全部がマイク・フラナガン味です…ドラマシリーズ『アッシャー家の崩壊』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2023年にNetflixで配信
原案:マイク・フラナガン
動物虐待描写(ペット) 自死・自傷描写 DV-家庭内暴力-描写 性描写
アッシャー家の崩壊
あっしゃーけのほうかい
『アッシャー家の崩壊』あらすじ
『アッシャー家の崩壊』感想(ネタバレなし)
究極のやりたい放題“二次創作”
後世に多大な影響を与えた小説家にして詩人、“エドガー・アラン・ポー”の作品をどれくらい読んだことはありますか?
1809年に生まれ、40歳と早くに亡くなったものの、手がけた作品数はかなり多め。古いので手に触れたことがない人がいるのもしょうがありません。今は紙の本は全然読まないという若い世代は普通に多数派ですが、でも「Kindle」とかで“エドガー・アラン・ポー”作品が複数収録されたものが格安で扱われていたりもするので、案外と一気に親しみやすい環境があるんですけどね。
そんな中、“エドガー・アラン・ポー”が不可解な死を遂げてから174年後、ちょうどその死と同じ月である10月。こんな“エドガー・アラン・ポー”詰め合わせみたいなドラマシリーズが登場しました。
それが本作『アッシャー家の崩壊』です。
「アッシャー家の崩壊…あ、なんだ、1839年に“エドガー・アラン・ポー”が生み出したゴシック小説『アッシャー家の崩壊』を実写ドラマ化したものですね」…そんなふうに思うのも当然です。でも少し違います。
ゴシック小説『アッシャー家の崩壊』は確かにもう何度も映像化されているのですけど、本作ドラマ『アッシャー家の崩壊』は、小説単品の映像化ではありません。
他にもたくさんの“エドガー・アラン・ポー”作品の物語を混ぜ合わせた、いわば映像版の傑作選です。しかし、オムニバスというほどにハッキリ分離しておらず、ひとつの大きな物語世界観の中で「あの作品」や「あの作品」が顔をだしてきます。
どの“エドガー・アラン・ポー”作品があるのかは観てのお楽しみとしましょう。まあ、一部はエピソードのタイトルでバレバレなんですけどね…。
このドラマ『アッシャー家の崩壊』を手がけたのが、今やホラー映像作品界隈で最も脂が乗っているひとりである“マイク・フラナガン”。その才能はマニアを唸らせ、『サイレンス』(2016年)、『ジェラルドのゲーム』(2017年)、『ドクター・スリープ』(2019年)と瞬く間にキャリアを伸ばし、最近は2021年に『真夜中のミサ』というドラマシリーズを製作し、いまだに私にとっての“マイク・フラナガン”監督史上最高の一作です。2022年のドラマ『ミッドナイト・クラブ』もユニークでしたね。
“マイク・フラナガン”はかねてから“エドガー・アラン・ポー”好きを公言していましたが、ついにこのドラマ『アッシャー家の崩壊』でやりたい放題やってくれました。実質、“マイク・フラナガン”による“エドガー・アラン・ポー”の二次創作です。「お、こいつ、気合入った二次創作やるな~。これは相当に小うるさいオタクだな…」って感じになります。
俳優陣は多いです。『ドクター・スリープ』でも活躍した“ブルース・グリーンウッド”を始め、“ラフル・コーリ”、”ヘンリー・トーマス”、“ケイト・シーゲル”、“サマンサ・スローヤン”、“カール・ランブリー”、“カイリー・カラン”、“カーラ・グギノ”など、“マイク・フラナガン”作品常連が今作でも揃っています。
他には、ドラマ『Major Crimes 〜重大犯罪課』の“メアリー・マクドネル”、ドラマ『ファウンデーション』の“タニア・ミラー”、さらには“マーク・ハミル”まで、新顔も追加。
みんなエグイ目に遭うんですけどね…。本作も残酷な死のオンパレードです。でも死ぬのはほとんどクズ人間なので、そんなに不快感はないかも…。
肝心の物語について紹介していませんでした。とある巨大製薬会社を経営するアッシャー家に降りかかる惨劇を描いています。原作小説よりはるかにスケールのデカい大崩壊っぷりです。
ドラマ『アッシャー家の崩壊』は「Netflix」独占配信で、全8話(1話あたり約60~75分)。
このドラマ『アッシャー家の崩壊』を観れば、“エドガー・アラン・ポー”作品を一度も観たことがない人でも、なんだかものすごく“エドガー・アラン・ポー”の世界を満喫した気分になれますよ。
『アッシャー家の崩壊』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :たっぷり戦慄を |
友人 | :ホラー好き同士で |
恋人 | :怖いのが平気なら |
キッズ | :残酷描写が多め |
『アッシャー家の崩壊』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):始まりから話そう
2023年。葬儀が行われていました。目の前には3つの棺。しかし、広い聖堂のわりには参加者は少ないです。前方に座るのはロデリック・アッシャー。その老いた男はふと恐る恐る背後を振り向くと一番後ろにひとりの女性の姿を見ます。それはまるで亡霊のように…。
外には大勢のマスコミでごった返していました。当然です。あの何かと不正が噂される巨大製薬会社「フォーチュナート製薬」を家族経営するアッシャー家の子ども6人が全員、たった2週間足らずで死亡したのです。フレデリック、タマレーン、ヴィクトリーヌ、ナポレオン、カミーユ、プロスペロー…。それぞれが異なる理由で死ぬ。それにしても異様です。
C・オーギュスト・デュパン連邦検事補はアッシャー家の関係図を見つめながら、この不可解な悲劇に想いを馳せていました。
そんな中、デュパンはロデリックの生家に招かれます。待っていたのはロデリック本人。「お悔やみを申し上げます」と一応は挨拶しますが、2人には因縁がありました。宿敵と言えるほどです。
「何か罪を告白する気なのか」と問うと、憔悴したように覇気のないロデリックは「全部認める」と言い出します。「どこから話そうか? 始まりからだな」
1953年、ロデリックは双子の妹のマデラインと共に母エライザと暮らしていました。母はフォーチュナート製薬CEOのW・ロングフェローの個人秘書で、自分たちは愛人関係として生まれた子どもでした。その存在は秘密にされていたので、近くにあるロングフェロー家には接近するのも禁じられていました。
1962年、母は病気になるも医者を避け信仰に依存。10代のロデリックとマデラインは父に頼ることにしますが、「敷地から出ていけ」と冷たく拒絶されます。
そして母はベッドで亡くなりました。2人は自分たちで棺を作り、庭に埋めることにします。
ところが雷鳴の夜、埋めたところに穴があり、まるで棺から出てきたように足跡が家に続いていました。母は蘇ったのか、それとも間違って死と判断してしまったのか。とにかく母は今ここに立っており、外へふらふらと歩いてしまいます。そしてロングフェローを絞め殺すのでした。
その壮絶な話を聞いたデュパンは「なぜ話すんですか?」と聞くも、「母がここにいるからだ。あなたの後ろに」とロデリックは平然と答えます。
2週間前。ロデリックはデュパンに詰め寄られ、裁判の真最中でした。不正な医薬品の販売が争点です。極秘の証人がいると裁判内でデュパンがちらつかせたので、アッシャー家の子どもは情報提供者が身内にいると疑っていました。
現在の企業は、ロデリックをCEOに、マデラインがCOOを務め、アーサー・ピムが弁護士をしてまとめています。ロデリックの今の妻はかなり年下のジュノです。
ロデリックはデュパンに語り続けます。
始まりは、1979年12月31日。あの女に出会ったこと。世界を変えると燃えていた双子はヴァーナという女性とバーで出会いました…。
エドガー・アラン・ポー要素、多すぎるよ!
ここから『アッシャー家の崩壊』のネタバレありの感想本文です。
“マイク・フラナガン”版のドラマ『アッシャー家の崩壊』は、360度どこを見渡しても何かしらの“エドガー・アラン・ポー”要素が視界に入ります。過去のフィルモグラフィーを見ていてもそう思いますが、“マイク・フラナガン”って既存の物語を多層的に組み合わせていくのが好きなんでしょうね。
全部を詳細に解説はできませんが、ざっくり紹介しましょう。
2話目で語られるのはプロスペロー(ペリー)の死。セレブの秘密ナイトクラブの経営を夢見るこの最年少の子は、酸性スプリンクラーで仮面舞踏会にいるみんなが溶けて死ぬという阿鼻叫喚の地獄の中で死亡します。“エドガー・アラン・ポー”の1842年の短編小説『赤死病の仮面』の物語をなぞっていますが(プロスペローは小説主人公の名前)、本作では利用したタンクに企業が隠し持っていた産業廃棄物があったというオチに変わっています。
3話目で語られるのはカミーユの死。「モルグ(死体安置所)」と揶揄される医療研究施設に踏み込んだ彼女は、そこで実験動物として劣悪に扱われているチンパンジーに無惨に殺されます。このオチだけ見れば、“エドガー・アラン・ポー”の1841年の短編小説『モルグ街の殺人』そのままです(カミーユは小説主人公の恋人の名前)。
4話目で語られるのはナポレオン(レオ)の死。恋人の黒猫を殺したと思われるレオは、どんどん錯乱し、壁の中に猫がいると思いこんで暴れ、あげくにベランダから落下死します。これは“エドガー・アラン・ポー”の1843年の短編小説『黒猫』のプロットにほぼ近いです(主人公の名前は『眼鏡』に由来)。『マイティ・ソー』のムジョルニアで壁を壊しているのがちょっと笑えますけど…。
5話目で語られるのはヴィクトリーヌ(ヴィク)の死。人工心臓の研究に没頭する彼女は、恋人との喧嘩の末に殺してしまい、その死を認識せずに密かに未完成の人工心臓を埋め込んで生きていることにし、その事実を知った後、自殺します。ヴィクトリーヌは“エドガー・アラン・ポー”の1844年の短編小説『早すぎた埋葬』にでてくる人物の名です。心臓音が演出となるあたりは『告げ口心臓』も連想させます。
6話目で語られるのはタマレーン(タミー)の死。企業を狙う彼女はその発表の場で自分の隠し事が露呈し、混乱の中、自宅でガラスの串刺しで息絶えます。タマレーンが考案した美と健康のサービスの名は「ゴールドバグ」で、これは“エドガー・アラン・ポー”の1843年の謎解き短編小説『黄金虫』からとられています。
7話目で語られるのはフレデリック(フレディ)の死。妻のモレラを自宅軟禁する彼は、解体建物内でズタズタに死んでいきます。このエピソードのタイトルは“エドガー・アラン・ポー”の1842年の短編小説『落とし穴と振り子』と同じですが、フレデリックは1832年の最初の作品『メッツェンガーシュタイン』の主人公の名前でもあります。
それぞれの子どもたちが「エドガー・アラン・ポー流の死」を与えられる以外にも、まだまだ要素はたっぷり。
トランスグローブ遠征隊で世界を冒険したという過去がある弁護士のアーサー・ピムは『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』に由来し、若いときは医療保険金詐欺調査員だったデュパンは『モルグ街の殺人』など“エドガー・アラン・ポー”作品によくでる探偵役。タマレーンの夫ビルは『ウィリアム・ウィルソン』、ロデリックの最初の妻アナベル・リーは最後の詩として有名な『アナベル・リー』…。
さらに作中最大のカギを握る怪しい存在ヴェーナは『大鴉』(Raven)のアナグラムで、孫のレノーアも『大鴉』の登場人物です。
加えて、単に“エドガー・アラン・ポー”の作品の要素をだしてくるだけに飽き足らず、“エドガー・アラン・ポー”の実人生に関わった実在の人の名まで借用しています。
わかりやすいのは、フォーチュナート製薬のトップだったルーファス・グリズウォルドで、この人の名は“エドガー・アラン・ポー”をめちゃくちゃ嫌っていた編集者からきています。まさか本作で壁に埋められるとは思ってなかっただろうな…。
『ほの蒼き瞳』みたいな“エドガー・アラン・ポー”の二次創作的な映像作品は過去にもありましたけど、“マイク・フラナガン”版のドラマ『アッシャー家の崩壊』ほどややこしいぎゅうぎゅう詰めの作品はそうそうないですね。
過去最多なクィアな要素
“マイク・フラナガン”版のドラマ『アッシャー家の崩壊』、どうしても目立つので“エドガー・アラン・ポー”要素ばかり語ってしまいますが、それ以外だと想像していた以上にクィアな要素が多かったです。
“マイク・フラナガン”は過去作品でもセクシュアル・マイノリティを物語に取り入れることが多く、新しいクィア・ホラーの定番クリエイターとして、ホラー好きのクィアな人からは支持され始めてきていましたが、今回はもっと飛びぬけたことをしていました。
なにせ作中で登場する主要人物の7~8割はクィアなセクシュアリティと思われる人たちでしたから。
ヴィクトリーヌは恋人のルイーズと同居するレズビアンですし、カミーユは部下の男女2人と一度に寝るようなポリアモリーなバイセクシュアルで、ナポレオンも男性のジュリアスというパートナーがいながら女と浮気し、快楽主義的なプロスペローは性関係の相手の性別は気にしないようです。デュパンも夫がいることが発言でわかります。マデラインとヴェーナもサフィックな関係を漂わせていました。アーサー・ピムは男でも女でも心は動かされなかったと述懐している感じ、アセクシュアルっぽさがあります。
まあ、ジャンル的に避けられないので、これらのクィアなキャラクターたちにはほとんど残酷な死が待っているのですけど、本作の場合、クィアだろうがクィアじゃなかろうがみんな死ぬしな…。
ただ、セクシュアリティ的に少しセンセーショナルに描かれすぎなところはありますけどね。
でも最もスティグマを負わされがちなジュノのような立場が最後の希望になるとか、本作は案外と優しいラストです。“マイク・フラナガン”ってなんだかんだで最後は優しいよね。
現実でも巨大悪徳企業の建物が崩落しないかなと思いながら、この恨みのこもった感想はここでおしまいです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 74%
IMDb
8.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix ザ・フォール・オブ・ザ・ハウス・オブ・アッシャー
以上、『アッシャー家の崩壊』の感想でした。
The Fall of the House of Usher (2023) [Japanese Review] 『アッシャー家の崩壊』考察・評価レビュー