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『ネクスト・ゴール・ウィンズ』感想(ネタバレ)…過去を忘れて今を受け入れよう

ネクスト・ゴール・ウィンズ

過去を忘れて今を受け入れよう…映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Next Goal Wins
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2024年2月23日
監督:タイカ・ワイティティ
LGBTQ差別描写
ネクスト・ゴール・ウィンズ

ねくすとごーるうぃんず
ネクスト・ゴール・ウィンズ

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』物語 簡単紹介

米領サモアのサッカー代表チームは、2001年にワールドカップ予選史上最悪となる「0対31」の大敗を喫してしまった。それは笑い物になるにはじゅうぶんな結果だったが、さらにそれからも1ゴールも決められずに年月が経過していた。次の予選が迫る中、打開策は急務。そこで荒っぽい言動のためにアメリカを追われたコーチであるトーマス・ロンゲンが監督に就任し、ボロボロなチームの立て直しを図るが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の感想です。

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』感想(ネタバレなし)

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地元に優しい監督です

南太平洋に浮かぶサモア諸島。総面積は沖縄本島の約2.5倍ほど。

ポリネシアに含まれるこの島々は、大昔からポリネシア人と呼ばれる人たちが暮らしていました。その起源として有力なのが、紀元前3000年から1000年の間に台湾から移住してきたというもので、当時のその人たちは独自の航海技術があって、はるばる海を渡って分散してきたと考えられています。

なのでポリネシア人はアジア人と顔つきも似ており、日本人にしてみれば、言語や文化が全然違うのになんだか親近感があります。

そのサモア諸島ですが、西欧の植民地政策によって1899年に西経171度線を境として西側をドイツが、東側をアメリカが領有することになってしまいます。後に西のサモアは独立国となりましたが、東のほうは自治権があるもののアメリカの海外領土のままです。

ということで今は「サモア」「アメリカ領サモア」という実質的に2つの国が存在していることになります。名称がわかりにくいですが、この2つは国家的には別物、でも民族的には同じ原点がある…ということですね。

今回はそのうちのアメリカ領サモアを舞台にした実話を映画化した作品を紹介します。

それが本作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』

本作はスポーツもので、実績としてあまりにダメダメなチームを立て直す「負け犬たちが頑張る」系のタイプ。先ほども書いたように実話が基になっていて、主役はアメリカ領サモアのサッカー代表チームです。このチームは、2001年にワールドカップ予選にて「0対31」で大敗してしまいました。

野球と違ってサッカーには一定の点数差で強制的に試合が終了するコールドゲームが基本的に存在せず(昔は存在したこともある)、どんなに点を入れられようが試合はフルで続行します。

それにしたって「0対31」で負けるのは極端です。子どもの試合みたいですし、相手もこうなったら手を抜くくらいしてやれよと思ってしまうほど…。国際Aマッチ史上最大の得点差だそうです。

そんな屈辱を味わったアメリカ領サモアのサッカー代表チームは当然のようにこの汚名を背負うことになり、しかもそれ以降も全然勝てない状況が続き…。

そこでアメリカからコーチがやってきて鍛えることになり、リベンジに挑む…というのがだいたいのお話です。

この実話は2013年に『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』というドキュメンタリーになったのですが、それを基に『ネクスト・ゴール・ウィンズ』は製作されました。

そして『ネクスト・ゴール・ウィンズ』を監督したのは、ポリネシアのルーツもあるニュージーランド出身の”タイカ・ワイティティ”。最近は『マイティ・ソー バトルロイヤル』『ソー:ラブ&サンダー』と大作に起用され、『ジョジョ・ラビット』では賞レースにも上がるなど、すっかり大人気監督になってしまいましたけど、もともとはものすっごく癖の強い作風の人です。

今作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』はポリネシアが舞台ということもあって、監督初期作を彷彿とさせる小規模なスタイルに戻った感じがあります。もちろん、実話を遠慮なく”タイカ・ワイティティ”色に染め上げていて、ユーモアもたっぷりです。

俳優陣は、コーチ役に『ザ・キラー』“マイケル・ファスベンダー”。その元妻役に『透明人間』“エリザベス・モス”。そしてたくさんのポリネシア系の俳優たちが起用されています。

”タイカ・ワイティティ”監督は、どうしたって見るからにふざけまくったフィルムメーカーですけど、根は本当にしっかりしているのがいいですよね。大作映画で仕事するときも同じルーツの若手に現場を経験させるチャンスを用意したり、ルーツであるポリネシアに還元しようと積極的。こういう先駆者がいると後ろに続く業界人には嬉しいでしょう。

今作はハリウッドで名声を得た”タイカ・ワイティティ”監督がその特権を正しく使い、地元のポリネシアにスポットライトをあてるという、とても親身な映画になっています。

王道のスポ根なので基本的に誰でも見やすいですし、一緒に笑って前を向きましょう。過去の失敗に悩んでいる人にぜひ。

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『ネクスト・ゴール・ウィンズ』を観る前のQ&A

✔『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の見どころ
★ユーモア満載で贈る優しいスポ根。
★トランス表象がしっかりある。
✔『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の欠点
☆かなりふざけまくりなので癖はある。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:悩んでいるとき
友人 4.0:一緒に元気を
恋人 4.0:前向きになれる
キッズ 4.0:子どもでも見れる
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ワン・ゴール!

人生には負けはつきもの。しかし、アメリカ領サモアのサッカー代表チームが2001年4月11日に経験した敗北はひときわ酷いものでした。

ワールドカップ予選。本大会出場をかけて争うグループ1にはオーストラリア代表・アメリカ領サモア代表・フィジー代表・トンガ代表・サモア代表が揃っていました。

アメリカ領サモアの相手はオーストラリア。実はオーストラリア代表のFIFAランキングは75位、アメリカ領サモア代表のFIFAランキングは最下位の203位。アメリカ領サモア代表は、1998年にFIFAに加盟して以来すべての試合に敗戦していました。なので今回も負けるのは確実だろうと誰もが予測していました。しかし、あれほどの大差になるとは…。

結果は「0対31」。ゴール、ゴール、ゴール…。実況もひたすらそれしか言えないありさま…。

試合の反響は大きく、オーストラリア側も大会ルールの見直しを含めた議論を提起しました。どちらにせよアメリカ領サモアの弱さは世界に証明されたことに変わりありませんが…。

そして年月が経過した2011年。10年経ってもアメリカ領サモアの状況は好転していませんでした。負けっぱなしで、ゴールもろくに決まっていなかったのです。

今日も全然ダメで、ロッカールームで意気消沈する選手たち。そこでアメリカ領サモアのサッカー協会会長タヴィタ「新しいコーチを呼ぶ」と宣言。

その頃、アメリカ合衆国サッカー連盟では、コーチをしていたトーマス・ロンゲンが饒舌に己のサッカーのこだわりについて語っていましたが、それでもクビだと宣告されました。理由はあまりに粗暴な態度。

ロンゲンに残された選択肢は2つ。失業。もうひとつはアメリカ領サモアでコーチをすること。「本気か? ジョークだろう?」とロンゲンもびっくりです。アメリカのサッカーをトップレベルに引き上げることを目標にしてきたのに…。しかし、ロンゲンの元妻ゲイルも納得の案でした。

しぶしぶ飛行機に乗ります。耐えるしかない…。感情を抑えることが今の彼の宿題…。

小さな空港に着くと、いきなりカメラとマイクを向けられます。表情をぴくりとも変えずに対応するロンゲン。「フレンドリーですね」と取材者はテキトーにコメント。実はそのカメラマンがアメリカ領サモアのサッカー協会会長です。基本的に人手不足です。

外には選手たちがそわそわして待っており、ロンゲンが来ると歓迎の歌を披露。小さなバスに乗り、その随分と遅いバスに揺られながら、家に到着。帰り際、「たったひとつのゴールでいい」とタヴィタに言われます。

電波はない穏やかすぎる家を見渡し、娘の写真を飾り、新生活の始まりです。

初めてのチーム顔合わせ。そこにやや遅れてジャイヤ・サエルアと呼ばれる女性らしい格好の人がやってきます。なんでもこのチームの選手だと言います。「女だろう?」と思わず口走り、ロンゲンにはさっぱり理解できません。

チームは案の定ダメでした。ゴールでボケっとしているピサは本当はミッドフィールダーで、意味をなしていません。ジョナはスピードはあるものの、シュートは全くノーコン。

こんな状態で試合をできるのか…。

この『ネクスト・ゴール・ウィンズ』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/03/09に更新されています。
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ポリネシアだからできる指摘

ここから『ネクスト・ゴール・ウィンズ』のネタバレありの感想本文です。

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』のコンセプトを聞くと、最近の話題作であったドラマ『テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく』と重ねてしまいやすいです。

ただ、この2作は表側は似ていても中身はかなり違います。

ダメダメなサッカーチームに新しいコーチがアメリカからやってきて立て直すという点では同じですが、『ネクスト・ゴール・ウィンズ』はそのコーチであるオランダ人のトーマス・ロンゲンがいわゆる「有害な男らしさ」をこじらせている存在になっており、今回はそのアンガーマネジメントのリハビリでもあります。

終盤で明らかになるロンゲンの娘が交通事故で亡くなったという話は史実ですが、「有害な男らしさ」云々は完全にこの映画の脚色です(指導時に気質が荒っぽいのは確かにあったけど)。しかし、”タイカ・ワイティティ”監督作にはもやは欠かせないテーマになっています。

一方で、そうした人生で挫折と失敗をした白人がエキゾチックな世界であるアジアやポリネシアなどの異国をスピリチュアルな旅するというプロットは、一般的に白人が気持ちよくなっておしまいであるという接待的な消費になりやすいです。

ただ、さすがそこは”タイカ・ワイティティ”監督で、そうならないバランスにまとめてあったと思います。

そのやり方として、まず徹底してボケ倒すことで、このポリネシア文化を変に神秘化しないようにするという技を駆使。加えてしっかりアメリカ領サモアの人たちの視点を量多めで軸にすることで、本作が白人視点になっている空気をだしません。

そのアンガーマネジメントと異文化交流のピーク点となるのが、ついにトンガとの試合が始まり、やっぱり劣勢で荒立っていくトーマス・ロンゲンがチームを放棄しようとした瞬間の、あの会長との会話。

あそこで語られるのは、何かと勝つことがマッチョイズムに直結しやすいスポーツの在り方を問い直す視点であり、負け続けるアメリカ領サモアを別の側面から救う言葉で、同時にトーマス・ロンゲンも救うという、かなり器用なことをやっていたと思います。

本当は『FIFAを暴く』で指摘されている国際的なサッカー組織の拝金主義をもっと厳しく糾弾されるべきなんでしょうけど、そこは『ネクスト・ゴール・ウィンズ』のトーンは弱めですが、その批判精神は持っていたかなとは感じました。それをポリネシアみたいな非西欧圏から打ち出すのがやっぱり大事ですね。

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ファファフィネとテーマの重なり

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』で準主役として位置しているもうひとりの人物が、ジャイヤ・サエルアという選手です。

ジャイヤは作中で説明されるとおり、「fa’afafine」(日本語では「ファファフィネ」や「ファアファフィネ」と表記)というアイデンティティを持っています。「fa’afafine」はいわゆる「第3の性別」と呼ばれてまとめられるものですが、サモア社会で認識されているジェンダー・アイデンティティ&ジェンダー・ロールです。出生時に男性として割り当てられたものの、男性と女性の両方の振る舞いを体現しています。もともとサモアが母系の統治文化であったことにも由来しているそうで、「fa’afafine」はサモア社会では当たり前に受け入れられている存在です。

トーマス・ロンゲンはこの「fa’afafine」という文化的存在を当初は全く理解できず、あろうことかジャイヤをデッドネーミングする嫌がらせまでします。

この描写についてその後にわりとあっさり仲良くなるので批判もあるのですが、確かに映画という事情もあって尺不足は否めません。それでもジャイヤ本人が「映画の中でジャイヤが経験したことの多くは、私とトーマスの関係にあった事実として正確ではない。ただ、こういう差別の瞬間は、多くのトランスジェンダーの人々にとって現実です」とコメントしているとおりOutsports、やはりその現状を示すうえで本人も納得のアプローチだったのではないかなとも思います。現在のトランスジェンダーをとりまく無理解を見ていると、こういう初歩的な教育的描写を入れざるを得ないんですよね。

”タイカ・ワイティティ”監督はドラマ『海賊になった貴族』でも大評判でしたが、LGBTQの表象に力を入れてくれています。今作のジャイヤの描写もホルモン療法含めてその生活の姿を限りあるシーンの中に入れ込み、しかも演じている“カイマナ”は当事者起用。「当事者俳優なんていないので…」という言い訳を真っ先に口にする某映画にも聞かせてやりたいですよ…。

「過去を忘れて今を受け入れよう」というテーマが本作にはあると思いますが、それは大敗というチームの過去、キャリアの失態というロンゲンの過去…それのみならず、ジャイヤにとっては過去の性別にも重なります。大事なのは今。今を楽しもうという本作のメッセージです。それはお気楽主義ではなく、しっかり現実の問題をクリアしたうえでの未来の提示です。

ジャイヤはトランスジェンダー女性としてもオープンにしており、「Outsports」の取材ではこう発言しています。

「私は男性側でプレーするトランス女性なので、特権を持っています。アメリカ領サモアでは、ファファフィネは自身が快適に感じる方法で生活していますが、それは誰にとっても同じではありません」

「女性スポーツの追求に挑戦するトランス女性は勇気があると思います。私はそんな当事者を称賛し、多くのインスピレーションを得ています」

スポーツの世界、そしてあらゆる世界。もっと変化を認め合って、楽しくチームになりましょうという、”タイカ・ワイティティ”司祭からの奇跡のお話でした。

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 44% Audience 84%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. ネクストゴールウィンズ

以上、『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の感想でした。

Next Goal Wins (2023) [Japanese Review] 『ネクスト・ゴール・ウィンズ』考察・評価レビュー