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『The Armor of Light』感想(ネタバレ)…中絶反対の牧師が銃規制を訴える

The Armor of Light

そしてさらに…ドキュメンタリー映画『The Armor of Light』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Armor of Light
製作国:アメリカ(2015年)
日本では劇場未公開
監督:アビゲイル・ディズニー、キャスリーン・ヒューズ
The Armor of Light

じあーまーおぶらいと
The Armor of Light

『The Armor of Light』簡単紹介

ロブ・シェンク牧師は1990年代にアメリカでの中絶に反対する活動の急先鋒で、メディアの前で胎児の命の尊さを訴えていた。しかし、中絶反対運動は過激化し、痛ましい犠牲者をだしてしまう。それをきっかけにシェンク牧師は己の活動を問い直し、銃規制の支持に転身する。多くの福音派キリスト教徒が銃の規制に反対する中、なんとか身近な信者の考えを変えようと懸命に言葉を紡ぎだすが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『The Armor of Light』の感想です。

『The Armor of Light』感想(ネタバレなし)

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世界は本当に2つに分断されているのか?

「右派」「左派」という言葉が頻繁に多用される昨今、これらの二者は全くの別世界の存在で、分断されている…という認識を深めてしまうのも無理はないかもしれません。

しかし、安心してください(?)。現実はそんな単純ではありません。

以前に「宗教右派」という単語について整理した記事でも少し説明しましたが、これら「右派」「左派」という用語は政治イデオロギーを二元論で分類していますが、実際は単純に2つに分かれるわけではなく、あくまで漠然とした分類でしかないです。

実際の個人は政治的にも複雑です。ときに相反する政治的価値観が個人の中で錯綜し、ゆえに葛藤し、その葛藤が何かの作用をもたらし、新しい価値観へと変化することだってあります。それは優柔不断でも、劣っているわけでもなく、人としてごく普通の現象です。

今回紹介するドキュメンタリーもまさにそんな一例と言えるでしょう。

それが本作『The Armor of Light』です。

本作は2015年のアメリカのドキュメンタリーで、「ロブ・シェンク」という人物を主題にしています。彼は、福音派キリスト教の牧師で、非常に有名な聖職者としてキャリアを築きました。とくに中絶への反対運動の急先鋒としてとても名が知れており、1990年代の反中絶運動を先導しました。

当然、“ロブ・シェンク”は保守的な右派に属しているわけですが、ある出来事から、銃規制の支持に動き出します。一般的に多くの福音派キリスト教徒は保守的な地盤があるので銃の規制に反対します。「中絶には反対だけど銃の規制を支持する」という“ロブ・シェンク”の姿勢は右派からみても左派からみてもどっちつかずです。それでも彼には彼なりの信念と葛藤がありました。本作はそれを映し出しています。

この『The Armor of Light』を監督したのは“アビゲイル・ディズニー”。あの“ウォルト・ディズニー”と共に「ウォルト・ディズニー・カンパニー」を共同設立した“ロイ・O・ディズニー”の孫娘にあたります。

“アビゲイル・ディズニー”は現在の金儲けしか考えていない搾取的なディズニー企業に厳しく批判的であり、距離をとっています。そして受け継いだ遺産を慈善事業にあて、自身はドキュメンタリー作家として活動しています。例えば『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』でもエグゼクティブプロデューサーをしていましたね。

その“アビゲイル・ディズニー”は左派的でリベラルな政治姿勢ですが、そんな彼女が“ロブ・シェンク”と出会い、本作『The Armor of Light』が作られました。

2人は政治的に噛み合ってはいません。“アビゲイル・ディズニー”は中絶の権利を支持しています(本人も21歳で中絶の経験があるそうです)。

それでも政治イデオロギーを超えて共同できる何かがあると信じさせるだけの可能性を感じたのでしょうか。確かに本作を観ると、「右派」と「左派」に分断された世界という既存の固定観念を揺さぶる何かはあります。

“アビゲイル・ディズニー”と並んで共同監督しているのは、同じく鋭いドキュメンタリーを手がけてきた“キャスリーン・ヒューズ”です。

後半の感想ではこの『The Armor of Light』で映し出されている話の「その後」も少し補足として触れておいてます(こちらも重要です)。

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『The Armor of Light』を観る前のQ&A

✔『The Armor of Light』の見どころ
★二項対立的な政治イデオロギーを揺らがせる試みがみられる。
✔『The Armor of Light』の欠点
☆日本で鑑賞する機会に乏しい。

鑑賞の案内チェック

基本 暴力事件の被害者遺族が描かれます。
キッズ 2.5
社会勉強の素材になるかもですが、保護者のサポートは必要です。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『The Armor of Light』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『The Armor of Light』のネタバレありの感想本文です。

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1990年代のアメリカの反中絶運動

『The Armor of Light』は1990年代のアメリカの反中絶運動(プロライフ運動)の様子から始まります。この背景について掘り下げておきましょう。

アメリカでは人工妊娠中絶の権利は合憲であるという画期的な判決となったのが1973年の「ロー対ウェイド」判決でした。

この訴訟は、1969年に妊娠した“ノーマ・マコービー”(裁判では「ジェーン・ロー」という名を用いた)が提起したもので、マコービーは中絶を望んだものの、住んでいたテキサス州では中絶は母親の命を救うために必要な場合のみ合法で利用できませんでした。そこで米国連邦裁判所に地元の地方検事ヘンリー・ウェイドを相手取り、テキサス州の中絶法は違憲であると主張して訴訟を起こしたのです。

結果、中絶の権利が認められたのですが(マコービー本人は裁判中に出産した)、中絶に反対する福音派キリスト教を中心とする保守派には屈辱的な判決でした。

1980年代後半から1990年代になると反中絶運動が過熱します。「Operation Rescue」などのプロライフ活動団体が反中絶運動を本格化させ、中絶クリニックで座り込みなどの抗議を派手に行って、マスコミを賑わせます。

その火に油を注いだのがまさかの「ロー対ウェイド」判決の立役者だったマコービーでした。なんとマコービーは1995年に中絶反対派に転身したと発表。「Operation Rescue」の反中絶運動キャンペーンに参加します。

これにプロライフ活動家も大盛り上がり。「ロー対ウェイド」判決なんて瓦解したも同然だと考え、自分たちの活動に正当性を得たと勢いづき、さらに活動は激化します。

プロライフ活動家は中絶を行っている医師をターゲットにし、「ニュルンベルク文書」と名付けたリストまで作成(第二次世界大戦でナチスが犯した戦争犯罪を裁く国際軍事裁判であったニュルンベルク裁判に由来)。中絶を行う医師の名前だけでなく住所などの個人情報を公開し、まさに制裁せよと攻撃を煽りました。

そしてそのとおりのことが起きました。

1998年に“バーネット・スレピアン”という中絶を行っていた医師が自宅で窓から撃たれて死亡したのです。犯人は“ジェームズ・チャールズ・コップ”というカトリックの反中絶団体に所属していた男でした。

これだけでなく“バーネット・スレピアン”事件も含めて1990年代には7件の殺人事件が発生。他にも中絶クリニック関係者への殺人未遂、暴行、誘拐が多発しました。

しかし、中絶反対運動は収まるどころかこの殺人で余計に熱狂が増し、中絶反対派は「さらなる流血が起きる」と煽り立て、中絶反対派のウェブサイトに掲載していた中絶をしていた医師の顔写真リストのうち、“バーネット・スレピアン”の顔を「暗殺終了」と示唆するかのようにマークする始末。もはや国内テロリズムと化していました。

結局、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロによって国内でのテロリズム活動への取り締まりが厳しくなり、暗殺にまで過激化した反中絶運動はやや沈静化しましたが、反中絶運動の勢力は維持されていきました。

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人は変われるだろうか、人を変えられるだろうか

そんな異様なほどに過激化した反中絶運動の初期の先導者であったのが『The Armor of Light』の主題となるロブ・シェンク牧師。作中でも胎児を手に抱えながら情に訴えまくっていました。

しかし、例の“バーネット・スレピアン”暗殺事件にショックを受けたようで…。

敬虔な人々が暴力化する…さらには自分の言葉が意図せずしてその暴力を扇動した事実に悶々とし、信仰に葛藤が生まれます。

そして、命を奪うからという理由で中絶に反対しつつ、同じく命を奪う銃には反対しないのは、矛盾しているのではないかという疑問が…。

こうしてロブ・シェンクは銃規制を支持するようになっていったのでした。

このドキュメンタリー『The Armor of Light』は、聖職者が自らの政治的・宗教的領域という本来は不可侵とみなしやすい対象において(少なくとも自身の間近の)時流に逆らうという稀有な事例を伝えます。ネオナチだった人がユダヤ教に転身する過程を映し出す『チャナード・セゲディを生きる』なんかと似たような構図がありますね。

「人は変われるだろうか、人を変えられるだろうか」という問いは誰しも他人事にはなれないと思います。「人間というのは変わらない生き物なんだ!」と本質主義的な考え方をする人もいると思いますが、私は「変わる」生き物だと思っているので…良くも悪くもですけど…。

問題はどうやって人を変えるのかということです。そのやりかたに正解はありません。たぶん人それぞれ違うでしょう。シェンク自身は信仰上の葛藤から変わっていったので、自身の体験を生かして同じ方法、つまり聖書の言葉を使いこなしながら福音派キリスト教徒を説得し続けます。

無論、銃規制のトピックは聖書で論じられるほど単純でもなく、実際はすごく交差的な議論が必要なのは言うまでもないのですけど、そういうロジカルな追及ではなく、どうやって他者の心に響かせるか…という話ですよね。ある人は「音楽」を使ったり、ある人は「小説」を使ったり、ある人は「絵」を使ったりしますが、シェンクは「聖書」なのです。

同時に聖書が万能ではないことも浮き彫りになるのも印象的。その人にとって身近な存在を使って、どんなに優しく諭すように訴えても声が届かないこともある。人を変えるのは簡単ではありません。シェンクはキリスト教アウトリーチ団体「Faith and Action」を運営していて保守層と接点を多く持っていますが、それでも苦労を重ねている姿が本作から垣間見えます。

それでも2012年に白人男性のマイケル・ダンに射殺された黒人少年ジョーダン・デイビスの母であるルーシー・マクバスと手を取り合って銃規制を目指そうとする姿は、「異なる者同士」(と世間からみなされる)の協調の可能性を前向きにみせてくれるものでした。

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このドキュメンタリーのその後

『The Armor of Light』は2015年のドキュメンタリーで、それ以前のことがまとめられているのですが、実は本作公開後にこれまた大きな出来事がいろいろ起きました。むしろそっちのほうが面白いぐらいで、『The Armor of Light 2』みたいな続編が欲しいレベルです。

まずなんとあのロブ・シェンクは中絶の権利を支持するようになりました

「中絶には反対だけど銃の規制を支持する」という姿勢だったのは、中絶も銃も命を奪うからという一応の彼なりの整合性があったわけですけども、そこからシェンクなりに考えを深め、中絶を選べないこともまた人道的な問題があるということを理解するに至り、中絶の権利の支持に転身したようです。

「人は変われる」という可能性をこれほどまでに体現する存在に自らなっていくとは…。

加えて、あの「ロー対ウェイド」判決の立役者だったのに1990年代に中絶反対派に転身したと発表したノーマ・マコービーですが、2017年に亡くなったのですけども、死後に公開された『AKA Jane Roe』(2020年)というドキュメンタリーにて、「中絶反対運動を本当に支持したことは一度もない」と語り、中絶反対の活動で金銭を受け取っていたと述べるというこれまた驚きの展開になりました。

それについて、シェンクも確かにマコービーに金銭を支払っていたと事実を認めました。マコービーが反中絶活動家だった時期に中絶反対団体から少なくとも45万ドルを受け取っていたことが税務記録から判明しています。

一方で、アメリカで人工妊娠中絶権は合憲だとしてきた1973年の「ロー対ウェイド」判決を覆す判断が2022年に最高裁で示され、以降、続々と各州が州法で中絶を禁止し始めました。中絶の権利はいよいよ絶体絶命です。

本作の監督である“アビゲイル・ディズニー”も厳しい時代の到来を実感しています。シェンクと一緒に保守的なキリスト教信者の前で講演することも以前はあったのに、ドナルド・トランプの時代が訪れてからはその機会は無くなり、対話の道は閉ざされたそうですThe Guardian

ロブ・シェンク本人は古巣であった保守的なキリスト教コミュニティからは「裏切り者」と徹底的に蔑まれるようになって、既存の培ってきたキャリアを大きく捨てることになったとのことAl Jazeera

それでもシェンクは進歩主義やリベラルという言葉が自分にふさわしいとは現時点で考えておらず、「福音派キリスト教の精神とスタイルにとても魅力を感じているし、福音主義の歴史も好き」と「Al Jazeera」のメディアに答えています。

「右派のプロパガンダばかり読んでいる平均的な福音派の人々に、じっくりと自分の考えを見つめ、よく考える機会を与えたいのです」

そう訴え続けるロブ・シェンクの信仰は世界の誰かに届くでしょうか。

『The Armor of Light』
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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関連作品紹介

宗教に関するドキュメンタリーの感想記事です。

・『Bad Faith』

作品ポスター・画像 (C)Fork Films アーマー・オブ・ライト

以上、『The Armor of Light』の感想でした。

The Armor of Light (2015) [Japanese Review] 『The Armor of Light』考察・評価レビュー
#アビゲイルディズニー #政治 #右派 #極右 #宗教 #キリスト教 #中絶 #銃規制