アート殺しが忍び寄る…Netflix映画『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』(ベルベットバズソー)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ダン・ギルロイ
ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー
べるべっとばずそー ちぬられたぎゃらりー
『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』あらすじ
ロサンゼルスのアート業界。評論家や画商たちが芸術家の生み出す作品でいかにして金儲けをするかを考える世界。そんな中である一人の老人が急逝して、彼の遺した絵が発見される。その不気味な絵は素晴らしい魅力に満ちており、アート業界の人間たちは我先にと飛びつくが…。
『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』感想(ネタバレなし)
ダン・ギルロイ監督のアートスリラー
2019年1月、SNSにアップされた東京都の小池百合子都知事が写った写真が炎上のネタになっていました。それは世界中のあちこちに落書きを残すことで話題の路上アーティスト・バンクシーの作品と思しき風刺画が東京・港区の防潮扉で発見されて、小池百合子都知事が一緒に記念撮影風に写っているというもの。「東京への贈り物かも?」というお気楽なコメントも添えて、本人はきっとバズるなとか思ったのかもしれませんが、確かにバズりました。ネガティブ方向に。
公的な防潮扉に無許可で落書を描く行為は器物損壊罪。当然、行政のトップとして記念写真をSNSにあげている場合ではなく…。しかも、この少し前の時期に、東京都は入国管理局近くの路上に書かれた「FREE REFUGEES(難民を解放せよ)」というメッセージに対して、「道路は公共物だ」とコメントし、話題になったばかり。東京都のこの2つの“落書き”に対する姿勢はダブルスタンダードじゃないかという批判も起こって当然です。
一方でこれは「何がアートなのか」という根源的な問いでもあり、あの絵がバンクシーのものか真実は不明ですが、この命題を提示することに結果的になっています。つまり、小池百合子都知事がバンクシーの正体という可能性もゼロでは…(ゼロです)。
そんな話はともかく、絵、音楽、そして映画。何がアートといえるのか…その議論に答えはありません。でも、お金儲けを考えるなら「アートだ」ということにしておく方が利益になります。なので、一般人には全然何の変哲もないモノでも、とんでもない値段がつくことも。
そのアート業界の醜い側面をホラーテイストで描きだしたのが、本作『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』です。
アート業界の醜悪な実態を人間模様とともに描く映画は、最近だと『ザ・スクエア 思いやりの聖域』という、これまた陰湿で嫌~な作品がありました。
あちらは完全にサスペンスに寄ったつくりでしたが、一方の『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』はホラー寄りで、ジャンル映画的な超常現象とかも起こります。なのでそこまで小難しく考え込むことなく気楽に見れる映画になっています。
監督は“ダン・ギルロイ”。もともと脚本家で、最近でも『キングコング 髑髏島の巨神』で脚本にクレジットされていますが、彼を監督として有名にしたのが監督デビュー作である『ナイトクローラー』(2014年)。事件や事故のショッキングな映像を撮影してはTV局に売り込む男の暴走を不気味に描いたこの映画は、批評家から非常に高く評価されました。私もとても大好きな映画で、“ダン・ギルロイ”監督の才能に驚愕でした。
ところが、以降も“ダン・ギルロイ”監督は映画を作るのですが、日本での扱いがイマイチ。デンゼル・ワシントン主演の『ローマンという名の男 信念の行方』はビデオスルー。そして、本作『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』はNetflix配信。劇場で観れないというちょっと残念な状況(ちなみに本作はアメリカでは限定で劇場公開されました)。
本作は俳優陣も豪華で客を呼ぶ力はありそうなのですけどね。主演は多彩な演技力に定評のある“ジェイク・ジレンホール”。監督の奥さんでもある“レネ・ルッソ”。『ヘレディタリー 継承』で怪演を見せた“トニ・コレット”は今作でも酷い目に遭います。ドラマシリーズの『ストレンジャー・シングス』で一躍有名になった“ナタリア・ダイアー”も登場。“ジョン・マルコヴィッチ”も地味ながら意外なシーンで意外なことをしていたり…。こんな感じで個性豊かなメンバーです。
Netflixオリジナル作品なので、暇な時間に観るので良し。作中で酷い目に遭うのは、だいたいがアートで金儲けしているような奴らですから、無関係な人は「ざまあみろ」と笑えばいいし、関係者の方は…死ぬかもしれません。
『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』感想(ネタバレあり)
こいつら、殺してもいいかな
絵画のような意味深で不気味なオープニングクレジットで始まる本作。
アート博覧会。会場に入れないことに文句を言う一般人を素通りして、サングラスをかけた余裕そうでどこか気取った男は顔パスで入場。この“ジェイク・ジレンホール”演じるモーフ・ヴァンデヴォルトが本作の主人公。
本作はこの序盤で怒涛のように登場人物がたくさん出てくるので初見の人は混乱します。整理すれば複雑でもなんでもないのですけど。
主人公のモーフはアート評論家としてかなり著名らしく、彼に批評を書いてほしいと考える人は多いようです。そのモーフはエドというボーイフレンドと交際していましたが、別れてしまい、今はジョセフィーナという女性に擦り寄っています。このジョセフィーナは、アート業界では若手で今はヘイズ・ギャラリーという画商を展開するロドラの下で働く雑用係。いつかは自分のキャリアを手に入れたいと野心に燃えていますが、リッキーという恋人に浮気されたことにご立腹。ヘイズ・ギャラリーでは、実績を持った画商のロドラ、両耳からAirPodsをぶら下げる設営係のブライソン、新米でロドラに名前も覚えてもらえていないココが働いています。ロドラはダムリッシュという若い芸術家をいち早く手の平の上にしたくてご執心。そのロドラのライバル的な画商がジョン・ドンドンで、ベテラン芸術家のピアースと提携中。そんな画商たちとも仕事をするのがミュージアムの運営に関わるグレッチェン。
これら同じアート業界に身を投じながらも、思惑も立場も全く異なる人間たちがそれぞれで画策し合っているのがこの映画の世界。実際、評論家と画商があんなに癒着し合ったりするのかは知りませんが、他人事の目線で見る限り、なんとも嫌な業界です。
なにより彼ら彼女らがアート作品を本当に「金になるか否か」で評価しているのが胸糞悪いところ。こいつらはもはやアートに群がるゴキブリ。でも当人たちはリッチな暮らしをしているせいか、自分より格下と判断した人間は視界にすら入りません。
それを象徴するのが、冒頭の展覧会で登場したホームレスマンというロボット。「金は働かずとも手に入る」というメッセージのとおり、誰かが価値さえ認めれば、薄汚いホームレスだってアートになる…はずですが、モーフは興味なし。
その一方で、ミンキンスの「スフィア」という展示物には夢中。丸い球体で穴がいくつか開いており、そこに腕を突っ込むといろいろなんかよくわからないけど新鮮な体験ができるという、私にはさっぱり理解不能な代物ですが、モーフは理解できたようで「最高に純粋な形で世界とつながれた」と恍惚。ドラッグかな…?
そんな奴らにアートが反逆してくる(物理的残酷さで)…それが本作の醍醐味。
芸術は殺戮だ!
ジョセフィーナは自分の住むアパートの上階で老人が死亡しているのを発見。死亡者のヴェトリル・ディーズは芸術家だったらしいと知り、なんとなく気まぐれでその老人の部屋に侵入してみると、散らかった部屋にはディーズが描いたものらしい絵が散在していました。しかも、どの絵も不思議な魅力を秘めており、“金になりそう”センサーがビンビン反応。
そのディーズの絵をこっそり持ち帰ったジョセフィーナは、モーフに見せると彼もまた興奮を隠しきれない様子で絵を絶賛。ジョセフィーナは自分が画商になると決め、絵の収集を始めますが、その彼女よりも高度な“金になりそう”センサーを持っているロドラがどこからか聞きつけて、結局、ヘイズ・ギャラリーでディーズの絵を取り扱うことに。
モーフがヴェトリル・ディーズについて調べると、彼は1930年にロサンゼルスで生まれ、貧しい家庭で両親と妹と暮らしていたが、9年後、不審火で家が全焼し、母と娘が死亡し、父と二人だけに。その後、父の虐待から保護されてヴァレーホの孤児院に預けられ、施設時代は謎で、18歳で出たとしか記録にないこと。さらにその後もミステリアスで、30年間も姿を消していて、そして急にソーテル退役軍人病院の従業員名簿に登場し、そこで42年間働いたこと。こんな経緯が判明します。
そのディーズの経歴などたいして興味もなく、展覧会を始める画商たち。結果、その絵は狙いどおり話題に。ダムリッシュやピアースといった他の芸術家も見惚れるほどの素晴らしさなのでした。
しかし、このディーズの絵は呪いともいうべき恐ろしい力を秘めていたから、さあ大変。次から次へと怪現象が勃発し、アートを食い物にしてきた業界はアートに喰われるのです。やった!
まずターゲットになったのはブライソン。車での絵の運搬中に発火…からの絵に引きずり込まれて、帰ってこないの刑。続いて、ジョン。誘われるように暗闇に引っ張り込まれ、首吊り死体で発見されるの刑。また、アートさんは手を緩めません。今度はグレッチェン。スフィアの穴に手を入れると、やっぱり引きずり込まれ、噴き出す血&もげる腕。これが一番芸術的な殺害でしたね。案の定、その後に開場すると客は作り物だと思ってそのまま彼女の遺体を放置していたのでした。
そして、本作の主要人物であるモーフ、ジョセフィーナ、ロドラにも魔の手がついに。
ホームレスロボットの壁ドンで襲われるモーフはお陀仏。溶けだした絵の具が全身にしみ込んでいくジョセフィーナはグラフィックアートに。過去に「ベルベット・バズソー」というロックバンドをしていたこともあってそのタトゥーを首に掘っていたロドラは、タトゥーが実体化して丸鋸(バズソー)アタックで自殺。
生存したのはココのみ。そんな彼女は車の中から、路上でディーズの絵がホームレスによって格安で売られていく姿を見るだけなのでした。
アートは永遠に残る必要はない
このように前半はアート業界で利益に群がる人間たちの汚さを痛烈に描き、後半でジャンル映画にシフトして盛大にその人間たちが死んでいく姿を描く…実にわかりやすい映画です。構成は監督過去作の『ナイトクローラー』とさほど変わりありません。マスメディア業界がアート業界に変わっただけ。ただ、『ナイトクローラー』の方は主人公の存在自体がバケモノじみていましたが、今作は主人公はわりとやられ役で、真のバケモノはアート…という感じ。
なので『ナイトクローラー』と全く同じスタイルを期待した人は拍子抜けかもしれません。あと、個人的には登場人物が多いゆえに見どころも分散してしまったのは惜しかったなと。一人を主軸に描いても良かったのではと思わなくもないです。
でも、人がアートによって死んでいくのは良いもんですねぇ(うっとり)。私としてはもっと大殺戮が繰り広げられても良かったくらいです。人口の半分くらいが死ぬとか(サノス的思想)。
ピアースが砂浜に絵を描く姿でエンドクレジットというのは、監督なりの、資本主義の絡まない芸術の姿を見せたいという気持ちの表れなのでしょうか。確かにアートは永遠に残る必要はないですよね。創造主が消してほしいと願えば、消えればいい。
私が子どもの頃に描いた絵も、黒歴史になる前にこの世から消えて本当に良かった。じゃないと私の怨念が人を殺していたかもしれない…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 67% Audience 56%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』の感想でした。
Velvet Buzzsaw (2019) [Japanese Review] 『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』考察・評価レビュー