拒食症の人も、そうでない人も、知ってほしい姿がそこにある…映画『心のカルテ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2017年)
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信
監督:マーティ・ノクソン
こころのかるて
『心のカルテ』物語 簡単紹介
『心のカルテ』感想(ネタバレなし)
体型をめぐる世論の裏で苦しむ人
Netflixで配信中の映画『心のカルテ』の紹介…の前に。
ファッションやオシャレ界隈の流行語には全く付いていけてない私。ときに耳や目に飛んでくる謎めいたワードに困惑することも少なくないです。そんな中、少し前話題になって印象に残ったのが「マシュマロ女子」という言葉。
これは“ぶんか社”の雑誌「la farfa」による造語で、そもそもこの雑誌は日本初の「ぽっちゃり女子」のための本格ファッション誌をコンセプトにしたもので、「マシュマロ女子」とは「ぽっちゃり」「白い肌」「ふんわりした服装」といった見た目の特徴を持ち、マシュマロのように“食べちゃいたくなる”女性を指すそうです。
この言葉、当時ネット上で話題に上がると、賛否両論が巻き起こりました。こんなものは言葉の言い換えに過ぎず、第一モテるわけがない、偽りのムーブメントだという痛烈な否定的意見も一部で散見。近年は「○○男子」「××女子」のような言葉が乱立していますから、条件反射的にうんざりだという反応が返ってくるのもわかる気がします。
でもこの論争を「モテるモテない」とは別の見方をすると、違った重要性が顔を出すのではないでしょうか。
というのも現代の世の中では、痩せを礼賛して肥満を蔑視する「スリム至上主義」が生み出した“歪み”が問題になっているからです。それが摂食障害のひとつ「拒食症」です。神経性無食欲症(アノレキシア、アノレクシア)とも呼ばれるこの精神疾患は、日本国内でも若い女性を中心に相当の患者数が存在すると推定されています。
しかし、拒食症の実態は、自身がそうであったり、身近にそういう人がいたりでもしない限り、なかなか見えてきません。そんな時にオススメできる映画が本作『心のカルテ』。本作は、これが映画監督デビュー作となる“マーティ・ノクソン”自身の体験を基にした拒食症を描いたドラマです。
インディペンデントなのかなと思いきや、出演陣は“リリー・コリンズ”や“キアヌ・リーヴス”と意外に豪華。とくに“リリー・コリンズ”は文字通り体を張った演技を見せています。
拒食症の人も、そうでない人も、ぜひ観てほしい作品です。
『心のカルテ』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2017年7月14日から配信中です。
『心のカルテ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):心は飢えている
「テレビとか雑誌に出てくる女の子が美味しいとか言ってケーキを頬張る。でも次のページでは太った女の子が自分は嫌いだと言い、隣で細い子が痩せて幸せ!と叫ぶ」
「結局、ケーキは食べていいの?!」
そんな世の中の意味不明さを愚痴る若者たち。ここは世間では「普通」と見なされていない者たちが集まる施設。そんな施設ですらも手に負えないひとりの20歳の女性・エレン。
久しぶりに家に帰ってきますが、住み慣れていないのでホームという気分ではありません。反抗的な態度が問題化し、摂食障害の治療もろくにできないエレン。
義母は体重を測ると言います。上着を脱ぐとガリガリに痩せ細った体が露わになり、母は言葉を失います。スマホでその体の写真を撮り、「これがあなたよ」と現実を突きつける義母。「いい加減にして、もう耐えられない」と義母は部屋を出ていきます。
エレンもなんとかしないといけないのはわかっていますが、そう簡単な話ではありません。妹だけが親身になって隣で話を聞いてくれます。妹は姉が死ぬのではないかと心配していました。
手段に困った義母はメンタルケアの専門家であるベッカム医師に頼ることにします。型破りな治療法で巷では有名なのだとか。
さっそく面談。義母は本当の母がレズビアンで10代の多感な時期にカミングアウトなんてするからおかしくなったのではないかと自論を述べます。しかし、ベッカム医師はそれをやんわりと一蹴。
まずはエレンの体を診ます。骨が浮き出た体。寒さから身を守るべく毛深くなった腕。「自分が不健康だとは感じない」とエレンは言いますが、ベッカム医師は「それでは死ぬ」ときっぱり。
治療を受ける気があるかを問いかけてきます。条件として「食べ物の話はしないこと」「6か月の入院をすること」を提示されます。
エレンは6人の患者たちが共同生活を送っている施設に住むことになります。施設と言っても普通の家です。
ロボという看護師が案内してくれます。アナとパールの2人が同室です。ルーカス(ルーク)はこの施設で唯一の男性。趣味の絵を描くタブレットすらも没収されて不満げなエレン。
こうして新生活が始まります。エレンはどうせ無理だろうとあまり期待していませんが、しだいに彼女の心は変化することになり…。
食べるってどうやるの?
本作『心のカルテ』でなんといっても目を見張るのが、グループホームで集団生活をしている拒食症の患者たちの生々しい姿です。
骨がくっきり浮かぶガリガリな体はもちろんのこと、腕が毛深いなどの他のビジュアル、そして水を蛇口からごくごく飲んだり、腹筋などちょっとした運動をやめられなかったりといった行動を含め、全てがリアルさを醸し出しています。本当の拒食症の人たちに見えました。
ここまでリアルにできるのは監督の実体験があるからこそですが、主人公のエレンを演じたリリー・コリンズ自身もティーンのとき摂食障害に苦しんでいた過去があるそうですね。
世間では拒食症の患者に対して「要は食べ物の好き嫌いでしょ?」とか「甘えだ」とか厳しい言葉を浴びせる人も一部ではいますが、決してそういうものではないことがよくわかります。食べ物の匂いを嗅いだり、触ったりすることさえも至難の彼ら彼女らたち。
エレンのセリフ「食べるってどうやるの?」という言葉が響きます。
拒食症ギャグ
そんな拒食症の患者たちのリアルな生々しい姿を隠すことなく、後半に起こるミーガンの悲劇など、劇中ではかなり痛ましい事態が存在するにも関わらず、本作は常にユーモアも見せてくれます。
年齢も性別もバラバラなグループホームのメンバーたちは個性豊か。その彼ら彼女らの会話は思わず笑ってしまうものもありました。
映画館に行ってきて『ゾンビランド』を鑑賞したアナが「エマ・ストーンはデブね」と言ったり、みんなで遠足だと言うベッカム医師に「ホロコースト博物館じゃないでしょうね、散々飢えの話を聞かされたからもう嫌なんだけど」とぼやいたり。「拒食症ギャグ」とも言うべきコメディが新鮮です。
本人も周囲も悩みを吐き出して
拒食症を治す万能薬はありません。ベッカム医師がやっていることは、ひたすら吐き出させること。それは“食べ物”ではなく、心に抱えた“悩みや苦しさ”をです。
話が進むと、エレンは見た目以上に複雑な心情を抱えていることがわかります。エレンには、エレン自身が神格化されて他の子の自殺を促してしまった過去がありました。まさに現代の「スリム至上主義」の縮図です。
そんなエレンが、しだいに生命の原点に立ち返っていくような姿が印象的です。食べることは生物の本能のはずですから。
ベッカム医師に連れられて水が大量に降り注ぐアートを見学する面々。水は生命の誕生の源であり、拒食症の人は水さえ飲めなくなることを考えれば、このシーンも意味深いでしょう。その後、母に抱かれ、哺乳瓶からミルクをもらい、自身の誕生と愛情を再確認。そして、夢の中で自分の生命としての死を実感し、命のサイクルを体に刻み込んだエレンは「もう大丈夫」と強い言葉を見せます。
このように「食べる」行為以外で、拒食症の人が向き合っていく過程を見せる演出のしかたはさすが体験者だけあって上手いなと思いました。
人種・宗教・LGBTQと多様な価値観を認めるのが当たり前になりつつある時代、体型だって(健康的な範囲であれば)多様さを認めるのは当然の流れだし、そうであるべきだと私は思います。
痩せを礼賛して肥満を蔑視する「スリム至上主義」に異を唱える動きはファッション業界でも見られ始めました。日本の「マシュマロ女子」という言葉の登場も、モテるかモテないかは個人の嗜好なのであずかり知らぬところですが、少なくとも認めることはとても大事でしょう(食べ物に例えるのはどうかと思うのですが)。そうして、少しでも『心のカルテ』に登場するような苦しむ人を減らせれば良いなと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 70% Audience 64%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
作品ポスター・画像 ©Netflix トゥ・ザ・ボーン
以上、『心のカルテ』の感想でした。
To the Bone (2017) [Japanese Review] 『心のカルテ』考察・評価レビュー