ガラスの天井なんて文字どおり体当たりで壊してきた女たち…ドキュメンタリー映画『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年1月8日
監督:エイプリル・ライト
スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち
すたんとうーまん はりうっどのしられざるひーろーたち
『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』あらすじ
ハリウッドを支えてきたのは監督や俳優だけではない。その裏ではスタントウーマンが活躍し、男性中心のスタントパフォーマーの世界で自分たちの地位や権利を守るべく闘い続けてきた。数々のアクションの見せ場がある名作に参加したスタントウーマンたちの証言により、映画史に残るアクションシーンの裏側に迫る。さらに日々のトレーニングの様子や危険なスタントに挑む姿を通し、最前線で活躍する彼女たちのプロフェッショナルな姿を映し出す。
『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』感想(ネタバレなし)
スタントに人生を捧げる女性もいます!
『スタントマン』という1980年の映画がありました。リチャード・ラッシュ監督のこの映画は、ベトナム戦争帰還兵で人生に彷徨っていた男が偶然にも映画のアクション撮影現場に紛れ込んでしまい、そのまま流れでスタントマンとしての道を切り開いていく物語です。
この『スタントマン』という映画は高く評価され、アカデミー賞では監督賞、脚色賞、そして主演男優賞(ピーター・オトゥール)にノミネートされました。
しかし、スタントマンを演じた俳優は主演男優賞にノミネートだってできるのですが、本物のスタントマンは賞に輝くチャンスが与えられていません。
アカデミー賞やゴールデングローブ賞など著名なアメリカの賞を眺めても、そこにスタントを評価する部門はないのです。音響や編集、視覚効果、メイクアップなどの部門はあるのですから、スタントもあってよさそうなのに歴史的に皆無です。
スタントパーソンにも賞に輝くチャンスを与えて!という声は当事者や周囲からも叫ばれているのですが、現状はその要望が実現される兆しはないようで…。悲しいですね、あれだけ危険を覚悟で頑張っている人たちなのに…。私にはなぜこんなにも映画業界がスタントに冷たいのか以前からさっぱり理解不能なのですが、しょせんは裏方であり、表のステージに出てはいけないみたいなタブー意識があるのでしょうか。
中には俳優自らが危険なスタントに挑戦しているケースもあります。骨折をものともしないトム・クルーズさんとか…。でもそんなトム・クルーズも『ミッション:インポッシブル フォールアウト』でスタントマンの人をそのまま敵に起用して出演させるなど、目立たない功労者をなるべく表に出してあげようという心遣いがチラ見えしていました。
この状況を改善しようと努力している人たちもいるのでしょう。
そんなスタントパーソンの中でもさらに注目されてこなかったのが、女性のスタントパーソン、つまり「スタントウーマン」です。
そうあらためて指摘されると「そうか、女性のスタントの人もいるのか…」と今さらになって気づく人もいるかもしれませんが、もちろんスタントウーマンは映画の中に確かに存在します。
今回紹介するドキュメンタリーはそんな影に隠されていたスタントウーマンの素の姿を映し出した作品です。それが本作『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』。
本作ではそのタイトルどおり、映画業界で活躍するスタントウーマンたちが表舞台に登場し、自身の経験や苦労、そして業界におけるスタントウーマンの現状と未来を口々に語っていきます。
あの話題作や有名映画の裏で仕事していたスタントウーマンたちが次々と出演し、その裏を語ってくれるというだけでも、映画ファンにとっては貴重なドキュメンタリーです。
しかし、それ以上に本作は女性が男社会の職場で仕事することの意味を赤裸々に伝えるものでもあり、ある種のキャリア論としても大きく頷ける面がいっぱいあります。ただの映画マニアだけが舌鼓を打つ作品ではないわけです。なので映画業界にはそんなに興味ないかなという人でも鑑賞の価値ありです。
監督は“エイプリル・ライト”という人で、過去には2019年には『Going Attractions: The Definitive Story of the Movie Palace』、2013年には『Going Attractions: The Definitive Story of the American Drive-in Movie』という映画ビジネスの変移を追いかけていったドキュメンタリーを監督したりもしています。この『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』は映画産業を浮き彫りにする“エイプリル・ライト”監督ドキュメンタリーの3作目ということですね。
そして作中でナビゲーターのようにスタントウーマンと観客の橋渡しになってくれているのが、『ワイルド・スピード』シリーズや『バイオハザード』(2002年)などキャリア初期からアクション映画に出演していた“ミシェル・ロドリゲス”です。彼女はデビュー作『ガールファイト』(2000年)からしてパワフルにスポーツに捧げる女性を熱演した人物ですから、このスタントウーマンとの相性は抜群。実際、作中でもスタントウーマンたちと仲良さそうなことがよく伝わってきます。
この『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』を見れば、文字どおりガラスの天井なんてスタントのように体当たりで粉々にぶち壊せる…そんな勇気が湧くかもしれません。
ちなみに本作の日本での配給を決めたのは「イオン・エンターテイメント」。良い仕事してます。最近はどんどん信頼できる配給として映画ファンの支持率爆上がりですね。
オススメ度のチェック
ひとり | :映画ファンは必見 |
友人 | :アクション映画好き同士で |
恋人 | :デート向けではないけど |
キッズ | :職業への夢が広がる |
『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』感想(ネタバレあり)
彼女たちの名を知っていましたか
早朝にランニングをする女性。日々の健康のために走っている…わけでもない。彼女たちは自分の仕事のために体力づくりに余念がないのです。その仕事とはひとめにつかない、裏のもの…。
彼女たちの仕事は…スタントウーマン。
『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』を観て真っ先に思うのは、「こんなにスタントウーマンっていたのか!」ということ。バカっぽい感想ですけど、事実そう思ってしまう。
そもそも作中で取り上げられるスタントウーマンの名前をひとりでも知っている人はいましたか。年に何百本も映画を鑑賞するようなシネフィルでも、明晰な批評を書くライターでも、スタントパフォーマーのことが眼中になかった…そういう人の方が大半なのではないでしょうか。
正直に告白すれば私もスタントウーマンとして働く人の名前を誰ひとり明確に認識していませんでした。女優だったら何百人の顔と名前が一致できるのに、スタントはゼロだなんて…。自分の無関心さが本当に申し訳ない…。
実際にはこんなにも魅力的に活躍するスタントウーマンたちがひしめきあっていました。
エイミー・ジョンストン、アリマ・ドーシー、シャリーン・ロイヤー、ジーニー・エッパー、ジュリー・アン・ジョンソン、ジェイディー・デビッド、デヴィン・マクネール、ハイディ・マニーメイカー、ハイディ・マニーメイカー、ルネー・マニーメイカー、ドナ・キーガン、ミシェル・ゴンザレス、シェリル・ルイス、ジェニファー・カプト、ケリー・ロイシン、ハンナ・ベッツ、リー・ジン、タミー・ベアード、ケイトリン・ブルック、ヴァイア・ザガナス、ジェシー・グラフ、メリッサ・スタブス、デビー・エバンス。ドナ・エバンス、ラフェイ・ベイカー、アンジェラ・メリル、キーシャ・タッカー、マリッサ・ラボグ、トニア・デイビス、ジェニファー・ミルリア、ゼンダラ・ケネディー…他にも多数。
これらのスタントウーマンは、映画データベースサイトにも作品のスタッフとして掲載されないのがほとんどです。だから名前でネット検索してもヒットすらしない。完全に透明化されています。
けれどもその活躍は映画のアクションを支えるものとして欠かせません。“エイミー・ジョンストン”は『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』でスカーレット・ヨハンソンのダブルとして出演。“レネー・マニーメイカー”は『キャプテン・マーベル』で活躍し、表の主演のブリー・ラーソンに最大級の賛辞を贈られました。白人だけではありません。”キーシャ・タッカー”(ケイシャ・タッカー)は『ブラックパンサー』や『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』で大活躍。
もはや今のアクション映画大作であれば絶対にその裏にはスタントウーマンがいると思っていい状況。
もちろんその歴史には先駆者がいて、テレビシリーズの『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』(1975〜1979)にてリンダ・カーターのスタントを務めて伝説化している“ジーニー・エッパー”、『ダーティハリー』など1960年代からスタントウーマンとして活躍してきた“ジュール・アン・ジョンソン”、ハリウッドで初めて黒人女性のスタントウーマンとしてキャリアを確立して『フォクシー・ブラウン』(1974年)や『大地震』(1974年)に出た“ジェイディ・デイビッド”など裏のレジェンドの貫禄も凄いです。
本当は女性の職場だったのに…
そんなスタントウーマンをただ「カッコいいね~」と褒めちぎっているだけでもいいのですが、『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』はそれだけではないです。歴史というものに焦点をあてます。
意外なのはこれらスタントウーマンが最近のフェミニズムの潮流に乗っかって目立つようになったわけではないということです。実は昔から女性がスタントしていたのでした。それもハリウッドの黎明期、1910年代の頃から…。
1910年代の全盛期のハリウッドは女性や移民に支えられており、当時はみんな女優がやっていました。階段から落ちるスタント、落馬するスタント、嵐の水に耐えるスタント…それだけではなく今だったら考えられないようなとんでもないスタントすらも連発。こうなってくると「女優」という概念すらも吹き飛びます。
しかし、映画という産業がカネになると世間が知るとどこからともなく金儲けに目がくらんだ男性たちが大挙してやってきて、女性を締め出していく…。その後の女性たちは80年間つまらない役に…というオチ。
多くの業界で見られる定番の「男の乗っ取り」現象ですが、ここスタントの世界でもなのか…。
そんな経緯もあって、スタントウーマンたちは男性から仕事を取り返すという壁を突破しないといけなくなります。これがまたどんな危険なスタントよりも厄介でした。
女優のスタントすらも女装した男性スタントマンがやる状況。自分がいい仕事をすると「女の割には…」なんて謎のマウントをとってくる男の世界。スタントマンの協会すらも入会を断られる始末。
「男の職場」に変貌しているのです。
その中には女性ならではのハードルもありました。例えば、スタントウーマンは女優の影武者になるという前提があるので、女優の影響をもろに受けます。そもそも女優の出番がなければ、スタントウーマンの出番もありません。そして女優と同じ格好をしないといけません。当然、その格好は女優がいかにも着てそうなファッションばかりで、歩きにくい靴を履かされたり、動きにくい服を着せられたり…。一方の男性たちはパッドを余裕で装着できる。スタントウーマンは露出度のせいでパッドが乏しく、「パッドがもっとほしい」とボヤく当事者の声が切実でした。代役する女優と似ていないといけないので、スタイルも保つ必要がでたり、全然スタントに集中できない環境で、これはもう明らかに男性よりも女性の方が難易度が跳ね上がっています。
でもこういうスタントウーマンの実情は意識しないと全然他者には理解できないことで、今作であらためて指摘されて私も「なるほど」と認識にいたりました。
さらなるキャリアアップ
そんな映画以上に現実の過酷さに直面することになるスタントウーマンたち。差別という爆風を浴びて、偏見という段差を飛び越えて、ひたすらに職業へのリスペクトという武器を振り回す。
その歴史もありつつ、しっかりキャリアを重ねていくスタントウーマンたちの姿は、この業界に限らず、あらゆる現場で同じく性差別を受けながらも働く女性たちにとってのモデルケースになるものでした。
女性はミスをすると個人の失敗というだけでなく、女性全体の欠陥として非難される。そんな世界でも、自分の意志を前に出すことを躊躇しない。
「家庭があるだろう、子どもができたら、40歳を過ぎたら」…そんな圧力に屈することなく、女性のアクション監督としてキャリアアップするベテランの姿は頼もしいです。
私も今作を観て痛感したのですけど、アクション監督ってなんで必要なのか。なぜアクションだけ別に監督がいるのか。それは本来の監督は撮影とか脚本とか他のことにも気を配っているのでアクション・スタントに関して疎かになってしまうことがあるんですね。だからスタントにおける命の保護を最優先に考えられるアクション監督が別にいるんだということ。それを女性が担うというのはやっぱり大事で。
現実には体が不随になったり、亡くなる仲間もいる。そのスタントパフォーマーがみんな持っている無念さは当事者にしかわからないですし、他人が外からとやかく言うことでもない気もする。
やれるスタントかどうかは自分で判断し、ダメならセットを指示する。スタントって単に一発屋みたいに体を張っているだけでなく、こんなにもクリエイティブなんですね。
大勢の男性相手でも「人を怒らせるのを怖がっちゃダメ」と言い切るベテランのスタントウーマンはわきまえません。
そこにはいつも女性の連帯が
また、他にも印象的だったこととして「女性の連帯」です。
これは“エイプリル・ライト”監督もインタビューで語っていたことなのですが、世間(それはもちろん男性中心ということ)では女性は「互いに対立し、同性を蹴落とそうとしている」とネガティブに見られがち。でも実際は違いました。
本作では職業や世代を超えた女性たちの連帯が輝いています。女優はスタントウーマンに尊敬を抱き、称賛を送る。そしてベテランが後輩のスタントウーマンに指導をする。年を取ってあの興奮に満ちたスタントの世界に戻れないことを涙を流して悔やむ高齢の元スタントウーマンに対しては、敬意を持って憧れを語り、労わる。人種という枠も乗り越えて互いに仲間として手をとりあう。
スタントウーマンの世界は小さなコミュニティであり、ひとつの大家族のようになっています。姉妹であり、母であり、子である。だから厳しい差別を破壊してこれたんですね。
映画業界では物語のテーマとしてシスターフッドを取り上げることもグッと増えた印象がありますが、映画界にはこんなにも素敵で身近なシスターフッドがあったんじゃないか、と。
やっぱり繰り返しますけど、これだけの仕事に対してもっと映画業界は何かをすべきではないのか。クレジットに載せるだけではない、しっかりとした功績への見返りを。
「君じゃ無理」の前に「やってみる」…挑戦あるのみの女性たち。私にできることは拍手を送ることと、障害物にならないようにすることですかね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience –%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)STUNTWOMEN THE DOCUMENTARY LLC 2020 スタント・ウーマン ザ・アントールド・ハリウッド・ストーリー
以上、『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』の感想でした。
Stuntwomen: The Untold Hollywood Story (2020) [Japanese Review] 『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』考察・評価レビュー