難民がオリンピック選手になるまで…Netflix映画『スイマーズ: 希望を託して』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:サリー・エル・ホサイニ
性暴力描写 セクハラ描写
スイマーズ 希望を託して
すいまーず きぼうをたくして
『スイマーズ 希望を託して』あらすじ
『スイマーズ 希望を託して』感想(ネタバレなし)
難民選手団のそれぞれの人生
2022年12月現在、「オリンピック」と検索すれば談合や汚職など不正のニュースばかりがでてきて、先の2020年東京オリンピックの腐れた面が続々と明らかになっている現状です。
そんな中でオリンピック絡みの話をするのもあれですが、「難民選手団」という存在を知っているでしょうか。これはわりと最近になって登場したものなので、あまり知らない人がいるのも無理ありません。
世界中に「難民」と呼ばれることになってしまった人たちが大勢います。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)では「迫害、戦争、暴力などのために自国からの脱出を余儀なくされた人」と難民を定義しています。
そこで問題になるのがオリンピックのような国ごとに選手が出場するものです。どんなにスポーツの才能があっても難民になってしまうと大会への出場が著しく難しくなってしまいます。そこで2016年3月、国際オリンピック委員会(IOC)は、難民危機の影響を受けた潜在的なアスリートたちにオリンピックの出場資格を得て参加する機会を提供するための専用のチームの創設に合意しました。それが「難民選手団」です。
難民選手団が最初に出場したのが2016年のリオデジャネイロオリンピック。そして2020年東京オリンピックでも引き続き出場し、29名の選手が参加しました。メダルを獲得した人はいませんでしたが、スポーツの平等において出場できるだけでも大切なことでしょう。
そんな難民選手団のアスリートがスポーツしている姿を見ているだけだと、なんだか他の国の選手となんら変わりないように思えてきますが、実際は表からは想像もできないような過酷な人生を辿って来た人もたくさんいます。
今回紹介する作品は、そんな難民選手団のひとりとして加わった、とあるアスリートの半生を映像化した伝記映画です。
それが本作『スイマーズ 希望を託して』。
本作は「ユスラ・マルディニ」という実在の女性を主人公としています。ユスラ・マルディニは1998年にシリアで生まれ、ダマスカス郊外で育ちました。2012年には世界水泳選手権でシリア代表として出場するほどに泳ぎの才能がありました。次の目標はオリンピックだ…そう考えていた矢先、不幸が襲います。それがシリア内戦です。
シリアは2011年にアラブ諸国に波及した「アラブの春」以降、政府軍と反体制派で内戦状態に陥り、バッシャール・アル=アサド政権をめぐってアメリカをはじめとした多国籍軍と、逆にアサド政権を支援するロシアなどの軍事介入による衝突も激化。内戦は今も泥沼化しています。
UNHCRの推計によると、2017年までに約630万人がシリア国内で避難生活を送り、500万人以上が国外に逃れたそうです。
ユスラ・マルディニも17歳の頃に姉と一緒にシリアからヨーロッパへ避難し、そしてそこでアスリートとして再出発し、難民選手団に抜擢。2016年のリオと2020年の東京の2つのオリンピックで出場を果たしました。
これだけ聞くと「ああ、良かったね」という感じの感想で終わりかねないのですが、『スイマーズ 希望を託して』を観ればその人生の旅路はとんでもなく壮絶だったことがわかります。オリンピック出場以前によく生き抜けたなと思ってしまうほどの過酷さです。
『スイマーズ 希望を託して』の物語のほとんどは、ユスラ・マルディニが難民として避難する旅路を描いており、よくあるスポーツ映画とは全然違います。でもこのユスラ・マルディニにとってはこれこそがアスリートとしての試練だったのだということが、何も知らない私たち観客に突きつけられる内容です。
監督は『My Brother the Devil』(2014年)で新人として脚光を浴びたエジプト出身の“サリー・エル・ホサイニ”。脚本には『エノーラ・ホームズの事件簿』でおなじみの“ジャック・ソーン”も参加しています。女性を主人公にした社会派題材でありながら親しみやすいエンターテインメントのさじ加減も忘れていないバランスの良さは“ジャック・ソーン”の持ち味で、この『スイマーズ 希望を託して』でも発揮されています。
俳優陣ですが、主人公の姉妹を演じるのは“ナタリー・イッサ”と“マナル・イッサ”という本当に実の姉妹の2人。そのせいか作中でも息ぴったりです。他には『The Furnace』の“アフマド・マレック”、『アーミー・オブ・シーブズ』の“マティアス・シュヴァイクホファー”など。
『スイマーズ 希望を託して』はNetflixで独占配信中。ドラマチックなボリュームがあるので、家でゆっくり観たいところ。
難民問題に関心がある人は必見の映画です。
『スイマーズ 希望を託して』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2022年11月23日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :題材に関心があるなら |
友人 | :水泳に興味ある同士で |
恋人 | :ロマンス要素はほぼ無し |
キッズ | :大人のドラマです |
『スイマーズ 希望を託して』予告動画
『スイマーズ 希望を託して』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):故郷をでるという決意
2011年、シリアのダマスカス郊外。日中のプールで子どもも大人も楽しんでいます。そこに顔を水面にして浮かび、どちらが息を長く止められているかを競っている姉妹がいました。
妹のユスラと姉のサラの2人は仲良しで、今日はユスラの誕生日パーティーがサプライズであるのですが、事前にサラはバラしてしまいます。姉はちょっと意地悪です。
みんながパーティーで盛り上がる中、サラはバッシャール大統領の辞任を求めて抗議が活発になっているという動画を見つめていました。そこへ母がやってきて、シリアは平気だと言い、妹を祝うように促します。
国内大会の選考会でユスラは個人ベストを更新し、コーチでもある父もご満悦。サラも優勝したことがあるのですが、期待されているのはユスラでした。
2015年。すっかり水泳から遠ざかったサラはクラブで爆音とともに騒いでします。しかし、遠くの街が爆撃が炎上している光景をユスラは見つめていました。
ユスラはオリンピックのための朝のプール練習があるのでもう帰ろうと言います。けれども「シリアはもう滅んだんだよ」とサラは能天気。ところがふとスマホでSNSを見たサラはラザンが爆撃で亡くなったという情報を知ります。それでも「こんなときこそ遊ぶんだ」とサラはハイテンション。ユスラはそんな姉を見つめるしかできません。
銃を持った男たちがうろつく夜の街を通り抜け、酔っぱらったサラを抱えてユスラも帰宅。母は「何時だと思っているの」と叱ります。ラザンのことを語り、ユスラは母と抱き合います。
マイケル・フェルプスの動画を見て泳ぎ方の研究を父とするユスラ。目標はオリンピック出場です。
そんな中、友人のハーラがドイツに行ってしまったことが判明。家族との再会を申請し、家族ごと移住するつもりのようで、18歳以下ならできます。
ある日、姉妹でバスに乗っていると、武装した男が乗り込んできて身分確認を求めてきます。サラはふざけて笑い出し、不快な身体チェックをされます。ユスラにも行い、体をまさぐられても抵抗できずに堪えていると急に狙撃。騒然としながらバスはその場を退避します。
こんな場所では生活できない。そう実感した姉妹は両親にヨーロッパに姉妹だけまず退避する案を話してみます。17歳のユスラが18歳になる前にやらないと家族を呼び戻せません。両親は無謀で危険だと反対。
いよいよ肝心のユスラの水泳の本番の日。ユスラは綺麗に飛び込み、泳ぎ出します。サラは横目でそんな妹を見つめ、父はストップウォッチ片手に真剣に競技を観察し、母と幼い妹シャヒドは客席で応援しています。
すると急に爆撃を受け、建物の屋根は崩壊。水中のユスラの前に爆弾が落ちてきて、ゆっくりプールの底に…。爆発はしませんでしたが、父とサラが急いで飛び込み、ユスラを救出します。
もう危機は目の前にある。そう痛感し、はとこのニザールもドイツに行くからと父に再度提案。「私がユスラを守る」とサラは説得し、なんとか許してもらいます。
涙ながらに家族と別れ、姉妹は旅立ちますが…。
生き抜くためにスイマーになる
『スイマーズ 希望を託して』は冒頭は穏やかなプールの憩いの場から始まるのですが、すぐに状況は緊迫していきます。まずこの日常の中に内戦があるという世界が不気味に描かれているのが印象的です。
クラブで爆音の中で騒いでいるその背景の炎上する街並み。何気ない移動だけでも恐怖を感じ、極めつけは水泳競技中の空爆です。
あの泳いでいるユスラの前に爆弾が沈んでくるシーンはこの映画の行く末を示唆する意味深い演出でもあり、本作はこんな感じで随所に効果的な演出が挟み込まれて物語を引き締めてくれます。
本作のユスラは水泳選手ではあるのですが、現実的にはメダルをもらうためでもなく、国の誇りでもなく、生存のために“泳ぐ”ということになります。
それを決定的に突きつけるのがあのボートでイスタンブールの砂浜からギリシャのレスボス島を目指して海を渡る場面。そこでボートが沈むのを防ぐため、持ってきたメダルを全部投げ捨て、自ら泳ぎ出す。その行動どおり、生き抜くためのスイマーになる。映画のタイトルがここで回収されます。
あの場面、映画だから盛っているのかなと思いますけど、実際にああやって泳げるわずかな人だけで泳いで命からがらに海を渡ったそうです。
難民がよく集まる広場でやたらと救命胴衣が売っている伏線と、渡り切った島でおびただしい数の救命胴衣が捨てられている光景。スイマーは他にも大勢いて、命を落としてもいるのだという残酷な現実。
アフガニスタン、ソマリア、スーダン、エリトリアなどたくさんの他の国からの難民の人たちと旅路を一時的に共にすることでユスラには難民としての背負うものができてくる。最初はこの重みに耐えられず、ドイツに渡ってから水泳をする機会を手に入れても実力を復活できなかったのですが、難民選手団として出場を目指すという進路の確定によってユスラの中で何かの覚悟が生まれる。
ユスラは難民になりたかったわけではないですけど、泳ぐということは今やその難民としての人生と切っても切り離せないものになっているわけで…。思えばあのボートでも、ユスラみたいなプロの泳ぎができる人が同乗していたから全員が助かったようなものですしね。
このひとりのアスリートの誕生をこの映画はとても誠実に描いていたと思います。
アスリートになれなかった者の人生
『スイマーズ 希望を託して』はユスラが中心の物語ですが、私はあの姉のサラの存在が非常に物語に魅力を底上げしていたなと感じました。
なんでもインタビューによれば、当初はユスラとあのドイツで出会うコーチ(スヴェン)の関係を軸にしたドラマを考えていたそうです。選手とコーチの関係性なんてかなりベタですね。
しかし、サラの存在を知るにつれ、姉妹の物語にしようということになり、今の完成形に至った、と。これは大正解でした。このおかげでオリンピックありきのエリート・アスリートの物語に偏らないようになっています。
あのサラはいわば「アスリートになれなかった」側の存在です。父は水泳の卓越した妹を溺愛するばかりで、サラ自身はとても劣等感をくすぶっているのが序盤からわかります。
そんなサラは一種の開き直りの状態でとりあえず生活しており、友人が爆撃で亡くなったと知ってもあえて明るく振舞っているあの姿はその証でもあります。
けれどもサラの本心には正義感があり、それは中盤のあのボートでの真っ先に海に飛び込む勇気にも繋がっていますし、最終的にレスボス島に戻って難民支援活動に従事する姿へとゴールします。サラはスイマーになれなかったし、妹も自分の保護もいらないほどに強くなってしまったけど、今度は他のスイマー(難民)を助けるという、自分の新しい道を見いだせたということです。
このサラのドラマは人によってはユスラのもの以上に心を打つと思いますし、スポーツだけが人生ではないというリタイア側を肯定する話としてパワフルだったんじゃないかな、と。
また、ニザールはもっと状況が違っていて、水泳も上手くないし、教養も乏しく、とりあえず「男」なので同行することになった人です。そんなニザールはあのドイツの倉庫に備えられた仮設居住区からはなかなか出られない。そのあたりもリアルでした。
本作はアスリートになれなかった者の人生についてもきっちり寄り添っているストーリーでしたね。
エンドクレジットではサラはギリシャ政府に逮捕され、今は裁判待ちだと説明されます。籠の中の鳥となってしまい、あまりに理不尽ですが、これが今の難民問題に対する世の中の反応。
オリンピックがこうした難民問題をスポーツウォッシングに利用するのも当然許せません。オリンピックの組織委員会と開催国や参加国は難民問題の解決のために全力をあげるべきであり、それができないのであれば平和の祭典という看板は下ろすべきでしょう。
泳ぎたい人が命の危険と隣り合わせでなく、ただ気持ちよく泳げる。そんな世界になってほしいものです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience 86%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『スイマーズ 希望を託して』の感想でした。
The Swimmers (2022) [Japanese Review] 『スイマーズ 希望を託して』考察・評価レビュー