセラピー的なスタイルで創造されており、詳細は伏せておきますが、とても監督自身の人生を反映した内向的な物語なんですね。だから地味と言えば地味です。物静かに淡々と進み、起承転結さえもわかりにくい代物です。しかし、「ここはこういう意味なんじゃないかな」とアートを読むという姿勢で向かい合うことでこの『スターフィッシュ』の見え方はどんどん変わっていくと思います。

俳優陣も少なく、基本はひとり。主人公を演じているのは、アメリカ・カリフォルニア州サクラメント出身の“ヴァージニア・ガードナー”。『ハート・オブ・ディクシー ドクターハートの診療日記』(2011年)や『科学ファミリー ラボラッツ』(2012年)といったドラマシリーズに出演し、2013年には『glee/グリー』にも出演。その後もモデル業の傍ら、『殺人を無罪にする方法』や『LAW & ORDER:性犯罪特捜班』『Major Crimes 〜重大犯罪課』など出演を重ね、2017年にはついにドラマ『マーベル ランナウェイズ』でカロライナ・ディーン役として主役に抜擢。批評的にも好評のスーパーヒーロー・ドラマだったのですが、そちらはシーズン3で終了。しかし、“ヴァージニア・ガードナー”は活躍を続けています。2018年の『ハロウィン』では狂気の殺人鬼に立ち向かうも惨殺され、2020年の『最高に素晴らしいこと』では今度は自死に向き合う丁寧なストーリーに加わり、何かと死に関連する作品ばかりですが…。

その“ヴァージニア・ガードナー”の映画主演作となる『スターフィッシュ』。まず間違いなく代表作になるでしょうね。

他には『Power Rangers Megaforce』の“クリスティーナ・マスターソン”も物語上で重要な役として出演しています。

『スターフィッシュ』は2018年の映画で、日本では海外の映画配信アプリで鑑賞できなくはない環境にあったのですが(日本語字幕はない)、2022年にヒューマントラストシネマ渋谷&シネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2022」で上映され、さらに3月に一般公開されることに。たぶん一般公開されましたし、デジタル配信で普通に日本語字幕つきでも見れるようになるでしょう。

クリーチャーもちょこっと出てくるので、そういうのが好きな人にもオススメです。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:雰囲気が好きな人には
友人 3.5:アートに関心があるなら
恋人 3.0:わかりづらい話ではある
キッズ 3.0:抽象的な物語だけど
↓ここからネタバレが含まれます↓

『スターフィッシュ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):誰か?聞こえる?

グレイス・ロスと刻まれた墓の前に立つ大勢の人。葬儀には多くの人たちが集まり、悲しみに沈んでいました。まだ若い命の死に追悼を捧げる中、その中に混じってひとりの女性が感情を失ったかのように立っています。オーブリー・パーカーにとっては友人を亡くしたという事実だけが目の前にあります。

静かな町。喪服の人たちが家にひしめきあっており、その光景をじっと見つめる黄色い服のオーブリー。居心地は悪く、誰かと話す気もありません。飲み物も何も食欲も満たすことなく、トイレで吐き、体を蠢く気持ち悪さにたまらず人の視線を避けて外に出ます。実在を確認するかのように息を吸っていると女性が話しかけてきて「あなたがオーブリーなの?」と言ってきます。そうやら亡きグレイスの会話によくでていたようです。

その後、オーブリーは店のドアをなんとか鍵を入手して開けます。中は暗い部屋です。電気をつけるとパっと明るくなります。黙々と歩いて部屋を見渡します。食堂。そこでひとり時間を潰すオーブリー。何もする気が起きません。

次にグレイスのアパートへ。中にはクラゲがプカプカ泳いでおり、餌をあげます。ヒトデが沈んでいくのを眺めつつ、次にペットのリクガメに話しかけます。

窓辺の望遠鏡に目をあてると、向こうの家の窓が覗けて、男女がベッドで眠りにつくのが見えます。音楽をかけ、服を脱ぎ、シャワーを浴びても、感情は全く湧きません。

そのまま広すぎるベッドにつくも、隣の枕には誰もいない…。そばのトランシーバーに呼びかけ、「誰かいる?」と口にするも返事があるわけもありません。

寝つけずにソファで寝てみるオーブリー。あの望遠鏡で見た裸の男女を想像しながら自分の快感を得ようとするもやはり集中できず、母に電話。しかし、途切れ途切れで会話になりません。

気が付けば朝。目覚めるとやけに寒いです。外を見ると一面真っ白な雪に覆われていました。昨日とは全く風景が違います。遠くでは黒い煙もあがり、車は打ち捨てられたように無造作に放置されています。

テレビはつかず、静かで人の気配はなし。すると誰かを見かけて走って追うも見失いました。そして血痕を発見し、探っていくと謎の生き物と遭遇。怪物のようで敵意を感じる存在に怯え、店の中に退避。ドアをガンガンと叩き、窓にひびが入ります。

そのとき、トランシーバーが繋がり、「オーブリー、聞こえるか?」という声が。その男性らしき声はこちらの状況を把握しているらしく、指示してきます。「目を閉じてドアの方へ歩くんだ」

そんなことをして意味があるのか。でもやるしかありません。トランシーバーを向けるとその生き物は消え、また静かになりました。

安心して座り込むオーブリー。「何が起こっているの?!」と質問をぶつけるも男の返答は曖昧です。

そして部屋で封筒の中にカセットテープがあるのを発見。グレイスが残したそのテープには「THIS MIXTAPE WILL SAVE THE WORLD」と書かれています。

世界を救う?…これはどういうことなのか? オーブリーはグレイスの残した手がかりを元にどこかに隠されたテープを見つけ出し、その曲に隠されたシグナルを用いてこの一夜にして変わり果てた世界を取り戻さないといけないようです。ひとりぼっちの自分にできるのはそれだけ…。

オーブリーはドアから外に飛び出し…。

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based on a true story

『スターフィッシュ』は謎めいた世界観です。どうして一晩で世界はあんな雪に覆われて崩壊してしまったのか。みんな一体どこに行ってしまったのか。あの怪物のような存在は何なのか。トランシーバーの相手は何者なのか。ミックステープをどうやってグレイスは隠したのか。そもそもシグナルの謎は誰がいかにして解き明かしたのか。リクガメはどうやって生き延びるのか(いや、これを気にしているのは私だけだったかも…)。

でもこのミステリアスな疑問をひとつひとつ丁寧に解明していく映画ではありません。なのでそこを考察する意味はあまりないです。リアリティを重視している作品ではないですし、整合性もないのです。それはすぐに察せることだと思います。

本作は主人公の心象を投影した風景であり、まさに心のありようを具現化した世界です。こういうファンタジーな世界で自分の心と向き合う系の作品は常に一定数あるものです。『怪物はささやく』とか。

ただ、本作は「based on a true story」と最初に表示されるとおり、実話が元になっているということで、“A・T・ホワイト”監督の友人を亡くした経験が土台にあります。親友を失くしてしまった喪失感、それとどうやって向き合っていくか。それがそのままあの世界観と物語で表現されていると考えるべきでしょう。

こういうのを「alternate reality」というらしいですが、仮想の代替現実風の世界を用意し、そこで物語が展開することで実人生にも影響を与えていくというパターンですね。しかし、『スターフィッシュ』は実人生の描写は冒頭だけです。以降は全部があの代替現実と思われる世界で展開されます。一見すると普通に現実そのものに見える世界ですが、古いタイプのテレビしかなく、電話も旧式で、スマホもないという、明らかに年代が後退している世界になっており、「ここは現実ではありませんよ」という提示がなされています。

全く説明的ではないので最初は観客も混乱するのですが、いつのまにか主人公の心の向き合い方に付き合っていると、この世界のことはどうでもよくなり、心の葛藤に集中してシンクロしていけるでしょう。

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forgive + forget

『スターフィッシュ』は演出がとても多彩で面白いです。全部がたいていは地味なのですが、ひとつひとつを丁寧に作ってあるので作り手の真面目さが伝わってきます。

序盤の主人公は「無感情」というメンタルにおける初期の段階にあります。アパート内でいろいろ試すように行われる行動も全てがその無感情を誤魔化すための足掻きです。しかし、食欲もなく、そもそも味さえ感じず、普段はあるはずの性欲もなく、コミュニケーションをとる気もなく、自己と向き合えません。

次の段階になるといよいよ世界の変貌にともない、オーブリーには「恐怖」「孤独」というものが襲ってきます。それはあの怖そうな怪物の姿で襲ってくるのですが、本人にはどうしようもありません。

そして次の段階は「自傷」。オーブリーは感情のコントロールが効かなくなり、壁を血で真っ赤になるまで殴って自分の拳を痛めます。ここで周りに他人がいれば、その他人を傷つけているのですが、この世界にはそんな他者はいません。

さらに意を決して外に出る場面になります。狼の被り物をして、カメを連れて、買い物までして、少し違う自分になるという快感もありつつの不思議な解放感があります。これはいわゆる「躁」状態ですね。やけに気分が高揚してしまう状況にあり、オーブリーはこの躁と鬱を交互に繰り返すような状況に陥ります。

ここで超巨大な生物(芋虫みたい)が眼前に出現したり、いきなりアニメ表現になったりと、本当に自由自在に表現手法が暴走していくのがユニークです。

そんな中でオーブリーはミックステープを次々と再生していくことで過去と向き合います。オーブリーの過去に何があったのかという詳細はわかりません。グレイスとの関係、そして顔面が抉れているエドワードという男との関係も明確にはなりません。でもそこに後悔というものがあるのは推察できます。全裸男を海に沈めるのもその後悔という感情との決着でしょうか。

ここでオーブリーは「自己反省・探求」という最終ステージへと進んでいき、最後には謎の空間でその肉体は消えていきます。これは死を意味するのか、はたまた解放を意味するのかはわかりませんが、そんなにネガティブなラストではないような気もしてきます。

「forgive + forget」(許す+忘れる)と書かれたメッセージに気づき、なおかつ本作のタイトルも「starfish」…つまりヒトデという再生能力を持つ生き物であることからも、オーブリーは新しい自分に生まれ変わって人生を再始動できたのかもしれません。

本作を観ていると、私もクリエイティブな才能があればこういう作品を作ってみたいな…と思ったりするのですが、いかんせん私にはそんなチャンスもないし…。

今の私にとってはこういう映画鑑賞という体験そのものがアートセラピーになっているので、これからもたくさん映画を餌にしていきたいと思います。

『スターフィッシュ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 46%
IMDb
5.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2018 Starfish Productions,LLC. All Rights Reserved.

以上、『スターフィッシュ』の感想でした。

Starfish (2018) [Japanese Review] 『スターフィッシュ』考察・評価レビュー