みんな角角モンスターになってしまう…映画『アントラーズ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・カナダ・メキシコ(2021年)
日本では劇場未公開:2022年にDisney+で配信
監督:スコット・クーパー
児童虐待描写
アントラーズ
あんとらーず
『アントラーズ』あらすじ
オレゴン州の小さな田舎町。教師のジュリアはルーカスという名の生徒のことを気にかけていた。家庭環境のせいなのか内向的で授業中も塞ぎ込んでいる。ルーカスの家に行ってみるも不気味な気配を感じ、ますます嫌な予感だけが心をざわつかせる。しかし、この静かな町で次々と惨殺された遺体が発見され、しかもあまりにも異様な死体の状態であったため、警察も困惑。そして、ルーカスだけが事情を知っていた…。
『アントラーズ』感想(ネタバレなし)
こういう配信が増える?
2021年10月27日、日本の「Disney+」は全面リニューアルしました。これによって挙げきれないほどの変化があったのですが、とくに配信のラインナップのボリュームアップは利用者には嬉しい部分です。
そんな中で映画ファンには見逃せないこんな変化も。それは20世紀フォックスやフォックス・サーチライト・ピクチャーズでこれまでビデオスルーになっていたような映画が、今後はDVDやブルーレイなどではなくこの「Disney+」で独占配信されるようになるだろうということ。メリットとしてはビデオスルー時代よりも日本公開の時期が早まるのであまり本国公開よりも時間を空けずに視聴できます。もしかしたらほぼ同時公開ということもあり得ます。デメリットとしては映画をディスクで入手することができなくなるということが考えられます(ただし、独占配信というのは「配信だけでしか公開しない」という意味ではなく、あくまで「配信については他の他社サービスではなくこちらのサービスだけで取り扱う」という意味なので、将来的に円盤が販売される可能性もゼロではないですが)。
ともあれこれが今後のニュー・ノーマルなので映画ファンはこれを前提に映画と付き合っていくしかありません。今はソニー以外は海外の大手映画企業はみんな自社で動画配信サービスを運営するようになっちゃいましたからね。
ということでさっそく「Disney+」で20世紀フォックス系列の映画が日本でしれっと劇場公開をスルーして独占配信されました。
それが本作『アントラーズ』です。
『アントラーズ』はホラー映画で、アメリカ本国では2021年10月29日というハロウィン時期に公開されました。日本では2022年1月5日から配信で初お披露目となったので、だいたい2カ月のタイムラグですね。
本作は詳細を言ってしまうとつまらないので控えますが、ジャンルとしてはアートハウス系のホラーとエンターテインメント系のホラーの中間くらいのバランスの立ち位置です。製作に“ギレルモ・デル・トロ”が関与しているところからもわかるとおり、いかにも“ギレルモ・デル・トロ”が好きそうなクリーチャー要素もあったり、怖い御伽噺的な雰囲気もある、そんな物語です。
主人公は女性教師とその教え子の少年。舞台は寂れたアメリカの田舎町。そこで身の毛もよだつような惨劇が勃発し、その裏に蠢く正体が徐々に明らかになってきます。
監督は、『クレイジー・ハート』(2009年)、『ファーナス/訣別の朝』(2013年)、『ブラック・スキャンダル』(2015年)などを手がけてきた“スコット・クーパー”。もともとは俳優ですけど、今はすっかり監督業の方が本業ですね。“スコット・クーパー”監督にはあまりホラー映画というイメージはないのですが、2017年の監督作『荒野の誓い』でアメリカ先住民が重要な要素で登場し、おそらくそれ繋がりでこの『アントラーズ』に繋がったのかなと思います。『アントラーズ』も実はアメリカ先住民の要素が肝になっているので…。
原作は“ニック・アントスカ”が2019年に発表した短編小説「The Quiet Boy」。この“ニック・アントスカ”は『ブランニュー・チェリーフレーバー』というホラーシリーズを監督しているほか、『Chucky』のテレビシリーズでもエグゼクティブプロデューサーをやっている人です。
俳優陣は、ドラマ『フェリシティの青春』や『ジ・アメリカンズ』でおなじみの“ケリー・ラッセル”、『ジャングル・クルーズ』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』など多彩な映画で活躍する“ジェシー・プレモンス”、『荒野の誓い』にも出ていた“ロリー・コクレーン”、『ハリウッド・スキャンダル』の“エイミー・マディガン”、『ウインド・リバー』などに出演して自らもオナイダ族出身である“グラハム・グリーン”。
家でサクっと観れるホラー映画を探している人や、民間伝承に基づくおぞましいクリーチャーが観たい人にはオススメです。「Disney+」というとどうしても子ども向けの印象がまだ強いですが、こういうがっつりホラーな作品も新作でゾクゾク追加されていますからね。
なお、作中で児童虐待(性暴力を含む)を匂わせるシーンがあります(直接的な描写はない)。
『アントラーズ』を観る前のQ&A
A:Disney+でオリジナル映画として2022年1月5日から配信中です。
A:人体破壊描写(死体)を含む残酷描写が部分的にあるので苦手な人は目をつむってください。
オススメ度のチェック
ひとり | :クリーチャー好きは要注目 |
友人 | :ジャンル好きな人と |
恋人 | :ホラーを楽しみたいなら |
キッズ | :怖いのが苦手でないなら |
『アントラーズ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あれは古い父さんだ
かつて石炭産業で栄えていたオレゴン州の町。しかし、今はその盛況は嘘のように消え失せ、過去の仕事で使われた道具や建物が錆びついて残されているだけの寂れた風景が広がっています。
そこにひとりの幼い少年。その子は車で父親を待っていました。その父は「ここにいろよ」と息子に指示をして、建物の中へ入っていきます。ガスマスクをつけて、狭いトンネルを発炎筒を明かりに進みます。ここは坑道で、その奥には仲間の男があり、「フランク」と呼びかけられます。2人はここが廃棄されて人が全くいないことを利用して、薬物の製造場所に使っていました。
すると何かの音が聞こえて2人は作業を中止。「炭鉱は再開してないぞ」「動物か?」と警戒します。さすがに他人に見られるわけにはいきません。恐る恐る確かめにいくと、何かが無数に吊るされている場所を発見。怪しい雰囲気を感じとり、「逃げよう」と踵を返した途端、何かに襲われる2人。フランクは絶叫しますが、その声は坑道の奥底では誰にも届きません。
少年は帰りを待つもの一向に来ないので、「父さん?」と入り口で呼びかけます。返事はなし。少年は暗がりへ入っていき…。
年月が経過。ジュリア・メドウズはこの町で教師をしていました。今日の授業では「伝承は先住民から始まったの。寓話や神話を知っている人は?」と子どもたちに答えを求めます。その子どもの中でもルーカスという子をジュリアは指名しますが、ルーカスは縮こまって黙ったまま。
ルーカスは同級生のクリントとその仲間からイジメを受けており、とぼとぼ帰ります。途中、スカンクを発見し、ルーカスはおもむろに石を握ります。スカンクの死体を引きずって帰宅すると、施錠された部屋の様子を窺います。そして慎重に開けるのでした。
ジュリアは弟のポールと一緒です。彼は保安官をしており、この過疎化している地域では他になり手がいないそうです。
ジュリアはルーカスを気にかけていました。次の日の授業でも、ルーカスをあて、考えてきた寓話を発表してもらいます。
絵だけが描かれたノートをパラパラめくりながらルーカスは小さい声で語りだします。
「あるとき3頭の熊が山にある暗くて湿った洞窟に住んでいました。父熊と子熊と赤ちゃん熊です。でも子熊たちの面倒をみていた父親が病気になり、仕事を失います。体の中は真っ黒に。ある日、子熊が帰ってくると父熊と赤ちゃん熊が違います。父熊の病気は重くなり、酷い意地悪をしたり怒るようになりました。なぜなら食べ物や肉がないから」
静まり返る教室。「よかったわ」とジュリアは褒めますが、「でも家族だ」とルーカスは続けます。
ジュリアはルーカスのプロフィールをこっそり見ます。母親は死亡しているようです。そこでアイスを一緒に食べようと誘います。実はジュリアの母も12歳の時に死んでおり、共通点がありました。
「弟の名前は?」と聞くと、「エイデン。7歳」と答えるルーカス。学校にはいないようで、父と一緒だとのこと。
ジュリアは家に行ってみます。1軒家。普通に見えますが、ただ静かです。ノックしても返事はなく、鍵が開いており、中から異様な気配を感じ、さすがに帰ります。
ルーカスは今日は道端で見つけたアライグマの死体を切り刻んで、その施錠された部屋にいる“存在”に与えます。むしゃぶりつく人間らしき存在。それはかつての父の姿。そして奥から静かにやってきたのは弟です。弟は淡々と食べます。
心配がおさまらないジュリアはフランク・ウィーヴァーの息子であるルーカスについてポールに語り、「あの家に行ってゾッとする物音を聞いた」と立ち入り捜査を頼みます。フランクは薬物中毒者で有名なのでなんとか理由はつけられるはず。ポールはやりたくない様子。
しかし、この地域で人間の死体の一部が発見され、それがしかも検視官もお手上げなほどに異様な状態であったため、不穏な空気に包まれます。
それは惨劇の始まりでした。
元ネタはあの民間伝承
『アントラーズ』はクリーチャーが登場するモンスターホラー映画ですが、完全なファンタジーというわけではなく、作中でも言及されているとおり、アメリカ先住民に伝わる「ウェンディゴ」の伝承に基づいています。
ウェンディゴというのはネイティブアメリカンの間で古くから語り継がれる存在。インディアン民族の間でも差異があるのですが、大雑把に共通しているのはウェンディゴは悪い存在で、超自然的で、欲深いということ。具体的に何かの動物を示しているのではなく、あくまで精霊や魔物の類ですね。
このウェンディゴは強欲を象徴しているとされており、いわばタブーを語り継ぐための教訓でもあります。具体的には「共食いはしてはいけない」ということ。いくつかの伝承では貪欲に憑りつかれた人間はウェンディゴに変わり果て、人肉を求めるようになるとされています。
なお、映画やゲームなど創作の世界ではウェンディゴはやたらとシカの角みたいなものが目立つ存在として描かれるのですが、本来の伝承には角みたいなものはとくにでてこないそうです。これはフィクションのアレンジなんでしょうね。
ともかく『アントラーズ』のウェンディゴは完全にフィクション化された方のウェンディゴのイメージで映像化されています。タイトルが「antlers」(シカの枝角を意味する)ですからね。
本作のウェンディゴのクリーチャー描写はとても迫力がありました。最初は正気を失った姿のフランクですが、それがついに人間を食したときに覚醒。内側からパックリ割れて、その角だらけの全貌が明らかになるときの禍々しさと神々しさの融合。ラストは坑道でジュリアがそのウェンディゴの全身をライトに照らす。そこでのあのビジュアルといい、本作はこの視覚効果でじゅうぶんに元が取れる見ごたえでした。
『アイアンマン』などの視覚効果アーティストとして有名な“シェイン・マハン”と、『シェイプ・オブ・ウォーターなどの“ギレルモ・デル・トロ”作品では毎度おなじみのクリーチャー・デザイナーである“ガイ・デイヴィス”が、今作のウェンディゴを手がけたそうで、どおりでクオリティが一級品なわけです。
タブーと向き合うこと
『アントラーズ』はウェンディゴの伝承と絡めて「タブーを犯すこと」がテーマとして根底にあります。
もちろんその主要なタブーは作中でもウェンディゴ覚醒のトリガーとなる「人が人を食べる」という共食いです。でも他にもいくつかありました。
例えば、ジュリアはルーカスのことを明らかに特別に気にかけています。それは教師としての職業の範囲の一線を越えるほどです。その理由は家庭環境が劣悪であるという自信の経験と重ね合わせてしまっているゆえのことでした。
ただ、作中で暗示されますが、ジュリアはどうやら父親から性的虐待を幼いときに受けていたこともわかります。それが理由となってジュリアは母の死亡とともに家を出てしまい、家に置き去りにした弟のポールとの間に溝ができてしまっていました。この親による自身の子を性的対象とする行為も社会において大きなタブーのひとつです(無論、誰が誰に性的暴行をしてもそれは犯罪ですが)。
そしてジュリアはウェンディゴと化したフランクと対峙。格闘の末、ルーカスが親殺しというタブーを犯し、今度は弟のエイダンがウェンディゴ化しそうだったので、ジュリアが子殺しというタブーを犯す。タブーに対処するのにタブーを重ねていくという、救いようのない負の連鎖がこの物語のトーンをさらに重くしていきます。
こうした要素を積み重ねながら、先ほどの先住民の伝承で始まる物語として俯瞰すると、アメリカという土地は常にタブーと向き合いつつそれを犯してしまった者たちの屍の上で成り立っている…そういう批評的視点も感じ取れますし、舞台がかつての産業が衰退してしまった保守的な町ということで、そのようなタブーがまわりまわって地域全体に影を落とし、衰退に繋がっているとも深読みできなくもないです。やっぱり人間は生きているとタブーに直面してしまうものなんですかね。
ラストでは一件落着とはいかない、ポールにもウェンディゴ化の兆候が見られるという、悲劇はまだ続くオチでした。ポールもウェンディゴ化したら強くなるのかな…。
『アントラーズ』で私が一点だけ気になるのは、ルーカスは父の“ご飯”のために毎日ロードキルされた動物の死骸などをかき集めているわけですが(これもヤングケアラーと言えるのだろうか)、さすがに生きたスカンクを石で殴って殺すのは難しそうだなというくらいで…。実際に労力を考えるとかなりの重労働ですよね。どれくらい食うのか知らないですけど、かなり大食いみたいに見えるし、相当な量の獣肉を集めないとやっていけないだろうし…。
みなさん、道路で動物の死骸を見つけたら道路管理者に連絡しましょう(事故の原因になるので)。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 60% Audience 68%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Searchlight Pictures
以上、『アントラーズ』の感想でした。
Antlers (2021) [Japanese Review] 『アントラーズ』考察・評価レビュー