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『ウィル&ハーパー』感想(ネタバレ)…私にはトランスジェンダーの親友がいる

ウィル&ハーパー

私にはトランスジェンダーの親友がいる…「Netflix」ドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Will & Harper
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:ジョシュ・グリーンバウム
自死・自傷描写 LGBTQ差別描写
ウィル&ハーパー

うぃるあんどはーぱー
『ウィル&ハーパー』のポスター。2人の男女が車の前座席にいる姿を映したデザイン。

『ウィル&ハーパー』簡単紹介

コメディアンとしてハリウッドで長らく活躍してきたウィル・フェレルはある日、長年のビジネス・パートナーである親友から突然の手紙を貰う。それは「自分はトランスジェンダー女性であり、性別移行した」とカミングアウトするものであった。ウィル・フェレルはそのハーパーと再会し、アメリカを横断するロードトリップに出かけ、お互いについて率直に語り合うことにする。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ウィル&ハーパー』の感想です。

『ウィル&ハーパー』感想(ネタバレなし)

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ウィル・フェレルと旅をしよう

「実は私はトランスジェンダーなんです」

他者からそう言われたら、どう反応するべきか…。

別にトランスジェンダーに限らず、何かしらの性的マイノリティの当事者であると友人や家族などからカミングアウトされた場合、なんて返すべきなのでしょうか

これはよくある疑問ですが、同時に明確な正解のない問題です。

もちろん「相手を否定しない」という基本はあります。でもそれだけで万事OKというわけでもないでしょう。

カミングアウトをするというのは、「する側」にも「される側」にも、何かしらの緊張感が走ります。互いに探り探りになってしまいます。カミングアウトは単に打ち明けるのみならず、それ自体が人間関係の新たな駆け引きを意図せず生じさせてしまう…。

そうなってしまうのは、セクシュアル・マイノリティが差別されている社会構造ゆえなのですけども、社会がどうであれ、個人と個人の人間関係はこれはこれでその人同士にしかわからない不文律があったりしますから…。

2022年、とあるハリウッドの有名な俳優&コメディアンの人物も、ある日、その体験をしたようです。そして考えに考え、その葛藤と答えを一本のドキュメンタリーにして私たちにもお裾分けしてくれました。

それが本作『ウィル&ハーパー』です。

本作で真っ先に顔を現すのが、今やアメリカのコメディ界の大御所である”ウィル・フェレル”。1995年から『サタデー・ナイト・ライブ』にレギュラー出演して名を馳せ、現在もたくさんのコメディ作品を生み出しているベテランです。近年は製作や製作総指揮の立場でも関わり、これまでにない幅を広げた作品を展開し、業界の活性化に貢献しています。

1967年生まれで、2024年時点で57歳の”ウィル・フェレル”ですが、もう何でも経験してきたであろうと思われた彼でも、まだ未知の出来事がありました

若かりし頃の『サタデー・ナイト・ライブ』時代からずっと一緒にやってきたライターの友人がいました。その人とは本当に仲が良く、2020年の『ユーロビジョン歌合戦 〜ファイア・サーガ物語〜』では共に脚本もやっていました。

”ウィル・フェレル”はその人をずっと「男性」として認識し、男友達のノリで無邪気にじゃれ合ってきましたが、コロナ禍になって少し会えなくなってしまいます。

そして2022年のある日、その人から急に連絡がきて、「自分はトランスジェンダー女性で、性別移行をした」とカミングアウトされたのです。”ウィル・フェレル”も全くの寝耳に水で、びっくりしたらしいのですけど…。その親友は61歳。互いに高齢に差し掛かり始めた年齢で、友情を深め切って知り尽くしたと思っていたら、こんな局面を迎えることになるとは…。

”ウィル・フェレル”は、その友人“ハーパー・スティール”と、アメリカを横断するいかにもベタなロードトリップに出かけることにしました

『ウィル&ハーパー』はその模様をカメラにおさめたドキュメンタリーです。

監督は、『バーブ&スター ヴィスタ・デル・マールへ行く』など”ウィル・フェレル”製作とは馴染み深い“ジョシュ・グリーンバウム”

これまでトランスジェンダーのカミングアウトをテーマにしたドキュメンタリーと言えば、『ジェーンと家族の物語』のような親子・家族間を映したものが多い印象でしたけども、『ウィル&ハーパー』のように中高年の親友同士というのはなかなかない焦点だと思います。

そして何よりもあのアメリカを象徴する国民的コメディアンがこういう作品を世に送り出したというのが、非常に大きいことなのではないでしょうか。”ウィル・フェレル”だって相当な覚悟が求められたはずです。下手したら友人を見世物にしておしまいになりかねません。

実際に中身をみると本作は”ウィル・フェレル”の率直で誠実な姿勢で満ち溢れており、まず親友を第一に考え、次にこのアメリカ中のトランスジェンダー当事者のことを想いながらこの作品の構成を練ったのがよくわかります。他人に優しく、社会に厳しく、自分を甘やかさない…”ウィル・フェレル”のフィルモグラフィーにおいて最もプライベートな作品です。

私にとっては”ウィル・フェレル”史上ベスト映画であり、2024年のベスト・ドキュメンタリーですね。

ぜひ観てほしい一作。トランスジェンダーに最初に触れる作品としてもうってつけでしょう。

『ウィル&ハーパー』は「Netflix」で独占配信されています。

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『ウィル&ハーパー』を観る前のQ&A

Q:『ウィル&ハーパー』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2024年9月27日から配信中です。
✔『ウィル&ハーパー』の見どころ
★優しさに満ち溢れており、感動を届けてくれる。
★トランスジェンダーをめぐる社会問題からも逃げない。
✔『ウィル&ハーパー』の欠点
☆旅が終わるのが少し寂しくなる。

オススメ度のチェック

ひとり 5.0:疲れたときにも
友人 5.0:心の友と
恋人 5.0:信頼できる相手と
キッズ 5.0:無知を乗り越える学びを
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『ウィル&ハーパー』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ウィル&ハーパー』感想/考察(ネタバレあり)

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カミングアウトの旅路

ここから『ウィル&ハーパー』のネタバレありの感想本文です。

ウィル・フェレルにしてはおちゃらけを相当に抑えたトーンでインタビュー風に始まる『ウィル&ハーパー』。それでも出だしはウィル・フェレルらしいお茶目さが滲み出ています。

しかし、親友から届いた一通の手紙を読み上げるとその空気はスっと消えます。

「やあ、ウィル。君に伝えたいことがある。私はもう年だ。報告することでもないかもしれないが、私は性別移行(ジェンダー・トランジション)して女性として生きていく。…(割愛)…大切な人を失わないことを願っている。名前はまだ考え中

この手紙を書いたハーパー・スティールいわく、何度も書き直したというその文章は、表層的には気軽そうで、でも決定的な宣言でもある…何とも言い難い文面。

事実、いつもふざけることで乗り切ってきたウィル・フェレルは作中でこれまでにない困惑した表情を浮かべて当時の心境を振り返ります。「これからどうすれば?」と…。

ウィル・フェレルはハリウッドでは百戦錬磨のコメディアンですが、「トランスジェンダーの人たちに会ったことはあったが、個人的にトランスジェンダーの人たちと関わったことはなかったので、私にとっては全く新しい領域だった」と別のインタビューで語っているようにThe Advocate、今回のような出来事は60年近い人生で初だったようです。

つまり、それはウィル・フェレルも「シスヘテロ白人男性」という井戸の中の蛙だったことを示しています。『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』でも取り上げられているようにコメディ業界にもクィアな人は常にどこかしらにいたはずですが、自分の世界に深く踏み入る経験はゼロだったのでしょう。

一方で、ハーパー・スティールも似たようなもので、トランスジェンダー・コミュニティに触れる機会はほぼなく(作中で同年代のトランス女性に会う)、ひたすらに自分の中で苦悩を秘匿にして抱えて生きてきたことが吐露されます。ハリウッドのエンタメ業界に属していても、これほど孤立を強いられるんですね。

1日目でハーパーの子どもたちにニューヨークのダイナーで会いますが(当人も納得で「パパ」と呼んでいる)、以前から女性の服を着ていた話も知っていて、それが離婚のきっかけのように示唆されるので、ハーパーは家庭でも孤独だったと察せられます。

ハーパーもどうやって自身を他人に語ればいいのか、その経験がありません。

本作は16日間のロードトリップの中で、この二者がまるで初対面に戻ったかのようにぎこちない会話で互いを再理解しようとします

「名前はどう決めたの?」という質問から、「胸の手術をしたときはどう感じた?」「他の部位は手術する?」「誰かと交際したいと思ってる?」といった疑問まで。言葉を選びながら1日1日でゆっくり問いを投げかけるプロセス。イタズラな質問攻めとは違う、相手を親友として尊重しているのも伝わります。

それに対して、ハーパーも「カミングアウトされて私に間違ったことを言ってしまうのではと恐れる気持ちはあった?」とズバリ聞いてきたり、問いを投げます。

中には、カウンセラーに女であることを否定されて女装は現実逃避だと言われた苦しさや、自分は女じゃないと証明しようとしてスポーツを観るようになった意外な裏側…。さらには、自殺を考えたけども、6年前に射撃場で銃を手にして怖くなったという生々しいものまで…。

この旅路の会話もまたカミングアウトの延長でした。何でしょうね、カミングアウトというのは「私は○○です!」と言い放てばその場の一瞬で終わりだと思われがちですが、やっぱり違うんですよね。自分と周囲の関係はどれくらい変わるんだろうという漠然とした不安の中で場合によってはいつまでも続く探り合い。これが性的マイノリティのカミングアウトだよねと再確認させられました。

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政治を乗り越えて「人」として新しい出発を

『ウィル&ハーパー』はアメリカらしいロードムービーのスタイルですが、これがトランスジェンダーというトピックにおいて、ひとつの別の緊張を生み出します。

それはアメリカではトランスジェンダーをめぐる法対応が異なり、いわゆる「反トランスジェンダー法」と呼ばれる迫害が起きている州もあるからです。2024年9月時点で、658の反トランス法が提案され、大半は否決されていますが、45の法が施行されてしまっていますTrans Legislation Tracker。これによって、一部の州では、ジェンダー・アファーミング・ケアが禁止されたり、性同一性に準じたトイレ利用ができなかったりしています

旅の中でいくつも州を巡れば否応なしに反トランス法のある州に遭遇します。作中では、反トランス政策を実行するインディアナ州知事のエリック・ホルコムとバスケ観戦で出くわしたりしていましたが…。

ハーパーは女性トイレに、ウィルは男性トイレに入っていく…という風景もサラっと映りますが、あんな何気ない日常だって州によって制限されます。

ファストフード店にて店員にミスジェンダリングされたり、日常の小さな扱われ方の粗雑さも何度も映し出されます。そのたびに隣のウィルは訂正するのですけど、気まずさと徒労を味わうハメになる…。

最も緊張感がピークに達するのは、オクラホマ州のバーに寄るシーン。保守的で反トランス法がある州であり、しかも南軍旗とトランプ支持が壁にデカデカと飾っているバーですから、必然的に「身の危険」を感じるのも無理ありません。

しかし、ハーパーがバーで入り、次にウィルも入って、性別移行の話題をおそるおそるすると、意外に温かい人たちがいて、ウェルカムな対応をしてくれます。別の場所でも「怖がらないで、来たらいい」なんて言葉をかけてくれる人も。

もちろん取材班が同行しているからだろうという深読みもできますが、それでも政治を超えて他者を受け入れることができるというひとつの可能性をみせてくれます。

その一方で、テキサス州のステーキハウスでは大衆の注目をあえて浴びてみると、やや空気が悪くなり、その場はなんとかなっても、ネットでは案の定のトランスフォビアな誹謗中傷の嵐で…

この後、ウィル・フェレルは涙を流してハーパーに謝罪しますが、おそらくウィルの内心ではいろいろな感情が去来してごちゃごちゃになっていたはず。友人の苦しみを理解していなかった自分への罪悪感、無力感、怒り、悲しみ、悔しさ…。

ただでさえ、ウィル・フェレルという人は一応セレブであり、常に大衆に見世物になってきましたし、その体験はじゅうぶんわかっていると思っていたでしょう。でもハーパーが経験していた”見世物”体験と全然違うんですよね。

それでもウィルは前を向きます。今の親友のために最大限のできることをしてあげるために…。ちなみにウィル・フェレルもかつて女装で笑いをとるようなこともしていましたが、もうやらないと言っていますしねPinkNews

本作は「人」は変われるのだということを静かに示す物語でもありました。性別の変化の話ではなく、自分の殻を破って価値観の更新ができるという意味で…。

印象的なのは、旅の途中で偶然出会ったひとりの女性。カウンセラーだったそうで、「30年前に妻の服を着る患者に出会ったが当時は私が受け入れられなかった」「自分があの人の人生の障害になってしまった」と後悔を語っていました。

自分の加害的な特権を自覚するのは確かにツラいです。それを一部の人は「多様性の押し付け」だとか「トラウマを与えて生きづらくしている」と非難する人もいます。

でも今作のウィルはそう考えていないでしょう。これは新しい自分の出発点なのだ、と。そう捉えることはできませんか?と提示してくれている気がしました。友人がひとりで人知れずに傷つくよりも、一緒になって傷つくほうがいいし、それが友情ですからね。アライ中高年男性のロールモデルが不足する昨今、今回のウィル・フェレルの姿は貴重でした。

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私にはシスジェンダーの友人がいます

『ウィル&ハーパー』の旅はウィル・フェレルが提案したので、彼が主導していますが、ハーパー・スティールの視点ではどうだったのか。

本作の終盤で、私が最も残酷で胸が苦しくなる場面は、やはり密かに買っていたカリフォルニア州にある家に寄るシーン。辺鄙なところにあり、ここで人目につかずに隠遁する気だったと吐露するハーパーは、自分が大嫌いだったと泣いて告白します。自身の絶望の具現化のような場です。けれどももう必要ないと言って…。

ハーパーは性別移行後はもう大好きだった旅もバー通いもできないと思っていましたが、今回こうやって実現できました。

この姿で旅をする嬉しさ、何よりも隣に親友が前と同じようにいてくれる頼もしさ。最後は浜辺でイヤリングをプレゼントしてくれて「自分を美しいと感じてほしい」と告げてくれる。ささやかだけど、こんな日常が自己肯定に繋がるんですよね。

「私にはトランスジェンダーの友人がいます」というセリフは「I have black friends」論法の派生として差別的レトリックになりやすいです。おおかた自分の差別を正当化する狙いで用いられます。

ウィル・フェレルが「私にはトランスジェンダーの友人がいます」と言う場合、それは当然そんなレトリックではないです。「痛みや喜びを共有し、ときに差別と共に闘います」という宣言です。

きっとハーパーも「私にはシスジェンダーの友人がいます」と自信をもって言えるでしょう。他のトランス当事者に紹介しても恥はない大切な親友でしょうから。

『ウィル&ハーパー』は他者を信じてみたくなるドキュメンタリーでした。

あと、クリステン・ウィグ作曲の「Harper and Will Go West」、ぜひアカデミー賞の最優秀歌曲賞を受賞してください。

『ウィル&ハーパー』
シネマンドレイクの個人的評価
10.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
◎(充実)
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関連作品紹介

トランスジェンダーを題材にしたドキュメンタリーの感想記事です。

・『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』

・『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』

・『ココモ・シティ』

作品ポスター・画像 (C)Netflix ウィル・アンド・ハーパー

以上、『ウィル&ハーパー』の感想でした。

Will & Harper (2024) [Japanese Review] 『ウィル&ハーパー』考察・評価レビュー
#ウィルフェレル #ロードムービー #トランスジェンダー