出ていけばお客様…アニメシリーズ『アポカリプスホテル』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2025年)
シーズン1:2025年に各サービスで放送・配信
監督:春藤佳奈
恋愛描写
あぽかりぷすほてる
『アポカリプスホテル』物語 簡単紹介
『アポカリプスホテル』感想(ネタバレなし)
ハートフルな今日と未来のために
日本人は滅びます。別に「悪い外国人」のせいではありません。「他国に侵攻される」からでもありません。人口が減っていなくなるという話です。
統計によれば、2080年あたりくらいに人口は半減し、そのまま人口減少が続けば、3300年頃には日本の人口はゼロになると単純に推測できるそうです。あと1300年なので、案外と近い気もします。これはあくまで今のペースを前提にしているので、日本から今まで以上に人がどんどん出ていったり、「日本人ファースト」なんかを掲げる政治家のせいで移民の流入機会が減れば、もっと早まるしょう。
でも「日本人」って何なんだろうという話に立ち返ることも大切です。「ジャイアントパンダ」や「アフリカゾウ」と違って「日本人」は生物種ではなく社会的・文化的な概念なので、時代によってその意味する定義は変わってきました。大昔、大陸から列島に渡ってきた人たちが「日本人」を形成し、現在進行形の今も「日本人」にはさまざまなルーツを持つ人たちが混ざり合っています。民族ナショナリズムを内面化する人は頑なに認めないでしょうが、「日本人」という言葉はものすごく多様な概念です。
きっと100年後、500年後、1000年後の世界にはその時代ならではの「日本人」がきっといるはず。
今回紹介するアニメは、日本どころか地球から人類がいなくなった後の世界を描く作品です。
それが本作『アポカリプスホテル』。
本作は、地球の環境悪化によってかつてない存亡の危機に立たされた人類がひとり残らず地球を脱出して宇宙へ旅立った日から長い年月が経過した…という設定なのですが、要するにポストアポカリプスものです。
しかし、そのジャンルだとサバイバルやコミュニティが軸に描かれるのが定番ですが、本作では無人となった日本の銀座にあるホテルに取り残された高性能な従業員ロボットたちが営業を続け、ついには地球外生命体を客としてサービスする…というかなり異色の内容になっているのが特徴です。
崩壊した世界でのサバイバルやコミュニティ形成におけるあれこれをホテル経営にそのままなぞらえているので、SF的な小難しさを回避し、ずいぶんと親しみやすくしてくれています。憂鬱でさもほぼ無しです。
そんなこんなでやけに明るいノリですし、ほとんどギャグアニメになっています。映画のパロディなど振り切ったユーモアがテンポよく全開です。
一方でSFとして趣のあるバランスも上手く維持しており、2025年のオリジナル・アニメ作品群の中ではひときわ個性を放っているのではないでしょうか。
『アポカリプスホテル』のシリーズ構成は『ゾンビランドサガ』を手がけた”村越繁”で、監督は『幼女戦記』や『連盟空軍航空魔法音楽隊 ルミナスウィッチーズ』で副監督を務めた“春藤佳奈”。
アニメーション制作は「CygamesPictures」です。もともと「Cygames」のアニメ事業部だっただけあり、『ウマ娘』や『プリンセスコネクト!』など自社ゲームのアニメ化を手がけている印象でしたが、ここ最近になって『勇気爆発バーンブレイバーン』(2024年)などオリジナル作に手を広げ、存在感が増してきています。
『アポカリプスホテル』は全12話で、気楽に観れるので、ご自由にくつろぎながらどうぞ。
『アポカリプスホテル』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 子どもでも観られます。 セクシュアライゼーション:なし |
『アポカリプスホテル』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
日本の銀座にあるホテル「銀河楼」。「愛すべきお客様にハートフルな今日と最高の笑顔を」をモットーにあらゆる宿泊客を出迎える大きなホテルです。ここでは最先端ホテリエロボットが導入されており、安心快適なサービスを提供していました。
しかし、世界は変わり果てます。南米で確認された未知のシダ植物由来とされるウイルスのような物質が大気を汚染し、瞬く間にその影響は世界に拡大。人体への被害も報告され、現代の医学ではどうすることもできませんでした。そこで最後の手段として人類の地球脱出計画が決行されました。この銀座も例外ではなく、大勢で賑わっていた街は人がひとりもいなくなります。
それから年月が経過。廃墟となった銀座の街。ホテル「銀河楼」は…閉業していません。今日もお客様を迎える準備はバッチリでした。
ヒト型の従業員ロボットのヤチヨは川で水を汲み、ホテルに戻ってきます。入り口でオーバーヒートで倒れていたドアマンロボに水をかけると再起動。その後にフロントでロボを集め、朝礼を始めます。
2157年4月12日、支配人代理の代理としてヤチヨは点呼。ドアマンロボのほかに、ハエトリロボ、お掃除ロボ「甲」「乙」、調理担当ロボ、バーテンロボ、菜園飼育担当ロボ、ポーターロボ、営繕担当ロボ…。掘削ロボだけいません。
宿泊者はずっと来ていません。それでもホテルは開き続けてきました。
銀河楼十則をいつものように声にあげます。
「ひとつ、銀河一のホテルを目指して。ひとつ、食と礼儀に文化あり。ひとつ、お客様の人生に今日という栞を。ひとつ、笑顔は最高のインテリア。ひとつ、おもてなしにはうらもなし。ひとつ、伝統に革新と遊び心を。ひとつ、シーツの白さは心の白さ。ひとつ、限りある時間に惜しみないサービスを。ひとつ、お辞儀は深く志は高く。ひとつ、ホテルに物語を」
そして営業を開始です。それでもやはり今日も誰も来ませんでした。ヤチヨは掘削ロボがいると思われる温泉予定地の場所へ足を運びますが、そのロボは激しく損傷して停止していました。多くのロボットが停止しており、またひとつそこに加わることになります。
本日の業務を終え、日課の記録をつけます。ふとヤチヨはホテルのオーナーに運営を任された記憶を思い出します。
翌日、また昨日と同じ手順を踏んでホテルを開きますが、部屋の備品であるシャンプーハットがないことでヤチヨはパニックになり、非常事態発生を宣言。廃業の最大の危機だとシャンプーハット捜索を指示し、結局ドアマンロボが持ち出していたことがわかって騒動は収まります。
そんな中、何者かがホテルのドアからやってきました。それはオーナーではありません。人間ですらない…地球外生命体でした。
それでも久しぶりのお客様をヤチヨは笑顔で丁寧に迎えます。それがホテルのあるべき姿…。
人間の手を離れたロボットのアイデンティティ

ここから『アポカリプスホテル』のネタバレありの感想本文です。
『アポカリプスホテル』は基本的な骨格は「ホテルもの」のサブジャンルです。このサブジャンルは日本・海外ともに人気があります。日本だと『マスカレード』シリーズとか、海外だと『グランド・ブダペスト・ホテル』やドラマ『ホワイト・ロータス 諸事情だらけのリゾートホテル』とか、アニメだと『千と千尋の神隠し』、『若おかみは小学生!』、『ハズビン・ホテルへようこそ』などなど、枚挙にいとまがありません。
ホテルものは従業員と宿泊客が入り乱れる群像劇を展開しやすく、さまざまな物語に派生しやすいので、創作側にとっても観る側にとっても楽しいです。
しかし、『アポカリプスホテル』はタイトルで表しているようにそこにポストアポカリプスのジャンルを合体させており、さらにロボットと地球外生命体の交流というSFを併合したジャンル・ミックスな盛り合わせになっているのが特徴です。
人間社会のための労働に従事することだけをプログラムされたロボットが、人間が消えた崩壊後の世界でもひたすらに自分に与えられた労働の役割を全うし続けている…この『アポカリプスホテル』の導入の感触はピクサーの『ウォーリー』を思い出させます。『アポカリプスホテル』の場合は他にも複数のロボットがいて表面的には和やかですけど、1体1体と故障で稼働ロボットが減っていることも第1話で映し出され、孤立的な将来を暗示させる陰鬱な気配も一瞬みせます。
しかし、外部からの存在の出現によってその空気は一変します。ここも『ウォーリー』っぽいところです。
ただ『ウォーリー』と決定的に違うのはその結末であり、私はあの一応のオチこそ、『アポカリプスホテル』が頭ひとつ個性を突出させることができた証だなと思いました。
地球外生命体の来訪によって、ホテルは繁盛したり、騒動が起きたりと、毎回のエピソードでコメディをみせていく中、単純にオチを予想するとだいたい2つが思いつきます。このまま他愛もないギャグを続けていくか、人間の再来訪によって「元に戻ってリスタートする」かです。
『アポカリプスホテル』は後者のベタなオチを回避し、あれだけアホ全開でギャグに走ることも多々あった中身からすると意外なほどに、終盤は真面目な選択をとります。
つまり、ロボットとしてのアイデンティティにまつわる変化です。
「銀河楼」の今や唯一の人型ホテリエロボットであるヤチヨは人間のオーナーの期待に応えるべく、ホテルを維持し、オーナーと地球人の帰りを待ち続けていました。でも終盤では(ポン子に促されるかたちではあるものの)自発的に「休む」というロボットとして本来はあり得ない行動をとり、宿泊客になってみたり、観光してみたりと、「人間」と何ら変わらない生活を送ります。
(直前のエピソードまで本当にやりたい放題だったのに)第11話のギャグをほとんど抑制した静かな回は、転換として効果的な構成でした。第1話の冒頭に舞い戻る、ポストアポカリプスの死生観と実存哲学を滲ませる味わいです。
本作は他にも多くのロボット、そして地球外生命体が登場しますが、あまりそのひとりひとりを掘り下げるようなエピソードの使い方をしておらず、実はヤチヨにかなり焦点を絞った描き方になっていたのが、この終盤に上手く活きていました。
今の地球人は誰か
『アポカリプスホテル』のヤチヨの変化は、ロボットとしてのアイデンティティというだけでない…もっと言えば「地球人」とは何かという根源的な問いにも触れるような後味もありました。
最終話、トマリ=イオリという人類の子孫がついに来訪し、念願が叶ったかと思いきや、ヤチヨはあまり達成感を得られず、さらには普段は恒星間宇宙船に住んでいるイオリの生命体としての身体はせっかく回復した地球環境に適応できないことが明らかになります。
これが意味することはイオリは「地球人」ではなくなり、地球人のルーツがある流浪の種族になったという事実です。
では最も「地球人」らしい存在は何かといえば、それはヤチヨのほうであり、ヤチヨこそが「地球人」として今まさにこの星に根付いています。ロボットが「地球人」であってはいけないなんて決まりはないでしょう。
また、もはや数百年もこの地球に居ついたポン子らタヌキ星人も「地球人」になったとも言えるでしょう。もとは母星をやむにやまれぬ事情で出るハメになった難民ですが、逃げてきた結果であろうと、地球に馴染めばそれは「地球人」です。
この『アポカリプスホテル』が最後に示す「地球人」の逆転。それを侵略だ、民族性の消失だと、騒ぐこともなく、雄大な時の流れで静かに肯定する…そこが良かったなと個人的には感じました。本作が何百年というスケールで時間が一気に進むのも、単なるギャグのための強引な仕掛けではなく、この結末に繋がるなら納得です。
地球はもうあなたたちの星ではないにしても…暮らせなくても滞在は可能であると、今度は「お客様」として出迎える。ホテルのモットーがここまで宇宙規模になると包摂を体現する…。すごくSFだなとしみじみ満足できる帰着で…(でも最後はしっかりギャグでオチをつけていましたし、そこも良かったです)。
『アポカリプスホテル』で不満があるところは、まずポン子の存在がかなりチートすぎることですかね。天才的な工学知識があるらしく、ロボットだろうが衛星だろうが独力で何とかしてしまうのですが、さすがに何でもありすぎた…。
そして地球環境学に対するリアリティの薄さが、全体的な世界観の背景を軽薄にしてしまっているとも思いました。最初に銀河楼を訪れた地球外生命体である旅人宇宙人の置き土産の「緑」によって地球の環境が改善する…というのもだいぶ都合がよすぎますから…。
せっかく数百年スケールで描くのならば、もっと自然環境システムの複雑さを豊かなアニメーションとストーリーで描いてほしかったですね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『前橋ウィッチーズ』
・『メダリスト』
作品ポスター・画像 (C)アポカリプスホテル製作委員会 アポカリプス・ホテル
以上、『アポカリプスホテル』の感想でした。
Apocalypse Hotel (2025) [Japanese Review] 『アポカリプスホテル』考察・評価レビュー
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