久しぶりのアレクサンダー・ロックウェル監督…映画『スウィート・シング』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年10月29日
監督:アレクサンダー・ロックウェル
性暴力描写 DV-家庭内暴力-描写 児童虐待描写
スウィート・シング
すうぃーとしんぐ
『スウィート・シング』あらすじ
マサチューセッツ州ニューベッドフォードで暮らす15歳の少女ビリーと11歳の弟ニコ。一緒に暮らしている父のアダムは普段は優しいが酒のトラブルが尽きず、泥酔すれば横暴な態度をとることもある。ある日、ついに父は強制入院させられることになってしまい、他に身寄りのない姉弟は、やむを得ず家を出ていった母のイヴの元へと転がりこむ。しかし、そこにもまた子どもたちにとっては危険な存在がいて…。
『スウィート・シング』感想(ネタバレなし)
アレクサンダー・ロックウェル監督の再訪
初めて観たインディペンデント映画は何だったでしょうか。
正直言って私は全然思い出せない…。そもそも私が映画をたくさん観るようになり始めた頃は、またブロックバスターとかインディペンデントの区別すらもついておらず、ただただがむしゃらに映画を貪っていただけでしたからね。記録もとっていないし、今みたいな感想をサイトやSNSにあげてもいないし、覚えているわけないのは当然で…。
でもどこかで何かを観ているはずなのです。人生最初のインディペンデント映画を。
まあ、ともあれある程度のコアな映画ファンになり始めると、自分の好きなインディペンデント映画の監督が見つかったりするものです。
質問を変えましょう。あなたの好きなインディペンデント映画監督は誰ですか?
“ジョン・カサヴェテス”? “ジム・ジャームッシュ”? “スティーヴン・ソダーバーグ”? “クエンティン・タランティーノ“? “スパイク・リー”? “アリソン・アンダース”? “ソフィア・コッポラ”? “ケリー・ライカート”?
ずっとインディペンデント作品を撮っている人もいれば、有名になって大作を撮るようになった人もいるし、大作を撮っていたけどしっくりこなかったのかまたインディペンデント界隈に戻ってきた人もいる。
その個性豊かなフィルムメーカーの中でも今回はあるひとりの監督のスポットライトをあてます。それが“アレクサンダー・ロックウェル”。
“アレクサンダー・ロックウェル”の名はそこまで広く有名というわけではないと思いますが、アメリカのインディペンデント映画の歴史では外せない人物です。話題になったのは1990年代。1992年の監督作『イン・ザ・スープ』が高評価を集め、当時のシネフィルの間で話題騒然だった『レザボア・ドッグス』を差し置いて、大熱戦だったサンダンス映画祭で作品賞を受賞しました。以降は注目のインディペンデント監督として存在し続けます。
多くの俳優のキャリアのスタート地点にもなりました。『イン・ザ・スープ』では主演の“スティーヴ・ブシェミ”、脇には“サム・ロックウェル”、“スタンリー・トゥッチ”と、今でいうバイプレーヤーが勢揃いしていましたし、2002年の監督作『13 Moons』では“ピーター・ディンクレイジ”のキャリアアップに繋がりました。
1995年には『フォー・ルームス』という、“アレクサンダー・ロックウェル”、“アリソン・アンダース”、“ロバート・ロドリゲス”、“クエンティン・タランティーノ”の4人のオムニバスも作り、気鋭の監督のおなじみのメンバーでもありました。
ところが“アレクサンダー・ロックウェル”はその後、表舞台に出てこなくなります。おそらく当時のインディペンデント界隈を引っ張っていた“ハーヴェイ・ワインスタイン”(あの性犯罪親玉です)と折り合いが悪かったせいなのでしょう。
そんな“アレクサンダー・ロックウェル”も2010年になると徐々にまた顔を出し始めます。2010年の『ピート・スモールズは死んだ!』はいつもの作風でした。しかし、2013年の中編作『Little Feet』で、監督の長女“ラナ”(当時7歳)と長男“ニコ”(当時4歳)を起用し、モノクロでアプローチするという、新境地を披露し、“アレクサンダー・ロックウェル”はまた面白いことになってきます。
そして2020年、“アレクサンダー・ロックウェル”監督がその新スタイルで送り出した新作映画が登場。それが本作『スウィート・シング』です。
今回もモノクロ(全部ではない)で、自身の子どもたちである長女“ラナ”(15歳)と長男“ニコ”(11歳)を主役にしています。お話は大人の保護を失って居場所が消えた子どもたちがあてもなく彷徨うというロードムービーであり、懐かしさと切なさが同居する味わい深いドラマです。
邦題は『スウィート・シング』ですが原題を見ればわかりますが「Sweet Sing」ではなく「Sweet Thing」です。「愛しい人」なんて意味にもなりますが、映画を観るといろいろな意味で解釈できると思います。
共演は、『ミナリ』でも変な役で登場した“ウィル・パットン”。“アレクサンダー・ロックウェル”監督とは『イン・ザ・スープ』からの仲ですね。また、監督の妻でもある“カリン・パーソンズ”もでています。ほぼ身内映画です。
宣伝の雰囲気から『スウィート・シング』はほのぼの青春ドラマという感じを漂わせていますが、家庭内暴力、児童虐待、とくに子供への性暴力が割としっかり物語上で描かれるので、そこは注意を。
でも本当に久しぶりに“アレクサンダー・ロックウェル”監督の新作が劇場で観れる機会なので、ぜひ体感をしてみてください。
オススメ度のチェック
ひとり | :シネフィルは注目の一作 |
友人 | :監督作が好きな人同士で |
恋人 | :親子ドラマではあるけど |
キッズ | :子どもへの暴力描写あり |
『スウィート・シング』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ある家族の物語
路上の車のタイヤにこっそり釘を仕掛ける悪戯をする2人の子ども。ビリーとニコの姉弟は今日も元気です。ニコはダーラという女の子に恋愛的好意で迫られているのにうんざりしており、それを姉のビリーにからかわれます。
一緒に暮らす父のアダムは、そんな不平不満を口にする息子に対して「もう学校には行かないほうがいいな」とお気楽に接しています。唐突にアダムは「何でも手に入るとしたら何が欲しい?」とニコに全然さりげなくはない感じで聞いてきます。ニコは無邪気に「ランボルギーニかフェラーリ」と答え、さらに「専用プールがある豪邸も」と要求。そこで3人で一緒に暮らす夢を語り合い、3人は笑い合います。
サンタの衣装で父は仕事に向かおうとします。ビリーは「ツリーは?」とこっそり父に聞きます。「任せておけ」とアダム。2人はニコのためにクリスマスの喜びを提供してあげようと画策していました。
当のニコは「サンタを信じるのはガキだけだ」と言っていますが…。
そして父は泥酔して帰宅。ツリーを抱いています。陽気に笑いながらフラフラとしつつ、知り合いのフレディについてボヤキながら、「明日は母さんと中国料理だ」とブツブツ言いながら朦朧。そんな父をベッドに寝かせるビリー。
アダムは呟きます。「メリークリスマス。お前みたいな子に恵まれて幸せだ」
その後はサンタが来た痕跡を残すビリー。準備はできました。
朝。サンタが来たと大興奮のニコに起こされます。置き手紙もプレゼントもあり、父に水をかけて起こすニコはテンション絶好調。興奮冷めぬままにプレゼントを開け、そこには楽しそうな家族の姿がありました。
父はおもむろに奥からビリーへのプレゼントを持ってきます。それは小さなギター。予想外の贈り物に感極まるビリー。
「そろそろ出かけないとな。母さん怒るぞ」…今日は別居している母と食事をする約束もありました。父は普段のだらしない格好からやや小綺麗な格好にチェンジ。ダーラがまた訪ねてきましたがテキトーにかわし、3人は出発です。
中華料理店の前で待つ3人。車が来ます。しかし、ひとりかと思ったら母のイヴは男連れのようで、父は話をつけようとします。けれども、その男にねじ伏せられ、車は行ってしまい…。
計画は大失態に終わり、父は酒店でアルコールを買いしめ、飲んだくれるだけ。なんとか寝かせようとするビリーですが、酔っぱらった父はビリーの髪を強引に切ろうとします。ニコは姉を守ろうとするも部屋を閉め出され…。
切られた髪にショックを隠せないビリー。ニコは自分も一緒だと自らの髪を自分から切って、姉に寄り添います。
父は相変わらず酒浸りで、路上で発狂し、仕事中もぶっ倒れる始末。ついに父は警察に捕まってしまい、病院に強制的に入院することに。
保護者がいないビリーとニコは、母のもとへ転がり込みます。母のボーイフレンドであるボーの別荘です。
しかし、そこではさらにとんでもない事態が待ち受けており…。
「大人」という自然災害
『スウィート・シング』は序盤はとても温かみのある家族ドラマです。クリスマスの時期のささやかな幸せ。貧しくとも互いを思いやる家族がいることの尊さ。
しかし、その空気は一変。本作では父親のアダムのアルコール依存症としての酷さというものがかなり情け容赦なく突きつけられます。「お父さんったら飲みすぎちゃったんだね~」くらいの軽さでは済みません。もう泥酔してしまった父親は子どもたちにとってはただただ負担でしかありません。父はどうせ酔って覚えていないのですが、子どもたちはしっかり記憶に刻まれます。酔っぱらい路上で醜態をさらす父の姿は子どもたちにとっては自尊心を傷つけられ、自分の人生においても恥にしかなりません。
そして今度は別の男が子どもたちを苦しめます。母親のボーイフレンドのボーです。見るからにがさつで支配的な雰囲気を漂わせていましたが、子どもたちに平然と虐待的な態度で接してきます。ニコにはビンタなどの暴力を振るい、アルコールを強要し、あげくには性器を見せつけるという悪行まで。ビリーに対しても性行為の話をお構いなしにふっかけるなど、セクシャル・ハラスメントを公然とやめません。母さえもドメスティック・バイオレンスにおけるマインドコントロール状態になっているので、子どもたちの味方をしてくれない。
『スウィート・シング』で描かれる「大人」という存在は、子どもにとっては「自然災害」と同じようなもので、あまりにも強大で恐ろしいものでした。子どもにはどうしようもありません。
“アレクサンダー・ロックウェル”監督はこれまではむしろこういうダメな大人側を主人公に描いてきた監督であり、そういう意味ではこういう大人を描くのが非常に得意です。今作では視点を変えて、弱者目線でその大人の有害さを映し出すことに専念しており、持ち味だった得意技の応用という感じでした。
夢はずっと見られない
後半は、思わず身の危険を感じたがゆえにボーをナイフで刺してしまったことをきっかけに、行くあてのない逃避行をすることになってしまった子どもたちを描きます。
このあたりは『スタンド・バイ・ミー』へのオマージュも見られたり、前半にあった緊張感とは対比される、ある種の一時の解放感を楽しむパートです。
ただ、ここでも絶妙に緊張感は時折フッと湧き上がってきたりします。例えば、あの侵入して遊びまくっている豪邸で何気なく銃を拾ってしまう場面。
だいたい子どもたちだけでこんな行動をしている時点で危険ですからね。どんなに映画的にドラマチックに表現されてもそのリアルは否定できません。
この逃避行パートでは、ビリーとニコ以外にもマリクという少年が加わります。彼は母に暴力を受けたらしく、施設で10年暮らし、スマイルマークの傷を見せます。現実を謳歌する術を得ている子に見えますが、そんなマリクにも悲劇が…。子どもとしての弱さだけではない、貧困や人種などの苦しさも押し付けられる。それはあまりにも理不尽で…。
子どもたちの夢想はここで強制終了してしまうのでした。
ビリー・ホリデイはもうひとりの自分
『スウィート・シング』は演出も良かったです。
スーパー16ミリフィルム撮影の美しいモノクロは、カラー映像をあえてモノクロ化する処理をしているそうですが、とても人の朧げな記憶を再現するようで刺激的です。そこから理想的な絵として映されるシーンだけカラーになるという演出も効果的。
主人公であるビリーの名前の由来だという歌手“ビリー・ホリデイ”(幼児期に虐待を受けた人生を背負っているので、本作のビリーとも重なる)。その“ビリー・ホリデイ”の「I’ve Got My Love To Keep Me Warm」、映画のタイトルにもなっている“ヴァン・モリソン”の「Sweet Thing」など、楽曲の使い方も目立ちすぎずにさりげなく効いていました。
俳優としては、マリクを初々しく演じた“ジャバリ・ワトキンス”の存在感も印象的で、本作で映画デビューなのですが、スケートパークで見つけた子らしいです。こういうキャスティングもインディペンデント映画ならでは。
オチとしては児童虐待を扱う点においてはやや甘い着地だとは思います。仮に父のアルコール依存症が治療できたとしてもあの生活環境だと厳しい面もあるでしょうし…。『メイドの手帖』とか観ていると余計にそう思ったりも。
しかし、“アレクサンダー・ロックウェル”監督のこの子どもムービーのスタイルはまだまだ魅力を輝かせそうです。今後もこんな“リチャード・リンクレイター”風のやり方でいくのかな。
“アレクサンダー・ロックウェル”監督の作品を2021年になっても観られる幸せ。このうえなく悲しいけれど、このうえなく幸福…という言い回しは確かにぴったりかもしれない。子どもの限界と可能性を両方見せられる映画でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience –%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)photo:Lasse-Tolboll スウィートシング
以上、『スウィート・シング』の感想でした。
Sweet Thing (2020) [Japanese Review] 『スウィート・シング』考察・評価レビュー