ぐちょぐちょになる!…映画『ザ・ビーチ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2022年1月14日
監督:ジェフリー・A・ブラウン
ゴア描写
ザ・ビーチ
ざびーち
『ザ・ビーチ』あらすじ
『ザ・ビーチ』感想(ネタバレなし)
専門家だってわからない現象
2022年1月15日、南太平洋の島国トンガで大規模噴火が発生しました。これは海底火山の大規模噴火であり、その規模は地球の歴史においても滅多にないようなレベルで、多くの科学者を驚かせました。トンガにも甚大な被害を与えましたが、日本を始め世界各地にも津波が到達。とくにこの津波は通常のよく私たちが知っている地震にともなう津波とは発生のメカニズムが違ったため、専門家でも事前の予測ができないという事態が発生しました。
どうやらこのトンガ大噴火の津波は「大気波動」と呼ばれる、噴火の熱で火山周辺の空気が膨張したことにより発生した現象が原因のようです。近代的な観測が実施されて以降では初の観測になるとか。どおりで研究者ですらも困惑するわけです。初めて目の当たりにするんですからね。
こういうとき「専門家なのにそんなこともわからないのか」と文句を言ってくる人もいるのですが、専門家だからこそ「わからないことを“わからない”と言える」のです。だいたい研究者というのは世の中にある“わからないこと”を解明するために存在しているのですから全部わかっていたら研究する意味も無くなりますよ。みんな、研究者のことを“便利な解説者”だとか“何でも知っている論客”だと思い込んでいる節があるよね…。
そう、科学者にだってわからないことはいっぱいある。とくに自然という存在は未知のことばかり。そんな未知のものに遭遇したとき、いくら科学的な知識があっても慌てることはあるのです。
そんなことを考えさせる映画が今回の紹介する作品。それが『ザ・ビーチ』です。
本作は2019年のアメリカ映画ですが、日本では2022年になってヒューマントラストシネマ渋谷&シネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2022」の上映作品として限定公開されました。連動して動画配信サービスの「U-NEXT」でも限定的に配信されています。
ただ、まあ、これはよく訓練された手慣れた映画マニアには承知のことだと思いますが、この手の小規模ジャンル映画につきもの…宣伝ポスターが映画本編の内容と全然違う…という例の現象が今作でも発生しています。『ザ・ビーチ』のポスターとかキャッチコピーは無視してください。なんかビキニの女性が触手モンスターに襲われそうな雰囲気がぷんぷんするビジュアルで推されていますけど、そんな描写全くないです。というかあの日本のポスターの中央に映っている女性…誰? 主人公かもしれないけど、でもあんな水着を身に着けてはいなかったと思うし…。
こうなってくると、じゃあどんな映画なんだよ!?…というもっともな疑問が湧いてくるのですが、『ザ・ビーチ』はかなり低予算で作られていることがわかるスリラー映画で、だからといってチープというわけでもない…低予算なりに練られた真っ当なジャンル作品です。
舞台は題名のとおり、とある浜辺。そこに訪れた若いカップルは異常な事態に遭遇します。ゆっくり静かに進行する得体のしれないスリル。派手なシーンはありません。本当にじわじわと日常が恐怖に侵食されていく感覚。雰囲気としては『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』に似ているかな。
登場人物もとても少なくて基本は4人しかでてきません。主人公を演じるのは、『陰謀のスプレマシー』『かけがえのない人』『チャット 罠に堕ちた美少女』などに出演する“リアナ・リベラト”。他には『ラスト・パニッシャー』の“ノア・ル・グロス”、『ディナー・イン・アメリカ』の“マリアン・ナエル”、『モンタナの目撃者』の“ジェイク・ウェバー”。
監督は、『ザ・ビーチ』が監督デビュー作となる“ジェフリー・A・ブラウン”。昔からホラー映画が大好きだったそうで、3~4歳の頃から『エイリアン』を鑑賞し、その世界の虜になっていったのだとか。まあ、あれですね、完全にハマっちゃった人ですね。今も『エイリアン』が“ジェフリー・A・ブラウン”監督のベスト・ムービーのひとつのようですが、言われてみると『ザ・ビーチ』も骨組みにはそのモンスターパニック映画の名作が組み込まれているように思います。
なんだか『ザ・ビーチ』のことをネタバレ無しで全然紹介できていない気もしますが、この88分の映画をネタバレ無しの感想で魅力的に語る自信は私にないな…。いや、私自身はじゅうぶんに楽しんだのですけど、変に期待を煽ることを言うと逆にガッカリさせてしまうんじゃないかと思ってしまって…。
とりあえずスローペースでじわじわと進行する超自然スリラーが好きなマニアックな人向けですね。
ホラー要素はあるといってもガンガンに恐怖を与えるものではないですが、作中では“痛い”系の残酷描写ならあるので苦手な人はいつでも目をつむる用意をしておいてください。
ちなみに『ザ・ビーチ』という全く同じ邦題の映画が他にもあるので混同しないようにご注意を。
オススメ度のチェック
ひとり | :マニアックなSF好きなら |
友人 | :かなりクセがあるけど |
恋人 | :異性愛ロマンスは多少 |
キッズ | :痛々しい描写あり |
『ザ・ビーチ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):怖がらないで
1台の車がビーチハウスの前に停車します。降りてきたのはひとくみの男女カップル。ここは人の気配がほとんどない海辺の町。エミリーとランドールはここで静かな時間を過ごそうと考えていました。
2人はビーチハウスに入ります。そしてキスをし、ランドールに促されるままにそそくさと2階にあがり、ベッドで体を交えます。
実は2人はそれぞれ悩みを抱えていました。ずっとここにいてもいいとランドールは気楽に考えていましたが、エミリーとしてはそう簡単にいくものでもありません。2人の関係は少し岐路に立っていました。
エミリーはトイレに行きます。すると洗面台で薬を見つけ、鏡の裏にもいっぱいあることを発見。全然よく見ていなかった1階を探索すると明らかに人が住んでいる痕跡があり、冷蔵庫にもしっかり食品が保存されています。かなりの期間、人が住んでいるのか。でも誰もいません。作りかけのパズルが放置されているだけ…。
そこへ人が帰ってきたような物音。思わず隠れてしまうエミリー。ふと顔を出すと窓辺にひとりの女性が座っているのが見えます。
2階へランドールを起こしに行き、「誰かいる」と伝えます。2人で下に戻ると誰もいません。さっきまでそこにいたのに…。
そのとき女性が現れ、「なんで私たちの家に?」「あなたの家?」と互いに混乱。そこで男性も現れます、この中年の男女はミッチとジェーン。どうやらランドールの父を知っているらしく、何やらここをバケーションで利用していたようでした。ランドールは知らなかったようです。
こうなったら一緒に過ごすしかありません。夜の食事。話が弾み、採ってきた海産物とアルコールでお腹も満たされます。エミリーは化学を学んでおり、生物学も含めて知識が広いです。最近大学を中退したランドールは意義を見失っており、漠然としています。一方で、ジェーンは末期の病気で、この休暇を攻めて楽しもうとしているのでした。
食事も終わるとマリファナを試さないかと提案されます。医療用なのにいいのかとやや不安になりますが、4人はそれを味わい、恍惚になりながら思い思いの時間を過ごします。
ふとジェーンがいないことに気づきます。外は霧で視界も全然ありません。ランドールは気持ちよさそうに床で寝ています。その霧を少し外に出て吸い込んだエミリーは徐々に朦朧としてきて…。
エミリーは目覚めます。ジェーンはトイレで吐いているようでミッチが世話しているらしくドアを閉めるのを目撃。そのままエミリーはランドールとベッドに行き、眠りに…。
朝。1階に降りるとジェーンが座っていますが、返事がないです。様子がおかしいような気もしますが、今度はミッチがいません。
エミリーとランドールはミッチを浜辺で探します。穏やかな海です。夜の霧は何だったのか…。
2人は砂浜の上に寝そべって日光浴をします。しばらくするとランドールはお腹の調子が悪くなり、ひとりトイレに戻ります。
そのとき、エミリーの前にミッチがいきなり出現。そしてミッチは泳ぎに行ってしまいます。どんどん歩いて海の中へ。どこまでいくのか。しまいには見えなくなってしまい、エミリーは名を叫ぶも聞こえるわけもなく…完全に海に消えます。
何かがおかしい。その異変に気づいたものの、すでに取り返しのつかない事態が起きていました…。
50年代SFの味わい
『ザ・ビーチ』はどことなく懐かしい50年代SFの雰囲気が漂うスリラー映画です。50年代のSFスリラーによく見られたジャンルと言えば、いわゆる「ミューテーション」…突然変異を題材にしたもの。
宇宙生物に体を乗っ取られて身体がおかしな変異を起こしていく『原子人間』(1955年)、核実験と殺虫剤のせいで肉体が縮んでいく『縮みゆく人間』(1957年)、核爆発の被爆で体が巨大化していく『戦慄!プルトニウム人間』(1957年)などなど。日本でも「変身人間シリーズ」として『美女と液体人間』(1958年)、『電送人間』(1960年)、『ガス人間第1号』(1960年)が公開されたりしました。
この背景には、1950年代に核実験があちこちで頻繁に実施されるようになり、その人体への影響があれこれと不安視され始めたこともあるのでしょう。農薬などの有害な化学物質も大量に利用されるようになり、健康被害も起き始めていました(レイチェル・カーソンが「沈黙の春」を出版したのは1962年)。
私たちの体には知らぬ間に何か得体のしれない変化が起きているのかもしれない…そういう漠然とした不安が、いくつものミューテーションSF映画の個性作を生み出す原動力になりました。
それから70年くらいたった2020年頃に『ザ・ビーチ』がそのミューテーションSF映画をリバイバルしたわけですが、単に懐かしさありきではありません。そこはしっかり今の時代ならではの不安と恐怖を織り交ぜながらの映像化になっています。
その異変の原因は?
『ザ・ビーチ』で4人に起きる異変。前半ではいくつかのミスリードを交えつつ、その正体が観客には掴めないようになっています。
例えば、4人はマリファナを吸っているので、あの霧などの異常現象も、そういう幻覚にすぎないのではないかと思わせます。また、ジェーンが採ってきた海産物を食事で食べていると思われるので、もしかしたらその貝などに“あたった”のではないかという懸念も想定できます。「貝毒」というものがあり、これは二枚貝類が餌のプランクトンが原因で毒性を持ってしまう現象で、その貝を食べると体が痺れて動かなくなったり、下痢や嘔吐などの症状に襲われます。貝を加熱し調理しても貝毒は防げないので、結構怖いです。なので潮干狩りを個人でする場合は注意をしないといけません。
しかし、本作の異変の理由はそんな日常で考えられるようなものではないことがしだいに判明し、それは恐怖に変わります。
詳細な原因は明らかにされませんが、何気なく聞こえてくるワードから推察すると、地球温暖化が原因で人類には未知の“何か”が出現したのか。本作の冒頭には意味深な感じで深海にある熱水噴出孔が映し出されます。熱水噴出孔はさまざまな生命の源になる存在で、この海に数えきれない生命をもたらしましたが、今回ばかりは人類には死に繋がる“何か”を生んでしまったのかもしれません。
別れはいつか来るけど…
『ザ・ビーチ』で4人に起きる異変は、嘔吐・眩暈・体の不自由…と悪化し、やがて身体の異常に発展。エミリーが自分の足裏からさっぱり正体不明な何かをつまんで摘出するシーンなどは不快感MAXです。
そして白目になって這ってくる人間たち。海に導かれるように消えてしまう人間たち。さらにはぐちょぐちょに全身が変化して人を襲っているような人間たち。
終盤に畳みかけてくるのは典型的なパニック描写。いくら科学の知識があるエミリーとはいえ、こんなものはお手上げです。
なお、本作について“ジェフリー・A・ブラウン”監督はこういうビーチハウスで恋人と旅行に行って結果別れることになったという経験を基にしてこの映画を創作したとも語っているのですけど、そういう意味では本作はカップルの破局映画だったんですね。
確かにあのエミリーとランドールはもう別れる1歩手前の男女です。カップルがイチャイチャしているような雰囲気でもなく、もはや関係が寸断する直前で、この物語自体がその終わりの暗示とも言えます。同時にあのミッチとジェーンも死というものの到来によって関係が終わろうとしているので…。この2組の男女の顛末を重ねることで、ミューテーションSF映画に人生ドラマの味わいを加えていますね。
ラストは浜辺でひとり寝そべり、全ての終わりを悟ったかのようなエミリーが波に消えていくという、何とも言えない後味。この変異が人類の次なる進化を意味しているとも言えますし、一方でドラマに着目するなら“別れ”というものは人生の次のステージへの出来事にすぎないという肯定にも映る(ここはちょっと『ミッドサマー』っぽい)。
『ザ・ビーチ』はかつての50年代ミューテーションSFのような未知の恐怖を煽るというよりは、どんどんと様変わりしていく現代において変化を受け入れることを後押しする…そんなテイストのある映画なのかもしれないですね。
皆さんも貝を食べた後は体がぐちょぐちょになっていないか、よく確認してくださいね。もしそうなったら浜辺で寝そべらずに病院に行ってください(真面目なアドバイス)。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 81% Audience 29%
IMDb
5.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2019 Bad Oyster LLC All Right Reserved.
以上、『ザ・ビーチ』の感想でした。
The Beach House (2019) [Japanese Review] 『ザ・ビーチ』考察・評価レビュー