店も人生も続けたい。でも上手くいかない…ドラマシリーズ『一流シェフのファミリーレストラン』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2022年~)
シーズン1:2022年にDisney+で配信(日本)
原案:クリストファー・ストーラー
一流シェフのファミリーレストラン
いちりゅうしぇふのふぁみりーれすとらん
『一流シェフのファミリーレストラン』あらすじ
『一流シェフのファミリーレストラン』感想(ネタバレなし)
一流シェフの…サンドイッチ店?
私は自分の家で自分のペースで料理を作るのはいいのですけど、何か時間とか課題とかに追われて料理を作るのは滅法苦手で…。事前の手順どおりに料理作業をこなすのは得意なのですが、何かしらのその場の瞬発的な対応力などを求められるのがダメなんですね。だから調理する仕事は向いていないです。家事として料理を労働ノルマのように強要されるのも合わないでしょうね。
そういう人は私以外にも結構たくさんいるはずです。料理ができないわけではない、むしろ比較的上手く作れる…でも料理という行為に他の外圧がかかると途端に苦手になる…そんな人は…。
そんな私みたいな人間にはこのドラマシリーズは地獄のように映ります。
それが本作『一流シェフのファミリーレストラン』です。
本作は料理人を仕事にしている人の物語なのですが、邦題がやや誤解を与えます。「ファミリーレストラン」と題されていますけど、私たち一般がパっと思い浮かべるようなチェーン店のファミレスとは違います。舞台になっているのはシカゴの街角にポツンとある小さなサンドイッチ店です。一応、店内に座席もあるのですが、アーケードゲーム機がデンと置いてあったりして、なかなかに雑然としています。いかにも地元の人しか通ってなさそうな街の風景に混ざり込んで立っているマイナーな店という感じです。家族向けに営業しているわけでもありません。
なので邦題は「一流シェフのサンドイッチ店」じゃないかと思うのですが、たぶんこのタイトルを考えた人は物語の顛末を踏まえていろいろ考えた結果なのだと思います。でも初見にはわからない平凡すぎる邦題なのは否定できないかな…。
なお、原題は「The Bear」で、「熊」です。ますます意味がわからないですよね。本作、タイトルが厄介ですよ、ほんと…。
物語自体はシンプルで、そのサンドイッチ店で働く調理人たちの激動の日々を猛烈な勢いで描いています。このドラマ『一流シェフのファミリーレストラン』とほぼアプローチが同じ映画が最近あって、それが『ボイリング・ポイント 沸騰』です。
あちらは正真正銘のレストランが舞台ですが、調理場の壮絶な現場を徹底的に生々しく描き、全編長回しで撮っているのが特徴でした。ドラマ『一流シェフのファミリーレストラン』はエピソード全部が長回しではありませんが、長回しを駆使するエピソードもあって、調理場の混乱っぷりがそのまま描かれているのが共通でしています。
怒号や罵声が飛び交いまくりますので、字幕が追いついていないほどです。こういうとき、字幕形式の限界を感じますよね。
単なるお仕事モノというだけでなく、その中で様々な人間模様、とくにメンタルヘルスのテーマへと物語はフォーカスしていきます。心をえぐるような痛みのある展開もありつつ、最終的にはその回復への道標も描いていく…そんなストーリーです。
『一流シェフのファミリーレストラン』は「FX」製作なのですが、公開時から高い評価を集め、2022年の密かな話題の新顔ドラマのひとつとなりました。邦題のせいでイマイチ印象が薄いのですけど…。
原案はドラマ『ラミー 自分探しの旅』や『ディキンスン 〜若き女性詩人の憂鬱〜』を手がけた“クリストファー・ストーラー”。
俳優陣は、ドラマ『シェイムレス 俺たちに恥はない』の“ジェレミー・アレン・ホワイト”、ドラマ『ザ・ラストシップ』の“エボン・モス=バクラック”、アニメ『ビッグマウス』の“アヨ・エデビリ”、ドラマ『デクスター 〜警察官は殺人鬼』の“ライザ・コロン=ザヤス”、ドラマ『Indebted』の“アビー・エリオット”など。
注意点があるとすれば、非常に職場での罵倒が多い作品であり、実質的なパワハラも同然です。そうした大声で怒鳴るなどのハラスメント描写が苦手な人は気を付けてください。
あと、こういう題材である以上、料理が美味しく描かれており、観ているだけでものすごくお腹がすきます。空腹時には鑑賞は不向きかもしれない…。先に腹ごしらえをしておきましょう。もしくは本作を観終わったときは、そのテンションで美味しい店に駆け込んでください。
『一流シェフのファミリーレストラン』のシーズン1は全8話。1話あたり約20~45分とブレがありますが、一気に鑑賞してしまうのもオススメです。
『一流シェフのファミリーレストラン』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :仕事場モノが好きなら |
友人 | :怒涛の勢いだけど |
恋人 | :恋愛気分ではない |
キッズ | :大人のドラマです |
『一流シェフのファミリーレストラン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):サンドイッチを作るだけ
カルメン(カーミー)・ベルツァルトは店内の奥のデスクで目を覚まします。時計は6時を過ぎており、店の入り口に仕入れた肉を持ってくる男が立っていました。
「11キロある」「90キロ頼んだ」「カネは11キロ分だ。ルーと話せ」
とりあえずその冷凍肉を保管し、溜まっている書類の目を向けます。「この店はマイケルが仕切っていた。俺も手探りなんだ。カネがいる」と電話でゴネつつ、机には延滞の封筒がたくさん。
この店「ビーフ」はカーミーの兄であるマイケル・ベルツァルトが仕切っていましたが、2022年に亡くなりました。そして弟であるカーミーが今は引き継ぎに名乗りをあげました。しかし、兄の死を悲しんでいる暇はないほどに忙殺されます。店内の座席にあるアーケードゲーム機の音がうるさいのでプラグを抜こうとしますが、ベテランの調理人であるティナに「抜くな」と怒られます。
ゲーム機の硬貨、衣服、売れるものを片っ端から手にし、カーミーは自分の理想の食材を入手。妹のシュガーに「上着を持ってきてくれ」と頼み、店内に居座り、仕事に集中します。
そこへスー・シェフに応募したシドニーが来ます。履歴書を見るとなかなかの経歴です。「でもなぜここに?」と質問すると、「ここは父のお気に入りの店で一緒に来ていた」と手短に語り、逆にシドニーは「あなたを知ってる、全米一のレストランのシェフをしていた最高の料理人でしょ、あなたこそここで何を?」と聞いてきます。カーミーは深くを応えず、「サンドイッチ作り」とだけ口にします。
開店時間が迫り、厨房は慌ただしくなり始めました。カーミーの怒号が飛びます。
そこにリチャード(リッチー)・ヤーモヴィッチが遅れてきます。遅刻も反省せずリッチーはカーミーに文句を言います。
「お前のせいだぞ。みんな混乱してる」「今そんな話をしてる暇はない」「離婚はお前のせいだ。お前が帰らないから俺はそっちの家の世話ばかり。みんな俺に連絡してくる。お前が状況を悪化させるんだ。俺に相談せず勝手に人を雇うのもやめろ。ここはお前の兄貴の店で俺は右腕だったんだ」
カーミーはそんなリッチーの言葉を気にせず料理に戻ります。
「シドニー、鍋を混ぜろ」「エブラヒム、鍋をくれ」「600ドルで1週間しのげる。そこでゲームだ」「お前は黙ってスパゲティを作れ」「調理場が汚すぎる」「回転まで3時間だ」「今日はボールブレーカーでカネを作る」
リッチーは「いつもどおりやれ」と真逆の罵声で、もはや現場は滅茶苦茶です。
その店にシュガーが訪ねてきます。「こんなところにいてほしくない。ママに連絡は?」…そう言われても、ぎこちないカーミー。「売るべきよ」「俺はここを何とかしたい。立て直す」「誰も頼んでいない」
カーミーは自分の作った新作のサンドイッチをみんなに試食させます。その美味しさはさすがにみんな納得です。まかないをシドニーが用意し、みんなで食べる時間も、カーミーだけ不安そうに立っています。
外の大会目当てのゲームオタクたちの列がうるさく、リッチーが銃を使って黙らせます。
リッチーは「お前はここをわかっていないんだよ」とカーミーに説教しますが、そのリッチーさえもカーミーのサンドイッチが上手いのは認めるしかありません。
店はまだ開店してばかり…。
シーズン1:人気すぎても絶望が待っている
『一流シェフのファミリーレストラン』は冒頭からノンストップで始まります。まさしく開店直前の猛烈な忙しさがそこに再現されています。
ややこしいのはカーミーとリッチーの指揮系統2つが混在している点で、働いている身からすれば最悪の職場環境です。一般的な店ではこんなことはないと思いますが、この時点でこの店では経営の引継ぎが全く合意をとれずに見切り発車していることがよくわかります。
カーミーはまだ料理のスキルが誰よりもあるのでわかるのですが、リッチーがまたヘンテコな奴です。作中で見ていてもあんまり料理していません。言っちゃ悪いですが、ただ威張っているだけに見える。他の馴染みの同僚はそれが見慣れた光景なのか、何も怒らず放置しています。
カーミーもフランス料理店式のブリゲードを導入しようとしたり、店のシステムを一新しようとするのですが、その肝心な説明と合意形成をシドニーに丸投げするので、あいつもあいつでリッチーとは真逆、料理しかできない男です。
そんなこの店が最悪の時を迎えるのが第7話。ここでなんとやっとオープニング・クレジットが挿入されるという大胆な構成なのですが、この約20分のエピソードはまさしく『ボイリング・ポイント 沸騰』と同一。カオスが長回しで完全に映像化されていました。
皮肉なのがあの凄惨な1日が、「シドニーの提供したリゾットが批評家に高評価を受けて、その絶賛記事がでた直後に、注文受付システムを導入してしまったゆえに起きる」ということ。普通、店にとって酷評を受けることの方がキツそうですけど、この第7話のように称賛のレビューが店の崩壊を招くこともあるという…。
人気すぎても店が死にかけるならどうすればいいんだ!という絶望の追い打ちです。あのエピソードはシドニーもマーカスも離脱してしまうだけでなく、ビジネス面での限界を突きつけられるのでショックが大きいですよね。
そんな苛烈な地獄を口に押し込まれる映像の中、“何でも修理屋”みたいに働いているファクが面白かったです。意外にこの店に欠かせないキーパーソンだと思う…。このギーク・オタクみたいなファクですが、演じている“マティ・マシソン”は実はプロのシェフであるというのがまた面白みを増していて、それを知ったうえで鑑賞するとシーンがより滑稽に見えてきます。
シーズン1:料理でケアはできないから…
『一流シェフのファミリーレストラン』は調理場密着観察ドラマというだけでなく、そこで働いている人のメンタルヘルスのドラマです。このへんも『ボイリング・ポイント 沸騰』に通じているのですが…。
『一流シェフのファミリーレストラン』の場合は、元の店主であるマイケルの死が中心にあります。マイケルは自死のようで、自分で頭を撃ったらしいことが会話から示唆されます。何がそこまで彼を追い詰めたのかはわかりません。明るい人柄だったようですが、ドラッグ依存症でもあったことが判明します(日本は知りませんが、アメリカのレストランではドラッグ依存者は珍しくないそうです)。また、本作はコロナ禍の先を描いており、そのパンデミック下でのこうした飲食店業は苦境だったろうことは想像がつきますし、それもマイケルに重度のダメージを与えたのかもしれません。
カーミーは明らかにマイケルの死を受け止めきれていません。そして同時に自分自身のメンタルヘルスにも当初から問題を抱えています。前職場での過酷なしごきはカーミーをPTSDのような状態にしており、アルコール依存症に陥っているのもそれと関係はあるでしょう。彼の男性的な鬱症状が調理場でも爆発し、悲惨な結果を招きます。
また、カーミーはコミュニケーションが極端に苦手です。友達も恋人もいません。家族のシュガーとさえも上手く話せないほどです。料理だけが唯一できる自己表現です。そんなカーミーがケアが必要だということをどうやって周囲に説明できるか、もしくは立ち止まってもいいんだということを学ぶ…そんな物語でもあるでしょう。
対するリッチーもカーミーとは違うかたちでメンタルヘルスの問題が露呈しています。たいしてスキルもないリッチーにとって、おそらくマイケルは居場所を作ってくれた存在なのでしょう。その拠り所が失われ、リッチーも相当に参っています。家父長的な態度で振舞うしかできないほどに…。
ちなみに本作の原案の“クリストファー・ストーラー”は、本作の製作前に友人を自死で亡くしているとのことです。
カーミーやリッチーといったマスキュリニティとの向き合い方に苦悶する男たちがいる中、シドニーやティナといった女性たちもやはりメンタルの側面で各々の課題をクリアしないといけないことになります。シドニーだってこんな小さな店を志望するというのは、きっとそこには心が彷徨った結果として思い出の地に引き寄せられたというのもあるのでしょうし。
最終話では一気に希望が溢れ出ます。まさかトマト缶の中にそれがあるとは思いもしなかったですけど(マイケル、もう少しわかりやすいプレゼント方法にしてよ…)。店は「The Bear(ザ・ベア)」に改名し、心機一転でリニューアル。これぞ本当のファミリーレストランです。これならマーカスのドーナツも売っても違和感なし。みんなでまかないを食べる団欒の風景がホっとする…。
結構いい感じで終わった『一流シェフのファミリーレストラン』シーズン1ですが、人気となったのでシーズン2への継続が決定済み。ここからまたもや絶望に落ちるのか…なんか視聴するのが怖い…。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 100% Audience 91%
IMDb
8.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)FX Productions
以上、『一流シェフのファミリーレストラン』の感想でした。
The Bear (2022) [Japanese Review] 『一流シェフのファミリーレストラン』考察・評価レビュー