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『Bad Faith』感想(ネタバレ)…クリスチャン・ナショナリズムの戦争

Bad Faith

その戦いはあの日が過ぎても終わりそうにない…ドキュメンタリー映画『Bad Faith』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Bad Faith: Christian Nationalism’s Unholy War on Democracy
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開
監督:スティーヴン・ウージュレイキ、クリス・ジョーンズ
Bad Faith

ばっどふぇいす
『Bad Faith』のポスター。

『Bad Faith』簡単紹介

ドナルド・トランプを熱狂的に支持する「MAGA」の勢力を支えている宗教右派。とくにキリスト教ナショナリズムと呼ばれるアメリカをキリスト教国家に変えることを目的に掲げる政治運動は、一体いつから出現し、どのような歴史をたどって今に至るのか。その知られざる全貌を、ジャーナリスト、社会学者、神学者、宗教史家、牧師、キリスト教活動家などの専門家の分析を交えて解き明かしていく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『Bad Faith』の感想です。

『Bad Faith』感想(ネタバレなし)

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キリスト教ナショナリズムは実在する

2024年アメリカ合衆国大統領選挙の一般投票は11月5日に行われます。2度目の大統領の座を狙う共和党の“ドナルド・トランプ”と、初の黒人女性大統領の扉を開きたい民主党の“カマラ・ハリス”…アメリカどころか世界の命運を決める一騎打ちの結果がでます。

この選挙の争点は、経済、教育、外交、環境、移民、医療、中絶、LGBTQなど、いろいろ挙げられていますが、根本的な論点としてこれを語らないわけにはいかない状況があります。

その根源とは、宗教…とくにキリスト教です。

なぜなら”ドナルド・トランプ”を熱狂的に支持する「MAGA」の勢力を強固に支えているのが「宗教右派」だからです。ピュー研究所の調査によると、トランプは2020年の大統領選挙では白人キリスト教福音派の投票者の84%の票を獲得したとされています。その中でもひときわ注目されるのが、アメリカをキリスト教国家に変えることを目的に掲げる政治運動である「キリスト教ナショナリズム(Christian Nationalism)」

しかし、この「宗教右派」や「キリスト教ナショナリズム」という言葉がどういう意味で、どういう歴史があり、どういう人たちがそれを成立させているのか…それは案外と知られていません。

以前、以下の記事でも私なりに少し「宗教右派」について序章的に整理してみたのですけど、もっと詳しく学びたい人もいるはず。

これは日本だから知られていないだけなのかなと思いましたが、どうやらアメリカでもこの「宗教右派」や「キリスト教ナショナリズム」について一般の認知は決して浸透はしていないようで…

映画製作やその人材育成に長らく関わっていたアメリカ人の”スティーヴン・ウージュレイキ”も同様でした。2016年、大統領選に出馬したトランプが劇的な勝利をおさめた日。”スティーヴン・ウージュレイキ”は驚いたそうです。なぜこんなことが起きたのだろう? 自分の知らない世界があるのか? 今まで自分はバブルの中にいたのか?

そして”スティーヴン・ウージュレイキ”は「キリスト教ナショナリズム」を解き明かすドキュメンタリーの製作をすることに決めました。

こうして作られたのが本作『Bad Faith: Christian Nationalism’s Unholy War on Democracy』です。

本作は、アメリカの「キリスト教ナショナリズム」について、ジャーナリスト、社会学者、神学者、宗教史家、牧師、キリスト教活動家などの専門家の分析を交えて解き明かしていっています。歴史的映像も交えながらその成り立ちがよくわかるでしょう。

”スティーヴン・ウージュレイキ”いわく、あの2021年1月6日に起きたショッキングなアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件を目の当たりにするまで、多くのアメリカ人は「“キリスト教ナショナリズム”なんて実在しない。そんなのは左翼の幻想だ」と否定していたそうですINDY Week「左派と右派の対立なのだ」という認識が人々の目を曇らせていたと…。

このドキュメンタリーはそれを踏まえた構成になっています。つまり「左派と右派の対立ではない」という視座に立っています。そのため、「キリスト教ナショナリズム」を支持しない保守系の人たちやキリスト教活動家の声を意図的に多く取り上げています

”スティーヴン・ウージュレイキ”は「これは民主主義支持派と反民主主義派の問題である」と述べています。それが本作のタイトルに「デモクラシー」が含まれている理由でもあるのでしょう。

『Bad Faith』が製作されて公開された2024年。大統領選挙だけの問題ではない。今後も続くこの宗教ナショナリズムの政治の波。逆転させることはできるのか…。

日本も対岸の火事ではなく、その波は気が付いたら身近で大変なことになっている。そうこのドキュメンタリーは教えてくれます。

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『Bad Faith』を観る前のQ&A

✔『Bad Faith』の見どころ
★キリスト教ナショナリズムの歴史が簡潔に整理されている。
★宗教の信仰の自由を尊重するメッセージ。
✔『Bad Faith』の欠点
☆日本で鑑賞する機会に乏しい。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:時代を学ぶ必見作
友人 3.5:関心ある者同士で
恋人 3.0:恋愛どころではない
キッズ 3.5:社会勉強に
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『Bad Faith』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『Bad Faith』感想/考察(ネタバレあり)

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キリスト教ナショナリズムの歴史 – 政治運動の確立

ここから『Bad Faith』のネタバレありの感想本文です。

200年以上の歴史があるアメリカの精神を象徴するアメリカ合衆国議会議事堂。ワシントンD.C.のこの建造物が、2021年1月6日、ある集団に占拠されました。本作『Bad Faith』はその映像から始まります。

「I am with you – GOD」と書かれたプラカードを掲げる者。イエス・キリストに赤いMAGA帽子をかぶせた絵を誇らしそうに見せつける者。十字架を突き出して前進する者。「GOD GUNS TRUMP」と書かれた帽子を堂々と身につける者。

その占拠集団はドナルド・トランプを支持する人たちです。トランプがジョー・バイデンに選挙で負けたことに納得せず、議事堂を暴力的に制圧するという行動にでたこの一団は、明らかにキリスト教に関するアイテムやメッセージを携えていました

トランプ政権下で国土安全保障省(DHS)の脅威防止および安全保障政策担当次官を務め、後に反トランプの姿勢を表明したキリスト教信者でもある“エリザベス・ニューマン”は、当時から国内の右翼過激派による暴力の危険性を問題視していました。まさかそれが本当にこうも現実となるとは…。

「キリスト教ナショナリズム」…それはいつから始まったのでしょうか。

著名な福音主義者の”デビッド・バートン”や、パトリオット教会の”ケン・ピーターズ”牧師(この人は本作でほぼ唯一キリスト教ナショナリズム側から取材に応えている人物)は、「アメリカはそもそもキリスト教国家の建国を目指して生まれた国であり、それなのに今は世俗的になっている」と訴えています。これは現在では宗教右派の間で広く支持されている考えですが、非常に歴史修正主義です。

本作では、ジャーナリストの“キャサリン・スチュワート”、ジャーナリストの“アン・ネルソン”、社会学者の“サミュエル・L・ペリー”、宗教史家の“ランドール・バルマー”(本作のタイトルはこの人の著作からとっています)、歴史家の“リンダ・ゴードン”、「Interfaith America」の“エブー・パテル”といった本作に出演する有識者たちは、アメリカにおけるクリスチャンの歴史、さらにはそこからどのようにキリスト教ナショナリズムが出現したかについて整理してくれています。

確かにアメリカの建国時からキリスト教の存在は大きかったですが、同時に憲法に「信仰の自由」が明記され、キリスト教だけの支配を牽制してもいました。

本作の専門家たちは、キリスト教ナショナリズムの台頭はたびたびあったことを示し、とくにそれは黒人差別の歴史と紐づくと教えてくれます。「KKK」に始まり、1960年には人種隔離というかたちで再燃。“ジョージ・ウォレス”のような政治家が人種隔離を大々的に正当化する中、1964年に共和党候補として大統領選挙に出馬した”バリー・ゴールドウォーター”が右派的政策を大きく掲げるも敗北。共和党を立て直しを図ることになります。1971年に「グリーン対コナリー裁判」という人種差別を行っている私立学校は免税の対象にならないという判決をだされたことが、保守派の焦りに繋がったことも作中で語られます。

そこで注目されたのが、当時ほとんど政治に関わっていなかったキリスト教福音派の人々の関心を引くという作戦です。

そんな中、“ポール・ウェイリッチ”“ジェリー・ファルウェル”という保守活動家が時代を変えます。“ポール・ウェイリッチ”は1973年に保守系シンクタンクとして「ヘリテージ財団」を設立。と言ってもこの初期は全然影響力を持っていなかったようです。

しかし、活動しているうちにキリスト教福音派の政治的価値に気づき始めました。ついに1979年に「モラル・マジョリティ」を共同設立。保守的な政治と保守的なキリスト教の派閥が明確に接点を持ち、一心同体になりました。ヘリテージ財団もそこから急成長し、最大の影響力を持つように…。

1981年に共和党から”ロナルド・レーガン”が大統領に上り詰めたことで、宗教右派の勝利の方程式が確立しました。これはいけるぞ、と…。

これと同じ手口はロシアの“ウラジーミル・プーチン”も、ロシア正教会とユダヤ教を上手く政治化していますし、アメリカだけの話ではないことも作中で映し出されていました。

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キリスト教ナショナリズムの歴史 – メディアの扇動

でもここで疑問がありますよね。保守的な政治勢力がキリスト教を利用したがるのはわかるにしても、なんで一部のキリスト教信者は保守的な政治に迎合したのでしょうか。「政治とは一定の距離を保つ」という当初のスタンスを捨ててまで、ましてやあんな厳粛な信仰の在り方とは相いれないような過激主義にまで染まっていったのはなぜなのか…。

当時、例えばキリスト教福音派といってもみんな一枚岩ではありませんでした。「キリスト教福音派=過激な宗教」というのは偏見です。穏健に調和を重んじ、政治と距離を取り続けようという人たちもいました。「中絶や同性婚には反対だけど、あくまで個人の思想として反対であって、政治運動する気はない」という人も普通にいました。

本作『Bad Faith』はメディアの影響力を示しています。お茶の間を夢中にした当時のテレビ宣教師たちのあの饒舌で勢い任せなトーク。既視感ないですか?

今風に言えば「バズる」ことが全てだったんですね。だからキリスト教ナショナリズムは先鋭化し、同時に多くのキリスト教信者を取り込むことにも成功しました。大衆心理として、人間という生き物は急進的で過激な言動に惹きつけられやすいのです。それはSNS時代を生きる私たちにも実感できるのではないでしょうか。

本作を観ればわかると思うのですけど、よく「宗教を信じる人っていうのは騙されやすいんだ」とか「カルトになりやすいんだ」とか主張する人もいますけど、そんなことはないんですよ。誰しもが「急進的で過激な言動に惹きつけられやすい」という性質を持っていて、それを利用したのがこのキリスト教ナショナリズムという政治運動で…。キリスト教信者は最初のターゲットになっただけです。

つまり、それはキリスト教信者でなくても誰でもターゲットにできることを意味しています。実際、キリスト教ナショナリズムは2000年代以降、キリスト教福音派の枠を超えて大勢の多様な支持者を獲得してみせるまでに拡大しました(それこそ反トランスを掲げて一部の左派やリベラルも巧みに取り込んだように)。

作中ではあまり触れられていませんが、興味深いのはこうした先鋭化してエンターテインメント化するキリスト教ナショナリズムに対して、その政治運動の原点を作った“ポール・ウェイリッチ”本人がちょっとついていけずに心が離れてしまっているという点。“ポール・ウェイリッチ”は2008年に66歳で亡くなるのですけど、その死後の2009年に共著で出版された『The Next Conservatism』の中で、当時の保守政治運動について「1950年代の家族をベースにした伝統的なかたちに戻るべき」と批判しています。“ポール・ウェイリッチ”すらこのキリスト教ナショナリズムの急激な先鋭化は予想外だったようです。

民主党の“バラク・オバマ”政権時の「ティーパーティー運動」によってキリスト教ナショナリズムは政治運動として肩慣らしを経て、トランプを大統領にする政治キャンペーンでついに本領を発揮します。あれは偶然の成功ではない…1960年代からずっとトライ&エラーを繰り返してきた戦略の結実だったんですね。

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「クリスチャン」という言葉を取り戻すために

2020年代のキリスト教ナショナリズムはひと言でいえば混沌です。冒頭のアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件の様子をあらためて見ると再確認できます。「こいつら、キリスト教のアイテムやメッセージを掲げまくっているけど、これがクリスチャンなのか!?」と目を疑うレベルで…。むしろ宗教を冒涜しまくっているようにしか見えない…。

キリスト教ナショナリズムは「アメリカをキリスト教化する」ことを理想としているのですが、現状は「アメリカを“4chan”化する」という方向になっているだけに思えます。実際、全然キリスト教信者でもない人が政治的に利用価値があるという理由で安易に「クリスチャン」を借用している事例もたくさん起きているでしょう。

トランプ時代になったことで、従来の共和党や保守主義のレガシーは崩壊したと言われていますが、キリスト教も崩壊しかけています

宗教右派は「アメリカで○○(ここには“woke”とか“ディープステート”とか何でも入る)によってキリスト教がかつてないほど攻撃を受けている」と主張します。作中でもFOXニュースが「クリスチャニティへの攻撃だ!」と連日煽りまくっていました。

しかし、誰よりもキリスト教を悪用し、信仰の自由の歴史を破滅させているのは、今日のキリスト教ナショナリズムです。そう本作は突きつけます。こういう「加害者」と「被害者」を反転させたり、被害者をすり替えるのは、現在の極右レトリックの定番ですが…。

だからこそ『Bad Faith』では、キリスト教ナショナリズムに対して闘おうと立ちあがる宗教指導者や信仰者が多く映し出されます。「Christianity Today」(保守系のキリスト教メディアですがリベラルな論調も目立つ)の“ラッセル・D・ムーア”、キリスト教作家の“リサ・シャロン・ハーパー”“ジョナサン・ウィルソン・ハートグローブ”、そして“ウィリアム・バーバー2世”。とくに“ウィリアム・バーバー2世”は黒人ということもあり、かつての“マーティン・ルーサー・キング・Jr”を彷彿とさせるパワフルさがありました。

最近もLGBTQの権利のために声をあげる宗教指導者たちがニュースになっていましたし…LGBTQ Nation

結果、本作はとても信仰深いドキュメンタリーの味わいが最後に残ります。クリスチャンの希望を奪われてなるものかという尊い姿。現在のキリスト教ナショナリズムから「クリスチャン」という言葉を取り戻すための闘いは正念場です。

『Bad Faith』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)Film Sales Company バッド・フェイス

以上、『Bad Faith』の感想でした。

Bad Faith: Christian Nationalism’s Unholy War on Democracy (2024) [Japanese Review] 『Bad Faith』考察・評価レビュー
#政治 #宗教 #キリスト教